36 敗れ去るアメリーの思惑
「アメリー!?夫婦ってどういう事だ!?」
「私は反対だ!強姦魔とアメリーが婚姻など!そんな事しなくても、ディオンには他に償わせる方法が幾らでもあるだろう」
ジェルマン様とエゾン様は初耳だったのか、目を見開いて抗議している。
「私も何度も反対したのだが……。アメリー、君が心優しいのは知っているがもう一度考え直してはみないか?」
「パトリス様、私も何度も考えました。ですが、ディオン様を救うにはこの方法しかないのです。夫婦になれば何れそういう事もしますし、私がディオン様の妻になる事でディオン様は妻に手を出しただけと言うことで丸く収まるんです。何れはパトリス様と……なんて夢見ていましたが。子爵家の私には過ぎた夢だったのです、分かってください。」
アメリーはザ・ヒロインといった様子で片手を口元に当て涙ながらに取り巻き達を説得する。
色々突っ込みどころ満載なのだが、彼等は気付いていないのだろうか……
「誣告だっつってんだろ。しかも、子爵家如きが公爵家に取り入るのは良いとか思ってんのか、あぁ?」
僅かに聞き取れるか聞き取れないかの声で紡がれた発言にビクリと肩が上がる。
今の声は誰のものだろうかと声が聞こえた方を向くと、隣にいるのはアネット様で、その後ろにクロエさんが立っている。
クロエさんかとも思ったが、彼女は無表情でアメリー達の様子を眺めているだけだった。
隣のアネット様に目を向けると彼女は扇子を広げて射殺さんばかりの目を彼等に向けていた。
「あー、イライラする。早く判決に移ってくれないかしら」
苛立たし気な空気を感じ取ったクロエさんがアネット様に気付いて嘆息を漏らす。
「静粛に!あなた方は何か勘違いしておられるようですが、私はアメリー嬢の誣告について審議している事をお忘れなきよう願います。」
裁判官の仲介に入り、アメリー達の茶番と思えるようなやり取りが止まる。
「アメリー嬢、貴女がディオン殿に襲われたと言うのは偽証である事が判明しております。それどころか、貴女自身がディオン殿に言い寄って相手にされなかったことに腹を立てて、あろう事かディオン殿を犯罪者に仕立て上げようとした」
「な、何を言っているんですか!違います!私は本当に襲われて!襲われそうになったところをパトリス様達に助けられたのです!」
「アメリーはあの時は本当に怖がっていた」
「あの涙は恐怖から来た本物の涙だった」
「裁判官、第二王子である私もこの目で見たんだ。信じたくはなかったが、ディオンはアメリーを襲っていた」
アメリーの後に側近や殿下達が続く。
「それは、本当に襲われている現場を見られたのですか?ディオン殿がアメリー嬢を組み敷いている、或いは詰め寄っている現場を」
「それは……アメリーが命からがら逃げて来るところしか見ていないが、制服は引きちぎられ乱れていた」
「ディオン殿は一切手を出しておらず、それがアメリー嬢自らの自作自演であるとすればどうしますか?」
「アメリーはそんな事しない!本当にアメリーは怖がっていたんだ」
「では、違うという証拠はありますか?」
殿下やジェルマン様の反論に裁判官は淡々と質疑を返す。
「証拠は……ないが。襲われた本人がそう言っているのだ!それが十分な証言だろう」
「話になりませんね。本人の証言など如何様にも自分に都合のいいように言い繕えます」
「そう言うならば、ディオンがアメリーを襲っていないという証拠はあるのか!」
「ありますよ」
『えっ!?』
パトリス殿下の啖呵に裁判官は即答で返す。
その事に、その場にいた殆どの者が驚きの声を上げた。
隣のディオン様からも小さな驚きの声が聞こえた事から、恐らく彼自身も自分の身の潔白を証明する方法を知らなかったのだろう。
まあ……もし、知っていれば私に隠したりしなかっただろうし……
だけど、二人きりの部屋で二人だけしか知らない真実をどうやって証明するのだろうか。
「ディオン殿には身の潔白を証明することの出来る証人がいます。どうぞ前へ」
裁判官に促され姿を現したのは思いもよらぬ人物だった。
「御前は……影の……!?」
「彼はディオン殿に付けられていた王太子殿下の臣下です」
「な、何故兄上の影がディオンに」
現れたのは私達を法廷まで連れて来た影の人だった。
パトリス殿下の問いに、発言を宜しいかと断りを入れてクリストフ殿下が立ち上がる。
「彼は私の臣下の中で二番目に腕利きの者だ。アネット嬢から申請があり貸し出していたのだ」
「王家の影を個人的に貸し出すなどっ」
「王家には彼女に取り返しのつかない非礼があるからね。六年前、お前が彼女に負わせた傷をもう忘れたのかい?」
「……っ、」
王太子殿下の発言にパトリス殿下は口を噤む。
六年前、パトリス殿下とアネット様には何か因果があるのだろうか?
