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18 殿下との再会


恵まれた環境と周囲の人達の優しさに胸が温かくなるのを感じて自然と頬が綻ぶ。



「クロードさん?どうかしましたか?」

「いや、何でもない」



クロードさんは片手を口元に当てて顔を逸らす。




「ルナリアか?」



クロードさんと共に生徒会室へと向かっていると背後から声を掛けられ振り返る。



「パトリス…殿下…」



声の主はパトリス殿下だった。




殿下の傍にはアメリーや攻略対象者達が勢揃いしていた。




私とクロードさんは道の端に寄って頭を下げる。




「ご機嫌麗しゅうございます」

「何故貴様が此処にいる」

「ディオン様の御迎えに上がった次第でございます」

「…貴様、どうやってディオンに取り入った」

「仰っている意味が分かりかねます」

「そんな事も分からないんですかぁ?パトリス様は貴女がディオン様の弱味に漬け込んだのでは無いかと言っているんですよ」

「アメリーは賢いな。それに比べ、君は質問の意味も分からないとは。こんな愚かな女が一時でも私の婚約者であったことが恥ずかしい。私の人生の中での間違えであり汚点だ」




頭を下げたままでも、殿下が蔑んだ目で私を見下しているのが分かる。




私は頭を下げたまま下唇を噛み締めた。



私がパトリス殿下を慕っていたのは事実。




しかし、婚約を願い出たのは王家の方からだった。




パトリス殿下は幼き頃のあの日、言った。




『将来、私の隣に立ち共に支え合う仲になってくれないか。生涯、妻にするのはルナリアだけだ』




所詮は子供の戯言。




その約束が泡沫と消えた日、そう自分に言い聞かせて納得させた。




人の気持ちは移ろいゆくもの。




だけど。




だけど、あの言葉全てを否定する言葉は聞きたく無かった。




間違えであり汚点か…




彼にとっての私という存在は汚物でしかないのだと実感した。




「パトリス様。そんなに言ってはルナリア様が可哀想ですよぉ」

「アメリーは彼女に酷い目にあっていたと言うのになんて優しいんだ」

「アメリーは聖女の生まれ変わりなのですよ」

「聖女と言われても納得してしまうな。天はアメリーに二物も三物も与えられたのだな」

「本当に、私のアメリーは素晴らしい女性だ。アメリーこそ私の婚約者に相応しい」

「そんなに褒められたら私恥ずかしいです~」




殿下と攻略対象者達はやんややんやとアメリーを褒め称える。




「殿下、発言を宜しいでしょうか」




殿下達が私達の存在を忘れてアメリーを褒め称える中、クロードさんが声を発した。



「何だ貴様は」



殿下は初めてクロードさんを視界に入れて、眉間を寄せる。




「お初にお目にかかります。デュフィ子爵家の三男、クロード・デュフィと申します。」

「子爵家風情の者が私に何の用だ」




彼は此処まで放漫な性格だっただろうか。




完全に見下した態度で煩わしそうに殿下は口を開いた。




「発言の許可を頂けましたこと感謝致します。わたくし共はこの辺りで失礼させて頂きたく存じますが宜しいでしょうか」

「ん?ああ…もう消えてよい」

「ありがとうございます。では、参りましょう。ルナリア嬢」

「待って下さい。クロード様!あ、あの。私アメリー・バルテと言います。同じ子爵家同士宜しければ仲良くしませんか?」




顔の良い異性を見付けると直ぐに粉をかけた態度を取るのは彼女と出会った頃から変わらない。



「有難いお申し出ですが俺は一介の育成科の生徒に過ぎません。普通科に通われている貴女と同じ等おこがましいですよ」

「謙虚なんですね。私は普通科とか育成科なんて気にしません。あ、それじゃあ卒業後はバルテ家で働きませんか?」




アメリーは名案だとばかりに目を輝かせて言う。




彼女はおツムが弱くていらっしゃるのでしょうか?




脈絡が突発的過ぎる上に、子爵家の令息が子爵家に仕えて何の得になるというのでしょう?




