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32 開廷


「父上!これはどういうことですか!?」

「裁判官の発言許可もまだだと言うのにせっかちな奴だ。どうもこうも事前にクリストフから説明があったはずだが?」



開廷早々にパトリス殿下が陛下へと身を乗り出して尋ねる。




陛下はそんな彼を諫めつつ、二階の特別傍聴席の方に座っていたクリストフ殿下に目を向ける。




陛下からの視線を受けてクリストフ殿下が立ち上がる。




「発言失礼致します。彼等には先刻別室にて本日の議題と流れを説明しております。」

「兄上、先程も申したように何故私達が被告人側なのですか」

「弟よ…それも説明したはずだが」

「確かに説明されましたが、納得行きません!」

「納得も何もお前は自分が何をしたのか分かっているのか!」

「そ……れは。し、しかし、確かにやり過ぎた部分もありますが、元はといえば全てルナリアやディオンが行った事を仕返しただけに過ぎませんっ」

「……仮にも国民を守るべき立場にある王族の者が、やられたからやり返すだと?本当に守らなければならないものも見失っていたとは失望したぞ、パトリス」



クリストフ殿下はパトリス殿下を見下ろし冷たく言い放つ。



「兄弟喧嘩はそのくらいにしろ。審理から脱線しておるぞ。」

「申し訳御座いません。」



クリストフ殿下は陛下からの叱責に謝罪を述べ席に着く。



「クリストフが事前に説明を行ったことは理解した。パトリスよ、異議があるのならば発言権を得てから発言をせよ」

「しかし……」



更に言い募ろうとしたパトリス殿下を陛下の鋭い目が威圧する。



言い淀むパトリス殿下。



「陛下、パトリス殿下は如何して私達が被告人側なのか疑問を持たれているのです。私達は被告人ではなく被害者のはずです」

「あ、アメリー!?国王陛下に何と無礼な事をっ」

「……誰が発言を許可すると言った、小娘」

「ひっ……」



アメリーは言い淀むパトリス殿下を庇うように陛下に進言する。




傍聴席にいた中年の男女が慌てふためいてアメリーを止めようとしているが、時すでに遅しであった。



傍聴席の男女はアメリーの特徴がそれぞれに見受けられることから恐らく彼女の両親であろう事が分かる。




武王として知られる精悍な顔立ちの陛下は普段から厳かさを感じるが、更に威圧しながら厳しい形相で睨められれば気の弱いものであれば一溜りもないだろう。



アメリーは陛下のあまりの迫力に逃げ腰でパトリス殿下の背後に隠れた。




それにしても、裁判長ではなく陛下に直接口を効いて直談判出来るとでも本当に思ったのだろうか。




相変わらず、アメリーの厚顔無恥は健在のようだ。




「場を乱してしまったな。裁判長、早速審理に移ってくれ」

「畏まりました。ではそうですね、円滑に審理を進める為に彼等の疑問を払拭するところから始めましょうか」



初老の域にある顎髭を(こしら)えた裁判長が髭を撫で付けながら、被告人席を一瞥する。



「パトリス殿下方は被告人である事に疑問を呈されましたがあなた方にはルナリア嬢に対するいじめ、暴行罪の疑いがかけられております。また、ディオン殿ルナリア嬢両者に対する誣告罪(ぶこくざい)の疑いもあります」

「誣告罪だと?そんな事はしていない!それに、いじめや暴行というのであれば私達ではなくルナリアが裁かれるべきであろう!」



パトリス殿下はそう言って私の方を指さした。



憎悪が篭もった目で睨み付けられ身体が強ばる。



俯いて小刻みに震える私の手を隣にいたディオン様が握った。



「……大丈夫だ」



小さくかけられた声に顔を上げると、ディオン様はパトリス殿下に対立するように鋭い目を向けていた。



ディオン様の温かい大きな手に包まれ次第に震えが止まった。




「誣告罪が何か知りませんが、いじめや暴行を受けていたのは私の方です!ルナリア嬢は普通科にいた時私をいじめ、ならず者をけしかけたりしたのです!」



誣告罪とは虚偽告訴等罪の古い言い方だ。




つまりは、パトリス殿下やアメリー達が虚偽の申告を行ったということ。




現に私とディオン様には彼等から冤罪をかけられている。



「君は名をアメリー・バルテ嬢と言ったかな」

「はい」

「アメリー嬢の告発は認められない。何故ならばその事に関する事柄は既に解決済みだからだ」

「え?で、でも…ルナリア様はなんの処罰も受けてないじゃないですか!現に公爵家に取り入って幸せに暮らしている」

「ルナリア嬢が幸せに暮らしているかどうかは別として彼女は自らを罰した。元は侯爵家の令嬢であったが自らの罪を受けいれ貴族社会を去り平民となった。」

「っ……、ルナリア様が貴族社会を追放されたのはそうですけど、追放されたはずなのに公爵家にいるのは可笑しいと思います!」

「私は追放ではなく去ったと言ったのだが……、まあ良い。平民となった彼女が公爵家に誘われて公爵家の使用人として働くのに何か可笑しいことでもあるかね?彼女の身分は公爵家で働こうとも平民のままだ」



裁判長は自前の髭を撫で付けながら、アメリーの質問に一つ一つ答えていく。



アメリーは打てば返ってくる質疑応答に徐々に眉が寄って不快感が滲み出ている。




「そろそろ論題に入っても良いかな」



押し黙ったアメリー達を小高くなった台の上から見下ろし尋ねる。




裁判長が裁判官に目配せをして審理を再開しようとした時、




「待って下さい!裁判長はルナリア嬢が自ら罰を受けたと言われましたがそれは正式な処罰を受けていないということではないですか」



発言したのはエリク様だった。




「自ら下した罰であろうと儂がその処罰を許した。身分降格の上貴族社会から除名される、この意味を同じ高位貴族であるお前達が解らぬわけではなかろう?それとも、何か。無一文で突然平民となってもまだ生温いと申すか?女性暴行の疑いがかけられている君たちが。」



裁判長を制して陛下が答える。



陛下の最後の発言にざわめく傍聴席。



だが、陛下はそんな事意に介さず厳しい視線を向ける。




暗に、彼等に対して私と同じ処罰を受けても文句は無いのかと問うている。




尽くされる側から尽くす側。




搾取する側から搾取される側。




環境が変わることはそう簡単なことでは無い。




それに、無一文の訳あり元貴族を誰が好き好んで関わり合いになろうとするものか。




平民としての暮らしの知識があったとしても、初めは面倒を見てくれる者を見つけなくてはいけない。



でなければ、職も与えられず流浪人となるか奴隷として売られる道しか私達元貴族にはないのだ。




そんな事、元高位貴族の者が耐えられるとは思えない。



貴族社会から追放された者達の末路は私達がよく知っている。




平民に落とされた元貴族は手切れ金を上手にやりくりして何とか食い繋いでいる者もいるがそれは、下位貴族が多い。




高位貴族で平民に落とされ今尚消息がわかる者は一割にも満たない。




「お前達がルナリア嬢と同じ処罰を受けるとは限らないが、身の振り方をよく考えて発言することだな」



陛下の言葉に被告人達は黙り込んでしまった。




「では、ルナリア嬢に対するいじめ、女性暴行事件並びに誣告について審理を行う。」




陛下から裁判官が場を引き継いで、漸く論題へと移った。

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