第五話「ルール」
ステージの上に大天使キケロが立ってゲームの説明を始める。
大天使キケロは秀樹たちについているヘカロより位が高い天使だ。
銀髪にふわっとカールするパーマをかけた優男といった感じのイケメン天使である。
ゲームは始めにヘカロが言っていたように双六だ。
ボードゲームといったほうが判り易いかもしれない。
サイコロを振って出た目の数だけコマとなった参加者が進み止ったマスで発生したイベントをこなして前に進んでいくという単純なものである。
ゲームの舞台は獣人やエルフにオーク、その他に魔物なども住んでいる異世界だ。
神が異世界の住人に預けた宝玉を三つ集めて先にゴールした方が勝ちという決まりなのでイベントで魔物と戦うものもある。
魔物と戦うのだから当然死ぬ事もある。
だが実際に死ぬのではなく夢から覚めてそこでゲームオーバーということだ。
イベントをクリアして宝玉を三つ集めて生きてゴールに辿り着いた1番が勝ちということである。
ゴールしたグループの三人が褒美として神様に願いをかなえてもらえるのだ。
仮に一人抜けて二人組みでゴールすればその二人だけの願いがかなう、1グループを三人にしたのは一人でイベントをこなすのが困難だと判断されたからである。
つまり一人でクリアする事が無理なくらいに難しいゲームだという事だ。
何のためにゲームを開催するのかということは詳しくは教えてもらえなかったが神様たちの間で何か決めるためにゲームを用いるらしい。
つまり各グループにそれぞれ神様がついて勝った者の意見が通るという事だ。
各グループについている天使はそれぞれの神から派遣されてきた天使でトラブル処理や質問などにこたえるために居る。
もちろんゲーム自体の手助けはしない、それと不正が無いかゲームを監視する役目を担っている。
最後にゲームタイトルを聞いて三人グループである事にその場の全員が納得した。
タイトルは『勇者の冒険、ドラゴンから宝玉を奪え』というベタベタな大昔のRPGのような名前だ。
勇者一行の三人組パーティーという事である。
イベントで用いるとして各自に能力が一つとアイテムが一つ与えられる事になった。
能力は次の通りである。
① 熱さや寒さに痛みは感じるが怪我などをしても直ぐに治る不死身の能力
② 大きな岩を持ち上げることが出来、身体を固くして岩を砕く事も出来る怪力
③ 風のように空も飛べ、素早く動く事の出来る駿足の能力
④ 剣豪のように剣の使い手となれる剣術力
⑤ 低級魔法が使える魔法の力
以上の五つの内のどれか一つが与えられる。
アイテムは次の通りである。
① 魔剣、単品でもかなりの力があるが剣術力と使うことで勇者となれるアイテムだ。
② 魔法の杖、単品では低級魔法しか使えないが魔法の力と合わせることによって中級レベルの魔法が使えるようになる。二つ合わせて本物の魔法使いとなれるアイテムである。
③ 天使の鎧、神様が作った鎧で物理的な攻撃はもちろん低級魔法クラスなら防いでくれる防具だ。勇者が装備するもよし、怪力を持つ戦士が装備してもいいアイテムだ。
④ ゴーレム、大きな岩で出来た何でも命令をきくロボットのようなものである。使用時以外はゴルフボールくらいの大きさになっている。肩や背中に乗ることはもちろん物を運ばせたりトラックのような使い方も出来る便利なアイテムだ。
⑤ イカサマサイコロ、賭け事やクジなどの勝率を高める事が出来る。戦いには役に立たないだろうが何かの駆け引き事には力を発揮してくれる。あくまでイベント内で使うことの出来るアイテムなので双六のサイコロを有利にするなどは出来ない、ハッキリ言って遊び人用のアイテムである。
⑥ サトリ眼鏡、相手の考えている事が分かる眼鏡だ。人間だけでなく動物や鳥などの考えが読める。といってもその場で考えている事が読めるだけで先読みが出来るのではない、だがその場の考えから先を読んで相手より早く動くことが出来れば有利に事が運べるだろう、頭の良い者が使えば役に立つアイテムだ。
以上の六つの内のどれか一つが与えられる。
