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第1話(エピソード1)


 事前にこの策謀を察知できなかった私に、ミスがあったのかもしれない。

 

「この私、王子“コルテス”は公爵令嬢リリーと婚約を破棄する!」


 そう告げたのは、私の婚約者だったとされる男だ。

 だがこの目の前にいるこの美形の男。

 私は……彼とは、ほぼ“面識”がない。


 彼と出会ったというよりは、遠めに見てそばにいたメイドの話から彼を知ったのは、今から一週間ほど前。

 もともとこの王城に、ここ数か月以上いろいろな理由をつけて近づけないように私はされていた。

 だから彼、婚約者と称されるコルテスの存在を知ったのはその一週間前のあの時だったのだ。


 様子がおかしい。

 そういった話があり様子見にきて、それからの私達の準備期間は一週間。

 その範囲で出来る事は限られていた。


 できればもう少し“穏便”に事を運びたかったが、どうやら失敗だったようだ。

 予定ではあの王子のそばにいる女の“正体”にまで迫りたかったが、残念ながら全てを見つけられはしなかった。

 自分で“聖女”を名乗るあの女。


 ミサというらしい。

 得体のしれない人物で、いつの間にか王子に近づいていたらしい。

 それに、もう一つに懸念事項がある。


 だがそれを聞く前に、


「それは、私、公爵家との婚約を一方的に解消する、と?」

「そうだ」


 コルテスは私にそう告げた。

 笑う彼と薄く笑うあの、ミサという女。

 さて、では、私も“予定通り”動くとしよう。


「それを決めたのは貴方? それともそこにいる、ミサという女? それとも、王様、王妃様本人?」

「ミサという女だと! 無礼者が! ミサ様だ! 散々ミサ様に酷い事をしておいて、よくも……」

「答えなさい! 聞いているのはこちらです」


 喚くコルテスを私は一喝した。

 それに怯むコルテス。

 小物が、と心の中で悪態をつきながら私は、その二人の後ろで憔悴しきっている王と王妃、そして次に……今だ笑みを浮かべたままの“聖女”と自称する女、ミサ。


 この中でなぜ彼女だけが笑っていられるのか?

 正解は、“他人事”だからだ。

 彼女は“当事者”であるのに“傍観者”のつもりなのだ。


 全てはコルテスがやっていることで、それを見ているだけでいい、これから起こることは彼女の“勝利”に他ならない……彼女はそう思っているのだろう。

 けれどそれは間違いだ。

 私は笑う。


 そこでようやくミサは気づいたようだった。


「なぜ、笑うの? 貴女はこれから起こることが怖くないの?」

「何を怖がる必要があるのかしら?」

「私は“聖女”よ?」

「貴方が自分でそうだと言っているだけでしょう?」


 そう告げた時のコルテスの憤怒の表情は、私にとって笑いを誘うものだった。

 同時に、ミサの顔から完全に表情が消えた。

 人形のようなその顔は、ほどほどに整っているものの、印象があまりにも“薄い”。


 すぐに記憶からほどけて消えてしまいそうな、そんな存在。

 そこでミサが、


「貴方は気づいているのね。たまにあるの。そう、でも気付いているのは一人だけ。そんなか弱い貴方は、ここから逃げてしまえば命だけは助かったかもしれないのに」

「誰が気付いているのが私だけだと思っているの? みんな気付いているわ。……ここにいる人達は知らないけれど」


 そう告げると、ざわりと声が上がる。

 ひそひそと、あそこにいるのは誰だと兵士たちが話し始める。

 コルテスの表情が憤怒のものから血の気が引いたように真っ青になる。


 そこで、目の前のミサという女が私を見て、


「……こんな所にいたのね。本物の“聖女”が」

「何の話?」

「そう。まだ目覚めていないの。聖女が悪役の令嬢……こんな筋書きも、たまには面白いのかもしれないわね」

「余裕ね」

「まだ目覚めていないあなたの力も知識も、私の敵ではないわ」

「私が完全に目覚めていないと、言い切れるのかしら」


 私はそう告げるが、これははったりではない。

 私が知っているのは、異界の物語……乙女ゲームなるものだ。

 但しまだ、断片程度だが。


 けれどそれだけで裏に手を回すのはいくらか“楽”だった。

 この悪意に満ちた存在をとらえる準備をする程度には。

 とはいうものの、まだ私はこの女に聞くことがある。


「本物の王子……ロジェンはどうしたの?」


 その問いかけにコルテスが悲鳴を上げた。

 それを聞いて、ミサが舌打ちをする。


「まったく、偽物を演じさせるには、小物過ぎたわね」

「ミサ様……」

「うるさい、お黙り。それで……リリー、貴方は本物の王子がどうなったか、知りたいの?」


 そう笑ったミサを見て、今すぐけりを入れたい衝動にかられたが私は我慢した。

 おしとやかな公爵令嬢で通っているし、まだ話は聞いていない。 

 そこでミサが口を開いた。


「崖から突き落としたわ。あの高さでは生きてはいないでしょうね」

「そう……“分かったわ”」

「何が?」

「彼が生きているってことよ」


 そう言って私は笑ってやる。

 ミサは気づいていなかったが、私は私の特殊能力チートの一つを発動させていた。

 このミサが言う通り、私が“聖女”ならば、そのうちの能力の一つなのだろう。


 相手が口にした言葉が、この世界で“真実”かどうかが分かる能力。

 ただこの能力にはいくつか制約があり、それには、相手との“関連性”が必要になる。

 その“関連性”は、その人物が直接手を下したかどうか、も関係する。


 その程度には大きな差があり、今回は……この目の前のミサという人物に聞かなければ、その消息は分からなかった。

 けれど今の会話で私は、ロジェン王子が生きていると知る。

 私の本物の婚約者が!


