1 よくある話
転生したら悪役令嬢だった。
悪役令嬢になった女の子が破滅フラグ回避したり、破滅フラグ突っ切って国外追放されたり平民になったり。
よくある話。よくある展開。
…………なわけないじゃん!!
は?何コレ。何なのこの状況は。
人気のない、校舎裏と思われる場所。
一人の可愛らしい少女を複数の女性が取り囲んでいる。
可愛らしい少女を取り囲む集団の中で、少女の目の前に立っているのは私。
こういうよくある話は他人事だから楽しめるのであって、いざ我が身が異世界転生していたなんて分かったら人間、思考回路がショートするのは当然で。
「きゃあああ」
「ルナリア様!」
複数の女性の悲鳴が轟く。
その悲鳴を遠くに聞きながら私はぶっ倒れた。
私は日本という小さな島国に住んでいた。
気が付いたら色鮮やかな髪色と西洋の人形のように整った顔立ちの美女達と共に一人の可愛らしい少女を囲んでいた。
眠っている間に夢を見た。
日本で過ごしていた時に車に跳ねられて死ぬ夢。
それから、中世の西洋のような世界でルナリア・アングラードとして生まれ変わり、生きてきた今までの人生。
私は転生したのだと理解した。
それも、生前プレイした事のある乙女ゲームの世界に。
ゆっくりと瞼が開く。
起きたらふかふかな白いベッドの上だった。
「夢じゃない……」
天井から横に目を向けるとどうやって染めたのかと思うほどのアメジストの髪が視界に映る。
深い溜息を零しながら身体を起こす。
ベッドから起き上がり仕切りのように辺りを囲むカーテンを開いた。
「起きましたか」
カーテンを開けた先には何処のハリウッドスターかと思うような美男子がソファに座っていた。
…此処、保健室だよね?
保健室にソファ。
それに、ベッドもキングサイズだったし。
此処は何処のお城でしょうか…。
前世の記憶を思い出したせいか規格外の保健室と美形過ぎる男子生徒のせいで現実逃避に走る。
「…い。おい、聞いているのか」
「ひゃいっ」
いつの間に目の前まで来たのか。
頭上から降る冷たい声に肩を上げて返事をする。
「えっと…あの?」
聞いてなかった。
目の前の男の冷たい視線が突き刺さる。
彼はディオン・グラニエ。別名、氷の貴公子。
周りが勝手に呼んでいるだけだけど。
公爵家の嫡男で私の幼馴染でもある。
「申し訳ございませんディオン様。聞いておりませんでしたわ」
「はぁ……。君はあんな場所で何をしていたんだと聞いているんだ」
ディオン様は仰々しく溜め息を吐いた。
校舎裏での出来事…
見られていたのか。
見られていたなら言い逃れなんか出来ないよね。
「ヒロ…アメリー様とお話をしておりましたの」
危ない。ヒロインって言うとこだった。
「あんな大人数でか。それも、アメリー嬢以外の令嬢はお前とよく一緒にいるご令嬢達だったが」
「今日はやけに饒舌ですわね」
「質問に答えろ」
柔らかそうな茶髪から覗く薄い水色の瞳が鋭く光る。
彼が氷の貴公子と呼ばれる所以はここにある。
寒色の鋭い瞳と他者を寄せ付けない空気。
殆ど無口で懐に入れたものとしか滅多に言葉を交わさない。
昔は、仲良かったんだけどな。
「貴方に取り繕っても無駄でしょうから正直に申しますわ」
私もこれ以上罪を重ねる気はない。
ヒロインには悪行の限りを尽くしてきたし。
ああ、だけど。
ならず者をけしかけたり、階段から突き落とすなど命に関わる悪行を仕出かす前に前世を思い出せたのは僥倖だったかも。
「わたくしが無理に彼女達にお願いして一緒に来て頂きましたの。アメリー様には指一本触れるつもりはありませんでしたが、少しだけ脅すだけのつもりでしたの」
私が侍らせていた令嬢達は私の家柄、侯爵家よりも下位の者達で私の指示に背くことができない者たちだ。
彼女達が勝手に着いてきただけだけど、引き連れて行った時点で私の責任に変わりはない。
「お前は既に殿下の婚約者だろう。何故アメリー嬢を目の敵にするんだ」
「……だからですわ」
本当に、男って。
目を伏せて言葉を紡ぐ私にディオン様は訳が分からないと首を傾げた。
「パトリス殿下はアメリー様を好ましく思っておいでですわよね」
「…………」
「わたくしはそれが我慢ならなかったのですわ」
「だからと、アメリー嬢を虐げるのは間違っていると私は思うが?」
ディオン様は滔々と述べる。
「そう…ですわね」
パトリス・アルベールは私の婚約者で、この国の第二王子だ。
彼の優しいところが好きだった。
彼の陽だまりのような笑顔が大好きだった。
彼の婚約者になれて幸せだった。
だけど、その幸せは泡沫のように消えた。
最近は睨み付けるような視線しか向けられていない。
口を開けばアメリーの事で責め立てられる。
婚約者の自分よりもアメリーと共に行動し、愛まで囁きあっていると言うではないか。
「それをどうして許せましょうか…」
十五年間ルナリアとして生きてきた婚約者に対する想いが溢れ出した。
泣きたくないのに涙が止まらない。
「安心して頂戴。わたくしはもうアメリー様に手は出しませんわ。仲良くして頂いている令嬢達にもわたくしからよく言って聞かせますので御安心を」
私は無意識に震える身体を抑えるように右手を左手で強く握る。
笑え。
気合いで笑顔を浮かべて早口に喋る。
ディオン様に口を挟む間も与えないほど。
「来るべき日の断罪は甘んじてお受け致します。殿下にもお伝え下さいませ。それでは、失礼させて頂きますわ」
「おい…」
頭を下げて私は素早く保健室を後にした。
長く続く廊下を淑女らしからぬ大股で歩く。
放課後だからか人に出くわさなかったのが幸いだ。
「あー…何これ。つらっ」
涙が止まらない。
滅多に人が通ることがない非常階段まで来た。
ここなら誰にも見つからない。
「悪役令嬢も一生懸命なだけだったんだけどな…」
ずっと想いを寄せていた人が自分を見てくれないのは誰だって辛い。
婚約者の地位なんてただの契約…
「そこに愛が無ければ虚しいだけじゃない……」
初めは黒い感情に戸惑った。
醜い自分に嫌悪した。
それでも、ヒロインに対する嫉妬は肥大するばかり。
とうとう耐えきれずに手を出した。
「…その時点で私の運命は決まってしまった」
嫉妬に狂ったルナリアが辿る運命。
一ヶ月後にある王家主催の夜会で婚約破棄される。
実家からは勘当され平民に落とされる。
平民に落とされたルナリアは生粋のお嬢様な為、一人で生きていけるはずもなく人買いに捕まってしまう。
捕まったルナリアは競りに掛けられ、奴隷にまで堕ちてしまう。
「奴隷は…嫌だなぁ」
汚れるのも気にせず階段に座り込んで足を抱える。
しかし、これは私が仕出かしたこと。
精算は何処かでしないとだよね。
「まあ、平民になったら直ぐに働けそうなところを今探しておけば大丈夫…だよね」
涙を拭って、独り言ちた。