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幽けき人は天明にとける  作者: めろん
第一章 鼻輪野郎
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 ドリームキャッチャー、というものがある。蜘蛛の巣状の目の粗い網が組み込まれ、羽根やビーズなどで飾られたインディアンのオジブワ族から広まったといわれるお守りみたいなものだ。ベッドの上にかけておくと悪い夢は網目に引っかかり、いい夢だけが網目を抜け羽根を伝って眠っている人の中に入っていくとされている。網にかかった夢は、そのまま朝日に溶けて消え去るそうだ。

 雪音がそれを模したペンダントを祖父からもらったのは、まだ幼い時だったらしい。もちろん雪音自身はその時のことは全く覚えていない。そのペンダントの存在を知ったのは小学校の低学年のころだ。

 人形か何かを探して押入れを漁っていた時に、見覚えのない箱を見つけた。つるりとした小さな黒い箱。それを開けると、中にはやはり見覚えのないものが入っていた。細い革ひもの先に、蜘蛛の巣と羽根をモチーフにしたペンダントトップがついていた。ぴかぴかとした銀色が、幼心に綺麗だと思ったのを今でも覚えている。

 知らない綺麗なものの存在を母に伝えると、それは祖父から雪音への贈りものだったことが判明した。

「それにしても懐かしい。よく見つけたね。じーちゃんね、それはお守りなんだって言ってたよ」

 母のその言葉によって、雪音はそれ以来ドリームキャッチャーを持ち歩くようになる。家では首にかけて、学校ではポケットに入れて。「じーちゃんがくれたお守り」というのは、幼い雪音にとって何も分からなくても特別なものだった。

 それからほどなくして、雪音にある類の友達ができるようになる。老若男女を問わない友人たちは現れたり消えたり、居たり無かったり、とても不思議で奇怪な存在だった。

 そうして色んな友人に出会い、祖父との再会を果たし、年を経ていくごとに雪音は少しずつ状況を理解していく。不可思議な友人たちは、雪音以外の人には見えないということ。雪音の目にしか映らない友人たちは、もう死んでいるということ。生命が終わり雪音の前に現れる友人たちの多くは、何か思い残したことがあるということ。

 分かっていくと同時に、雪音の彼らへの関わり方も変わってきた。何も知らなかった時は、ただただ遊び相手として。彼らが生きていないことを知ってからは、生前の話などを聞いてすごした。

 そして、状況を理解した今。姿が見え、声が聞こえ、言葉を交わしてしまえば無視などできず、雪音は彼らの未練にできる限り寄り添うことを決めた。

 自分の身に起こる不思議な現象を、雪音は祖父からもらったドリームキャッチャーによるものだと考えている。それを手にした時期と彼ら、幽霊だった人――幽人たちと出会うようになったころが重なることに加え、祖父が残した「じーちゃんみたいなものを救っておくれ」という言葉がこの現状を慮ってのことだと思えるからだ。

 何がどうなって死んだ人と交流できるのか、今でも全く分からない。それでも力の及ぶ限り、雪音は彼らと行動を共にする。そうすると、決めたのだ。


 放課後、雪音は翠夏に誘われて学校近くの本屋に向かっていた。風に髪や制服をなびかせながら、二人は自転車を走らせる。

「――けどさ」

「え、ごめんスイちゃん聞こえなかった。何て?」

 耳の下で二つに結んだ髪の毛がぱたぱたと音を立てる。聞き返すと、彼女は風の音に負けぬよう先ほどよりも声を出して雪音に言う。

「いや、あたし前から思ってたんだけどね。こうして自転車で走ってる時にきたら結構危なくない?」

 翠夏は、雪音の抱える事情を深く知っている一人だ。彼女は少し霊感を持っており、同じクラスになってすぐ雪音の背後にいる何かを感じ取り話しかけてきた。そのファーストコンタクトはなかなか印象が強く、今でも一言一句思い出せる。

『ねえ、何かついてるよ?』

 同じクラスになって、初めてかけられた言葉がそれだった。雪音が無自覚の場合も考えて、翠夏はほかの意味にも取れるよう敢えてぼかして言ったそうだ。何かついてる……ほこりがついてる、虫がついてるなど、一般的にはそのあたりの意味で取るだろう。しかし雪音は違った。翠夏が込めた意味通りに、それを「憑いている」と取った。その時、実際に一人の幽人が雪音と行動を共にしていたのだ

 そうして自分たちが近いものを持っていることを知り、雪音と翠夏は自然と一緒にいることが増えた。つかず離れず適度な距離感、変な気を張らなくていい関係は今までになく心地よい。