 つい破顔してしまった私を見て、そこでミサが顔をゆがませた。

 その醜悪さに、周りにいた兵が小さく悲鳴を上げるのが聞こえる。

 けれどそんな兵など眼中にないらしいミサは私を睨みつけて、


「相変わらず忌々しいですわ。いつだって私と“聖女”は一緒に踊ってくれないのですもの」

「残念ね。貴女は私の好みではないから、踊ってあげないわ」

「そうですね。ですが貴方が“聖女”だと分かったことは収穫です」

「分かった所で、逆に、“貴女”という存在も表舞台に引きずり出せたわ」

「だから?」

「私が“何の準備”もせずに、こんな場所に出てきたと思っているの? 滑稽だわ!」


 はっとしたようにミサは周りを見回す。

 ようやく自分が罠にはまったことに気づいたのだろう。

 すでに私の仲間の魔法使いたちが、ここの部屋に彼女が来た時に捕らえられるよう魔法の拘束を準備していた。


 もちろん普通の拘束も考えていて、そのための人員も用意はしていたが。

 自分の敗北を悟ったのか、ミサが、


「私一人だと思わないことね」

「仲間がいるの? これはぜひ、貴方からお話を聞きたいわ」


 負けた、その事実を彼女は受け入れられないのだろう。

 その自尊心が私たちに新しい情報をもたらしてくれた。

 形勢は逆転。

 

「始めて!」

 

 私のその合図とともに、彼女たちの周囲に魔法陣が浮かび上がり、コルテスとミサが呻く。

 そして倒れこみ、魔法で拘束して……ようやく、私はここしばらくの緊張が少し和らいだのだった。 










 私の役目はこれで終わりらしい。

 あとは残った王様たちの心身のケアと、王子の行方の捜索、そして入れ替わったあのミサ達の取り調べ、であるらしい。

 そこはもう私には関わらない……関わらせない部分だそうだ。


 でも気に入らないわと私は思いながら、自分の屋敷の庭で、私の名前と同じ“白百合”を見る。

 凛として立つその花を見ながら、私は上手く、気丈に振舞えただろうかと思った。

 あの正面から対峙した時、あのミサという女からは得体のしれないものをいくらか感じ取った。


「だから即座にあの女を物理的に始末したくなったのかもしれないけれどね」

「……相変わらず短絡的というか、手が速そうだ」


 よく知っている人物のその声に私は振り向き、ムッとしながら、


「今回は我慢したわ。飛び蹴りを食らわせなかったもの。ハイヒールだったし」

「ハイヒールでもやっただろう。あれは痛そうだったぞ?」

「あの時は野盗が襲ってきた時だから仕方がないじゃない。正当防衛だわ」


 そう返して再び苦笑された。

 そこにいた彼は金髪碧眼の幼馴染……ハルト王子だ。

 彼と私、そしてロジェンは昔から仲のいい幼馴染だった。


 だから、今回の事件には彼も力を貸してくれたのだ。

 そこでハルトが、


「それでこれからどうする?」

「これから田舎で、スローライフをすることになっているの。ただ別荘に行くまで“回り道”をするけれど」


 肩をすくめた私にハルトが苦笑して、


「ロジェンを探しに行くのか?」

「ええ、私にとって兄弟のようなものだから、探さないと」


 当たり前のように答えると、ハルトが一度何かを言おうとして黙り、次に思い切ったように、


「恋愛感情じゃないのか? 探しに行くのは」

「? 違うわ、兄弟みたいなものだからよ。私もそんな感じだし、彼もそんな感じだったもの。婚約者と言われても、“恋”は生まれないかな」


 私の答えにハルトは複雑そうな顔をした。そして、

 

「婚約破棄はどうする」

「このまま見つからなければ、致しかなし、という形。でも、“生きている”ような気がするし、出てこれないのなら探してあげないと」


 その答えにハルトは再び黙って、次に呻いて、


「なるほど。なるほど……それで、そうだな。俺の別荘に久しぶりに遊びに来ないか?」

「いいわね。私の別荘に行くまでにかなり遠回りしようと思っていたけれど、それを口実にすればいいわね」

「そうそう。それに俺もついていくよ。俺にとってもロジェンは親友だからな」


 そう嬉しそうなハルトとは小さな声で、


「よし、俺にもまだ機会はあるか」

「? 何か言った?」


 こうして小さな恋の花が新たに芽生えることとなったのでした。


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