アイテムは能力と違い貸し借りが出来る。
勇者となる者が魔剣を選び他のメンバーが天使の鎧を選んで勇者に渡して魔剣と天使の鎧の二つを身に付けさせる事が可能ということだ。
装備の無い分そのメンバーは弱くなるだろうがものは考え様である。
強敵のときにだけ鎧を貸して普段は自身が鎧を身に付けるなど工夫次第でどうにかなるだろう、そのような工夫をして勝ち抜けということである。
ゲームの説明が終り参加の最終確認が済んだ。
秀樹や中津はもちろん他のグループも誰一人抜ける者はいない。
秀樹たち三人を集めて天使ヘカロがマジ顔で口を開く、
「ゲームの勝敗は君たちにも関係のある事だ。能力や装備の選び方は慎重にな」
「俺たちに関係? 」
「悪いが話せない…… 」
怪訝な顔をする秀樹の前でヘカロが言葉を濁す。
恒夫が秀樹の肩をポンッと叩く、
「何でもいいさ、勝てば願いは叶うんだろ? 」
「それは保証する。神様の力だ信じてくれ」
さわやかな笑みを見せるヘカロを見て秀樹はそれ以上聞くのは止めた。
直ぐに能力とアイテムを選ぶことになり秀樹たちも話し合いを始める。
「まず能力を決めようぜ、栄二と恒夫は欲しい力はあるのか? 」
「能力選ぶのはいいけど勇者のゲームだから誰が勇者役するのか決めようよ、僕は秀樹が適任だと思うけど恒夫はどう思う? 」
栄二が言うと秀樹が照れるような顔をして意見を伺うように恒夫を見る。
「勇者ねぇ……別に秀樹でいいけどさ、それで能力は何を選ぶんだ? 」
棒切れで地面を掘って遊んでいた恒夫がバカにするように顔を上げた。
「何だよその厭そうな顔は、俺が勇者になるの反対ならハッキリ言ってくれ、お前がなりたいなら恒夫が勇者でいいぜ」
ムッとする秀樹を見て栄二が慌てて仲裁に入る。
「待てよ秀樹、何が不満なんだ恒夫? この中じゃ秀樹以外にいないだろ、恒夫がやってもいいけど責任持てるのか? 」
恒夫が掘った穴を埋め戻しながら面倒臭そうに口を開く、
「勇者がどうこうは別にいい、秀樹がリーダーなんだから勇者で文句は無い、俺が言いたいのは能力の事だ。秀樹も栄二も他の連中も勇者だから当然と剣の使い手となれる剣術力を選んで装備は魔剣を選ぶだろう、魔法使いも同じだ。魔法の力と魔法の杖を選ぶよな、でもそれで勝てるのかな? みんな同じような力なら結局俺たち一人一人の実力勝負になるぜ、それならハッキリ言って中津のグループに勝てないぞ、辺り見回してみろ秀樹はともかく俺や栄二より強そうな奴ばかりだぜ」
ムッと怒っていた秀樹の顔から怒りが消えた。
「確かに一理あるな、俺も怪我して全力が出せない佐伯にさえ勝てる気はしないし、栄二も賢いけど中津はもっと賢いしな」
「そうだね、でも何か考えがあるのか恒夫? 」
栄二が訊くと恒夫がニヤッと企むような笑みをして話し始める。
「このゲームの勝利条件は宝玉を三つ探して一番にゴールする事だろ、途中で死ねばそこでゲームオーバーだ。宝玉三つ集めてもゴールの手前で死ねばそこでお仕舞いだ。でも逆に考えると死ななければ何度でもやり直しが出来る。基本のルールは双六だぜ、宝玉を三つ持っていないとゴール出来ずに追い返される。サイコロは何度でも振れるんだ」
ハッと何かに気付いた様子で栄二が口を開く、
「なるほど……そうか! やっぱり恒夫は頼りになるな」
「どういう事だ? 死なないように不死身の能力を使うって事だろ? 」
栄二の隣で秀樹が今一分からないと言った顔で聞き返す。
恒夫の代わりに栄二が説明をする。
「そうだよ不死身の能力を貰うんだ。これで三人揃ってゴールまで行ける。説明じゃ切られても焼かれても再生するって言ってたからな、死なない限りチャンスはいくらでもあるって事だよ、どんなに強い勇者でも死んだらゲームオーバーだからね」
納得したのか秀樹が恒夫を見て頷いた。
「そういう事か了解した。どんなに強い武器よりも死なないって事の方が上だからな」
恒夫がニヤッと意地の悪い企むような笑みだ。
