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アイドル

 ルシファーは、自然の山を五十キロ以上も、まるで空気中を進むがごとく突き抜けてきたのだ。それも、進路、速度、外観を全く変更することなく。


 唯一変わったと言えば、高度(海抜)が少し上がったぐらい。

 しかし平地の高さも海抜六メートルほどある場所なので、地上から見れば一メートル弱の高さをまっすぐ突き進んでいく。


 今回出現した場所は、亮太達が住む地域よりは幾分発展しており、田園地帯からすぐ市街地、そして工業地帯へと続いている。

 進路上の地域では避難指示が出され、そしてマスコミがルシファーの後を追いかけていく。

 テレビニュースも大きくこれを取り上げた。


「ルシファー復活!」


 ネットではまた祭りが始まった。

 今回も住民はなすすべがなく、少しでも被害を少なくするため、ただ進行方向から車を移動させたりするのみ。


 ついに住宅街にたどり着いたルシファーは、民家の壁を貫き、ガラスを割り、柱をへし折り、なおも突き進んでいく。


 コンビニに突っ込んだときは、大きな冷凍庫とトイレを破壊した。

 頑丈な重量鉄骨の建物も、まるで飴細工をねじるようにその柱をぐにゃっと曲げて突き進む。


 やがてインスタントラーメンの製造工場に突入したそれは、数億円するという移動不可能な製麺設備を破壊していったという。


 数々の被害を出したルシファーは、漁港の倉庫の壁に穴を開け、そして海へと向かっていく。ようやく、四国から出て行ったのだ。


 しかしその先には、淡路島が見えている。もしそこで食い止められなければ、次は神戸に上陸する。

 テレビのニュースはこの話題一色になっていた。


 さらに高度が少しずつ上がっていることも、不気味だった。

 なぜなら、その遙か先にある美海原子力発電所の敷地は、海抜十メートル、高さ約八十メートルの巨大建造物だからだ。


 このペースで上昇を続け、そしてまともに建物を直撃したならば、果たしてどういった被害になるのだろうか。


 テレビ番組でも、その恐れを報道し始めた。

 事実、ルシファーは山を貫いたのだ。その進行を止められない。

 そしてGPSでの進路測定状況は、ルシファーの完全な直進性を示していた。


 このままでは、数日後に本当に原発の建屋に穴を開けてしまう。

 また、ニュース番組ではさらに不吉な事を報道しはじめていた。


 そもそも、ルシファーの正体は何なのか。

 四国、淡路島、近畿地方を縦断し、最終的に原発に到達するこの物体は、ひょっとしたら何かしらの兵器なのではないだろうか。

 そんな憶測まで流れ始めていたのだ。

 ただ、この時点ではまだ、本当に原発にまで到達するとは、皆本気では考えていなかった。


「誰かが、何らかの手段で回避してくれるだろう」


「その物体がそこまでまっすぐ進むことはないだろう」


「原子力発電所への到達は単なる噂で、実際には直撃したりしないだろう……」


 この日、原発周辺から避難を開始する者など、まだ誰もいなかった。


 そのころ、亮太はルシファーが復活し、かなり被害が出始めたことを真優にメール連絡した。だが、返事が返ってこない。

 そこで今度は電話をかけてみたが、出てくれない。

 何度かそんな事を繰り返し、じれた彼は急に不安になって、彼女の家へと自転車を走らせた。


 するとそこは、スーツ姿の二人の男性がタクシーに乗り込む場面だった。

 真優とその母親が、その客と思われる二人を「お見送り」している。

 やがてタクシーが見えなくなったところを見計らって、亮太は彼女らがまだ立っている玄関先に辿り付いた。


「あ、亮太! ごめんね、電話に出られなくて」


 真優の表情は、いつも通り……いや、いつも以上に元気そうだ。

 彼女の母親は彼の姿を見つけると、ちょっと笑顔を見せて、そそくさと家の中に入っていった。

 亮太は違和感を覚えた。


「さっきの人たち、お客さん? お前まで話しこんでるなんて、何があったんだ?」


 彼は玄関先に残っていた真優に声をかけた。


「うーんと、話すと長くなるけど……亮太、『ローレライ』ってグループ、知ってる?」


「ローレライ? あの三人組のアイドルグループ? そりゃ、顔ぐらいは知っているけど」


 ローレライは最近特に人気・知名度とも上昇してきた、十七歳~十九歳までの女の子三人で構成されたアイドル歌手グループだ。容姿はもちろん、歌もうまく、トークも面白いとあって、CMからバラエティ番組、ドラマまで、彼女らを見ない日の方が少ない。


「そこの事務所の人達だったの。ビックリしちゃった」


 亮太はざわっと、嫌な予感に包まれた。


「まさか……お前をスカウトしにきたのか?」


「うん、まあ……そんな感じかな」


 彼の全身から冷や汗が吹き出る。


「やっぱり、あのテレビの映像がきっかけか?」


「うん、あと、ネットでも結構話題になっているんだって」


 それは亮太も知っていた。しかし、まさかこんなに早くプロのスカウトが来るとは。


「で……まさか、OKしたのか?」


「ううん。ちょっと考えさせてください、って答えたわ」


 彼女のその言葉に、ほんの少しだけ心が和らぐ。


「でも真優、おまえ、芸能界になんて興味あったのか?」


「うん……私だって女の子だもん、テレビで同じぐらいの年頃の子がいろいろ活躍してるの見てたら、やっぱりちょっと憧れちゃうし」


「そうなのか? でも、いろいろ大変ってうわさだぜ。今はアイドル戦国時代って言われているらしいし」


「うん、普通は顔を覚えられるだけでも凄く大変なんだって。でも……」


「……なるほど、あれだけ全国放送でおまえの顔のアップとインタビューが流れたもんな」


「そうなの。だから今が大チャンスなんだって」


 少し照れたように顔を赤らめている。その表情は嬉しげだった。


「……もしアイドルになったら、恋愛は禁止だぜ。それでも平気なのか?」


「うん。もともと私、恋愛に興味ないし」


 その台詞を聞いた瞬間、彼は軽いめまいを覚えた。


(やっぱり真優、俺のことはただの友達だったか……)


