30 影登場
抵抗をしても複数の手に押さえ付けられて身動きが取れない。
もうダメかと諦めかけた時。
ドアを破壊する音と共にディオン様、エメ、ブリスさん、クロードさん、コームさんの五人が現れた。
「ルナリアっ、大丈夫!?」
クロードさんとブリスさんが私に襲いかかっていた男達を薙ぎ払いエメが側まで寄って来る。
「なんて…酷いことをっ」
エメは私の様子を見て眉宇を寄せる。
助けに来てくれたことは素直に嬉しい。
だけど、自分が仕出かした浅慮な行動に嬉しさよりも罪悪感が勝り自己嫌悪に陥る。
ディオン様に学園に来るなと言われていたのに、勝手に出て来て殿下達の側近達に捕まって罠に嵌って……
こんな事になるとは思っていなかったとはいえ、身勝手に行動した結果がこれだ。
ディオン様に迷惑をかけて、エメ達関係無い人まで巻き込んで迷惑をかけた。
「ごめんね…エメ」
「ルナリアが謝る事じゃ──」
「そこを退きなさい。」
膝を抱えて蹲る。
エメの言葉を掻き消す声にエメが立ち上がり体術の構えを取る。
相手はエリク様でエメに近寄ろうとした時、一瞬にして床へと沈んだ。
エリク様はピクリとも動かない。
彼を床へと沈めたのはディオン様だった。
「ルナリア、無事か?!」
ディオン様が私の元に駆け寄る。
ディオン様を目の前にした瞬間安堵感やら先程までの恐怖心、罪悪感など色々なものが込み上げて目の前が霞む。
必死に泣いて縋りたい衝動を堪える。
そんな資格は私にはない。
ディオン様の言いつけを破り、身勝手な行動が起こした自業自得の有様だ。
双眸に溜まる涙を隠すように俯いた。
ふわりと肩に何かが掛けられる。
肩に掛けられたのは上着で、ディオン様の匂いが鼻腔を掠めたかと思えば彼に前から抱き締められていた。
「ルナリア、すまなかった。きちんと、説明をするべきだった。そうすればこんな無茶をすることも怖い思いをさせることも無かった」
ディオン様の腕に力が入る。
「怖い思いをさせてごめんな…」
抱き締める彼の腕が微かに震えている。
違う。違うの…。
悪いのは私だ。
ディオン様は学園には来るなと忠告していた。
それは、あの噂を知られたくなかったからだろう。
なのに私は身勝手に行動した。
ごめんなさい。
ディオン様は悪くない。
そう、言いたいのに喉に何かがつっかえたみたいになって声が出なかった。
声を出したら泣いてしまいそうで、出てくる言葉は全て泣き声に変わってしまいそうで。
私が泣いてはいけない。
だから、大きく首を左右に振った。
「ルナリア?」
顔を上げるとディオン様と目が合った。
ディオン様は泣いてはいなかったけど、瞳の奥が泣いていた。
私に対する罪悪感でディオン様の表情が泣いているように見えたのだ。
「っがう…ちが、うの。ディオ…さま…は、悪く…ない。ディオン様は…言った…のにっ…わた、し…が勝手に…」
声が震える。
喉がつっかえて上手く喋れない。
一言喋るごとにしゃくり上げそうになるのを必死に堪える。
気が緩んでしまうと一気に感情と共に涙が溢れてしまいそうで、思い切り眉間に皺を寄せて耐える。
「……我慢しなくていい。話なら後でちゃんと聞くから今は泣きたいだけ泣いていい。思いっきり吐き出していい。俺がルナリアの全てを受け止めるから」
ディオン様はそう言うと私の後頭部に手を回して胸元に引き寄せる。
彼の言葉が引き金となって押さえ込んでいた感情が溢れ出す。
「こわ…怖、かった…。ディオン様、ごめんなさいっ……ごめんなさいっっ」
彼は何も言わずに逆の手で背中を摩る。
私はディオン様の服を握り締め胸元に顔を埋めて泣いた。
感情のままに全てを吐き出し、落ち着くまでそのままでいてくれた。
「助けに…来てくださり……ありがとうっ、ございます…」
徐々に落ち着きを取り戻してきて、御礼をまだ言っていなかった事に気付いてしゃくり上げながら礼を言う。
「ああ。……間に合って良かった」
顔を埋める私の頬にディオン様の手が添えられる。
