お決まりのモンスター
一回落ち着こうと深呼吸する。
普段はマイペースと職場の人から言われるがそんな俺でもなかなかこの状況を飲み込むことができない。
深夜のコンビニ近くからこんな見晴らし抜群の草原地帯に切り替わるなんて人間業じゃない。
それにあの引きずり込まれる感覚。
思い出すと寒気がする。
そういえば携帯と手元を見るとしっかり握られている。
貴重品などもあるか視線を動かす。
「ん、おおぉっ」
貴重品は財布や時計などの物は全てあったが驚いたのは足下に謎の液体、いや固体の中間みたいな透明物体が体当たりを繰り返していた。
ダメージは全くなく、今の今まで気づかなかったぐらいだ。
なんだ、この物体・・・・・・
と思ったが薄々は気づいており異世界物語のお決まりのモンスターだなと。
この時点でもう別の世界にいるんだなと改めて実感した。
耳を澄ますと声が聞こえる。
「んしょっ、たぁっ!」
そのかけ声?と共に俺の足下に一生懸命ぶつかる。
そもそも声が聞こえるモンスターだっけ?
よく見ると丸い目と口が付いてる、薄透明で見えにくいが。
まぁいい、こんな体当たり何億回くらってもダメージにはならないが果たして攻撃していいものだろうか。
攻撃したらもしかするとまずい事が起こるのではないかなと躊躇い(ためら)ただ傍観する。
早足でその場を移動すると
「ま、まって、まってね」
と、付いてきてひたすら体当たり。
自分の息子の太一みたいだった。
害はないからとりあえず放っておくことにした。
そのうち飽きるだろ。
携帯はお決まりの圏外で連絡は出来ない。
財布などはあるが現時点では使えるとはとても思えない。
これ、詰んだんじゃないか。
見慣れない景色など最初は旅行気分だったかも知れない。
今現実的に考えるともう一生このまま・・・・・・
気持ちが萎えて腰を下ろすと体当たりを繰り返してた固体がちょうど顔面にぶつかりクリーンヒットする。
「あっ、ご、ごめ」
俺は頭の部分なのかわからないが尖りがあるとこを掴み
「引きちぎるぞ、こらあ」
と大声で怒鳴った。
「ひぇぇぇぇっ、ご、ごめんなさい」
目からは大粒の涙?なのかは分からないが液体が流れており口を震わせていた。
俺が手を離すと慌てふためきぎこちない移動でどんどん離れていく。
俺も少し大人げなかった。
何も泣かせるつもりで言ったんじゃない。
こいつも冒険者を倒すという目的のため必死だったんだろう。
このまま別れるのもしこりを残す。
もしかすると後々仲間を連れて襲ってくる不安要素もある。
本来は逃さず倒すのがベストだが。
一応謝っとくか。
「悪かったよ、怒鳴って」
そしたら俺の方を振り返りまた足下にすぐ寄ってきた。
切り替えが早いやつだ。
そして体当たりをまた続ける。
「なぁ、お前さ意思疎通が出来るんだから名前とかあるの」
駄目元で聞いてみる。
すると体当たりを止めて俺の方をじっと見つめる。
まぁ返事は返って来ないだろうと思ったが
「す、スライル」
まさかの返事が返ってきた。
スライル?ちょっと俺が思ってたモンスター名とは違ったが、妙に親近感を感じた。
ちょっと声が太一に似てるからか。
「スライル・・・・・・なら縮めてイルだな、あのさこの世界のことなんだけど」
と、質問しようとしたら、イルの目からまた液体が流れ始めた。
「なんだ、どうした?」
イルは全身を震わせ俺の顔の方まで跳び上がり
「パパあああああっっっ!!」
と叫び、頬を擦り寄せる。
「うおおおっ?離れろ、なんかベタベタする」
「いや、はなれないのぉぉ」
「やめてくれー!」
しばらく離れてくれず時が少し経ち離れてくれたときには通り雨レベルではなくゲリラ豪雨なみに水浸しでドロドロになっていた。
「ご、ごめんなさい、パパ」
落ち着いたのか俺の足下に縮こまっている。
この異世界のことなど色々聞きたいことがあったがまず先に
「さっきまで攻撃してたのに急に懐いたのは何でだ、そして俺はお前のパパではないから」
服や髪についた液体をハンカチで落としながら答える。
「それは、パパがなまえをつけたからですー」
「名前?」
いやいや、名付けしたことは認めるがあんなの簡略した名前を咄嗟に言っただけなんだが。
こんな簡単でいいのか。
むしろこの異世界ってモンスターに名前付ければ仲間になる感じなのか?
「パパにはイルがついてるからこれからはだいじょぶです」
そしてこの泣き虫モンスターの自信はどこから来るのか。
否定し続けてまた泣き喚いても大変だし、もうパパのことは置いとこう。
イルにこの異世界のことについて聞いてみた。
「あのさ、この世界のことについて知ってる事教えてくれないか?」
すると何故かイルはよその方向を見てこっちを向いてくれない。
「パパ、あのね、ぼくのなまえはなんですか?」
俺の方向を急に見ずにふてくされた感じで話す。
聞こえなかったふりをすると
「パパぁーなまえは?」
繰り返し間髪入れずに言ってくる。
「イ、イル?」
「ピンポーン!せいかい!」
イルは小躍りしている。
こいつ面倒くせえぇぇぇー