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内閣官房長官

 彼の家でテレビを点けると、やはりルシファー一色になっていた。


 現在、鳴門海峡のやや東を北東に移動中。高度は約七メートル。

 時速は約2.5キロメートル弱で、明日朝には淡路島に上陸する見込みだという。


「なんか、台風みたいだな……」


「これって、このまま行くとどうなるのかな?」


「このルートだと本当に神戸に到達するみたいだ」


「それって、大変じゃない! 進路にあたる人は避難しなきゃ」


「だから大騒ぎになっているんだよ。それに、単に進路上の人だけでなく、もっと広い範囲で避難が必要みたいだ」


「どういうこと?」


「だって、得体の知れないものが迫っているんだぜ。普通に怖いじゃないか、どっかで爆発するかもしれないし」


「爆発? あれって、爆弾だったの?」


「いや、そうじゃないけど、そうかもしれない」


「もう、どっちなのよ」


「何もわからないから、みんな注目してるんじゃないか」


「……なるほど、そういう事なのね」


 真優は大きく頷いた。ただ、本当に理解できているかどうかは怪しかった。


 そのとき、テレビ番組内で動きがあった。なにやら政府関係者の記者会見があるという。

 画面が切り替わり、そこには今まで二人が何度か見たことのある顔……内閣官房長官が映っていた。


「一体、何を発表するんだろ? やっぱりルシファーがらみだろうな……」


「ちょっとワクワクするね……」


 それは亮太も同じだった。

 儀礼的な挨拶から始まり、すぐに核心部分へと入っていく。


「国民のみなさまにお知らせします。各報道機関の発表でご存じの通り、現在正体不明の飛行物体、通称『ルシファー』が、淡路島の南の海上を北北東方向に進んでいます」


「すげえぇ! 官房長官がルシファーって言ったぞ!」


「かんぼーちょーかんって何?」


 ルシファーの名付け親がピントのずれた事を言う。


「あの人の事だよ」


「それは分かるけど、具体的にどういう仕事している人なの?」


「どういうって……ああいうふうに、国家レベルの重要な事を発表する人だよ」


「ふーん、さすが! 亮太、頭いいね!」


「まあな……そんなことより、発表聞こうぜ」


 亮太も本当のところは、官房長官が何をする人なのか、よく分かっていなかった。


「……の為に、明日の早朝より、淡路島付近において専門家による各種調査を行います。また、念のため、進行予測直線上から半径一キロメートル以内にお住まいの方々は、避難するよう指示いたします」


「へえ、避難指示を国家レベルで出すのか。やっぱり爆発するかもしれないって考えてるのかな? 凄いことになってきたな」


「私、そんなものに石ぶつけてたのね」


「……そういやそうだな」


 二人ともテレビで大騒ぎになっている事と、自分達がしたことのギャップが激しすぎて、実感がわいていなかった。

 さらに官房長官の発表は続く。


「また、このまま飛行物体が直線移動した場合、神戸市に到達する恐れがあります。未確認の飛行物体を都市部に進行させることは大きな問題でありますので、調査団の判定結果によっては、撃墜することも視野に入れております」


 この発言に、記者会見場がどよめく。


「そのために、既に護衛艦『きりなみ』を淡路島北部へと派遣させております。また、明日午後、淡路島から神戸に至る一部海域を封鎖します」


 現場の記者達から、先ほどよりずっと大きな驚きの声が上がった。


「これらの処置は、あくまで万が一を想定したものです。万が一とは、該当飛行物体が『爆発する可能性がある』場合です。その定義の中に、『爆発するかどうかわからない場合』も含みます」


 記者達のざわめきは治まらない。

 その後、この決定に至るまでの経緯や、調査団が行う調査内容などが長々と説明された。

 やがて官房長官による一通りの説明が終わった後、質疑応答となり、記者達が色めき立って我先にと挙手する。


「先ほどのご説明の中で、『我々が知りうるいかなる飛行物体とも相容れない』と表現されていましたが、それはどこに確認したのでしょうか」


「我が国の国土交通省、気象庁、自衛隊、その他関係機関。また、アメリカ合衆国政府、航空宇宙局等にも問い合わせを行いましたが、全ての機関から『現在の情報だけでは正体不明』という意味の回答が帰って来ています。また、名前は伏せますが、『物理的にあり得ない』といった返答をしてきた機関もあります」


 よどみのない回答。おそらく質問されることを予測していたのだろう。


「『ルシファー』が爆発物かもしれないと言うことですが、たとえば、新型の核兵器であることがあり得るのでしょうか」


 核兵器――その言葉の重みに、会場が凍り付く。


「現在、あらゆる可能性について排除せず検討をおこなっていますが、我々の現在の認識では、あれほど小型の核兵器はありえません」


 わずかに緊張が解ける。


(……なんて記者会見だ……)