誘導されるように顔を持ち上げられては額に、目尻に、頬へと口付けられる。
酷く安堵した表情をするディオン様と目が合った。
口付けられた方と反対の目尻に溜まった涙を彼の親指が拭う。
再び彼の顔が近付き鼻先が触れ合う。
唇と唇が触れ合いそうな距離。
「ん゛ん゛っっ」
静まり返った室内に一つの咳払いが響く。
我に返り、ディオン様しか見えていなかった世界に背景が戻って来る。
側近達含め既に男達は倒されており、ディオン様の後ろの方にいたエメは両手で顔を覆っているものの、目の部分だけは指が開いて此方をしっかりと見ていた。
羞恥に顔が赤く染まる。
今までずっと人に見られていたのかと思うと、顔を上げることが出来なくてディオン様の胸に再び顔を埋めた。
顔を伏せていた私は頭上でディオン様が咳払いをしたクロードさんに鋭い視線を向けていることなど知らなかった。
「何だこれは…」
微妙な空気が流れる中、驚きの声が聞こえた。
顔を上げようとする私の頭をディオン様が自身の胸に押さえ付ける。
確認しなくとも声で分かる。
何年間と隣で聞いて来た声。
「ついてこられたのですか、パトリス殿下」
「あんな報告を聞いてついてくるなと言う方が無理だろう」
歯切れ悪そうに言うパトリス殿下の声が聞こえる。
「本当に貴方は知らなかったんですね」
「だから、最初から言っていただろう!まさか、私のいないところでこんな事をしているとは思わなかった。ディオン、もしかしてそこにいるのはルナリアか」
殿下の焦点が私に向けられて思わず肩が上がる。
小刻みに体が震える。
殿下は今回の件に関与しておらず、側近達の独自の行動と言っているが、恐怖に体の震えが止まらない。
だって……
「殿下、この女は一度アメリーと同じ目に合うべきです」
「そうです!この女にもアメリーと同じ恐怖と苦しみを味わわせてやらなければ」
「だが、だからと言ってこれは…」
「アメリーが泣きながらルナリア嬢も同じ目に合わないと心が晴れないって言っていたんだ、殿下っ!」
「何!?そうなのか!?まあ…先に手を出したのは向こうだし仕返しされても自業自得であるな」
そう言うと分かっていたから。
「殿下っ…いい加減に──」
「お取り込み中失礼致します」
ディオン様の言葉に被せて、また新たな人物の声がした。
「何だ、お前達は」
「殿下にお会いするのは初めてで御座いますね。わたくしは王家に仕える影。この者達は学園の各至る所に潜んでおりましたドーバントン家とその分家の者達で御座います」
そこには清掃員や教師の格好をした者達に、普通科の学生がいた。
「この者達がドーバントン家だと?そんな事は初耳だぞ!」
「それはそうでしょう。彼等は潜んでおられたのですから。他にもまだこの場には来ていない者もおりますのでドーバントン家の手の者はこれだけでは御座いませんよ」
「何だと!?」
「それはそうと、早速本題に移らせて頂きます。わたくし共はあなた方を御迎えに参ったのです」
「迎えだと?」
「はい。王太子様の命によりパトリス殿下、ディオン様、ジェルマン様、エリク様、エゾン様、ルナリア様、アメリー様をある場所へとご案内致します」
影の人がそう言うと、ドーバントン家の者達が此方に向かって来る。
その時、影の人の手元に頭上から一枚の手紙が落ちてきた。
「ちょっと待てお前達」
影の人がドーバントン家の者達を制す。
封を開け手紙の内容を確認した影の人は静かに手紙を元に戻す。
「国王陛下より御命令です。この場にいる者は全員法廷へとご案内致します。万が一、抵抗する者がいれば多少手荒になっても引き摺ってでも連れて来るようにとのお達しです。」
「法廷!?それに父上が何故!」
「それは行けば分かります」
私達は影の人の指示の元学園の隠し通路を使って外に出ることになった。
外には馬車が用意されており、馬車に乗って法廷に向かうとのこと。
途中、コームさんが替えの制服を取って来てくれてそれに着替え私達も法廷へと向かった。




