1月6日 - 夢心地 -
周りは白い靄で何も見えなかった。
見回しても、動くものも建物らしきものも見えず、ぼんやりと明るい白い世界に包まれている。
(どうして、こんな所にいるのだろうか?)
今まで自分が何をしていたかを思い出そうとしても、考える端から霧散していくようだ。
じっとしているのももどかしく、一歩踏み出すと、ざりっとむき出しの地面を踏む感触がした。足元をみると、白茶けた土を見慣れない手の込んだデザインの革靴が踏んでいた。
(何これ、私こんな靴持ってない。)
慌てて視界に入る範囲の自分を確認すると、ヒラヒラのいつの時代のどこのお嬢様だと言いたくなる、贅をこらした服をまとっているようだ。もちろん、こんな服も持っている記憶はない。
「どういうこと?」
声に出して誰に問うでもなく呟く。
自分が今置かれている状況がわからない恐怖から、自分を抱くように二の腕をさする。いつもと違ってざらつくような布触りに、思わず手を離す。不安だけが増していく。
(とりあえず、現状が思い出せないなら、自分のことを思い出そう)
――――私は望月りや子。今は中3で受験直前。家族は5人。友だちは少なめ。
そこで思考が止まった。
思いの外、自分のことは思いつかないものだなと、振り出しに戻ったことにため息をこぼす。
(さて、どうしたものやら……)
完全に途方に暮れたまま立ち往生していると、それまで何も、空気さえ動いてなかったところに、ざぁっと強烈な風が吹き込んできた。
反射的に目を閉じ、顔をかばうように両腕を交差させる。息を吸うのも憚るような勢いの空気の激流を耐えていると、始まりと同じように、急にぴたりと風がやんだ。
恐る恐る目を開けると、景色は一変していた。
明るい日差しの降り注ぐ、自然でいて、でもどこか整然とした趣味の良い庭。その奥には瀟洒な洋館。洋館の庭に面した広い窓の前にはレンガが敷き詰められ、その上に繊細な細工で作られたテーブルと椅子が用意されている。
あまりの景色の変わりように目を剥いていると、洋館の扉が開き、妙に姿勢の良い初老の紳士が出てきた。迷わずこちらに歩いてきて、左手を腹部にあて礼をする。
「お帰りなさいませ」
「へ?」
いきなりの見知らぬ執事っぽい紳士の挨拶に、間抜けな声が出た。そんな私には取り合わず、紳士は「お茶の準備が整ってございます」と館の中へ誘う。わけがわからぬまま館へ足を踏み入れると、中世が舞台の洋画などでしか見ないようなメイド服に身を包んだ妙齢の女性に、また「お帰りなさいませ」と微笑まれる。
繊細な細工の施された扉を開けると、お茶とお菓子が用意された艶やかな木のローテーブルと座り心地のよさそうなソファが置かれた、やわらかい光が満ちた部屋だった。さり気なく配置された装飾品の類も品が良く、寛ぐのに最適な部屋だ。
戸惑いながらソファに腰掛けると、思った通り程良いやわらかさだ。
腰掛けると同時に、さっき玄関ホールであったのとは別のメイドがお茶を注いでくれる。ティーカップを手に取り、のどを潤す。そのまま、一緒に用意された焼き菓子にも手を伸ばす。
「……おいしい」
お茶もお菓子もとても美味しく、部屋は居心地が良い。
(これは夢なんだろうか……)
××× ××× ×××
夢の世界があるのなら、逃避したい。目の前の宿題から切実に逃避したい。