「まぁそんなとこだ。相手がいくら強くてもこちらが死なずに何度もかかれば結局向こうが疲れるだろ、そうしたら俺たちでも勝機が見えるって事だ。でも切られるのはともかく焼かれるのは御免だな、死なないだけで痛みは感じるって言ってただろ、剣で切られるくらいなら俺は平気だと思うけどさ、むしろ美人の女王様に鞭でビシバシして貰いたいぜ」
釣られるように秀樹も意地悪顔になる。
「お前何度も切られたいから不死身の能力を選んだだけじゃ無いだろうな? 」
「あははははっ、本当に恒夫のヘンタイ趣味だったりして」
声を上げて笑う栄二に恒夫がニタッと厭らしい顔を向ける。
「だんだん慣れてきて痛みが快感に変わっていくんだぞ、秀樹も栄二も直ぐに分かるさ、三人で甘美な世界に行こうぜ」
「行くか!! 俺たちをヘンタイに巻き込むな」
秀樹が怒鳴るが本気で怒っているのでは無い。
隣で栄二が楽しそうに続ける。
「ヘンタイはともかく三人とも不死身の能力で決まりだね、じゃあ次はアイテムを選ぼうよ」
初めから飄々としていた恒夫と違い知らない間に緊張していた秀樹と栄二だが緊張が解けたのかいつものオタ仲間の会話に戻っていた。
三人を見守っていた天使ヘカロの口元が愉しげに歪んでいる。
恒夫くんか……面白い。
只のヘンタイだと思っていたんだが鋭いな、魔法の世界で行なう危険なゲームだ。
まず生き残らなくては話にならない、大怪我をしても魔法や薬などで復活は出来るが完全に死ぬとそこでゲームから除外される。
二度と復活することは無いのだ。
それが分かっている者が何人いることやら……。
天使ヘカロが周りで同じように相談している他のグループを見回した。
三人とも不死身の能力を選ぶことによって勇者や魔法使いなどの役割が関係無くなりアイテムは各自の好きな物をとりあえず選んでその後に三人で是非を決める事とした。
考え込む栄二と恒夫を余所に秀樹が一番に口を開く、
「魔剣は剣術の力がないと使いこなせないから持ってても宝の持ち腐れだな、役に立ちそうなのは魔法の杖と天使の鎧とゴーレムっていったところだな」
「天使の鎧はいらないだろ、不死身なら必要無い」
恒夫が即答した。
不死身になれば防御はいらないという極論である。
確かに死なないし切られたりしても直ぐに再生するが苦しみや痛みは感じるので気絶してそれ以降対処出来なくなる事もある。
それに再生が完了するまでに再度攻撃されるという事や細かな破片までに切り刻まれたり上級魔法で一瞬で灰までに焼かれると今回の不死身の能力では再生できない事を考慮していない。
「ゴーレムもいらないね、荷物運びとか車代わりに役に立ちそうだけど魔法の杖があればどうにかなるんじゃないかな」
栄二も何か考えがある様子だ。
魔剣もゴーレムも天使の鎧も必要無いとすれば残りは魔法の杖とイカサマサイコロとサトリ眼鏡だけである。
魔法の杖はともかく残りの二つは戦いには役に立ちそうも無い。
「じゃあ一つは魔法の杖だな、でも全員魔法の杖持ってても仕方ないだろうから一人はゴーレム選ぼうぜ」
秀樹の考えにはイカサマサイコロとサトリ眼鏡は初めから選択肢に入っていない。
そんな秀樹を見て恒夫がニヤッと企むように口元を歪めた。
「俺はイカサマサイコロにするからな、魔法の杖は秀樹か栄二で使えよ」
「イカサマサイコロ? 何に使うんだそんなもの? もっと役に立つものを選べよ」
秀樹が不機嫌に言った。
いつも不真面目な恒夫がまたふざけていると思っている顔だ。
「さっきも言っただろ他のグループと同じものを選んでたらダメなんだよ、イカサマサイコロは役に立つと思うぜ、RPGにはギャンブルはつきものだろ勝率を上げるイカサマサイコロは役に立つぞ……たぶん」
ニヤつき顔で言う恒夫は信じられない。
「僕も恒夫に賛成だよ、僕はサトリ眼鏡を選ぶから魔法の杖は秀樹が選びなよ、先に言っとくけどサトリ眼鏡も役に立つと思うよ、相手の考えが分かるんだよ、何を考えているか分かれば対策がとれるだろ、嘘を見抜くことも出来る。この力は必ず役に立つよ」
栄二が恒夫に追従した。
真面目を装っているが何か企むような目つきである。
二人の意見に秀樹が困惑しながら口を開く、
