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翌朝学校に行くと翠夏がすでに登校していて、雪音と目が合うと「よ」と手を上げた。
「スイちゃん、おはよう」
「おはよー。今日寒いねー、手袋してくるべきだったかな。ほら見て見て、真っ赤。冷えたの直んないの」
何だか久しぶりに彼女の姿を見た気がするが、憔悴したようすもなく空元気を装っている風でもない。渦野から話は聞いたが、翠夏から直接話を聞くまでは自分は何も言わないでおこうと思った。翠夏が無理せず元気ならそれでいい。
そして彼女は自身のことよりも、雪音のことを話題に出した。
「もしかして今朝見送った?」
「……分かる?」
「ものすごーく眠そうな顔してる」
「そんなにひどい?」
「んー、何か寝不足なのかなーって思うレベル」
「そっかー。うん、すごく眠い」
言ったそばからはふ、とあくびが出て目じりに涙が浮かんだ。
今朝方、無事に冬樹を見送った。洋子の時のように色んな話をしたが、冬樹が一度ぽつりと漏らした「最後にカレーが食べたかったなあ」がやたら印象的だったようで、冬樹がいなくなったあと寝るとカレーが夢に出てきた。
「帰ったらゆっくり寝なよ?」
「うん、ありがとう」
「翠夏ー、呼んでるよー」
クラスメイトがぽんぽんと翠夏の肩を叩き、彼女が顔を向けると廊下を指差して視線を誘導した。教室のドアから顔を覗かせているのはほかのクラスの男子生徒だったが、雪音も名前は知っていた。
「ちっ、泳哉……ちょっと行ってくる」
「あ、はーい」
十泳哉。翠夏の元カレである。
舌打ちをして席を立った翠夏をその場で見送り、雪音は自分の席へ向かう。荷物を置いて椅子に座ると、再び大きなあくびがこぼれた。
「おはよう君島。何か眠そうだな?」
「おはよう乾くん。ちょっと寝不足で」
たまらず机に突っ伏す。クラスメイトの話し声がして、机や椅子がガタンと音を立てるのが聞こえる。聞く気のない耳は、それでも音を拾って脳に流す。
最後にカレーが食べたかったなあ。
もう聞くことができない冬樹の声がほかの音に混じってよみがえる。今朝の話だけれど、何だかもう昨日よりずっと前のことのように思えた。
カレー、私も食べたいなあ。
うつらうつら、さざ波のようなさざめきを聞きながら、雪音は予鈴が鳴るまでまどろんだ。




