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26 ヒロインの思惑(三人称視点)


室内に足を踏み入れると中にいたのはアメリーだけだった。



「殿下に呼ばれて来たのですが、パトリス殿下は何方に?」

「パトリス様は後から来られます。私がディオン様に用があったので少しお時間を頂いたんです」

「では、出直します。殿下が来られる頃にまた出向きますので殿下にそうお伝え下さい」



ディオンはそう言うと踵を返す。



「ま、待って下さい!私がディオン様とお話があったのでパトリス様に無理を言って二人きりにして頂いたのです」



アメリーは部屋を出ようとするディオンに背後から抱き着いて引き止める。



「離して頂けますか」

「嫌です!最近のディオン様何だか様子がおかしいですよね。パトリス様や他のみんなとも最近仲違いされているみたいですし。何か理由があるんですよね?」



押し黙るディオンにアメリーはニヤリと口角を上げて回す腕に力を込め背部に擦り寄る。



「私はディオン様の味方です。本当はパトリス様達と仲良くしたいのに出来ない理由があるんですよね?私には分かります。ルナリア様の存在がディオン様を苦しめているんじゃないですか?」



自分の推理が正しいものだと推測してアメリーは更に言い募る。



「今からでも遅くありません。パトリス様にお話してみんなで解決策を探せばディオン様は解放されます」



アメリーはディオンの背中に自身の胸を押し当てディオンが自分に堕ちたと確信して酔いしれた表情で顔を上げる。



「ひっ…」

「先程からその不快なものを押し付けるのは辞めて頂けますか。それと、貴女の声も不快です」




絶対零度の眼差しでアメリーを見下ろすディオンに恐怖して抱き締めた腕が緩む。

ディオンは緩んだ腕を払うように彼女の手を離させる。



「何か勘違いをされているようなので一つ言っておきますが、弱みを握られ囚われているのはルナリアの方ですよ。まあ、だからといって俺は彼女を解放する気はありませんが」



肝が冷えるような目を向けられていたかと思えば、最後にディオンは慈しむような表情でそう口にした。

アメリーはディオンの一人称の変化やまるで彼自身がルナリアに好意を寄せているような口振りに瞠目する。



「えっとぉー…今の言い方だとディオン様がルナリア様の事を好きだから傍に置いてるって勘違いされちゃいますよ?」

「そう言ったつもりですが」



アメリーは自分の勘違いだろうと笑顔で指摘をするが、ディオンは表情一つ変えずにアメリーの言葉を肯定する。




「では、私はこれで失礼します」



ディオンはドアノブに手をかけ部屋を出ようとする。




「そ、そんなの嘘よ。そんなシナリオなんてなかったし。ディオン様がルナリアを好き?ないないない。ディオン様はお父様の厳しい教育とかお姉さんに煙たがれてたりとか権力で奪われたものがあって権力を欲しがったり愛に飢えてる設定の描写はあったけどルナリアを好きなんて描写は一つも無かったのに!」



アメリーは取り乱した様子で喚く。



そこで、アメリーは何かに気付いたかのようにハッとして顔を上げる。



「ルナリアも転生者なんだ。だから、ディオン様の設定を知っててディオン様を攻略したんだ!悪役令嬢は悪役令嬢らしく奴隷にでもなっていればよかったのに!しかも、寄りによって私の最推しのディオン様を攻略するなんて許せない!!」



その考えに思い至ったアメリーはルナリアに対してふつふつと怒りが沸く。



「ディオン様、貴方はルナリアに騙されています。ルナリアは本当は酷い人なんです。もう頑張らなくていいとか辛かったですよねとかそんなの上辺だけの同情で腹の中ではきっと嘲笑っているはずです!その点、私はディオン様の本当の寂しさも辛さも貴方の強さも知っています」



アメリーはディオンを離すまいと腕を引いて引き止める。



「離して下さい」

「嫌です。ディオン様が目を覚ますまで離しません!ディオン様、私が好きなのはディオン様なのです。ルナリアの愛は平民になって惨めになりたくないからディオン様の心につけ入った偽りの愛に過ぎません。本当に愛しているのは私なんです。」



アメリーは扉とディオンの間に割り込むと扉の鍵を施錠して片手はディオンの首裏に、もう片方は彼の手を掴んで自身の豊胸の一つを押し当てる。



「ディオン様、愛しています。本当の愛を私が教えてあげます」




アメリーは踵を上げて顔を寄せる。



彼の唇に触れようとした瞬間、ディオンは口を開いた。



「いい加減にしろよ」



不快感を顕にした低い声が室内に谺す。



ディオンはアメリーの口元を手で塞いで接吻を阻止すればそのままアメリーの頭部を引き剥がした。


「うっ、」



アメリーは引き剥がされた勢いで後頭部を強打する。



「さっきから聞いていれば勝手なこと言いやがって」



胸に置いた手はいつの間にか振りほどかれて、アメリーを扉に貼り付けるように逃げ場を塞ぐ。




「そんなに知りたいなら教えてやるよ。ルナリアは俺に同情の言葉何か一度もかけたことないし愛も囁かれた事だってない。俺が一方的にルナリアを愛してるだけだ」

「そっ、そんなの嘘よ。私はヒロインだからディオン様が本当に愛してるのは私のはずっ」



アメリーは口を塞ぐ手を外してディオンの言葉を否定する。



「ハッ、俺がお前を愛してるだと?ルナリアを陥れた女を殺したい程に嫌っても好きになるわけがないだろ」



反吐が出るとでも言ったように、ゴミを見るような目を向ける。



「それと権力に奪われたものがあると言ったな。奪われたのはルナリアだよ。七年前、殿下に奪われたのがルナリアなんだよ。殿下は俺がルナリアから身を引く代わりにルナリアを幸せにすると約束した。だが、その約束をあいつは破った」



ディオンの表情が苦渋に歪む。



「殿下に任せた俺が馬鹿だったよ。ルナリアは俺が幸せにする。邪魔する奴は容赦しない。それが例えパトリス殿下であってもな」



炯眼がアメリーを射る。



向けられた殺気に脚が震える。



ディオンはアメリーから手を離した。その時、



「アメリー中にいるんだろ?話は済んだのか?」




扉を叩く音と殿下の呼び掛ける声が聞こえた。



漸く、本来の目的の人物が来たかとディオンはアメリーを押し退け扉の施錠を解錠する。




殿下を招き入れようとドアノブに手を掛けたところで、アメリーは制服のボタンを弾けさせて胸元を晒した。



「何を…」



驚くディオンを押し退けてアメリーは扉を勢いよく開けて外に飛び出した。



「パトリス様あぁぁ」

「アメリー!?どうし…なっ!どうしたんだその格好は!?」

「ディオン様が急に押し倒して来て…。本当はパトリス様達と仲直りするように説得するだけだったんだけど私の言い方が悪かったのか、ディオン様が急に私を襲って来たんです」




アメリーはポロポロと涙を流して殿下に縋り付く。



「何と酷いことを!!」

「ここ迄する奴とは思わなかった」

「アメリーの優しさを好意と勘違いしたのでしょう」

「ディオン…貴様あああぁぁ」




側近達がアメリーを護るようにディオンとの間に躍り出る。

殿下は怒りの炎を目に宿してディオンを睨み付けた。

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