脱線
当の本人は一瞬、きょとんとしていたが、
「これ、私じゃない! 凄い、映ってる!」
大はしゃぎだ。
ちょうど球体を見つけたときの様子を語っている場面だった。
テレビで見ると、そのかわいらしさがさらに強調されているようだ。
長い髪に、小さな輪郭。
二重まぶた、この状況に興奮しているのか、僅かに潤んでいる綺麗な瞳。
鼻筋はすっと通り、唇はしっとりと濡れている。
歯並びも矯正していたために完璧だ。
すっぴんにもかかわらず、アイドルかと見まがうばかりの十六歳の美少女。
あらためて、彼は真優が特異な存在であることに気付かされた。
また、テレビに映ることで、亮太は彼女が手の届かない場所に居るかのような錯覚を覚えた。
だが、実際は彼のすぐ隣で、一緒に自分の画像をはしゃぎながら見つめている。
そこに奇妙なギャップと、何故か得体のしれない不安を感じてしまった。
ここで、亮太が佐藤アナに提供した、真優がいろいろ実験をしている映像が流れた。
最初に石をぶつけるが、簡単にはね飛ばされる場面。
次に木の棒でつついたり、上から砂をかけたり。
挙げ句にスーパーのレジ袋を被せて、奇妙な掛け声と共にそれを引っ張り、そして転ぶ様子まで。
さすがにその場面を見た真優は、
「やだ、こんなの放送しなくていいのに」
と、恥ずかしそうにしていた。
そして再びインタビューに戻り、彼女がその球体に『ルシファー』と名前を付けたところで、場面が変化。
トラックを押しのけ、古民家に侵入する『ルシファー』の映像が放送された。
そこで録画映像は終了、スタジオ内に戻される。
「……というわけで、何回見てもこの球体に関する謎は深まるばかりです。いやあ、一体何なんでしょうね、この物体、『ルシファー』の正体は」
そうまとめるイケメン司会者。
「えっ……これって、羽山さんじゃない!」
真優が驚きの声を上げる。
「あ……本当だ!」
亮太も目を見張った。
羽山アナは三年連続で好感度No.1に輝いた、若手人気アナウンサーだ。
もちろん、田舎のテレビ局ではなく、全国放送での司会がメイン。
(と、いうことは……)
「これって、全国放送だったの? ええ、どうしよう! 恥ずかしい!」
真優は真っ赤になっている。
亮太も驚いた。
確かに、二人がインタビューを受けたのは地方のテレビ局だったが、大手テレビ系列の一端も担っている。ということは、今回の事件、それだけ世間の感心を集めているということだ。
「いやあ、ルシファーの破壊力もすごいけど、第一発見者の女の子、むちゃくちゃ可愛くないですか?」
そうコメントするのは、お笑いコンビ「ダルシアン」のボケ担当、通称「ミズ」だ。
ダルシアンは昨年、若手漫才グランプリで決勝まで駒を進めた実力派。一昨年も準決勝に残っており、バラエティ番組にも度々出演している。あまりテレビを見ない亮太でも、その名前を知っていた。
真優は彼の隣で
「どうしよう、どうしよう」
を連発していた。
「そうですよね。まあそこは一般の方なので置いておいて……あの堤防破壊の衝撃映像、すさまじかったですね。もう一度、見えます?」
羽山アナが、脱線しかけた話題を元に戻した。
そして次に流れたのは、これも亮太が提供した、ルシファーが防波堤を破壊する様子だ。
すさまじい破壊音と共に、そこに映っている全員が身をすくめる。
映像も一瞬揺れた。もちろん、これは彼がびっくりして肩をすくめたからだ。
それと同時に、防波堤の一箇所から煙のような、土埃のような、そんなものがぱっと広がり、消えていく。
慌てて近寄り、撮影した、その部分が完全に破壊されている様子も放映された。
(……こうやって改めてみてみると、これは確かに全国ニュースになって当然の、不思議かつ衝撃的な内容だな……)
亮太はそう思った。
「まあ、もう山の中に消えたということで、騒動は沈静化したんですが……」
そこまで羽山アナが言うと、ここで「ダルシアン」のツッコミ役の「カズ」が身を乗りだした。
「ちょっとまってください、このルシファー、山の中にめり込んでいったんですよね? だったら、反対側から出てくるなんて事、ないんですかね?」
(なるほど、それは俺も考えた。でも、いくら何でもそれはないな)
