第四十話
深夜の0時前に秀樹はベッドに横になる。
「眠らなくても目を閉じればいいって書いてたな…… 」
呟いたと思ったら既に夢の中にいた。
目の前に草原が広がっている。
サワサワと揺れる草花、1キロほど先にある小さな山、その奥に山々が連なっていた。
ここに立つのは三度目だ。
「いつ来ても綺麗だぜ、何度でも自由に行き来できればいいのにな…… 」
景色に見とれる秀樹の上を影が横切る。
反射的に見上げると天使ヘカロがやって来た。
「時間通りだね、では行くとしよう」
「あのぅ……頼みがあるんですが………… 」
秀樹がネックレスや招き猫を持っていきたいと頼むとヘカロは少し考えてから口を開く、
「服以外持ち込むのは原則禁止だ。持病の薬なども夢の世界では必要無い」
「そうですか、済みません」
落ち込む秀樹の肩をヘカロが叩く、
「君たちは無理だが私が持ち込むのは構わない、但しゲームに支障が出るようなものはダメだがね、ネックレスはネピアさんやクロエさんのプレゼントだろ? それなら許可しよう、私が預かっておくよ、前回の君たちに対する私からのプレゼントだと思ってくれ」
「ありがとうございます」
秀樹が深々と頭を下げた。
「プレゼントは何処に置いてあるんだい? 」
「枕元に置いてある袋に入っています」
「了解した。少し待っていてくれ」
言うと同時にヘカロの姿がフッと消えた。
「これでいいかい? 」
直ぐに姿を現わしたヘカロはショッピングセンターで買った袋を持っていた。
中身を確かめてから秀樹が再度頭を下げた。
「ありがとうございます。これでクロエにプレゼントが出来ます」
「フフッ、これは私が預かっておくよ、必要な時に言ってくれれば直ぐに渡してあげよう、では行こうか」
ヘカロと手を繋いだ秀樹の体が宙に浮く、二度目なので説明は無い、秀樹も聞かない。
時間にして五分ほど飛んだだろうか、開けた大地にヘカロと秀樹が着地する。
周りを森に囲まれた大きな広場が会場だ。
中央にある大きな切り株に天使が3名立っていた。
天使の二人に見覚えがある。
大天使キケロと脳天気なロロフィだ。
三人が立っているのは樹齢何千年か分からないが直径8メートルはある大きな切り株だ。
それを囲むように異形の者たちが沢山いた。
ゲームの参加者である。
「緊張しなくてもいい、みんな参加者だ。だが気の荒い連中もいるので諍いを起こして目を付けられないように注意したほうがいい、では私は栄二くんと恒夫くんを迎えに行ってくる」
秀樹を残してヘカロが飛んでいった。
「よう、秀樹」
先に来ていたのか中津が駆け寄ってきた。
空から降りてくるのが見えたのだろう。
「おっす。凄いな百人はいるんじゃないか? 」
周りにいる他種族に圧倒されたのか秀樹が小声で聞いた。
「ああ、担当天使に聞いたんだが二百人だとさ」
「二百人? そんなにかよ」
驚く秀樹を見て中津が顔を強張らせて続ける。
「二百人じゃない、ゲーム全体では千人だとよ、数が多いから二百人ずつ五つのブロックに分けたらしいぜ」
「マジかよ……恒夫の言った通りヤバいゲームになりそうだな」
「ああ、予選だとさ、1ブロックで予選をして上位の何名かを集めて本戦だとさ」
「マジかよ…… 」
規模の大きさに秀樹が絶句した。
いつの間に来ていたのか佐伯と栄二も話を聞いていた。
「前のように遊び半分じゃいられないってことだな」
「そうだね、僕たちだけじゃなくて人類の問題だからね」
険しい顔の佐伯の隣で栄二もマジ顔だ。
栄二が秀樹の隣りに立つ、
「こんなに凄いゲームならあの作戦で決まりだね」
「だな、存続派の誰かが勝てばいいんだからな」
秀樹がマジ顔で頷いた。
あの作戦とは自分たちは勝ちにこだわらずに中津たちをフォローする作戦の事である。
中津がじろっと二人を睨む、
「あの作戦? また何か企んでるのか? 」
「内緒だ。敵じゃないがライバルって所だからな手の内は明かさないぜ」
秀樹がニヤッと企むように笑った。
「また変な事する気なんでしょ? まともに戦えないからって変な事ばかりするんだから」
聞き覚えのある声に振り返ると東條が担当天使と共に立ってた。
呆れる東條に秀樹が向き直る。
「それが俺たちのやり方だ。どんな手を使っても勝ちは勝ちだぜ」
「だよね、ルール違反じゃないからね」
笑顔の栄二の隣にいつの間に来たのか恒夫が立つ、