「他と違う事をするってのは賛成だ。他のグループは魔剣と魔法の杖を選んで残りの一つで天使の鎧かゴーレムを選ぶだろうからな、でも攻撃できるのが魔法の杖だけじゃ心もとなくないか? 栄二のサトリ眼鏡はある意味攻撃にも防御にも使えるからいいとして恒夫のイカサマサイコロはな……どうにかならないか? 」
質問されるのを待っていたかのように恒夫が話し出す。
「ここで生活しなけりゃいけないんだぜ、食べ物や泊まる所なんかどうするんだよ? ゲームの中で金を稼ぐにはギャンブルが1番手っ取り早いぜ、ギャンブルが無くて食べ物も寝る場所も心配無いならイカサマサイコロ以外を選んでもいいけどな」
恒夫の話しを聞いて秀樹と栄二が天使ヘカロを見つめた。
少し考えてからヘカロが口を開く、
「ゲーム内には町もあるから食べ物や宿の心配は無い、開始時に充分な資金は与えられるがそれをどう使うのかは各自に任せる。充分な金とはいえそれは普通に生活してのことだ。下手な使い方をすれば困ることになるだろうな、それにゴブリンのように金に汚い魔物も居るから奪われることも考えられる。初めに与えられるアイテムのような威力のあるものは無いがランクが下の魔剣や鎧などは買うことが出来る。値段は高いがね、町にはカジノがあるから旨く増やす事が出来ればいろいろ便利だ。そういう意味ではイカサマサイコロは役に立つだろう」
教えてよい事とダメな事がある様子で言葉を選びながらこたえてくれた。
戦いの事を訊かれるのならともかく一番初めに質問されたのがギャンブルの事だとはヘカロも思ってもいなかった様子で口元が愉しげに歪んでいる。
秀樹が『仕方ないな』という様子で恒夫を見つめた。
「どうせダメだって言っても利かないんだろ、町で生活するなら金は必要だしな、カジノで稼いで他の武器でも手に入れる事を考えようか…… 」
「うん利かない、ギャンブルで稼いで三人分の鎧と剣を手に入れようぜ、今貰える装備より格下でも全員が持てる方がいいだろ」
満面の笑みでこたえる恒夫を見て秀樹が溜息をつくと栄二に向き直る。
「じゃあ魔法の杖とイカサマサイコロとサトリ眼鏡で決まりだな」
「僕のサトリ眼鏡もいいの? 」
イカサマサイコロが許可されて嬉しげな恒夫の隣で栄二が確認するように訊いた。
「敵の考えが読めるのは役に立つからな、イカサマサイコロを認めてサトリ眼鏡を認めないのはおかしいだろ、恒夫が旨く金を稼いでゲーム内の世界で装備を揃えられる可能性があるならゴーレムや天使の鎧より役に立つだろ」
栄二を見る秀樹の目は恒夫に向ける疑惑の目と違い信頼する目つきだ。
小学校からの友人である栄二には信頼を置いていた。
「任せろって、自分で選んだんだからな責任持つぜ」
恒夫の口元がだらしなく歪む、
イカサマサイコロ……なんて甘美な道具だろう、これで勝率を上げて負け続けの俺の人生を一発逆転するんだ。
魔法の世界でギャンブル王になってそこで儲けて女王様にビシバシと……ああぁ、もう辛抱たまらん……。
さも意味があるように力説したが恒夫は自分の欲望をかなえるためだけに口から出任せを言って好きなアイテムを選べるように仕向けただけである。
「僕も頑張るよ、サトリ眼鏡を使って情報収集するからさ」
真面目な顔をしている栄二の目の奥が嬉しげに光っていた。
サトリ眼鏡か……これさえあれば言葉が通じなくてもケモノ娘の心が読める。
魔物が居るんだからケモノ娘も絶対に居るはずだ。
現実じゃかなわないケモナーの夢がかなうんだ。
ゲームに負けてもケモ耳少女とエロい事が出来ればそれで充分満足だからね……。
普段は真面目な栄二だが人外娘の事になると暴走する。
「頼んだぜ二人とも、俺は魔法の杖で魔法使いだ」
秀樹が二人の背をポンッと叩いた。
魔法の杖で魔法使いになれる……魔法の力が無いから低級魔法だけしか使えないけどな、なんたって魔法の世界だからな……サキュバスとかエルフとかおっぱい姉ちゃんいっぱい居るんだろうな楽しみだぜ……。
秀樹も何を考えているのか一目で分かる厭らしい笑みだ。
こうして三人の能力とアイテムが決まった。