11 初めての友達
エメは私が落ち着くのを待ってくれた。
目元の赤味が残ってしまった。
その間にも時間は刻一刻と時を刻む。
私達は食堂へと急いだ。
育成科の食堂は普通科の食堂とは大きく異なっていた。
普通科の食堂は高級料理店といった感じで、育成科の食堂は自分で食事を取りに行かなければならないし、普通科よりも質素なものだった。
私とエメは数種類ある料理から好きな物を選んで、料理が乗ったトレーを受け取って空いた席に着いた。
「ルナリア、本当にそんなので良かったの?」
「うん。これがいいの」
私は目を輝かせて目の前に置いた料理を見つめる。
私が選んだ料理は海鮮丼。
因みにエメが選んだのはローストビーフが綺麗に切りそろえられた野菜も乗ったバランス良い料理。
海鮮丼なんて、前世以来だ。
何故、中世ヨーロッパに似た世界に日本の料理があるのかとか思わなくも無いけど、バレンタインとかもあるから気にしたら負けだと思う。
「ルナリアって意外とチャレンジャーだね~」
確かに、魚を火も通さず生で食べるなど此処では考えられないだろう。
だけど、海鮮丼があると言うことは問題なく食べられると言うこと。
他人の目を気にしていたら不人気のこの料理がいつ無くなるか分からないからある時に食べとかないとね!
「何だ、エメ。今から食うのか?」
私とエメが食べようとしている時に誰かに声をかけられた。
声がした方を見ると三人の男子生徒が立っていた。
「げっ、ブリス…。そーよ。だから向こうに行って頂戴」
エメはローストビーフを口に運びながら声をかけてきた男子生徒にしっし、と手を振った。
「ブリス振られてんじゃねぇか」
「げ。とか言われてるし」
「うっせーよ。此奴とは幼馴染だって何回も言ってるだろ」
二人の男子生徒はケラケラと笑い声を上げ、ブリスと呼ばれた人物はそんな二人に食ってかかる。
「てか、お前が食堂で昼食って珍しいな。しかも、誰か連れて…って、え!?」
ブリスさんは私の方を振り返り顔を見るなり驚愕に目を見開いた。
他の二人も目を丸くしている。
自分でも言うのも何だが、この学校に私の事を知らない人は殆どいないだろう。
その為、彼等の反応も頷ける。
それにしても、居心地が悪い…
「ちょ…エメ。どういうことだよ。何でルナリア嬢とお前が一緒にいるんだよ」
男はコソコソと話しているが全部聞こえている。
「何でって。友達だからでしょ」
エメはブリスさんの言葉を気にすること無く、サラっと言った。
友達…
嬉しくて思わず頬が緩んでしまう。
「はあ!?おま…友達って。」
「何よ。ブリスには関係無いでしょ。ルナリアとの初めての食事があんたとの会話で終わっちゃうじゃない」
エメは言外に早く去れと言っている。
「お前あの噂知らないわけじゃないだろ──」
「いやー。驚いた。本当にルナリア嬢だ」
「僕はコームって言うんだよろしくね」
「あ、お前だけずるいぞ。俺はクロード、以後お見知り置きを、ルナリア嬢」
「ちょ。クロードこそ何勝手に淑女の手にキスしてんのさ」
癖のある金髪に緑の目をした中性的な男性はコームと名乗る。
その後に続いて黒髪に金の瞳をしたチャラそうな男性がクロードと名乗り、私の片手を掬い取り指先に口付けた。
コームさんとクロードさんは私の手を掴んだまま言い争いを始めた。
どうでも良いけど早く手を離して欲しい。
海鮮丼が食べれないじゃん。
「お前らいい加減にしろ!」
ブリスさんの声にコームさんとクロードさんは言い争いを辞めた。
「おい、あんた。元は侯爵令嬢だか何だか知らないが今は平民なんだろ。ということは、男爵令嬢であるエメの方があんたよりも上だ」
「は?ちょ…何言い出すのよブリス!」
