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20 怪我


投げ出された身体は自ら飛んだことで、勢いがついて踊り場の水平に向かって落ちて行く。




衝撃に備えてキツく目を瞑った。




「そこの人、ルナリアを受け止めてええええ」

「っっっ!!!間一髪」

「え?!ルナリア嬢?如何して」

「おい、大丈夫か!」




踊り場に現れた人物に向かってエメが咄嗟に声を上げた。




私は踊り場に現れた人物を巻き込んでしまい、下に居た人物を下敷きにして共に倒れる。




閉じた目を開け誰かを巻き込んでしまった事を直ぐに理解した私は急いで立ち上がろうとするも、混乱と恐怖に身体が言うことを聞かない。




「はっ…はっ…」



言葉を発しようとするも出て来るのは荒い呼吸ばかり。



全身の血液が心臓と同化したかのようにドクドクと心臓だけでなく血潮が波打つ。




早く立たなければ。



そう思うのに身体が動かない。




それどころか、巻き込んで座り込んだままになっている人物に縋るように両手に相手の制服を握り込んで震えることしか出来なかった。




「大丈夫。ルナリア嬢落ち着いて、大丈夫だから」




私の背中を律動を刻んで優しく叩く。




顔を上げるとそこにいたのは、



「クロード…さ、ん」



巻き込んで一緒に押し倒してしまったのはクロードさんだった。



「すみ、ません。すぐ、退きますっ…」

「焦らなくていいよ。俺は大丈夫だから、落ち着くまで動かなくていいから」



クロードさんは私を抱き留めたまま背中を摩ってくれた。



その動作に徐々に落ち着きを取り戻す。




「ルナリア!大丈夫っっ!?ごめんね、私を庇った所為で」

「エメ…大丈夫。エメが無事で良かった…」

「エメ、こりゃどういう事だ」

「如何してルナリア嬢が上から落ちてくる事態に?」



慌ててエメが駆け下りて来る。



クロードさんの他にも、ブリスさんとコームさんも一緒だったようで二人は私が階段から落ちて来た事に驚いていた。



「上にいるあの二人に押されて階段から落ちそうになったところをルナリアが私を助けようとして入れ替わる形で落ちちゃったの」



そう言ってエメは未だ上の階で固まっていた女生徒を鋭く睨み付ける。



「ちが、私はただ肩を押しただけで落とすつもりはっ…」

「わ、私は関係ないわ。私は手を出してないもの」

「二日前ルナリアが階段から落ちたのは貴女達の所為じゃない!一度ならず二度までもこんなことをするなんて!!」

「あ、あの時も本当は肩が当たっただけで態と落としたり何かしてないわ」

「今回だって落とすつもりは無かったのよ。あ、貴女が大袈裟に足を後ろにやって踏み外したからこんな事になったのでしょう」



二人の女生徒は責任転嫁や逃げ口上を言う。



「言い逃れをする前にルナリアの心配や謝罪もないわけ!?」

「わ、私は悪くないわ」

「おい、いい加減にしろよ」

「僕も久し振りにムカムカして来たよ」

「な、何よ。貴方達には関係ないでしょ!」



怒鳴るエメに続いて、ブリスさんとコームさんの二人も女生徒に鋭い目を向ける。



「ルナリア嬢、落ち着いた?」

「はい。本当に申し訳ございません。クロードさんはお怪我は御座いませんか」

「これくらい心配ないよ。こう見えて毎日鍛えているからね」



エメ達が口論をしている間何とか落ち着きを取り戻し立ち上がろうとした時。



「いっ…」



右手首に痛みが走った。



「ルナリア嬢?もしかして、」

「同じところをやってしまったようですわ」



クロードさんが受け止めてくれたとはいえ、患部と同じところを強打してしまったようだ。




折角、腫れも引いてきていたというのにぶり返しだ。




「エメ嬢、ブリス、コーム。俺はルナリア嬢を医務室に連れて行く。グラニエ様への報告と後の事を頼む」



クロードさんはそう言うやいなや私を横抱きして、階段を下って行く。



「く、クロードさん。わたくし、自分で歩けるので大丈夫ですわ」

「え、ちょっとクロード!?ルナリア怪我して──」



返事を聞く前に動き出した事によって、エメの声はすぐに遠くなっていった。





「ルナリア!」



数分後。



エメとディオン様が医務室に姿を現した。




「ディオン様、如何して此処に」

「彼女から報告を受けた。怪我の具合は」

「大丈夫ですわ。一週間程で腫れも引くそうです」

「……そうか」



骨折等の重症にはならなかった事が本当に不幸中の幸いだ。




ディオン様は、私の隣にいたクロードさんへと目を向ける。




「私のルナリアを助けてくれたのは君か」


!?



い、今何と!?




ディオン様の思いがけない発言にその場にいた全員が目を見開いた。



何だか変な単語が聞こえたような…




「ええ。貴方の"侍女"を助けたのは私ですがなんて事は無いですよ。偶々ルナリア嬢が落ちてくるところに居合わせただけですので。ですが、ルナリア嬢に大きな怪我が無くて良かった。ルナリア嬢をお助け出来て良かったです」

「…私からも礼を言う。私のルナリアが大惨事にならなかったのも君のお陰だ」





ん?



ンンン?