「だが、パトリスの言う通り。だからといって王家の宝刀を個人的に貸し出すわけにはいかない。そんな時、最近お前達が一人の令嬢に入れ込み学園の規律を乱しているという報告があってな。お前達の行動を監視する為、パトリス、ディオン、エゾン、ジェルマン、エリクの五人にそれぞれ影を付けていたんだ」
「パトリス、お前に付いていた影は儂が選んだ奴だ。成人の儀を終え、お前に仕えさせる為に見守らせていたのだが、クリストフの言うように次第に監視役になってしまった。何とも嘆かわしい」
「で、ですが父上」
「言い訳など聞きとうないわッッ!!その影の報告ではアメリーとやらがディオンに色仕掛けで迫ったとある。二人の一部始終の会話の記録も書面に写させてある。」
陛下は隣に座る宰相から割と厚みのある紙の束を受取る。
「ほう、これは傑作だ。ディオンに無理矢理自分の胸を触らせながら本当の愛を私が教えてあげます、か。阿婆擦れに本物の愛というのがあるのか疑問だがな」
陛下の発言に法廷内はドッと笑いに包まれる。
「ひ、酷い……。私そんな事してないのに」
「父上、いくら何でもそんな嘘は──」
「嘘だと?」
先程まで嘲笑を浮かべていた陛下の形相が一瞬にして、武人のような気迫ある厳かなものへと変わる。
「嘘を吐いているのはどっちかまだ分からんのか。これを聞いてもまだ同じことが言えるか?"私が好きなのはディオン様なのです。ルナリアの愛は平民になって惨めになりたくないからディオン様の心につけ入った偽りの愛に過ぎません。本当に愛しているのは私なんです。"──彼女が愛していたのはどうやらお前達ではなくディオンだったようだな」
読み上げる内容に固まったのは殿下達だけではなかった。
アメリーの発言内容を聞いて私の思考も止まる。
アメリーはただ、引き合いに私を出しただけだったのかもしれないが、周囲の人々には私もディオン様に好意を寄せていてアメリーが彼を私に取られたくなくて迫っている。
そういった図式で衆目には伝わっただろう。
衆目は多くないとは言え、この場にいるのは高位貴族の者達だ。
貴族達の目が此方に向けられる度、分不相応だと言われているような気がしてならない。
「それと、彼女の沽券に関わるから弁明しておくが、ルナリア嬢は決してディオンやグラニエ家に付け込んだ訳では無い。そうだな、ナゼール」
「ええ。陛下の仰る通りです。ルナリア嬢をグラニエ家の使用人として招いたのはアネットの考えです。娘によると、ルナリア嬢には自分と同等の能力があると見込んで領地経営の補助に役立つと言って娘が彼女を引き入れたのです。」
グラニエ家の当主である宰相が陛下の問いに頷く。
というか、そんな話は初めて聞いたのですが!
領地経営の補助?
確かに王子妃として色々学んでは来たし、発展した日本で暮らしていた前世もあるけどアネット様のように大それた事など出来るはずもない。
「今は名誉回復とディオンの世話を任せる為育成科に通わせていますが、夏休み中は領地に戻ってアネットの補助に回ってもらうつもりです」
グラニエ家当主の言葉に高位貴族達は感嘆の声を上げたり興味深そうに私に視線を向ける。
私はアネット様のように優れた人物ではないからあまり期待しないで欲しいが、私にやれる事は確りとやるつもりだ。
「話を戻すが、この内容を聞いても尚ディオンに非があるとお前達は思うのか?」
「そ、そんなの影がデタラメ言っているだけです!私を陥れようとして」
「何のためにだ。何のために貴様のような小娘を影が陥れる必要がある」
「そ、それは……アネットとルナリアが買収したのよ!」
「公爵家のご令嬢、それも貴様よりも上位の者を呼び捨てにするとは何事か。それに、貴様はいつ儂と対等な口が聞ける程に偉くなったのだ。此処で斬り捨てたいところだが……今は裁判中である事と既に貴様等の処罰が決定している事に感謝するのだな。それと、王家の影を指揮出来るのは王族だけだ。買収など有り得ぬ」
「父上、待ってください!」
パトリス殿下が声を上げて間に入る。
「既に処罰が決まっているとはどういう事ですか!」
「この裁判は貴様等に罪を意識して貰う為だけのものに過ぎぬ。お前達は人として善悪をも分からぬようになってしまったようだからな。それに、ルナリア嬢に対する冤罪の払拭。お前達が犯した罪の重大さを自覚させるのが目的だ」




