41 判決
「アネット、そのくらいにしなさい」
「出過ぎた真似を致しましたわ」
ナゼール様から制止が入りアネット様は大人しく引き下がった。
ナゼール様はパトリス殿下へと目を向けた。
未だ正気を取り戻していない様子から、彼にとってアネット様との一件はどれ程深いトラウマとなっていたのかが伺える。
どうやって今まで立ち直って来たのか不思議なくらいだ。
「今までは、特に恨みも無かったから口外もせず気にしなくていいって宥めて来たけど、私のルナリアちゃんいじめられたのだもの。存分に苦しめばいいわ」
私の疑問に答えるようにアネット様が小声でそう言った。
公爵令嬢が王子に階段から落とされて怪我を負ったにも関わらず、それが知れ渡っていなかったのはアネット様が情報操作を行っていたからなのだと分かった。
だが、アネット様は今やパトリス殿下を完全に敵と認識している。
パトリス殿下を庇う理由がない。
王太子や王太子妃とも浅くない繋がりがあり、パトリス殿下本人も気付かないうちに精神を掌握していたアネット様。
彼女の情報網や王家とも繋がりのある影響力に畏怖の念を抱いた。
恐れではない、畏れである。
クロエさんがアネット様に命を賭して仕える気持ちが分かった気がした。
使用人の為に、これ程までに怒り守る為に動いてくれる人は多くはいないだろう。
その上、カリスマ性まで持ち合わせている。
「アギヨン家の令息とパトリス殿下が使い物にならなくなった今、彼等に逆転の活路は万に一つも無くなったわね。まあ、この裁判が始まる前からチェックメイトだったのだけど……」
エリク様の頭脳もパトリス殿下の権力も無くなった今、アメリー、エゾン様、ジェルマン様にアネット様とディオン様が用意した証拠を覆せるだけの力も頭脳も無くなった。
「以上により、被告人が申告した書類は証拠不十分、又虚偽記載の可能性があるとして証拠としては認められません。これより、判決に移ります」
「待って下さい!一方的に罪を擦り付けられたまま黙っている訳には行きません!」
裁判官の発言に被せてエゾン様が介入する。
「では、今まで述べた証拠を覆すだけの証拠と証言を貴方は用意出来るのですか?」
「証拠は時間を頂ければ何とか致します!それに、まだ証明出来ていない事もあります!」
「証明出来ていない事とは?」
「先ず、アメリーが育成科の生徒を買収してルナリア嬢をいじめたと言いますが、証言した三人が嘘をついている可能性だってあります。それに、アメリーが襲われた事だって自作自演という決定的な証拠がないじゃないですか?黒幕の顔は確認して無いんですよね?最後の一件に関しても、アメリーは幸運にも打ち身で済んだだけで本当にルナリア嬢に突き落とされた可能性だってあります」
「オドレイ嬢、ベレニス嬢、コラリー嬢の証言が嘘である根拠と証拠はありますか?ディオン殿は御三方の証言が事実として認められるだけの証拠を上げられました。それを覆すだけの証拠があなた方にありますか?アメリー嬢暴行罪の自作自演についてはマルクス殿からの証言により自作自演である事が判明しております。アメリー嬢が酒場を出て追尾した結果バルテ邸に入っていくところを確認している事と、昨日凱旋されたマルクス殿に犯人の顔を確認して頂いた結果、酒場で依頼を受けた者で間違いないとのことです。最後に、ルナリア嬢がアメリー嬢を階段から落とされたということですが、ルナリア嬢のアリバイを証言する人数と警備兵からの証言。保健医が管理しているアメリー嬢の怪我の具合いを記載した書類も確認しております。」
「だけど、やってないものはやってないって言ってるのよ!聖職者なら真実に目を向けなさいよ!ルナリア達が嘘をついているんだから!」