「東條が女王様になって俺をしばいてくれるのなら何でも話すぜ、醜いブタと罵ってくれ」
「黙れヘンタイ! 」
怒鳴った東條が語気を和らげて続ける。
「今日は真面じゃない? 改心したの? 」
驚くのも無理はない恒夫はスーツを着ていた。
以前のシャツとパンツ姿とは大違いだ。
「約束通り服を着てきたな」
「流石に他種族相手じゃ恒夫も真面だね」
秀樹と栄二も安心顔だ。
「まあな、俺はやれば出来る子だからな」
恒夫はニタリと不気味に笑うと東條を手招いた。
「なによ? 」
「一番始めに東條に見せたくてな」
言うが早いかスーツの前をバッとはだけた。
「ひぃ~~ 」
東條が後ずさる。
「なっ!? 」
秀樹が驚いて息を詰まらせた。
恒夫はスーツの中は裸だ。
シャツも着ていない。
「にへへへへっ、本当はコートにして全裸のフリチンで驚かそうと思ったんだがコートが無かったから仕方なく上半身だけにしたんだ。セクシーだろ? 」
ドヤ顔の恒夫の前で秀樹の顔が怒りに赤く染まっていく、
「アホかぁ~~、まともにしろって言っただろが! 」
「だから真面にしただろが! ヘンタイの正装は裸コートだぞ」
恒夫が口を尖らせて反論だ。
「だから俺たちまでヘンタイと思われるから止めてくれって頼んだだろが」
「安心しろってちゃんと勝負パンツも穿いてるからな」
「安心なんて出来るか! お前のパンツなんかどうでもいい」
「何言ってんだ。この前のゲームも俺が勝負パンツを穿いてたから勝てたんだぜ」
「アホか!! そんなもの関係あるか」
二人の言い争いを東條はもちろん中津も佐伯も言葉も無く冷たい目で見ている。
「あはははっ、その辺で止めようよ、中津たちが引いているよ、恒夫も勝負パンツ無くしてまた泣いても知らないからね」
栄二の取りなしで二人は言い争いを止めた。
「まったく…… 」
まだ怒り冷めやらぬ様子の秀樹を余所に恒夫が栄二に話し掛ける。
「お前らネックレスは持ち込めたのか? 」
「うん、ヘカロさんが預かってくれてるよ、早くネピアの喜ぶ顔が見たいよ」
満面の笑みを湛える栄二の前で恒夫が地団駄を踏む、
「くそぅ~~、ズルいぞお前ら、俺なんかアナルバイブを持ち込もうとしたらダメだって断られた。許してくれればヘカロさんにもプレゼントしたのに………… 」
「アホか! 変な事するなって言っただろが! 」
怒鳴る秀樹を『まあまあ』と栄二が宥める。
「恒夫が一番じゃなくて良かったね、始めに恒夫が持ち込みたいって頼んだら僕たちも断られてたかも知れないよ」
「マジだな……まったく………… 」
弱り切った顔をして秀樹が中津に振り向いた。
「もし勝ったら恒夫のヘンタイをどうにかしてくれって神様に頼んでくれ」
軽蔑をありありと浮かべる三人の中で東條が嫌そうに口を開いた。
「私が頼んであげるわよ、それで貸し借り無しって事でいいわよね」
「ああ、頼むぜ、恒夫のヘンタイは神様しか治せないぜ」
弱り切った顔のまま秀樹が頭を下げた。
不敵な笑みをした恒夫が前に出てくる。
「ふっふっふっふ、無駄だ。俺も勝ちを狙うからな、世界一のヘンタイ紳士になるんだ」
「神様に頼まなくても充分ドヘンタイでしょ」
来るなと言うように手を振りながら東條が怒鳴りつけた。
中津たちの担当天使と話をしていたヘカロがやってくる。
「そろそろ始まるよ、説明を聞いてから参加の最終確認を取るが秀樹くんたちは断らないだろうから先にバッジを渡しておくよ」
ヘカロが金属で出来たプレートを差し出した。
バッジと言っているがピンで留めるものではなく只の鉄板に見える。
バッジには名前と並んで番号が書いてありその下にCと付いていた。
「鎖骨の辺りに貼り付けてくれ、大丈夫痛くは無いよ、魔法で体と一体になる」
恒夫が一番に受け取るとスーツをはだけてバッジを付けた。
「一寸熱いな、おおぅ……身体の中に吸い込まれていったぜ」
楽しげに言う恒夫の向かいで見ていた秀樹と栄二は驚き顔だ。
金属のプレートが左の鎖骨の下辺りにめり込んでいる。
「痛くないのか? 」
「全然、何も感じないぜ」
ケロッとしている恒夫を見て秀樹と栄二もバッジを胸元に取り付けた。
「そのバッジは君たちのデータを記録する。どんな行動を取ったかでポイントが決まるイベントもあるからね、獲得ポイントも記録される。番号が書いてあるから相手の識別にも使う事が出来る。無くさないように魔法が掛けてあるのさ」