クロードさんもこの発言には流石に驚いたのか一瞬固まったのが分かった。




「アメリー何を言い出すんだい!?アメリーには侍従よりも侍女の方がいいと私は思うぞ!」




アメリーの発言に慌てて異を唱えるのはパトリス殿下。



「そ、そうですよ。アメリーに愚かにも恋愛感情を抱かないとも限らないですし!」

「侍従だと分かっていても四六時中アメリーの傍に居れるなんて嫉妬してしまいそうだ」

「アメリーに変な虫がつくのは私も反対だな」



殿下の発言に賛同を示す攻略対象者達。




「もぉー、皆心配し過ぎですよお。私は皆のアメリーですから心配しないで下さい。クロード様だけ特別扱いするなんて事はありませんから」




アメリーは上機嫌に笑ってそう言うが、クロードさんは一言も彼女の侍従になるなど言っていない。




「なんだこの茶番は…」




私の隣でボソリと呟くクロードさん。




仰る通りで。




引くタイミングを逃してしまった私達は、茶番としか思えない彼等の様子を眺めることしか出来なかった。




「ルナリア、こんな所に居たのか」



殿下達とは反対側から歩いて来る人物がいた。



「ディオ──」

「あ、ディオン様!私達も今生徒会室に行こうとしていたところなんですぅ」




現れたのはディオン様だった。




アメリーはディオン様の姿を認めると猫撫で声で声を上げる。




ディオン様はアメリー達を一瞥しただけで私の方へと視線を向けて此方へと向かって来る。



「御迎え、遅くなってしまい申し訳ございません」




彼が既に鞄を持っている事から、生徒会室の活動を既に終えていることを察して頭を下げた。




「理由は後で聞く。今日はもう帰るぞ」

「承知致しました。では、お荷物をお持ち致します」




言葉短に指示するディオン様に付き従う。



「待てディオン。何故今アメリーの言葉を無視した」

「これは殿下。生徒会室にいらっしゃらないと思ったらこのような場所におられたのですね。アメリー嬢の報告には返答する必要性が無いと判断しただけにございます」

「っ!な、何だその態度は!最近のお前の態度は目に余るぞ!」




何時も冷静に殿下に付き従っていたディオン様が殿下に反発的な態度を取るなんて珍しい光景だ。




ディオン様の態度に憤るパトリス殿下。




だが、ディオン様が彼に向ける眼差しは何処までも冷たいものだった。




「私共はこれで失礼致します。行くぞルナリア。そこの育成科の生徒もついて来い」

「おい!ディオン!」




ディオン様は殿下の制止を無視して歩き出す。




私とクロードさんは殿下達に一度頭を下げてディオン様の指示に従って後に続いた。




後ろの方では未だパトリス殿下が喚いている。




「あ、あの…ディオン様。よろしいのですか?」

「問題ない…」



こんな不遜な態度を取って大丈夫なのだろうかとヒヤヒヤしているとぶっきらぼうな返答が返って来た。




ディオン様が纏う空気は未だ冷たい。



何だかこれ以上話しかけられる雰囲気じゃなくて無言で後をついて行った。




「そこのお前。もう帰っていいぞ」




殿下達が見えなくなった所でディオン様はクロードさんに向かって言う。




「下まで行かれるのでしたら方向が一緒ですので御一緒させて頂きたいのですが」

「私達はまだ用がある」

「……承知致しました。それではお先に失礼致します。ルナリア嬢、また明日」

「はい。クロードさん、本日は本当にありがとうございました」




私は頭を下げてクロードさんを見送った。




二人残された私とディオン様。




ディオン様は無言のまま人気が無い方へと進んで行く。




着いた場所は滅多に人が来ることがない非常階段だった。



「右腕を見せろ」




ディオン様は壁に背を付けて凭れるなり一言。




「え?」




唐突過ぎて思わず固まってしまった。




「えっと…あの」

「気付いてないとでも思ったか。さっきから右手を極力使わないようにしているだろ」



ディオン様の眼光が鋭く刺さる。




隠し通せない。




そう確信して観念した。




「…骨にまでは響いてないか。だが、結構腫れてるな」




医務室で治療して貰ったとはいえ、直ぐに腫れが引くことも無く未だ少し腫れ上がっていた。




私の右腕を掴んだディオン様は患部を確認する。




その際、患部を軽くなぞられてゾクゾクとした感覚が背筋を巡る。




「ルナリア。今日の報告は此処で聞く。右手に関する事と隣にいた男と普通科まで来た経緯も全て包み隠さずに話せ」




こんなにも冷たく、感情の読めない目を向けられたのは久し振りだ。





最近のディオン様は仲が良かった昔の頃に戻ったように色んな表情を見せていたから本来、こんな目をするという事を忘れていた。





久し振りに真っ向から向けられた冷たい眼差しに一瞬胸が軋んだ気がした。





怖い。



なのに、彼の瞳から目を離せない。





隠し事をしようとしても全てを見透かすような目をしていた。

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