第二話 発現
その日のホームルームは、異様な空気に包まれていた。
3-4のクラスの担任の先生、舘野 護。その舘野先生が教室に入ってくるなり、変なことを言い出した。それはまるで、数十分前の綾人の様な。
「ホントなんだ!みんな信じてくれよぉ!今日!さっき!学校に来る途中に!!変な力を使ったんだってば!!!」
舘野先生はとてもフレンドリーな先生だ。どんな生徒にも友達のように接しているので、親しみやすくとても話しやすい。それに、若干イケメンで女子からの人気も高い。
「先生……仕事のしすぎで疲れてるんですか?まだ寝ぼけてるんじゃないですか?」
「違うんですってばぁ……ホントに力を…」
舘野先生は完全に同情されていた。咲夜は一度綾人の『力』を見ていたせいか、他のみんな程には驚いてはいなかった。それ以外にも、咲夜と同じくらいしか驚いていない人もいた。
その時、一人の生徒がゆっくりと手を挙げた。
「あのー…とりあえず先生がほんとにその『力』ってヤツを使えるのか見せてもらった方が早いんじゃね?」
おそるおそるそう言ったのは葉山 伊吹だった。
その伊吹の言葉に舘野先生が「そうだよっ!!」と頷いて、これまた驚くことを言い出した。
「誰かっ誰か僕を思いっきり殴ってくれ!」
「「「「「え?」」」」」
これまた意味の分からないことを言われて、クラスのみんながポカンとした表情をした。
「うーんそうだなー………皇君がいい!」
「ちょ、ちょっと待って先生。急に殴れって…?」
急に殴れと言われても困ると言うように誰かが言った。するとそれに答えるように舘野先生が言った。
「バリアが出るんですよ!僕の周りにバリアが!学校に来るとき車が衝突してきて、その時そのバリアのおかげで助かったんですよ!」
バリア。それはたぶん、マンガとかに出てくる攻撃を弾く障壁っぽいものだろうとぼんやりと咲夜は考えていた。
「あの、皇学校来てないんでオレが殴ってもいいですか?」
そう言って、教師を殴るという問題の行為に名乗り出てくれたのは、鉄 響だった。
「ああ!もちろんだ!頼む鉄君」
先生は、早くバリアが出せることを証明したいというようなテンションでそう言った。
「響君。ホントに殴るの?もし舘野先生が寝ぼけてるだけだったら…」
「いや、たぶん大丈夫だ、佐倉。ちょっと心当たりがあるんだ」
佐倉 苺が不安げに言ったが、響は心配いらないと言うように返す。
ふーっ、と小さく息を吐いて響が自分の両拳を打ちつける。
キッ、と舘野先生を見据えて助走をつけてその右拳を繰り出す。
「オッ………ッラァ!!!」
ガイィィン…、という硬い音が響いた。響の拳は舘野先生の顔より拳二、三個分くらいの位置で止まっていた。まるで、先生と響の拳の間に『何か』があるように。
「「「「「すっ……すっげぇぇえええ!!!」」」」」
「ホントにバリア出てるぞ!」
「ガインっていったぞ!」
「すげー!嘘じゃなかった!」
目の前で起きた超常の現象にクラス全員が湧き上がった。
みんなはそれぞれ、いろいろな表情をしている。驚いて呆気に取られている人、人外の力を前に興奮している人、何かに納得がいったような顔をした人。
「やっぱりな…」
ボソリと響が呟いた。
「何が?」
響の呟きに咲夜が思わず反応する。
「いや、オレもその変な『力』ってヤツを使えるんだ」
「え?」
その会話が聞こえたのか、みんながいっせいに鉄の方を向く。
「マジ!鉄?」
「ほんとかクロガネ!お前もバリア使えるのか!よぉし…」
そう言って松岡 藍華と玉城 武蔵が近づいてきた。そして武蔵がそう言って腕を振り上げる。
「おい待てムサシ!オレが使えるのはバリアじゃなくてっ…」
響が言うが、その声は遅く、ゴツンッという鈍い音が響く。そして、
「いっっっってええぇぇぇ!!!なんだクロガネお前、その頭は!石頭かっ!」
殴ったはずの武蔵が手の痛みに悶えていた。
「テッッメエ、ムサシコラァ!!!んなガタイで人の頭本気で殴るやつがあるかぁ!だいたい最後まで人の話を聞け!オレが使えんのはバリアじゃねぇよ!身体を硬くする力だよ!」
「すまんすまん。お前も力が使えるって言うからてっきりバリアかと思ってな。はっはっは」
「笑い事じゃねぇよ、この脳筋野郎が」
「それに身体硬くできるなら痛くないだろ。ほんとに石みたいに硬かったぞ」
「痛くなくても衝撃はくるんだぞこのアホめ!」
響と武蔵が大声で言い合っていると、横から伊吹が声を割り込ませてきた。
「あの…俺もその力ってやつ使えるみたいなんだけど。」