「といっても、もし契約したとしても、本格的に何か始める訳じゃないの。もしテレビの取材とか来るようであれば、この事務所を通せばいろいろ手続きしてくれるらしいし、ひょっとしたらCMとかに出演できるかもしれないって。でももし、そんな仕事がどんどん来るようであれば、そういう芸能人が通うような高校を紹介してくれるって……」


「えっ! それって、まさか転校するってことか?」


「まあ、そうなるのかな? でもさすがにそれはちょっと。東京で一人暮らしなんて大変そうだし。あ、そういや、なんか寮みたいなのもあるって言ってたかな?」


(なんてことだ……たった今、俺が恋愛対象でないとわかったばかりでショックを受けているのに、この上さらに、転校してアイドルになって、本当に手の届かない存在になってしまうのか……)


 亮太は少し青ざめていた。


「……両親は何て言っているんだ?」


「うーん、お母さんもまだよく分かっていないみたい。で、今、お父さんに電話で連絡してるはず。後で家族会議よ」


 真優の父親は亮太の両親と同じく、マレーシアに長期出張中だった。

 そもそも、彼等の両親は皆、同じ会社の職員で、以前からとても仲が良かった。

 一年前、マレーシア支社設立の話が持ち上がり、それで亮太の両親と真優の父親がマレーシアに行くことになったのだ。


 日本に残った真優の母親は亮太の生活のサポートを頼まれていたので、たまに彼の食事の面倒などを見ていた。


 ちなみに、全くの偶然だが亮太と真優は同じ日に生まれた。双方の両親は「これは運命だ」と直感し、子供達を結婚させる約束までしたという。つまり、亮太と真優はいわゆる「許嫁いいなずけ」だった。


 小学校頃までは彼女も頻繁にそれを口にしていたのだが、さすがに中学生になる頃にはあまり言わなくなり、いつの間にか亮太は「親友」に格下げになっていたのだ。


(真優がアイドルに……)


 亮太は考えを巡らせていた。

 アイドルになどそうそうなれないだろう。「可愛さ」に加え、+αの「何か」が絶対に必要だ。けれど、真優は「持っている」。


 天性のかわいらしさ、声の甘さに加え、その天然な性格も、今回のような運の良さも。

 ただ一点、彼女に足りないものがあるとすれば、それは「努力」だろうか。


 真優はアイドルに憧れていたかもしれないが、それを目指して何かに打ち込んできたわけではない。特にダンスがうまいわけでもないはずだし、演技の練習など、考えたことすらないだろう。


(けど、歌はうまかったな……)


 亮太は、真優がアイドルになれるかどうか、真剣に考えていた。アイドルになんか「なってほしくない」。しかし、今の真優の嬉しそうな表情を見ていると、応援したくなる気持ちも沸いてくる。


 考えれば考えるほど、自分がどうすればいいのか分からなくなってしまった。


「ちなみに真優、おまえはアイドルのどういう所に憧れるんだ?」


「……うーん、なんかテレビ番組でゲームやったり、みんなの前で歌ったり、南の島で撮影したり、楽しそうじゃない」


「なるほど、まあ、そんなとこだろうな」


「なに? なんか呆れてない?」


「いや、実際は凄く大変らしいぜ。平均三時間しか寝られないとか聞くし」


「えっ、そうなの? やだ……じゃあ、やめようかな」


「いや、今のはずっと昔の話だから! 今はそんな事ないと思うぞ!」


 慌ててフォローする亮太。

 自分の安易な発言で人生を簡単にあきらめられたら、それはそれで困る。


「やっぱり、ちょっと不安だな……ねえ、亮太。アイドルとかについて、もう少し詳しく調べてもらえないかな?」


「え、俺が? ……うん、そうだな。真優の人生がかかってるんだもんな。よし、ネットとかでいろいろ調べてやるよ」


「うん、ありがと! お母さんにも言っておくから!」


(ふう、仕事が一つ増えた……)


 彼はため息をつきながらも、ここは真剣に取り組むつもりだった。彼女の人生がかかっている点については、紛れもない事実なのだから。


「ところで亮太。私に用だったの? さっき携帯見たら、いっぱいメールとか着信履歴とかあったみたいだけど。あの人達が来てたから、出られなかったの」


「そうだ! 大変なんだ、ルシファーがまた現れたんだ!」


「本当に? どこ、どこに!」


「県の北東あたり。山地をまっすぐ突き抜けたらしいんだ。JRも脱線したし、市街地でもコンビニとか、民家とか、あと工場とか、結構被害出てるんだぜ!」


「山を突き抜けたの? 朝、ニュースでやってたJRの脱線って、ルシファーが原因だったの?」


「そのとおり。今また、テレビで大騒ぎになってるぜ!」


「大変! さっそく亮太の家に見に行こう!」


「なんで? 自分の家で見ればいいじゃないか?」


「やだ。亮太と見たいの。さ、行こっ!」


(……俺と見たい? 恋人じゃないのに? 親友だからか?)


 いつもの事ながら、亮太は真優のつかみ所のなさに混乱させられていた。

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