35 責任
裁判官によって裁判は淡々と進められていく。
「裁判官、ちょっと待ってくれ」
次の審理に移る前にパトリス殿下から制止が入る。
彼の言動に裁判官は口を閉ざした。
「少し確認したいことがある。」
「何でしょうか」
裁判官が問うと殿下はアメリーへと目を向けた。
「アメリー……君は本当に他人を使ってルナリアをいじめるように指示したのか?」
「パトリス様、私はそんな事していません!本当です!信じて下さい!」
「信じたい!信じたいが……あんな物を見せられては……」
「あれは偽造です!ルナリア達が裁判官達と手を組んで私達を陥れようとしているのです!私は嘘をついていません……パトリス様、どうか信じて下さい」
アメリーは両手を胸の前で組んで瞳いっぱいに涙を浮かべて訴える。
陛下と王太子殿下は見定めるような目を二人に向けていた。
「殿下、アメリーを疑うのですか!?心優しいアメリーが非道な真似するわけありませんよ。エリクもアメリーと関係ないと言っていましたしあれはエリクの自業自得に過ぎません」
「そう、そうなんです!」
「俺はずっとアメリーの味方だ」
「ジェルマン様ぁ、ありがとうございます。私すっごく嬉しいですぅ」
アメリーはエゾン様の発言に同意して大きく上下に首を振る。
というか、この人達エリク様切り捨てちゃったよ……
エリク様は父親に見放され不正が発覚した事が精神に来たのか未だ呆然としていた。
まあ……彼は何かとディオン様と張り合って秀才キャラで通っていたからね。
「分かった……私はアメリーを信じる。ルナリアには君をいじめていた前例もあるしな。何より、アメリーがそんな事するわけがない」
「そうですよ。私がそんな事するわけありません。これは、ルナリアの策略なんです。平民に落とされた腹いせに私を陥れようとしているんです」
パトリス殿下はアメリーと側近達に丸め込まれてアメリーを信じることに結論付けた。
気の所為か、陛下と王太子殿下の視線が冷え冷えとしたものに変わった気がした。
裁判官の咳払いが入り、場の空気を戻す。
「審理を続けます。次に、ディオン殿よりアメリー嬢から誣告を受けているという申告がありました。昨日、談話室にて二人きりになった際、アメリー嬢がディオン殿に迫り相手にしなかったらその腹いせに彼が貴女を襲って来たという虚言を吹聴して回ったそうですね」
「う、嘘ではありません!本当に私はディオン様にっ……」
「裁判官!アメリーが襲われているところは私達も見ていた!ディオンがアメリーを襲ったのは本当のことだ!」
「俺も見ました。アメリーは制服を破られて恐怖の中懸命に逃げて来たんだ」
思い出すのも怖いと言った様子でアメリーは身体を震わせて、パトリス殿下に擦り寄った。
パトリス殿下はそんなアメリーの肩を抱いて裁判官に意見する。
「では、一つお聞きしたいのですが、何故アメリー嬢は襲われた相手に嫁入りしたいなどと言ったのですか?」
「嫁入りではありません!責任を──」
「責任を取ってもらおうと思った、ですか?貴女の言う責任は賠償や贖罪ではなく、ディオン殿と婚姻することだと報告が上がっております。襲われた相手に責任取って婚姻しろなど、普通怖くて言えないと思いますがね。ああ、失礼。これは、一人間の意見に過ぎないことです。アメリー嬢のような強姦紛いな事をされても相手を受け入れる器量がある珍しい方もいるのだなと思っただけですので」
「あ、あの時は吃驚して逃げてしまいましたけど私、ディオン様の事嫌いではないので、ディオン様に罰が下るのは嫌なのでそれなら私達が結婚して夫婦になれば問題ない話になると思ったんです」
アメリーは先程までの怖がりようは何処吹く風で、同情を示すような表情で言う。
どういう事……
アメリーとディオン様が婚姻?
ディオン様が責任取ってアメリーを娶るってこと?
その考えが頭に過ぎった瞬間、私の顔から表情が全て抜け落ちた。
疑問の後に湧き上がってきたのは拒絶だった。
いやだ。
ディオン様をアメリーに取られたくない。
彼がアメリーの手を取るところなんて見たくない。
もう……一人になりたくない。
婚約者には裏切られ、両親には捨てられ。
これ以上、裏切られるのも捨てられるのも嫌だった。
だって、一度一人になった私に人の温もりを与えてくれたのはグラニエ家の人達だったから。
アメリーを取るならばパトリス殿下と同じように私は捨てられる。
そう思うとこの場から逃げ出したくなった。
自然と体が出口へと向かおうと椅子から腰が浮く。
その時、
「大丈夫だ」
「大丈夫よ」
両隣からディオン様とアネット様に手を握られた。
二人は凛とした居住まいでアメリー達を見つめる。
握られた手が温かくて
掛けられた声が力強くて
二人は私の不安など簡単に拭い去っていった。
二人が大丈夫と言うならば信じよう。
捨てられ、一人ぼっちになった私に差し出されたこの手を握っていても良いんだと信じたい。
そんな思いで二人の手を握り締めると、ディオン様もアネット様も優しく握り返してくれた。




