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31 入廷


法廷へと連れて来られた私達。



「パトリス殿下、ディオン様、ジェルマン様、エリク様、エゾン様、ルナリア様は此方へ。他の者達は別の部屋へとご案内致します。」

「ルナリア…大丈夫?」



二手に分かれる事となりエメが私の顔を覗き込みながら心配そうに尋ねる。




植え付けられた恐怖に覚束無い足取りで歩く私をエメはずっと支えてくれていた。




ディオン様が代わると言ってくれてたけど、彼にしがみつく訳にもいかないからエメに支えて貰っていたのだ。




エメと離れる心細さとディオン様以外の顔触れに恐怖心が湧き上がり、嫌々と首を左右に振った。




「あの…ルナリアが心配なので私も一緒に──」

「ご心配なさらなくともディオン様とルナリアは殿下達とは別の部屋にご案内致します。此処から先は、私がルナリアを預かりましょう」




エメが言いかけた時、廊下の奥から凛とした声が響く。




姿を現したのはクロエさんだった。




「おいで、ルナリア。大丈夫、お嬢様と私が守ってあげるから」



絶対的な安心感。




クロエさんの存在は私の不安を拭い去るには十分な人物だった。



「私の台詞を取らないでくれないか」

「これは失礼しました。あまりにもディオン様がヘタレだったもので」

「私に対してこんなにズバズバと切り込むのは君と姉上くらいだよ」




ディオン様は片手で顔を覆い盛大な溜息を吐く。




どうやら、彼はアネット様とクロエさんには頭が上がらないようだ。




「それで姉上はどうした」

「お嬢様は既に別室にてお待ちです」



クロエさんが質問に答えながら私の手を引く。




「ディオン様とルナリアは私が案内しますので貴方は殿下達のご案内をお願い出来ますか」

「承知致しました。それでは、それぞれ別室へとご案内致します」



私とディオン様はクロエさんが、殿下と側近達は影の人が、エメ達や男子生徒達は教師をしていたドーバントン家の一人が各部屋へと案内する事となった。




途中までは殿下達と方向が同じようで、私達は殿下達から距離を取って後ろからついて行くことにした。




辿り着いた部屋は殿下達が案内された部屋と対面する位置にあった。




「中でお嬢様と王太子妃殿下がお待ちです。どうぞ、中へ」




クロエさんは扉を開けながらとんでもない人物の存在をさらりと上げる。





心の準備を待たずして開かれる扉。




すると、中から影が飛び出して来た。




いや、正確には私の方に突っ込んで来た。



「ルナリアちゃ~~ンガッ」



突っ込んで来た物体は私の前に割り込んで来たディオン様によって、衝突は防がれた。



両手を突き出して突進して来た令嬢をディオン様が片手を上げ顔面を鷲掴みして止める。



「痛いわねっ!お姉様に向かって何をするのよ!」

「それは此方の台詞です。そんな勢いで突っ込んで来たらルナリアが吹っ飛ぶじゃないですか」

「大丈夫よ。ちゃんと手加減してるんだから!」

「姉さんの手加減の基準とルナリアに危害が及ばない基準を一緒にしないで下さい」

「何よ過保護ね。過保護過ぎる男はモテないわよっ」




突如として始まる姉弟喧嘩。




「お嬢様……親しい間柄の人物であってもはしたない行動はお辞め下さいと散々申し上げたはずですが?」



扉を閉めて、クロエさんが突っ込んで来たご令嬢、アネット様に冷ややかな目を向ける。



ビクリと肩を上げるアネット様。




「ふふ。アンったら相変わらず普段との落差が激しくって思わず唖然としてしまいましたわ。先程まで真剣にお話なさっていたと言うのに」

「だってー、あんな報告を受けたら傷付いたルナリアちゃんを一刻も早く抱き締めてあげなくちゃってカティも思うでしょ?」

「そうね。早急なケアは大事だけどアンの対応には同意し兼ねるわ」




穏やかな声が聞こえそちらに目を向けると王太子妃様が頬に片手を添えて微笑んでいた。



「お久しぶりですわね。ルナリアさん、貴女の境遇はアンや影の報告から伺っているわ」