 亮太はうっすらと手に汗をかいていた。となりの真優も、どこまで内容を理解しているのかは分からないが、かなり深刻な顔をしている。


「この飛行物体の進行を止められなかった場合、このまままっすぐ進めば、近畿地方を南北に縦断した後、最終的に美海原発に突き当たる、という報道もありますが、それは事実でしょうか」


 これもまた、重い質問だ。


「その前提であれば、確かに美海原発に接近することは把握しています。しかし、現時点ではそれがどの程度可能性があるのか、検証すらできていません。全ては明日の調査結果、そして場合によっては護衛艦による対象処分の結果次第となります」


 どうやら、これもあらかじめ用意していた答えのようだ。

 その後も、もし護衛艦による撃墜に失敗した場合、原発の運用はどうなるのかという質問に対しては、


「あらゆる可能性を想定している。あらゆるとは、もちろん運用を停止する可能性もあると言うことです」


 と明言した。

 あの大震災以降、日本の稼働原発は次々と停止し、ついにゼロになった。


 しかし電力不足の解消のため、何とか世論を説得し、ようやく再稼働が承認された原発の一つ、それが美海原子力発電所なのだ。


 当然、その場合の電力不足にはどう対応するのか、という質問も出たが、ここは現在、電力会社と協議し、計画停電を含めたあらゆる可能性を考えていると述べるにとどまった。

 しかし、それ以上に重要な質問が飛び出た。


「万一、ルシファーが原発の圧力容器、そして核燃料を貫いたら、一体どうなってしまうんですか」


「ここから先は本当に仮定の話しになってしまい、無限に広がってしまうのですが、仮におっしゃった様な状況になるとしても、現在の飛行物体の速度が遅いことから、まだ対策を考える時間はあります。そして単に突き進むだけの性質であること、物体の大きさがソフトボールほどと小さい事、あの津波の時のような全電源喪失といった事態にはならないであろう事から、あの事故ほどの被害にはならないと推測しています」


 その後も、「じゃあルシファーが原子炉内で爆発したらどうなるのか」といった質問も出たが、それ以上の仮定の状況にはお答えできない、という受け答えに終始していた。


「……亮太、私たちって……ひょっとして、ものすごく迷惑なもの、見つけちゃったのかな?」


「ああ、それはそうだけど……別の人が先に見つけたとしても、結果は同じだった。どうすることもできなかったよ」


 二人は、偶然にもルシファーの第一発見者になってしまった。

 そして映像を提供し、真優がインタビューを受けたことで、この問題は自分達が直接心配するような事態になった。


 もし、あのときに海岸に行っていなければ、ルシファーはルシファーという名前では無かっただろうし、もう彼等にすれば「通り過ぎた」問題でしかなかったはずだ。


 それに、真優に芸能界からのスカウトが来る事もなかっただろう。

 そう考えると、亮太は運命の不思議を感じずにはいられなかった。


 彼はその日、ルシファーについてあまりに多くの情報がありすぎたために逆に混乱し、真優のスカウトも含め、整理できないほどの悩み、複雑な感情を持ってしまった。


 しかし真優もまた、それ以上の状況だった。

 彼女は高ぶった感情を隠さぬまま、夜には自宅へと帰っていった。


  翌日も、真優は飽きもせず、早朝七時から亮太の家へと遊びに来ていた。


 テレビ中継では、淡路島の南側、紀伊水道上に浮かぶルシファーが撮影されていた。

 すぐ側に、調査チームのものと思われる船がごくゆっくりと併走している。

 亮太は陸上で調査するのかと思っていたが、そうするとその場所の海抜により高さが安定せず、淡路島ならすぐに山地に突入してしまうらしい。


 それに対し船からであれば、波での揺れを別にすれば、高さは常に一定だ。

 テレビカメラも船に乗っているが、一キロ以内へは近づけないため、望遠での撮影となっている。


 そこに映し出されている調査船は約全長六十メートルと、かなり大きい。

 本来であれば海底の地形や地質、海流・潮流の調査をしている、海上保安庁所有の中型多目的測量船だという。


 ニュースの解説によれば、複合測位装置で正確に位置情報が割り出せる上に、海上重力計や海上磁力計などの計器、さらにはナローマルチビーム測深機、多素子音響測深機、地層探査装置、電導度水温深度測定装置、超音波流速計、水深測量自動集録処理装置などという、一度聞いただけでは記憶も理解もできそうにない測定機器が満載されているとのことだ。


 ただし、もちろんこれらは本来海中を調べるために存在する機器だ。解説委員も、そこは指摘し、今回の場合は計器類はほとんど役に立たないが、数トンまで巻き上げられるウインチ、クレーンの類は有用だろうと話していた。


 白い船体を背景にすれば、その手前にぽつんと浮かぶルシファーの姿がかすかに見て取れる。現在、ロボットアームの様な物で様々な実験をしているようだった。


「……なんか地味」


 これは真優の談。亮太もそう思っていた。

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