14 二度寝
翌朝。
いつまで経っても起きて来ないディオン様。
痺れを切らして渋々起こしに向かう私。
私は確信した。
ディオン様は朝に弱く、キス魔である言うことに。
「ディオン様おはようございます。早くご支度なさいませんと遅れてしまいますよ」
「………おはよ。ルナリア」
ディオン様は枕に埋めた顔を一度上げて、寝ぼけ眼で此方を見る。
そして、再び突っ伏した。
一度起きたのに何故また寝る!?
すぅ、と聞こえる寝息。
「ディオン様、目をお覚まし下さいませっ」
二度寝などされたら溜まったものじゃない。
「チューしてくれたら起きる」
「はい?」
「ん。」
ん。じゃない!!
彼は顔を上げて私からの接吻を待つ。
「冗談言ってないで早くご支度下さいませ。わたくしはメインルームでお待ちしております」
そう言って、ドアへと向かおうとする。
ぐいぐい。ぐいぐいぐい。
「~~っ!」
手首を掴まれ逃げ出す事に失敗した。
本当に何処にそんな力があるのかと思う程にビクともしない。
それがちょっとムカつく。
「ディオン様」
「……ちゅーしてくんないと起きれない」
本当にこの人は。
何だか、どんどんイメージとかけ離れて言っている。
冷酷な人かと思えば強引だったり、意地悪かと思えば優しかったり。
それに、今日は何故か甘えただし!!
子供かッ!!
という突っ込みを心の中でして逃亡は諦めた。
「本当にそろそろご支度なさいませんと登校時間にも遅れてしまいますよ」
私が根気強く説得する方向に変えたのが分かったのか、彼は漸く上半身を起こした。
「分かったよ…」
そう言って伸びをひとつ。
やっと起きてくれた。
今日はディオン様に勝ったと心の中で勝利を喜んだ時。
がくんっ
「……なーんて」
チュッ
「おはよ。目ェ覚めた」
ディオン様は悪戯な笑みを浮かべる。
掴まれた腕の部分と頬に熱が集中する。
やられた。
思いっきり不意を突かれた。
「おっ…き、られたのなら早くご支度して下さい!」
動揺を隠すつもりが思いきり表に出してしまった。
私はそれだけ言って赤い顔のままディオン様の部屋を出た。
「…顔が熱い……」
悪戯な笑みを浮かべるディオン様に少しかっこいいとか思ってしまった。
完全に彼のペースに嵌ってる……
彼は多分、自分の侍女となった人になら誰にでも同じ態度を取るのだと自分に言い聞かせて心を落ち着ける。
これから、毎朝こんな攻防が続くのかと思うと思わず溜息が漏れた。
「何を怒っている」
「…自分の胸に聞いてみて下さいませ」
通学路。
彼は後ろを振り返って問う。
私はあれから、素っ気ない返事しか返していない。
こんな事をしても意味が無いことくらい分かっている。
だけど、好きでもない人と彼は何度もキスが出来るのかと思ったら何だか僅かにモヤッとしたのだ。
「今日の迎えは教室ではなくそのまま生徒会室でいい」
「承知致しました」
彼は私が何に怒っていようと特に気にしない。
だから私もディオン様の指示に了承の意だけを示した。
「?」
学園に近付くに連れ生徒の数も多くなる。
遠目に見られることはいつもの事だが、それよりも何だかいつもより皆の視線が鋭いものである気がした。
ディオン様も先程から一言も喋らないし何だか殺伐とした空気を纏っている。
その為、ディオン様に挨拶に来ようとした者も近寄り難い空気に途中で足を止めた。
「ディオンじゃないか」
そんな中、勇者がいた。
殺伐とした空気をものともせずに声をかけてきた者。
それは、パトリス殿下だった。
「チッ…」
え?
今、ディオン様から舌打ちが聞こえたような……
「…おはようございます殿下」
「ディオン様ぁ。おはようございますぅ」
他にもアメリーや攻略対象者が勢揃いしてしまった。
居心地が悪い。
私はディオン様の二歩程離れた所で極力気配を消した。
「あ、ルナリア様もいらっしゃったんですね。おはようございますぅ」
アメリーが目敏く私を見つける。
その行為によって、殿下や攻略対象者達にも存在がバレてしまった。
「……おはようございます…」
出来るだけ身を縮めて小さな声で挨拶を返す。
「今日はちゃんと、ディオン様の侍女してるんですね」
アメリーはニコリと笑って言う。
は?
彼女の言っている意味が分からない。
私は何時でも、ディオン様の侍女としてお仕えしてますけど。
などと言えるはずも無く、無言を貫いた。
「昨日の放課後。ディオン様の御迎えにも来ないで他の人達と帰っておられたのでディオン様の侍女を辞めたのかと思いました」
悪気はないと言った笑顔でそう口にするアメリー。
「本当に、君は侍女としても使えないとは。…ディオン、こんな奴を侍女にせずとも私がもっと優秀な侍女を見繕ってやるぞ」
アメリーの肩を抱いてパトリス殿下は冷ややかな目を私に向ける。
その目は、ゴミでも見るような蔑んだ目をしていた。
関係ない。
そう思っていたのに彼の視線が胸に突き刺さる。
「私が彼女に命令したんですよ。生徒会が無い時は迎えは必要無いと」
「で、ですが、だからって主人を置いて帰るなんて普通出来ませんよ!」
「アメリーの言う通りだ。アメリーは優しいな」
パトリス殿下はアメリーの頭を優しく撫でる。
それに、笑ってアメリーは応えた。
「殿下。先程のお話ですが、私は彼女が侍女で満足しております。幼少からの馴染みですからね、彼女は言わずとも私の好みを理解してくれてそれを用意してくれる。これ程私の好みを分かっている者は他にいませんよ。ですので、私の侍女は彼女だけで十分です」
気付いていてくれたのか。
彼は私が今までお茶の用意をしても、何も言わなかった。
褒めることも注意することも。
ディオン様はアイスティーを好む。
猫舌というのもあるが、茶葉を急冷する事で紅茶の味が持続する。
その為、二度取り方式で紅茶をお出ししていた。
それに、気付いてくれて居たのかと思うと嬉しかった。
「それと、アメリー嬢。私は彼女に迎えに来るなと命令した。それを履き違えないで頂きたい」
そう言ってディオン様はアメリー嬢にいつもと変わらぬ感情の読めない冷たい目を向ける。
「それでは、私達はお先に失礼致します」
行くぞ。と言って私を促し彼は校舎へと向かった。
私は殿下達に一度頭を下げて彼の後を追った。
「ありがとうございます…」
彼は答えない。
それでいい。
冷たさの裏には誰よりも暖かい心がある事に気付いた。
彼は優しい。
また一つ、ディオン様について私は確信した。