「お、お久しぶりで御座います、カトゥリン様」




王太子妃であるカトゥリン様はたおやかな動作で立ち上がり挨拶をする。




私は慌ててカーテシーで返した。




「ふふ。そう畏まらないで、貴女とはあまり直接話したことはなかったけれどアンから貴女の話を聞くうちに勝手に妹のように思っていたのよ」

「カティ、駄目よ!ルナリアちゃんは私の妹になるんだから!」

「あら、でもまだ妹では無いのでしょう?二人はまだ付き合っていないのだし。それなら、本来義姉になる予定だった私にも妹として可愛がる権利はあるはずよ」




アネット様がディオン様を押し退けて私を抱き締める。




何が何だか状況の理解が追い付かない私は狼狽えて助けを求めディオン様に視線を向ける。




すると、ディオン様は氷点下まで達した冷たい目をしてアネット様の襟首を掴み私から引き剥がした。




「姉さん…勝手に話しましたね…」

「あ、あはは~。だって、だってえ、我慢出来なかったんだもん。一緒に盛り上がってくれる人が欲しかったんだもん!」

「だもんとか言っても可愛くありませんから」

「やーん。ディオンが怖いよー、カティ助けてええ」

「自業自得ですわ。それよりアン、そろそろ本題に入らないと時間がありませんわよ」



カトゥリン様のその言葉にアネット様の空気がガラリと変わったのが分かった。



「そうね。こんな事してる暇は無かったわ。ルナリアちゃん、今日起きたことはコームから話を聞いたわ」

「え?」

「コームは訳あってグラニエ家に手を貸してくれているのよ。だから、貴女の学園での様子は逐一報告が入っているわ。ディオンにも毎日報告がいっていたはずよ」



そう言ってアネット様は部屋の隅の方へと目を向ける。




そこには、コームさんの姿があった。




全然気が付かなかった。




というか、いつの間に此処に来たのだろうか。




彼はエメ達と一緒にいると思っていたのだが。




そう言えば馬車を降りてからは彼の姿を見ていないような、と考えたところでアネット様が真剣な顔で言葉を続ける。




「ルナリアちゃん、貴女には辛い思いをさせたわね。貴女に危害が及ばないようにする事も出来たのだけど、ルナリアちゃんには育成科でトップクラスに入ってもらう必要があるの。ディオンからの提言があったのだけれど危険や人の害意に対する対応力と察知能力を身につけてもらう為に後見は付けなかったのよ。それに、害心がある者を徹底的に排除するには早い方が良いとも思って…。まだ侍女として未熟な貴女なら早々に叩き潰そうとする輩がいると思ったからね。だけど、階段の件と側近達の動きは流石に予想外だったわ。結果的に餌にするような形になってしまってごめんなさいね」




要約すると、侍女として右も左も分からない状態の私を一人で育成科に入れることで不穏分子を燻り出すつもりだったのだろう。



「アメリー嬢の意図に気付いて、貴女に必ず手を出して来ると踏んだのだけど…断罪するに十分な汚行の証拠を掴む為とはいえ裏目に出てしまったわね。それに、まさかグラニエ家の後ろ盾があるにも関わらずアメリー嬢以外の者達が貴女に手を出すとは思わなかったわ。怖い思いをさせてしまって申し訳ないわ」




そう言ってアネット様は私に頭を下げた。




「そ、そんなっ。顔を上げてください。アネット様はわたくしの為にして下さったのですよね?アメリー様の意図というものは分かりませんが、日頃からアメリー様から向けられていた悪意に関係があるのですよね?それに、回避出来なかったのはわたくしの未熟さと身勝手な行動が産んだ結果ですので謝るならわたくしの方です」

「本当に、ルナリアちゃんは優しいわね。私達は貴女に一年で育成科のトップクラスに入れ、なんて無理をさせているというのに……」

「わたくしはアネット様に拾われた身。それに、公爵家に仕えるには爵位が必要とされる中、平民のわたくしを雇って下さったのです。それも、訳ありで貴族から追放されたわたくしを雇うなどただの平民を雇うよりも世間体が悪くなります。爵位がないのであれば実力、能力的観点からわたくしの存在を認めさせる必要がある事は重々理解しております」