ディオン様は何時もと変わらない無表情でクロードさんは人好きのする笑顔を浮かべている。




だけど、何故か空気が重い気がするのは気の所為だろうか。




エメに目を向けると、顔を俯かせていた。



しかし、その下の顔には笑みが浮かんでいるのか口角が上がっていて時折ディオン様とクロードさんの姿をチラ見している。




「貴女も大変ね。だけど、ま、頑張りなさい。もう戻ってもいいわよ」




何かを察した保健医が私の肩に手を置く。




ただ一人、現状を理解してない私は保健医の言葉にただ首を傾げるしか無かった。




「ルナリア。今日はもう帰るぞ」

「あ、じゃあ私ルナリアの荷物持って来ます」

「ああ、頼む。」




そう言うとエメは医務室から出て行った。



「あ、あの…ディオン様。授業は宜しいのですか?」




次の授業はもう既に始まっている。




「先生には報告している。それに、私もルナリアと一緒に寮に戻るよ」

「えっ、そ、そんな。大した怪我でも無いですしわたくしは大丈夫ですので、ディオン様は授業にお戻り下さい」




従者の怪我が原因で主に授業を欠席までさせるなど持ってのほかだ。




「お話中申し訳ございません。差し支えなければルナリア嬢は私が送って行きますよ」

「そんな。クロードさんにも御迷惑おかけ出来ません。わたくしは一人で大丈夫ですわ」

「ルナリア、荷物持って来たよ」




更に重くなる空気。




そこでタイミング良くエメが姿を現した。




「ありがとう、エメ」




渡りに船と安堵した表情でエメを振り返る。



「……君の手は必要無い。行くぞルナリア」




左手を捕まれ引かれる。




ディオン様はエメから私の荷物を受け取ると私の手を引いたまま医務室を後にした。



ディオン様と私ではコンパスの長さが違う為少し小走りで後をついていく。




「あ、あの…ディオン様?」




ディオン様は止まることなく歩みを進める。



今の時間は授業中なので廊下には誰もいない。




少し歩いた所で、人気のない廊下の影に引き込まれる。




突如目の前に広がる闇。




いや、違う。




私はディオン様に抱き締められていた。




「すまない、ルナリア…」




小さく紡ぐような声が聞こえ顔を上げる。




しかし、それを阻むように後頭部にディオン様の手が周り胸元に頭部を押し付けられた。




私を抱き締める腕に僅かに力が入る。




「ディオン様」



彼が優しい事は既に知っている。




「わたくしは大丈夫です。ディオン様の所為では御座いませんわ」




彼の制服を掴んで身体を預ける。




彼は恐らく私をこの環境に入れた事を悔やんで自分を責めているのかもしれない。




「わたくし、育成科に入れてとても良かったと思ってます。親友と呼べる存在に出会え、ディオン様やアネット様だけでなく、私を信じて受け入れてくれる人達がいることにも気付けました。グラニエ家の皆さんにはとても感謝しております」

「だが、育成科になど入れなければルナリアが危険な目に合うことも無かった」

「それも覚悟の上ですわ。平民が公爵家に仕えるなど世間体が悪い。それでも尚、グラニエ家の皆さんはわたくしを受け入れてくれました。平民となった私が認められるには育成科で優秀な成績を収めなければなりません」



アネット様の狙いは此処にある。




育成科でトップで卒業するか優秀な成績を収めることで、侍女侍従としての質を証明出来る。




本来であれば階段から突き落とされようとも、自分で対処出来る程の力をつけなければならない。




アネット様の侍女であるクロエさんならば、この程度怪我一つ負うことなく対処出来たことだろう。




ディオン様の力が僅かに抜けたのを見計らって顔を上げる。




「ですから…どうかそのような顔をなさらないで下さいませ」




この顔は以前にも見た。




柳眉を寄せて自分が傷付いたような顔をする。




この方は私の為に自分を追い込む。




「ルナリア…」



あの時と同じ切ない声で私の名前を呼ぶ。




胸の辺りがキュッと締め付けられる思いがした。




ディオン様の頬へと手を伸ばす。





「わたくしはディオン様に救われております。どうか自分を責めないで下さいませ」

「……ルナリアには適わないな」




触れた頬が掌に擦り寄り困ったように彼は微苦笑を浮かべた。




そして、再び静かに私を抱き寄せた。




こんな事を口にすれば自惚れだと罵られるかもしれない。




だけど、過ぎった考えは否定よりも肯定へと進んでいく。




ディオン様はもしかして私の事が好きなのでは?




彼に抱き締められたままその思いが過ぎってからと言うもの頬に熱が集まり心臓が落ち着かない。




ディオン様は優しい。




誰にでも向けられる優しさではないが、懐に入れた者に対しては特にだ。




だから、その懐に入れた者の一人ということも有り得るが私といる時は本性を隠そうともしない。




その上、いつも迫って来るのは私の事が好きだからと考えれば合点が行く。




そう考えると、ディオン様に迫られる度、胸の奥に何かがつっかえたような感覚がスっと消えた。




自惚れじゃなくて、本当にそうだといいな…




ディオン様の胸に顔を埋めそう思った。




階段から落ちた時、一番強く思ったのがディオン様に会いたい。ディオン様の悲しむ顔を見たくない。




その想いだけが胸を占めていた。




強引で時に冷たくて裏表がある人だけど、優しくて心配性で不器用な彼を今初めて愛しいと思った。




パトリス殿下と婚約破棄をしてすぐに別の人を好きになるだなんて都合がいいと自分でも思う。




だけど、思い出したんだ。




あの時の事を──────

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