ルシファー VS 海上自衛隊
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調査チームによる各種の検証は、困難を極めていた。
爆発物であるかもしれない、という疑念が、「離れて準備を行い、実験するたびにルシファーに船を近づけ、調査員は船内からモニター越しに観測・実験を行い、終了すればまた遠ざける」という非効率的な手段を取らせていた。
また、ルシファーは時速2.5キロ弱と、一定の速度でゆっくりと移動している。
それだけなら、近づきさえすれば様々な検証実験は容易に考えられるが、そもそも各種測定装置は空中に浮いて動いている物体に対して、その観測を行うような設計にはなっていない。
少し離れた場所を測定できるようになっている機械もある。たとえは温度分布を色調に変換してモニタ表示するサーモグラフィーがそうだ。
しかし、その装置にしても、本来「対象と装置との距離、角度が一定」であることが前提だ。
速度だけなら、なんとか一定に保つことができる。
だがルシファーは、海抜高度に対してほとんど変化しない、という特性を持つ。
海面には波があり、測量船は揺れ続ける。そのために測定装置とルシファーの相対距離、および角度が一定とならなかったのだ。
今回、この対策として最新型のカメラ付き座標補正マジックアームを導入していた。
角度や距離の相対的なずれを、対象を映像としてロックしたマジックアーム自体が上下、前後、左右に自動的に動き、ある程度補正してくれるのだ。
この技術により、なんとか測定そのものは可能となっていた。
しかし、その検証結果が、調査班をさらに混乱させた。
先ほどのサーモグラフィーの例では、温度測定ができなかった。温度分布が、まるでその場には何も存在しないかのように、つまり周囲の空気と同様にしか表示されなかったのだ。
反射光を観測する実験では、「すべての波長が同じ割合でわずかに反射される」という結果を見せた。
これがある特定の割合、たとえば金であればその特有の反射光により金と判断できる。しかしすべての光を、同一割合で反射するのであれば、その素材の特定は不可能だった。
また、どのような手段で物体の表面に接触を試みても、五ミリ以内には近づけなかった。
それは超音速で弾丸を発射した場合も同様で、それ以上近づくと弾道が逸れるか、はじき返された。
そしてその特性のため、接触を必要とするあらゆる試験は行えなかった。
酸素アセチレン炎による高温試験は、最も慎重に行われた。
鉄をも容易に融解させる超高温に晒すこの実験は、爆発が懸念されたからだ。
しかし、数分間に及ぶ炎の噴射試験に対しても、ルシファーは何の変化も見せなかった。
特殊な金属のカゴをかぶせ、ワイヤーを張り巡らせてウインチで引っ張る牽引試験も行われた。
しかし、ルシファーは測量船の方が引っ張られかねない推進力であり、結局、その進行方向や速度に何の変化も与えることができないまま、金属カゴの方が壊れてしまった。
作業に手間取り、予定より大幅に時間が消費され、いくつか実験を残したまま、ルシファーは淡路島に上陸、すぐに山中へと消えた。
ここから淡路島東部を貫いたならば、再び姿を現すまで約五時間。午後一時頃になる予測だ。
しかし、そこまで追いかけて実験を続ける事は許可されなかった。
ルシファーが淡路島に上陸してから三時間。
亮太と真優がテレビをつけると、また官房長官の記者会見が始まっていた。
海洋調査船による各種検証の発表だった。
今回の調査の結果分かったことは、
・放射線その他の有害電磁波は発生していない
・物体表面に強力な斥力が働いており、黒球部分には接触できない
・上記の性質により、あらゆる化学反応実験は行えなかった
・僅かながら光は反射する
・表面温度は接触できないため不明だが、周囲の空気中に温度変化は認められない
・アセチレンガスを用いて三千度を超える高温に晒しても、特に変化がない
・液体窒素で冷却しようとしても、斥力に阻まれて不可能
・空中に浮かんでいられる理由は不明
・一定方向に一定速度で進むことのできる理由も不明
・いかなる手段を持ってしても、その進行を止めることはできない
そして爆発物であるかどうかは、結局「不明」となり、同時に大阪湾での撃墜作戦が発動されると発表された。
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この報道は、日本だけでなく、世界的なニュースとして各国で取り上げられるほどの大騒動となった。