公爵家に雇われているのは女中や使用人から全て爵位持ちの令息令嬢達である。




女中とかであれば、外に出ることはないので平民を雇っても分からなかっただろうが私は別だ。




元侯爵家の人間。




それも、第二王子の元婚約者で公衆の面前で婚約破棄をされ貴族社会から追放された令嬢となれば体面が悪い。




理由はどうあれ、王族から婚約破棄をされるような令嬢は衆目からすると婚約破棄される程の何かが欠落した人間であると傍目には映るだろう。




「理解を示してくれて嬉しいわ。その為にもルナリアちゃんに迫る学園内での害意を取り除く必要があったの。そこで、本題に入るわ。私は今日、王太子殿下と陛下にアメリー嬢とパトリス殿下、その側近達を告発したわ。流石に陛下が今日中に動いてくれるとは思わなかったけど……」

「国王陛下も今まで散々パトリス殿下に苦言を呈して来ていたのだけれど、最近の態度は特に目に余る酷い有様だったから業を煮やされてしまったのだと思うわ。ルナリアさんとの婚約破棄も陛下に相談も無く勝手に行われたことでしたし」

「理由はどうあれ早急に動いてくれた事は嬉しいわ。王太子であるクリストフ殿下のお力添えで裁判が開けたとしても結局は王族に判決を下すには国王陛下の許可も必要になるからね。っと、脱線したわ。ルナリアちゃんにお願いしたい事はディオンと共に原告として裁判に参加して欲しいの。貴女の証言が一番重要になってくるわ」




ここまでして貰って私が拒否することなど出来ない。




だが、



「わたくしの証言は聞き入れて頂けるのでしょうか……」




それが不安だった。




私は冤罪もあるとはいえ、貴族社会を追放された言わば前科持ちでもある。




そんな人物の証言を受け入れてくれるのだろうか。




「そこは心配しなくても大丈夫よ。此方には証拠も証人も用意してあるわ。ルナリアちゃんは事実を述べてくれるだけで良いわ。あとは、私とディオンで何とかするから。本当はすぐに休ませて上げたいところ何だけど……」

「い、いえ……。アネット様にここまでして頂いているのに当人が休むなど出来ません!寧ろ、アネット様のお手を煩わせてしまって申し訳ないです」




アネット様に迷惑をかけてしまった事が申し訳なくて俯いた。




すると、アネット様が私の頬を挟んで顔を持ち上げる。




「私はルナリアちゃんの主人よ。従者が他者に貶されれば助けるのは当然でしょう?貴女達が命をかけて私を護ってくれるのであればそんな貴女達下の者を権力の害意から守るのが主人である私達の役目よ。」



真面目な顔で話すアネット様の言葉が私の胸の奥に深く浸透していく。




彼女の真剣な表情と理念にこの方を何としてもお護りしよう。そう、強く思った。




アネット様の期待に応えたい。




この方について行きたい。




そう思わせるモノがあった。




「ルナリアを誑し込まないで下さい、と言いたいところですが姉さんの言う通りですね。ルナリアは私の侍女だ。人の侍女を他者に泣かされるのは正直のところいい気はしませんね」




ディオン様が賛同を示したところで、扉が叩かれた。



「法廷の準備が整いましたので御迎えに上がりました」




正装を見に纏った中年男性が姿を現す。




私達は中年男性の後に続いて、法廷内へと踏み入れた。




そこには王太子殿下と重鎮、数人の貴族達の姿があった。




そして、被告人席にはパトリス殿下と側近達、学校を休んでいたはずのアメリーと捕えられた男達がいた。




原告側にはエメ達の姿があって、エメと目が合うと何だかホッとした。



カトゥリン様は王太子であるクリストフ殿下の元へと向かい隣の席に座った。




最後に国王陛下と宰相、裁判官が登場して会場は自然と静まり返った。




「では、これより審理を開始します」




裁判長の厳かな声が法廷内に響き渡った。

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