「そうだぞ!一方の意見だけ聞いて此方の意見を聞き入れないその態度、とても公平とは思えん!」
事態を重く見たアメリーとジェルマン様も声を上げて、反論を続けた。
「大体全部あいつらのでっち上げじゃない!私は無実よ!私こそ被害者だというのにこんな仕打ちただで済むと思ってるの!ルナリアとアネットに支配されていない裁判官を出しなさいよ!」
「いい加減にせよ!!」
ドォォン
法廷内に響き渡る大きな音に、喚いていた被告人達も口を噤んで静寂が訪れる。
言葉を発したのは陛下で、彼の前にあった木製の机は陛下の拳が叩き付けられた所から折り曲がり壊破していた。
陛下は若い頃は武将としても名を馳せた人物だ。
普段は王弟殿下が騎士団を纏め戦場に出ているが、陛下は今でも大きな戦があれば自ら戦場に出る武王である。
その武王の発する威圧感は相当のもの。
陛下の一声で場は重苦しいものに一瞬にして変わった。
陛下は獰猛な光を宿した目を被告人達に向ける。
「ひっ……」
たったのひと睨みで被告人達は萎縮した。
「お前達には言いたいことは山ほどあるが、被告人は今後その耳障りな声を儂の許可無く発する事を禁ずる。それと、そこの小娘は直ちに二度も公爵令嬢を呼び捨てにした事を謝罪せよ」
「そんな!陛下!悪いのは──」
「殺されたいのか」
静かに紡がれる言葉。
だが、静かに紡がれからこそ陛下の内なる怒りが強調され重圧感が増す。
人間の中にある動物としての本能が、陛下に恐れをなしている。
それを直接向けられているアメリーはどれ程の恐怖だろうか。
常に潤んでいる瞳から恐怖に体を震わせてボロボロと涙を零している。
「「はぁ……」」
シン、と場が静まり返る中深い溜息を零すような微かに聞こえ其方に目を向けた。
そこには、アネット様とクロエさんが陛下を見つめている姿があった。
その様子は、うっそりとして僅かに頬が染まっている気がしたが……多分、気の所為だ。
「ご、ごめ……んなざ……い」
顔は涙で濡れ、屈辱と恐怖が入り交じった表情で謝罪を口にした。
「こほん。まあ……本来許されることではありませんが、あまり長引かせたくもないので謝罪を受け入れますわ」
アネット様は小さく咳払いをした後、謝罪を受け入れる姿勢を見せる。
「小娘、アネット嬢の器の大きさに感謝せよ。だが、今回の裁判に対する判決とは別問題だ。それと、貴様等が先程から騒いでいる真実についてだが、真実かどうかは関係無い!より、正確で信憑性のある証拠を揃えた方が真実であると認められるのは必然の結果。無様な姿を晒す前にお前達は儂を納得させるだけの証言をする必要があった。だが、どれもただの言い訳と稚拙な可能性を述べただけに過ぎぬ。これ以上審議を長引かせるのは不要。裁判長、判決を述べよ」
「承知致しました。では、判決へと移る」
陛下の指示により、審理は強制終了となった。
まあ、長引かせた所で陛下の言う通り証拠も根拠もない空理空論を述べるだけに過ぎぬことは明白だ。
被告人達は納得のいかない顔をしているが、陛下の命令で口を開くことが出来ず屈辱に顔を歪ませていた。
「誣告罪、女性暴行罪、グラニエ公爵家の庇護下にあるルナリア嬢を陥れようとした罪。アメリー嬢は侯爵令嬢であったルナリア嬢を陥れ王族に取り入った事実により、国家反逆罪の疑い有りとし、被告人全員を有罪とする!」
裁判長の判決が下った。
「パトリス殿下、エゾン殿、ジェルマン殿、エリク殿、女性暴行未遂を行った男子生徒達は各家から廃嫡が言い渡されております。パトリス殿下に関しましては、第二位王位継承権の剥奪。それに加え、アメリー嬢を含む被告人達は身分剥奪の上流刑に処す!流刑地はデゼスポワール島とする!」
裁判長から言い渡された処罰に場は騒然となった。




