1月29日 - 発熱 -
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自分では、そこそこ健康な方だと思っている。
小学校6年生の頃に虫垂炎で手術した以外、特段大きな病気にかかったことはない。
それなのに、今年は何かに呪われてでもいるのだろうか。
「38度1分ね」
私の口から引き抜いた電子体温計を見て、姉が溜息交じりに結果を教えてくれた。
正月に引き続き、また高温を出してしまったようだ。
「今日は学校休んで病院に行きなさい。念のため、インフルエンザの検査もしてくるのよ」
毛布でグルグル巻きにされて、炬燵に座らされている私の前に、お粥の入ったミニ土鍋と付け合わせ――今日はおかかと大きな南高梅の梅干しだ――の小皿、とんすいが並べられる。
「保険証とお金、ここに置いておくから。ちゃんと食べて病院に行くのよ。あんた、明日受験なんでしょ?」
キッチンのカウンターの上に保険証のカードと封筒を置いて、仁王立ちになった姉がこちらに釘を刺してくる。最近、姉が母に似てきた気がする。
「……インフルだったら、どうなるんだろ。私、中学浪人?」
ふと疑問に思ったことが、口を衝く。
「別室受験とかじゃないの?……とりあえず結果が出たら、お母さんかわたしに電話しな。問い合わせておくから。そんで、あんたはちゃんと寝なさい。明日までに少しでも回復しておきなさい」
ここに連絡先貼っておくからねと、走り書きのメモを冷蔵庫にマグネットで留めて、鞄を引っ掴んで慌ただしく出掛けていった。
一人残され、とりあえず指示された通り病院に行くために、目の前の病食セットと向き合う。土鍋の蓋を開けると、ふわっと湯気が立ち上り、お粥はまだ沸々としている。卵が良い感じにふわふわとしていて美味しそうだ。 鍋の中央に梅干しを落として、レンゲで果肉を潰してかき混ぜる。レンゲでお粥をとんすいによそい、ふーふーと息を吹きかけて、一口含む。
「あちっ」
まだ猫舌には早かったようだ。
どうせ病院に行けば薬が出るだろうと、ご飯は諦めて土鍋の蓋を戻す。
洗面所に行き、寝間着を脱ぐ。汗でじっとりとしたそれを洗濯籠に放り込み、蛇口のレバーハンドルをお湯側に捻ってレバーを上げる。水からお湯になるのを待って、何度かお湯を掬って顔を洗う。顔を拭ったタオルを濡らして、汗でベタつく身体も拭う。
ふらつく足で2階の自室に上がり、クローゼットを開ける。楽なものがいいと、ナイトブラ、ヒートテック、パーカー、ゆったりめのジーンズ、靴下と適当に引っ張り出す。もそもそと順番に身につけ、最後にコートを羽織ってマフラーを巻きつければ、着替えは完了だ。
トートバッグに財布を放り込んでリビングに戻る。キッチンカウンターの上のお金と保険証を財布に入れようとすると、マスクが一緒に置いてあったので、ありがたく装着する。
家を出てとぼとぼと病院に向かって歩く。
病院があるのは、学校のすぐ近くだ。通学路を歩いていくが、いつもなら制服で歩く道を私服で歩いているのは、少し変な感じがした。
始業時間も間近に迫った時間帯のせいか、制服姿は見かけなかった。
学校に近付くにつれ、ちらほら、買い物だか散歩だかで歩いている人にすれ違う。人が全くいないわけでもないのに、見慣れた何かの群れのような制服の集団がいない通学路に心細さを感じた。
ようやく病院の看板が見えた。ホっとしたところで、後ろから声をかけられた。
「あれ? 望月、制服は?」
振り返ると同じ町内の同級生だった。学生服姿の彼が、驚いた様子でこちらを見ている。
「病欠でこれから病院。……そっちこそ、こんな時間に何やってんの?」
もうそろそろ1限目が始まろうかと言う時間だ。いくら学校近くとはいえ、特に急ぐわけでもない彼に首を傾げる。
「寝坊してどうやっても間に合わないと思ったから、ゆっくり登校してる」
堂々と遅刻宣言をする彼を、思わず半眼で見やってしまった。
呆れたのが伝わったのが、バツが悪そうに顔を背けて肩掛け鞄を漁る。何かを見つけて、「ん」と拳を突き出してくる。素直に手を出すと、コロンと掌に飴が転がった。黄色い包み紙に、濃い蜂蜜色の丸い飴。昔からある定番の飴玉だ。くれる、と言うことだろうか。
「アリガト……」
「んじゃ、お大事に。気をつけて帰れよ」
お礼を言うと、照れくさそうに彼は笑い、駆け出していった。
××× ××× ×××
幸い、インフルエンザではなかった。
平日に私服で歩いているとドキドキするね。ドキドキの展開なんてものはないのにね。