「そうだねー、何回か転びそうになったことはあったかな。でも案外大丈夫だったよ」

「いやそれ大丈夫じゃないから。怪我とかしないでよ」

 幽人がドリームキャッチャーにかかる時、雪音はその反動というか衝撃を受ける。その程度はその時その時で異なり、何も感じない時もあれば頭をがつんと殴られるような強いものが襲いかかってくることもあった。なぜ差異があるのかは分からない。というか正直、これに関しては分からないことばかりだ。自分のことなのに理解の及ばない部分も多くて、少し不気味に思う。

 本屋に着くと、翠夏は早々に漫画コーナーに消えていった。ずっと待っていた新刊が、ようやく地方の本屋にも並び始めたらしい。雪音はいそいそと歩いていく濃紺のブレザーの後ろ姿を見送り、自分は文庫本が置いてあるコーナーへ向かった。

 若い店員とすれ違う。胸元につけられた名札にちらりと見えたのは九という一文字。その一文字に対し、振られたふりがなは四文字と長かった。

 いちじく……変わった名前だなー。

 気になったタイトルの背表紙を指でなぞる。

 ……あ、変わった名前といえばスイちゃん……。

 一冊棚から抜いてパラパラとめくるが、あまり興味をそそられず戻す。その動作を何度か繰り返したが、いまいち読みたい本が見つからず雪音はその場をあとにした。翠夏を探し歩いていると、彼女はすでに目当てのものを買い終わったようで、レジのほうから袋を下げてやって来た。遠目からでも胸元の赤いストライプのネクタイが目立つ。

「買えた?」

「うん、買えた! 雪音は?」

「私は今日は大丈夫」

「そっか。じゃあ帰ろうか」

 こくりと頷いて店の出口へ並んで歩く。視界の端を一瞬横切ったのはさっきの変わった名字の店員で、雪音は一つ思い出した。

「あのね、さっき変わった名字の店員さんがいてね」

「へー、どんなの?」

「数字の九でいちじくさん」

「一字で九だからか。珍しいねー」

「うん。それで思い出したんだけど、スイちゃんってツナシくんと付き合ってるんだよね?」

 足を止めた翠夏が、きょとんとした目で雪音を見る。

「あれ、あたし雪音に言ってなかったっけ?」

「スイちゃん自身からは聞いてない。けど、一年の文化祭の時見てたし、噂で聞いて」

「あー……」

 翠夏が苦笑を浮かべる。他人から見ればあの文化祭は少女漫画のような楽しい展開だったが、当事者は微妙だったのだろうか。かく言う雪音も、自分だったら嫌だったと思う。

 去年の文化祭の時、体育館でそれは起こった。体育館ではステージ発表が随時行われており、吹奏楽部や軽音楽部の演奏、演劇部の舞台が場を賑わせていた。そんな演目と演目の間隙、そのちょっとしたあいだにステージに上がった男子生徒が叫んだ。「つなし泳哉えいやです! 和泉いずみ翠夏のことが好きです付き合ってくださーい!」と。さざめく体育館内で、一人の女子生徒が猛然と舞台に上がり、男子生徒を捕まえると猛然と逃げ去った。雪音が見たのはそれだけだが、後日「あの時の二人が無事に付き合いだしたらしい」という噂を聞いて他人事ながらほっと安堵した記憶がある。

 翠夏があの時の女の子だということは最初から知っていたが、敢えて聞くこともないかと今まで忘れていた。しかし変わった名字、しかも数字を用いたものでふと彼のことを思い出したのだ。

「付き合ってたけど、二年に上がる時に別れてるから」

「え、そうなの?」

「そうだよー。二年になってから今まで一切、あたしとあいつが一緒にいるとこ見たことないでしょ?」

「そういえば、確かにそうだね……」

「というかあたしも聞きたくて忘れてたことあったんだけど、雪音って前の生徒会長とどういう関係だったの?」

 はたり、と翠夏の顔を見る。

「え、っと……東雲しののめ英巳ひでみのこと? どうして?」

「一年の時、いい感じらしいって噂を聞いたことがあったんだよねー。大人しそうな子なのに意外だなーって思ってた」

「いい感じも何も……」

 思わず苦笑が漏れた。英巳の顔が脳裏に浮かぶ。

「いとこだよ、ヒデくんは」

「は、そうだったの?」

「うん、うちのお母さんと向こうのお母さんが姉妹だから」

「なーんだ。やっぱり噂は噂だったのかー」

「学校でもたまに話してたりしてたし、それで」

 それでかな、と続けようとした声は途切れた。心臓が強く音を立てて、軋むような痛みに鳴いた。制服の上から首に下げたドリームキャッチャーを握る。耳鳴りのような呻きが脳内を満たす。心に諦めが宿り、殺意が膨らんで、そうしてそれらはぱちんと弾けた。

「雪音」

「――っ、はあ」

 いつの間にか詰まっていた息を吐く。皺が寄るぐらい強く握りしめた胸元から手を放し、顔を上げる。頭がわずかに痛んだ。

「きた?」

「きた」

 幽霊だった人、幽人が。

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