「あんたが何企んでるか知らないがエメに取り入って何かしようなんて考えない事だな。エメもこんな奴と付き合うなど正気か?お前を使って貴族社会に戻る気かもしれないんだぞ。利用されているだけだ」
パンッ
乾いた音が響いた。
エメがブリスさんの頬を打ったのだ。
それまで食事をしていた人達の視線も私達の方に向けられた。
「それくらいにして」
エメは目を吊り上げてブリスさんを睨み付ける。
「私の友達を悪く言うなら今すぐ私の目の前から消えて」
「エ、エメ?私は大丈夫だから」
何だか険悪なムードに耐え切れずに仲裁に入る。
「……っ、」
ブリスさんは打たれた頬を抑えて、下唇を噛み締め食堂を出て行った。
「あーあ。全く…あいつには困ったものだよ」
「ごめんね、ルナリア嬢。あいつ悪い奴じゃないんだけど、懐に入れた人に対しては過保護な程に心配しちゃう奴なんだ」
残されたクロードさんとコームさんが言う。
「確かに、あいつも言い過ぎだったけどエメ嬢もすこーし、やり過ぎだったかもな」
クロードさんの言葉にエメに目を向けると、エメもブリスさんと同じように眉間に皺を寄せて歯を食いしばっていた。
「……ごめんね。」
友人を打ってしまった自己嫌悪に苛まれているエメを見ているとそう言葉が漏れた。
「私のせいで…」
「違うっ。ルナリアは悪くない!私が仲良くなりたいからルナリアと仲良くしてるの!」
エメはそう言ってくれるけど、周りから見ればブリスが言ったように私がエメに取り入っているように見られるだろう。
私とエメが一緒にいることで彼女にまで迷惑がかかってしまうんじゃないか。
そう思った時。
「ほらほら。二人ともそんな顔しないでブリスは僕達の方でフォローしとくから」
コームさんは手を鳴らして場の空気を変えようとした。
「ルナリア嬢は本当にエメ嬢を利用しようとは考えてないのか?」
「ちょっと、クロード何言って!」
「いや、だって利用しようとしてるならブリスの言っている方が正しいしフォロー出来ないだろ」
「いや…まぁ、それはそうだけど…」
「だろ?で、どうなんだ?ルナリア嬢」
クロードさんはそう問いかけると先程のチャラそうな雰囲気は一切なく、真面目な顔で此方を見ていた。
私は勢い良く横に首を振った。
「利用しようなんて考えてない。エメはこんな私を友達にしてくれて、友達だと言ってくれた唯一の恩人だもの。今日、会ったばかりだけど私はエメに会って救われたの。そんな人を利用したりしない!」
「…ルナリア……。私はルナリアを信じる。ルナリアが私に語ったあの言葉も今の言葉も私は信じるよ」
最近。涙腺が緩くなっている気がする。
すぐに、涙が出て来てしまう。
確かに、私がエメといることで彼女に迷惑がかかるかもしれない。
だけど、エメの友達として私は彼女と一緒にいたい。
そう、望んでいる。
「二人の気持ちは分かった。ブリスには俺の方からも言っておくよ。だから、ルナリア嬢どうか泣き止んでくれないか?」
クロードさんはハンカチを取り出して私の涙を拭った。
「クロードがレディを泣かせた~」
「コームもルナリア嬢泣き止ませるの手伝え」
「僕関係ないし~」
「あーあ。紳士の風上にも置けない男ね、クロードは」
「ちょ。エメ嬢まで!?」
コームさんが揶揄い。それに便乗するエメ。
クロードさんは割と本気で焦っている様子だった。
「ふっ…ふふ」
そんな三人のやり取りがおかしくて思わず笑ってしまった。
「ごめんなさい。最近、涙腺が緩くなってしまって…駄目ね。驚かせちゃってごめんなさい、クロードさん」
そう言って、涙を拭いながら笑った。
そして、クロードさんとコームさんは少しして食堂を出て行った。




