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幽人が一人いなくなろうとも、世界は一切表情を変えない。
否、唯一変わったと言えば愛犬のライか。昨日まではひたすら雪音を避けていたのに、今朝は何事もなかったかのようにすり寄ってきた。
けれども、今日も今日とて普通の朝だ。起きて、身支度を整えて、ご飯を食べて、学校へ行く。いつかの翠夏じゃないが、通る道通る道で赤信号に引っかかり学校へ着いたのは普段より十分遅かったが、それ以外は至って変わりない。
寝不足であくびがこぼれる。教室に入るとぱらぱらと声をかけられ、挨拶を返しつつ自分の席に向かうと、隣の席の湊はすでに着席していた。
「……おはよう君島」
「乾くん、おはよう」
彼の声音は少し強張っていた。もの言いたげな視線が刺さり、躊躇いがちに言葉が続く。
「……父さんは」
「無事に」
「そうか」
緊張がほどける。湊はゆるりと微笑んだ。
「ありがとうな」
「勲さんも、乾くんにありがとうって伝えてくれって。私からも、ありがとう」
「俺は何も……」
ふ、と出そうになったあくびを噛み殺す。
「あのあと、お母さんはどうだった?」
「君島たちに会って帰ったら、もうけろっとして夕飯の支度をしてたよ」
「そっか」
翠夏が教室に入ってくるのが見えた。手をひらりと閃かす。
「俺、一つ疑問に思ってたことがあるんだけどさ、何で父さんは桔梗にこだわったんだろう」
湊は小首をかしげ、「やっぱり思い出の花とかそういうのだったのかな」とぶつぶつ唸っている。
たぶん、それもあるのだろう。
「たぶんそうだと思うけど、花言葉も関係あったんじゃないのかなって私は思うよ」
「花言葉?」
「うん。桔梗の花言葉はね――」
――変わらぬ愛。




