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幽けき人は天明にとける  作者: めろん
第四章 潮花に広い鐘を
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4


「あれ、和泉も来たんだ?」

 翌日の日曜日、十六時すぎに高校の近くにある小さな公園にやって来た湊は、雪音だけではなく翠夏も待ち合わせ場所にいることに意外そうに眉を上げた。

「来たよー」

「昨日の夜乾くんと電話で今日のことやり取りしたあと、スイちゃんにも報告の電話したら行けるから行くわーってなって」

「一応、あたしも話聞いて気になってるから」

「そっか」

 今日は昨日のあたたかさが嘘のように寒い。冷たい風はびゅーびゅーと吹きつけ、葉を落とした木々が悲痛の叫びを上げるようにざわざわと音を立てる。防寒対策はしてきたが、完全防備とまではいかなくて足元から震えが這い上がってくる。

「じゃあ乾くん、これ」

 コートのポケットに入れてきたドリームキャッチャーを取り出して、湊に渡す。受け取った彼はきょろりとあたりを見回し、勲の姿が捉えることができるのを確認していた。

「それを持ってれば、私から離れてもたぶん大丈夫だと思うから。もし何かあったら電話して。ここで待ってる」

「分かった」

「うまくやってね」

 見える時に勲がいた場所を見る。

「……勲さん、いい決着を」

「行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 手を振って遠ざかる湊を見送る。なるようにしかならないが、きっと大丈夫だろう。

 ひと際強い風が吹いて、残された翠夏と二人震え上がる。厚いタイツに包まれた足を翠夏は寒そうにこすり合わせた。

「さっむ! そこの自販機であったかい飲みもの買おうよ。ずっと突っ立って待ちぼうけは無理」

「そうだね」

 公園の隅にある自販機に小銭を投入し、ココアのボタンを押す。がちゃんと音を立てて下に落ちた缶を取り出し口から拾い上げると、あたたかいを通り越して熱いほどの温度にかじかんだ手がじんとしびれた。


 購入したては熱かったココアはすぐにぬるくなっていき、最後飲み干した時にはただただ常温だった。あたたまった体はしかしすぐに冷え、空き缶を握り締めて腰かけたベンチの上でひたすら寒さに耐える。

「いっそあたしらも乾の家に上がればよかったんじゃないこれ。寒すぎる」

「うーんでも極力接触したくないから……同級生の家族なんて、いつどこでどんな情報が伝わるか分かんないし。当事者だけでことが進むならそれに任せたほうが安全」

「まあねー」

 くしゅん、と小さくくしゃみが出た。

「ぐす……でも、この時期に外で待つのは厳しかったね。近くにお店でもあったらよかったんだけど」

「しゃーない。ここ田舎なんだから」

「だねー。付き合わせてごめんね」

「君島、和泉!」

 公園の入り口から声を上げてたたっと駆けてくるのは湊だ。ベンチで身を寄せ合う二人のもとまで走ってくると、はーと大きく息を吐いた。

「二人とも寒い中ごめんな」

「大丈夫大丈夫」

「それより、どうだった?」

 雪音は逸るようにベンチから腰を上げる。

 時間にして三十分ほどだろうか。特に問題が発生したような時間には思えないが、それでも明確な言の葉を聞くまで安心できない。

 彼は隣に並んでいるであろう勲をちらりと見て、そして笑った。

「うん、たぶん大丈夫。うまくいったと思うよ」

 それを聞いて詰めていた息を吐く。

「しおりも渡せたし、少しだけだったけど父さんの声を届けることもできた。母さんは泣いちゃったけど」

「そっかあ……よかった」

「ありがとう君島」

 首を振る。礼を言うのは雪音のほうだ。本来なら雪音が一人でやることを、代わりに全部やってもらったのだから。

「あとこれ。言えてなかったんだけど、昨日もずっと持たせてくれててありがとう。大事なものなのに」

「ううん、大丈夫。……乾くん、もしよかったらそれ今夜一晩持ってる?」

「え?」

「勲さん、たぶん明日の朝にはいなくなるから」

 未練は恐らく達成された。今までの幽人たちと同じように、彼もまた天明にはその身を解き放たれるだろう。

「雪音」

 いいの、との問いは翠夏だ。言外に含まれるのは、祖父の残した言葉についてだろう。

 失くさず大事に持っておいで。

 忘れない声は今でも容易に脳内に再生される。祖父の優しい笑みとともに。

「失くすわけでも大事にしないわけでもないから。じーちゃんも許してくれるんじゃないかな」

 きっと怒ったりはしないだろう。祖父は力になれとも言い残した。

 空っ風が勢いよく走り抜けて翠夏のミニスカートを揺らす。きゃーっと奥から聞こえてきた楽しそうな甲高い声に、子供が奥にある滑り台で遊んでいるのに気づいた。誰もいなかったのに、いつの間に公園に来ていたのだろう。

「……君島、やっぱり返すよ」

 視線を子供たちから湊に転じる。彼はどこか寂しそうに、けれど誇らしげに笑っていた。

「幽人を見送るのは君島がやることだから。父さんもそれでいいよな?」

「でも……」

「決まりだよ。父さんもそれでいいって言ってるから」

 彼は父親を見る。異なる世界だけれど、伸ばした手は触れ合えないけれど、でも、確かに、彼ら親子は今この時を共有している。

「父さんありがとう。会えて嬉しかった」

 差し出された手から、ドリームキャッチャーを受け取る。指からそれが離れる瞬間、湊の口が小さく動いたような気がした。

 さようなら父さん、と。

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