秀樹たちが付けたのを見てヘカロが説明してくれた。
「監視装置みたいなものか、モルモットかよ」
吐き捨てるように言った恒夫を見てヘカロが微笑む、
「フフッ、気に入らないかい? 」
「んにゃ、別にいいぜ、どうせ何をしても神様の手の中なんだろ」
「フフフッ、そう言わないでくれ、ゲームを行うのに必要なものだ」
楽しそうに言うとヘカロが中津たちの担当天使を紹介する。
「彼はリーアだ。中津くんたちの担当をしている。私は今回運営の方にも絡んでいてね、付きっ切りになれない、私が来れない場合はリーアに頼んである」
「リーアです。ヘカロ様にはお世話になっているので手伝う事が出来て光栄です。天使としては若輩者ですがよろしく頼みます」
リーアが軽くお辞儀をした。
「此方こそよろしくお願いします」
秀樹と栄二が慌てて頭を深く下げる横で恒夫がニヘッといやらしい笑みをする。
「リーアさんは男の子? 女の子? それとも男の娘かな……その綺麗な手で俺を思いっきり引っぱたいてくれない………… 」
秀樹が大慌てで恒夫の肩を掴んでその場に投げ倒す。
「ごめんなさいリーアさん、恒夫はヘンタイのバカなので許してください」
栄二が前に出て深く頭を下げて謝る。
倒れた恒夫の背を秀樹が踏みつけた。
「このバカが! 誰彼構わずヘンタイするんじゃねぇ、ヘカロさんはジョークが分かるからいいけど下手したら棄権させられるぞ」
本気で怒る秀樹をリーアが微笑みながら止める。
「あはははっ、面白い子だね、僕は今は男だよ、引っ叩くのは出来ないよ、ごめんね」
秀樹の足の下で恒夫が首だけ回して振り返る。
「えへへへっ、リーアさん可愛いぃ~~、俺とお付き合いしようぜ」
「まだ言うか、くたばれ! 」
秀樹が足に力を入れると恒夫が『うぎゅ~ 』と変な悲鳴を上げて動かなくなった。
様子を見ていたヘカロが溜息をつく、
「まったく……恒夫くんはいつもこの調子だから頼んだよ、私は説明もしなくてはいけないからね、ではまた後で」
ヘカロが大きな切り株へと向かって飛んでいった。
ゲームの運営に関わると言う事はそれなりの力を持った天使らしい。
リーアが恒夫を指差した。
「その辺で止めないと気絶して説明聞けなくなるよ」
秀樹が足を離して栄二が恒夫を抱きかかえて起こす。
「うえっ、気持悪い、本気で踏みつけやがって」
「お前がヘンタイするからだろ、今度やったら本気でぶん殴るからな」
「他はいいけど天使さんにだけはヘンタイしないでくれ、頼んだよ恒夫」
「わかったよ、冗談だろ、リーアさん可愛いから冗談言っただけだろ」
怒り顔の秀樹と弱り顔の栄二に挟まれて恒夫が飄々とこたえた。
三人を見てリーアが愉しそうに笑い出す。
「あははははっ、城道恒夫くんだね、面白いね、僕はそっちの気は無いけど恒夫くんは面白いから好きだよ」
リーアは短髪の爽やかな天使だ。
少し幼い少年というか中性的な顔付きをしている。
何故かヘンタイの恒夫が気に入った様子だ。
中津がじろっと秀樹たちを睨む、
「全くお前らは……俺たちの担当天使さんにまで迷惑掛けるんじゃねぇ」
「城道の管理だけは頼んだぞ秀樹」
佐伯が仕方ないヤツだと恒夫を見つめた。
隣で東條が怖い顔だ。
「リーア様に変な事したら私が許さないからね」
腐女子の東條が様付けをするくらいリーアはイケメンである。
ヘカロが大人の美形なのに対してリーアは少年の美形といった感じである。
東條はリーアの方が好みらしい。
秀樹が中津たちに向き直る。
「恒夫が変な事したら構わないからぶん殴ってくれ」
「うへへっ、東條なら幾らでもぶん殴っていいぞ」
恒夫に厭らしい笑みで見つめられて東條がブルッと体を震わせる。
「やっぱり城道は苦手だわ、変な事したら佐伯くんにぶん殴って貰うからね」
「ああ、頼んだぜ佐伯」
秀樹も異存は無い様子だ。
「おいおい佐伯に殴られたら怪我するだろ、暴力反対」
「恒夫がヘンタイしなければ殴られないでしょ」
口を尖らせる恒夫を見て栄二が珍しく叱りつけた。
「わかったよ、リーアさんにヘンタイしなければいいんだろ、出来るだけ気を付けるよ」
「出来るだけじゃない、絶対に気を付けなさいよね」
ぷりぷり怒る東條を見て恒夫が体をくねらせて嬉しそうだ。
「あはははっ、本当に面白いね、でもその辺で止めとこうか、説明が始まるよ」
優しく止めるリーアに従って秀樹たちは大きな切り株の前に移動した。




