1月7日 - 教室 -
目を覚ますと、見慣れてはいるものの、目覚めてすぐ見るには違和感のある吸音ボードが目に入った。
ゆっくり身を起こすと、白で統一された寝具が目に入る。周りを見回すと、じんわりと光を通すカーテンに囲まれている。
――――ああ、保健室だった。
2日前から続く発熱は今朝になっても下がらなく、母は休めば良いと言ったが、今日は始業式だけだと、マスクだけして登校した。熱とそれに伴う頭痛、節々の痛みに、たまに咳が出るくらいだしと、軽く見たのがダメだった。登校直後に気分が悪くなって、保健室に行くことにしたのを思い出した。
ずりずりと薄い布団から抜け出し、ベッド横に揃えられた上履きに足を突っ込みながら、カーテンを引く。
「あら、目が覚めたようね。気分はどう?」
一気に明るくなった視界に目を細めながらベッドから降りると、理想のお姉さんと男女から人気の養護教諭が笑顔で声を掛けてくる。
問われて、自分の状況を考えてみる。少し寝ていたせいか、さっきよりはすっきりしてはいるものの、まだ頭は重いし、倦怠感は続いている。
「……まだ、良くないみたいです」
近寄ってきた養護教諭の手が額に伸びてくる。ひんやりとした細い指が気持ち良い。
「そう。あまり無理しちゃだめよ、辛い時はちゃんと休みなさい」
結局、登校しても無意味に終わったので、反論の余地がない。
「あ、あと、熱が高いみたいだから、ちゃんと病院行ってらっしゃい。この時期だと、インフルエンザとかもあるし」
手を引っ込めながら、デキの悪い子に言い聞かせるように忠告をくれる。「はーい」と素直に返事をして、お世話になった礼を言い、保健室を後にする。
教室に戻ると、もう誰も残っていなかった。
外からは、運動部の掛け声が入ってくる。遠くからは、吹奏楽の練習の音色も聞こえる。始業式はとっくに終わり、早速部活動が始まっているようだ。
机の横に掛けていた鞄と、反対側に掛けていたフルートのケースを回収して教室を出る。
いつもパート別練習につかっている、音楽準備室に顔だけ出し、後輩たちに体調不良で部活に出ないことを告げる。
特別教室だけが続く3階のところどころの教室で、パート別に練習している吹奏楽部員に、少し後ろめたさを感じながら、ふらふらと廊下を歩き、注意しながら昇降口へ続く階段を降りて行く。
靴箱を開けると、外履きの上に封筒が置かれていた。
一瞬、もともと働いていない頭が完全に停止した。
これは、いわゆる、ラブレターというものではないだろうか?
なんて古典的なと思いながらも、封筒を手に取る。宛名は間違いなく私だ。ひっくり返してみるが、差出人の名前はない。恐る恐る封を切る。中には、シンプルな便箋にたった一行『3-5にて待つ』とだけ書かれていた。
――――まさか、果たし状とかではないよね?
しばし逡巡した後、もう一度階段を上り、3年の教室の並ぶ2階へと戻る。
3年の下駄箱があるのは校舎西端の昇降口だ。階段を昇ったすぐが3-1の教室で、廊下を東に進むごとに、3-2、3-3と並んでいる。
どこの教室にも人影はない。吹奏楽のピープーとまとまりのない音だけが廊下に響いている。
3-5の扉が見えた。足音を忍ばせて、扉に嵌められた硝子を覗く。こちらに背を向けて校庭を観ている男子生徒の背中が見えた。
反射的に鼓動が跳ねる。
いやいや、落ち着け。知らない男子だぞ。
大きく息を吸ったり吐いたりして、気持ちを落ち着けてから扉に手を掛ける。
意を決して扉を引く。いつもより大きく、扉がガラガラと鳴った。その音に彼は振り向いた。
××× ××× ×××
人生に3回は来るとか言うモテ期。早めに来ることを祈る。あと、インフルではなかった。残念だ。