当然、ネット上ではあちこちで「祭り」騒ぎとなり、真優の映像はアクセスカウントが再び上昇、ますます注目を浴びる状態へとなっていった。
その日の午後四時。封鎖された大阪湾。
テレビカメラが映し出した護衛艦『きりなみ』は、圧倒的に巨大だった。
全長百五十メートル。排水量四千六百トン。
一万六千馬力のエンジンを四基搭載し、最高速度は三十ノット(時速約五十六キロ)を超える。
物々しいレーダー設備、濃灰色の船体、そして船首近くに搭載される艦載砲の存在が、これが軍艦であることを物語っている。
これほどの巨大な戦力が、ソフトボールほどの大きさでしかないルシファーに攻撃を加えるべく、派遣されてきたのだ。
この大げさな軍艦が展開された理由は、万一爆発物であったときの耐久性を考えて、というわけではないらしい。
単純に、火力の問題だった。
ルシファーはソフトボールほどの大きさとはいえ、山を貫通して進むほどの馬力と強度を持っている。
「海上保安庁の機関砲程度では力不足と判断したのだろう」
と、軍事評論家がパネルを手に説明していた。
(それにしても、えらく大げさな話しになったなあ。人は、正体不明の物体に対してこんなにも恐れ、おののくもんだろうか。新型の核兵器とかじゃないのなら、それほど怖がるものでもないだろうと思うけど。やっぱりこれは、これから災いが来る者と、もう通り過ぎた者の考え方の違いなのか……)
亮太は自分があまり危機感を持っていないことに気づいたが、だからといって何かできるわけでもなかった。
この日も、快晴だった。
「もう間もなく、撃墜作戦が開始されます」
アナウンサーの声が響く。
この時間、どのチャンネルに合わせてもただ遠距離にぽつんと護衛艦が映るのみで、ルシファーの姿は捉えきれない。
字幕は「いよいよ砲撃 ルシファー撃墜なるか」となっている。
「こんなシーン、なんか今までにアニメとか、怪獣映画とかで観たことがある気がする。そして今まで、それで仕留められたことがないんだよなあ」
そんな事を、亮太と真優はスイカを食べながら呑気に話していた。
と、その時。
護衛艦のすぐ目の前で、その船体の高さに匹敵する真っ赤な爆炎が数回に渡って広がり、直後、黒煙が舞い上がった。
その約十秒後、爆発音が轟音となってカメラを揺らした。
「凄い音です! 砲撃が行われた模様です!」
アナウンサーが絶叫を上げる。淡路島で体を張ってレポートしているようだった。
亮太にとっては、想像よりずっと派手な砲撃、爆破劇だった。
某掲示板の速報サイトでも、
「すげえぇ! 海上自衛隊の本気を観た!」
「ルシファー、逝ったな」
など、追い切れないほどのスピードでスレが埋め尽くされていく。
軍事マニアも、大興奮で使用されたであろう武器やその威力の解説を行っていた。
(こりゃあ、さすがにルシファーも砕け散っただろう……)
「なんだか、ちょっとかわいそう……」
名付け親の真優は複雑な表情だった。
ところがそのすぐ後に、またしても同様の火炎と黒煙、そして少し遅れて轟音が鳴り響いた。
「攻撃の第二波が行われている模様です。ということは、第一波では撃墜できなかったということでしょうか……」
アナウンサーも興奮気味だ。
その後、連続攻撃は計七回行われた。
砲撃のたびに、一見何もない空間に巨大な半球状の火炎が連続して沸き起こり、数秒後に黒煙となって消えていく。
爆発が起こる、ということは、そこに何かが存在する。
小さすぎて見えないが、それがルシファーであることは疑いの余地がない。
ということは、つまりあれだけの砲撃を受けても、それは存在し続けているのだ。
もう、ネットの速報サイトはサーバがダウンして見えなくなっていた。
その一時間後、またしても官房長官の記者会見。その表情は険しい。
「結論から申し上げますと、迎撃に失敗しました」
ざわめく記者達。亮太の腕にも鳥肌がたった。
「艦載砲オート・メラーラ 127mm砲で目標に対し、計四十四発の弾薬を発射し、全弾命中しましたが、目標はその進路、速度、高度を全く変更することなく浮遊・直進を続けています」
二人の嫌な予感が、的中した。ルシファーは、人の手では破壊することも、進行を止める事もできない、本物の悪魔だ。
「……よって、進行直線上から半径一キロメートル以内の住民の方は、避難するように指示します。また、万一の場合に備え、美海原子力発電所の稼働を停止するよう、命じました。この措置により日中、特に昼間の電力供給が非常に切迫したものになります。国民の皆様による更なる節電のご協力を、切にお願いいたします」
その表情は、本当に切羽詰まったもののように見えた。