「マジ!葉山も使えるの!二人とは違うやつ?」
「あ、ああ、風を起こせる」
食い気味に、にじり寄りながら聞いてくる藍華に若干引きながら伊吹が答える。
そして早く見せてと期待いっぱいの眼差しでこちらを見ている藍華に向かって、伊吹が軽く手を振ってみせると、ブワッと軟風が巻き起こる。
「うわぁーすごい!風だ〜!すごい!ウチのクラスにこんなに超能力者がいるなんて!」
「ほんとだな。でもなんで急に、こんなに何人も超能力を使えるようになったんだろうな。もしかして、他にもまだ超能力使えるやついたりするんじゃないか?」
藍華が興奮して、武蔵が冗談めかしく言った。
さすがにもういないと思っていたのか、武蔵が「いるわけないよな」と言おうとしたとき、更に四人もの生徒が超能力を使えると名乗り出たのだった。
***
ホームルームの興奮が冷めやらぬまま一時限目、二時限目と時は過ぎ今は昼休み。咲夜と綾人は昼食を摂り終え、話しながら教室に戻っていた。
「いつまで落ち込んでるだよ、アヤト」
「うるせぇよ。落ち込んでねぇよ。俺の天才性の消失にちょっと現実逃避してただけだよ。」
「現実逃避って大袈裟すぎ。それにしても、アヤトの他にも七人も超能力を使える人がいるなんてびっくりしたよね」
「ほんとだよ。だいたい葉山のやつなんて一昨日から使えてたっていうのに教えねぇなんてよ」
あの後新たに超能力を使えると名乗り出た四人は、楠木 朋花、高梨 律、水瀬 香、和食 幸太だった。この四人もそれぞれ違う力を持っていた。
楠木 朋花は植物を成長させる力、高梨 律は歌声でそれを聴いた者を魅了させる力、水瀬 香は水を操る力、和食 幸太は食べた物の性質をその身に宿す力。
「和食君の力ってさ、例えばタコの刺身とか食べたら足が八本に増えるってことかな?」
「そうなんじゃね?性質を宿すってことは。………ん?ってことは、食ったもん次第で空も飛べて、海も泳げるってことか!?なんだそれ、すっげー便利じゃんかよ!」
「すごいよねー。もう超能力じゃなくて魔法だよ、魔法」
「うらやましーなー。俺もサイコキネシスじゃなくて、そっちがよかったなー」
その時突然、校内のスピーカーから大音量で放送が鳴った。
『こ、校内にいる全生徒、ぜ、全職員は急いで避難してください!く、繰り返します!!全生徒っぜ、全職員は……』
そこまで放送が聞こえたところで、ブツッと放送が途切れた。
「なんだ、今の放送?やけにリアルな演技だな。今日避難訓練なんてあったか?」
「いや、無かったと思うけど……予告無しとか?」
「避難場所の指示もなかったぞ。…やっぱグラウンドか?」
不意に校内に響いたその避難指示に校内がざわめき立っていた。そこにもう一度放送が流れた。
『あー、さっきはすいませんねー。みなさん避難はしなくていいですよぉ。俺達が避難させてあげますからぁ〜…………地獄に!』
その瞬間、校内がよりいっそうざわめいた。
『あっはっはっはっは……アァ?なんだお前、おとなしくくたばってろ…よッ!』
ガンッ、という音とともに、ついさっき放送をしていた先生の悲鳴が聞こえた。
『……こ、こいつら刃物を持って……ウアァッ……』
『ったく、うるせぇな。……あ、それじゃあみなさん、今から行くから待っててねぇ〜』
それを最後に放送は終わった。
その放送を聞いた途端、咲夜の頭の中はまっ白になった。突然起こった意味の分からない出来事に思考がまるでついてきていなかった。
「サクヤッ……サクヤ!!!早く逃げるぞ!」
綾人の呼びかけで我に返った咲夜は全力で走り出した。
(やばいっやばいっやばいっ!何で急にっ…意味がわからないっ…!刃物持ってるってっ…刃物!)
全力で走りながら、咲夜の頭の中ではついさっきの放送の内容がグルグルとリピートされていた。そのとき、ふと、リピートされていた内容で違和感があるように思った。そして、その違和感の正体にすぐに咲夜は気づいた。
「あ、綾人!待って!変質者はたぶん一人だけじゃ……」
咲夜が綾人にその違和感を伝えるのとほぼ同時。
言葉を全部言い切る前に咲夜達の目の前をものすごいスピードで何かが横切った。それは大きな金属音を立てて壁にぶつかった。見るとそこには、思いっきり形の変形したロッカーが転がっていた。
「はいは〜い、ストップストーップ。君達にはちょ〜っと僕に付き合ってもらいま〜す」
L字になっている、靴箱へと続く廊下の曲がり角から、でかい木の棒を持ったツンツン頭のチンピラが姿を現した。
咲夜と綾人の前に、脅威が立ち塞がった。