亮太が画面を見ながら頷く。
ところが、彼の考えに反し、羽山アナは解説を続けた。
「そこなんですよ。私たちももしそんな事になったらどうなるか、検証してみたんですが、大変な事が分かったんです」
「大変な事?」
ダルシアンの二人が、同時に突っ込んだ。
「はい。私共の現地スタッフが、例の壊れた堤防と、あの古民家を正確にGPSで位置測定しました。それと、第一発見場所であるあの海岸も、位置を特定したんです。その結果、ルシファーは、本当に一直線に、一定の速度で進んでいるんです。それはあの堤防を破壊した後も、です」
「そりゃ凄い。だったら、今後の進路も分かるんじゃないんですか?」
カズのツッコミはなかなか的確だった。
「その通り。ルシファーがこのまままっすぐ、山をも貫いて行ったとしたら……もう一度、今度は四国の北東部に出現します。そして海に出て、淡路島をかすめます」
いつの間にか、そこには日本地図か用意され、予測進路が書かれていた。
「そしてもう一度海に出て、今度は神戸の東辺りに再上陸します。こうなると、都市部ですので、かなり被害が出ることが予想されます」
「……なるほど、これはちょっと怖い」
「いえ、まあ、もちろんそれも怖いんですけど、もっととんでもない事態が待っています」
「え、もっと?」
「はい。そのままさらに進路を延長すると、京都府の山中を突き抜け、やがて再び出現し、日本海に抜けます」
「ほうほう。近畿地方を縦断するわけですね」
今度はボケ担当の「ミズ」の言葉だ。
「ええ、その通りなんですが……そのすぐ手前に、大変な施設が存在するんです」
「大変な施設?」
「そう。GPSでの正確な位置測定の結果、そのまさに延長線上に……」
そこまでで言葉を溜めると、日本地図上に貼ってあった目隠しシールを、羽山アナは外した。
「再稼働をようやく始めたばかりの、総出力二百万キロワット、美海原子力発電所があるんです」
「ええっ!」
これにはスタジオ一同、声を上げて驚いた。
「もし、万が一ですよ、ルシファーが山をも貫く力を持って、そのまま直進したとしたら、原子力発電所を貫く可能性があるんです……そうなると、大量の放射性物質が漏れる恐れがありますし、そもそもこの物体の正体が不明なので、どんな状況に陥るのか、まったく予測ができないんです」
さすがにこの言葉には、亮太の背中にも冷たい物が走った。
とはいえ、この時点ではまだ四国の山の中。発見されてから十キロ少々しか進んでいない。
「まあ、これはあくまでその可能性がなくはない、という事です。いくら何でも山の中を突き抜けてくるとは思えませんが、ちょっと心配ですね」
羽山アナウンサーの言葉に、みんな一様に頷く。
亮太は隣で呆然としている真優の顔を見つめた。
「凄いなあ。いつの間にか、全国的な話題になっているんだ」
「ホント、そうね。いきなり私が映ったから、びっくりしちゃった」
(そうだ、その方が大変な事だ。これはいろんな人から突っ込まれる……)
と、そのとき、真優の携帯が鳴り始めた。
「もしもし、……うん、出てたよ! そう、私。まさか全国ニュースになるとは思ってなくて……」
(やっぱり。これはちょっとまずいなあ、ますます彼女がいろいろ噂になる……)
と、今度は彼の携帯にも電話がかかってきた。
「亮太、おまえ、テレビ見てるか?」
同級生の敬一だった。
「ああ、見てるよ。真優、出てたな」
「やっぱり、知っていたか。で、お前、今どこに居るんだ?」
「俺? 自分の家だけど」
「……まさか、真優ちゃん、一緒じゃないだろうな」
「いや、一緒にいるけど」
「なにぃ! やっぱりお前ら、付き合ってたのか!」
「いや、お前にはちゃんと言っていただろう? 普通に友達同士だって」
「家にまで連れ込んでか? ……まあいい、今、けっこうネットでも騒ぎになっているぞ」
「ネットで?」
亮太は携帯を切らないまま、側にあったパソコンデスクの側に行き、某巨大掲示板を開いてみた。
そこのニュース速報板を見て、ルシファー関連のスレがいくつも立っている事に気がつき、驚いた。
「げっ! 『ルシファー第一発見者が超かわいい件について』なんてスレッドまでありやがる! すげえなあ」
