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望月りや子の妄想日記  作者: こたつの蜜柑
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1月4日 - いつもと違う道 -

 サービス業の父は元旦から仕事続きで、共働きの母と社会人の姉は今日から仕事始めだ。大学生の兄は元旦にちらっと顔を覗かせただけで、早々に下宿先に戻っていった。


 そんなわけで、今日は一人だ。受験コールをする母もいないし、少しだけ出かけよう。


 念のためショルダーバックに年始にもらったお年玉袋を忍ばせて、とりあえず駅前へ向けて自転車を走らせる。頬に当たる冷たい空気が心地よく、何となく清々しく感じるのは、年明けという特別なイベント気分からまだ抜けきっていないからだろう。これから少しずついつもの日々に戻っていくのだろうが、少しもったいない気分になるのは毎年のことだ。

 せっかくいつもと違う気分に浸っているのだ、変わり映えしないコースではなくて、入ったことのない道に行ってみようと思い立ち、駅前通りから、少し外れた道を選ぶ。

 ただでさえ昭和を感じる町並みが、さらに古めかしい雰囲気に変わっていく。少し太い道筋には個人商店と、昔は何かのお店だったような個人宅が入り混じって並ぶ。細い道をいくと、人に出会うことはないけれど妙に生活感のある家が並ぶ。ここら辺の住民でなはい若干の居心地の悪さを感じながら、少し太めの道を求めてペダルを力強く踏み込んでいく。

 何回か角を曲がると、新旧入り混じった家々から年季の入った家の割合が増えていく。

 ――――こりゃ、迷ったかな?、不安に思いながら、また角を曲がる。

「わっ?!」

 曲がった先で、シャっと何かが目の前を横切った。反射的にブレーキを握りこみ、甲高い耳障りな音鳴りが静かな町に響く。

 コケなかったことに安堵しながら、自転車を降りて「何か」を探す。

「……なんだ、猫か」

 少し離れたところで顔だけ振り返り、クリクリした瞳でこちらを見ている濃い色のキジトラがいた。

 じっと見返すと、ふいっと進行方向へ向き直り、垂直に立てた長い尻尾をゆったりと左右に揺らしながら歩いていく。自転車を押しながらついていくと、ちらちらとこちらを確認するだけで、逃げも警戒もする様子はない。付いて行くことを許された感じがして、少し嬉しい。驚かせないように注意しながら、一定の距離を保ちながら一緒に歩く。

 家で動物を飼ってはいないが、基本的に動物は好きだ。

 ほっこりする気持ちに合わせて顔も緩んでいく。たぶん、人に見られたら恥ずかしい感じにニヤニヤしてるんだろうな。

 逃げないこといいことに、無遠慮に観察してみる。

 まず、ちらちらと振り返る度に私を映す瞳はきれいな薄緑だ。ほてほてと歩く足先は白く、俗に言う「白足袋を履いている」猫だ。首輪はしてない。こうして後をついて行っても逃げない様子からは、人には慣れていそうだ。昔飼い猫で今は野良になってしまったか、地元で愛される人に慣れた野良か。人に慣れているのなら、もふらせてくれないだろうか。でも、距離を詰めて逃げられると若干傷つくので、このままついて行くことしか私はできない。

 こちらの不穏な思考を察したのか、またちらっと私を見た猫は少しスピードを上げていき、ひょっと隠れるように脇道に入って行ってしまった。

 あああ、と心の中で嘆きながら、猫に続いて脇道を覗く。

 そこは袋小路になっていた。

 片方はきれいに整えられた生垣に、もう片方は年季の入った板垣に挟まれた、短く細い道の突き当りにあるのは小さな古民家だった。入り口には暖簾がかかり、壁も腰板より上の部分には硝子が嵌まっている所を見ると、お店なのだろうか。

 暖簾がかかっているということは営業中のはずなので、道の端に自転車を止めて、中に入ってみることにした。

 そっと引き戸に手を添え、少し力を入れる。予想より滑りよく戸は動き、ガラガラと祖父の家にあった引き戸と同じような音を立てた。

 一歩足を踏み入れると、そこに薄緑の瞳の紳士が待っていた。


××× ××× ×××


 何てことがあったら面白いのにな。と、家の塀でゴロ寝している猫をじっと見てみる。

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