第一話 超能力
寝起きはいい方じゃない。でも、この日はなぜかスッキリ目が覚めた。違和感が、あった。自分の体がいつもとは何か違うような気がした。いつの間にかケガをしていたとかそういう感じじゃない。
「…なんか体の中がモヤモヤする」
気のせいか。そう思って、おれは自分の部屋を出て、朝食を摂りにリビングへ向かった。
***
「行ってきまーす」
速水 咲夜は、いつも通りに家を出た。自転車に跨って学校に行こうとした時、家の前に誰かがいるのが見えた。
茶色がかった短髪、相手を見据えるようなはっきりとした瞳をもつ顔に、学校指定の制服(夏服)を着崩してブロック塀に寄り掛かっている少年。一一一幼馴染の、戸塚 綾人だった。
「アヤト、今日早いね。いつももっと遅いのに」
「おう!お前に見せたいモンがあってさ!」
「見せたいもの?」
「そうそう!見てろよ〜…」
見せびらかしたくてたまらないという様な顔で、自転車のカゴに入っているスクールバッグに手をかざす。すると、普通では考えられない現象が起こった。
手も触れていないスクールバッグが宙に浮き始めたのだ。
「な!ほら!超能力だよ!サイコキネシスだよ!!」
サイコキネシスだと、とっても誇らしげにそう言ってくる。咲夜は一瞬驚いたが、すぐにその表情を苦笑めいた顔に変える。
「超能力なんてあるわけないじゃん。どうせ糸か何かでぶら下げてるんでしょ?」
「糸なんて持ってねーって!んー、じゃあこれで信じるか?」
そう言って綾人は、今度は咲夜のスクールバッグの方に手を向ける。むむーっと難しい顔をしたかと思えば、その直後咲夜のスクールバッグが宙に浮いた。
「………うそ…」
「な!ホントに浮いてるだろ!」
これはもう認めるしかない。そう咲夜は思った。咲夜は生まれてこの方、超能力なんてこれっぽっちも信じたことはなかった。だが、さすがに目の前で二度も超能力を見せられたら信じないわけにはいかなかった。
「こ、これっていつから使えるようになったの?なんで使えるようになったの?」
「なんでかは分かんないけど、使えるようになったのがいつかは分かる」
「いつ?」
「今日の朝」
え?と、咲夜はポカーンと口を開けて間抜けた顔をした。
「いや、だから今日の朝」
「え…超能力ってそんないきなり使えるようになるものなの?」
「いや、そんなこと言われたってなんか使えるようになってたんだもん」
綾人曰く、朝目が覚めたらなんとなく使えそうな気がしたらしい。なんとなくで使えていいものなのかな、と咲夜は少しだけ不思議に思った。
「もしかして俺って天才なんじゃない?うはーっテレビの取材とか来たらどうしよー!」
「ほんとだね」
咲夜達はその後も道端の石を浮かせたり、自転車を浮かせたりといろんな物を浮かせて遊んでいた。
「あっ、そうだ!後でカレンにも見せてやろーぜ!」
「いいね!絶対驚くよー」
「あいつの驚いた顔見るの楽しみだなー!」
興奮して時間も忘れてはしゃいでいると、ガチャッと玄関のドアが開けられた。中から咲夜の母親が出てきた。
「サクヤ!まだここにいるの!あと十分でホームルーム始まるんじゃないの?」
焦った様子で言う母親に咲夜は腕時計を見た。すると、針が8時30分を指していた。
「ホントだ!」
「やばっ!急ぐぞ!遅刻するっ!」
それから咲夜達は、死ぬ気で自転車をこいで学校へ向かっていった。
後ろから母親が「ちこくっちこくっ」という急かした声をかけていた。
***
「はぁ…はぁっ…」
「間にっ…あったぁ…」
二人はぜぇぜぇと息を切らしながら勢いよく教室の中に飛び込む。時計を見ると、8時39分。1分前で、二人はギリギリ間に合った。
「な〜に間に合ってんだよ〜。遅刻すんの期待してたってのに〜」
二人が膝に手をついて呼吸を整えていると、頭上からそんな声がかけられた。
顔を上げると、そこに居たのはキリッとした目に整った鼻と口。ショートボブに、制服の袖を肩までまくっている、どこか男っ気のある女子。咲夜と綾人の幼馴染の、鳳 紅炎だ。
「へっ遅刻するかよ。俺は皆勤取ってお前との賭けに勝つんだよ」
「お前が遅刻してくんないとアタシ負けちゃうんだけど?」
「知るか。お前が遅刻すんのがわりぃーんだよ」
「くぁーっ!あの時寝坊なんかしなけりゃこんなに焦ることなかったのにぃー!」
目を合わせて早々綾人と紅炎が言い合いを始めた。
綾人と紅炎は賭けをしている。去年の夏から一年間で、遅刻が少ない方が多い方に何でも好きな物を一つ買って貰えるというものだ。前に咲夜も参加したいと提案したが、「お前は絶対遅刻しないからダメ!!!」と二人から思いっ切り断られていた。
そんな時、綾人が思い出したように言った。
「あ、そーだカレン。お前にすっげーもん見せてやるよ」
「スゴイもの?」
「ああそうだ。見てろよー…」
綾人が机の上に置いてある筆箱に向かって手を伸ばす。紅炎が「何やってんの?」と言いたそうに綾人を見ている。
「いくぞー…見てろよー……ほらぁっ
「みんなぁ!!!」
綾人の言葉を掻き消すように、大きな声が教室中に響いた。びっくりしたように、クラスのみんながその声が発せられた方を見た。教室の前のドアを勢いよく開けて、このクラス、3-1の担任の先生が必死の形相で教室に入ってきた。
「みんなっ!聞いてくれ!なんか…なんか僕、変な力が使えるようになったみたいなんだ!」
必死に訴えるようなその先生の表情と声に、クラスの誰もが言葉を失った。
先生の息を切らす音と綾人が浮かせた筆箱が地面に落ちる音が、学校中に響き渡る、ホームルームの開始を合図するチャイムの中に消えた。