「お前、なに人ごとみたいに言ってるんだ。真優ちゃん。大変な事になるぞ!」
「大変な事?」
「ああ、ストーカーとか変質者に狙われたりするんじゃないのか? お前、しっかり守ってやらなきゃダメだぞ!」
(ああ、そういうことか)
確かに真優は、警戒心に乏しく、夜道を一人で出歩いたりするのが平気な女の子だった。幸いにも今のところそんな被害はないが、こういう状況になった以上、これまで以上に気を付けた方がよさそうだ。
「分かった、知らせてくれてサンキュ。真優にもよく言い聞かせておくよ」
「ああ。……ところで彼女、今どうしてる?」
「なんか、ひっきりなしに電話がかかってきてるみたいだ」
「そうだろうなあ……全国ニュースにアップで登場したんだもんな。しかも、関わった事件が事件だ。これはもっとえらいことになるぜ。ちょっと楽しみだけど」
心配して電話してきてくれたのかと思いきや、面白がっているようだった。
(まあ根はいい奴だ、ここは感謝しておくことにしよう)
その後約二時間に渡って、亮太の携帯には電話やメールが十数分おきに、真優に至っては本当にひっきりなしにかかってきていた。
この話題はこの後も何度かニュースになった。特にルシファーが堤防を破壊し、松の大木をなぎ倒し、トラックを押しのけ、民家を突き破る衝撃映像は、幾度と無く放送され、また動画サイトにも投稿されてすさまじい勢いでカウントが増加。SNSでも騒がれ、その日のうちにトレンド入りするほどだった。
その話題の真優は、時々流れるルシファーのニュースを見たいのと、外は暑いから、という理由で、ずっと亮太の家でマンガを読んだり、携帯ゲームをいじくったり、たびたびかかってくる電話に出たりと、まったりと過ごしていた。
亮太はというと、ルシファー関連、真優関連の掲示板が気になっており、時々更新される内容を見ていた。
真優の本名がネットにちらっと出たとき、彼はあせったが、いくつかガセ情報も出たので、どれが本物か分からず、あんまり大きな問題はなさそうだった。
ただ、彼女の愛称が「ミカたん」となって違和感を覚えた。
どこから「ミカ」なんてのが出たのかと思っていたら、
「ルシファーを(レジ袋で)捕まえようとした」―「ルシファーをやっつけようとした」で、大天使「ミカエル」の化身だとされ、そこからミカたん、となったらしい。
いかにもネット的な発想だが、本名が広まっても困るし、まあ、これでよしとすることにした。
しかし、なまじ可愛いのは考え物だった。
真優には見せられないような「お下劣な」書き込みも多数ある。ここがネットの恐ろしいところだと、彼は思った。
気がつくと、もう夕方になっていた。
もうそろそろニュースにも飽きてきたので、彼は真優を家まで(といっても、三百メートルほどしか離れていないのだが)送っていった。
そして翌日。
この日は、とくに真優からの連絡も約束もなく、前日興奮して眠れなかったこともあり、亮太はいつもよりゆっくりと寝ていた。
ところが、朝九時ごろの県内限定ニュース番組で、ぞっとする報道がなされた。
県北東部のトンネル内で、JRの列車が脱線したというのだ。
幸いにも乗客が少ない時間帯で、駅が近くスピードを落としていたこともあり、けが人などはいないということだった。
ただ、その脱線の仕方が不可解だ。何か岩のような固い物が当たったというのだ。
また、トンネル内の壁の両側に、ソフトボール大の穴が開いていたらしい。
(まさか……)
彼のその嫌な予感は的中した。
その日の午前十一時頃。
人が登れないほど急な崖のすぐ近くに、テレビ局のカメラが一台待機していた。
GPSとコンピュータによる予測で、もし「ルシファー」が山を貫く事があれば、計算上出現すると推測された場所だった。
そしてそれは現れた。
事前の予測と寸分違わぬ場所に、予測した通りの時間で。
あのJRの脱線事故も、ちょうど進路予測の直線上にある。ルシファーと接触したものに間違いなかった。
ルシファーはさらにそこに生えていた自然木を一本なぎ倒し、また田んぼの上へと突入し、そのまま進んでいく。
そしてまた、大騒ぎが始まった。




