第三話「同じ夢」
夢の中の世界、
秀樹たちがいなくなった草原に天使ヘカロと老人が一人立っている。
「何故あの者たちを選んだのですか? 言っては何ですがゲームに勝てる人材とは思えませんが…… 」
顔を伺う天使ヘカロに老人がにんまりと笑みを見せた。
「あの子たちは良き魂を持っておる。少し捻くれておるがのぅ」
「良き魂ですか…… 」
足下に視線を落として呟いた後でヘカロが老人を見つめる。
「神様が仰るのなら間違いはないでしょうが……私には分かりませんでした。人類の命運を懸けるゲームにあの三人で良いのかと………… 」
「はっはっはっ、大穴狙いじゃよ、堅実なのは他の神が選んでおるじゃろう」
「大穴ですか……確かに他と違う力のようなものは感じましたが…… 」
楽しそうに笑う老人の隣で天使ヘカロが大空を見上げた。
秀樹が住んでいるのは大阪府の堺の外れだ。
二十分ほど電車に乗れば大阪の中心部の繁華街へ行けて反対方向へ四十分も乗れば和歌山県に行けるという、ど田舎ではなく良い塩梅な住みやすい地方都市だ。
秀樹が通う草部高校は校舎などは何度か建て替えられているが創立は戦前という歴史ある高校だ。
最近は開発が進んで大きな道路が通ったり高層マンションが建ったりしているが少し歩けば田畑が見つけられるような場所に建つ、歴史があるといっても規則は緩やかでのんびりした校風だ。
もっともレベルも中くらいで進学校のようにシャカリキになって勉強する人は入ってこないし底辺校のような柄の悪い連中もいない、オタクの秀樹たちもそれなりに楽しく過ごせる学校である。
秀樹が登校すると栄二と恒夫が駆け寄ってきた。
三人はいつもつるんでいる仲のいいオタ友である。
他にも何人かのオタ仲間でオタグループを作っているがその中心に居るのが秀樹と栄二と恒夫である。
いつもなら昨日見たアニメの話で盛り上がるところだが今日は違っていた。
「秀樹、お前も夢みただろ? 」
栄二の質問に秀樹の顔色が変わった。
今朝見た夢がありありと脳裏に浮かぶ、
「夢って……天使ヘカロの夢か? 神様のゲームの夢か? 」
栄二の後ろから恒夫がひょいっと顔を出す。
「おう、その夢だ。俺なんかもうちょっとでホモるところだったぜ」
「その話はいいから恒夫は黙ってて、恒夫が話すとややこしくなるからね」
栄二が怖い顔で恒夫を睨むと話しを続ける。
「秀樹も見たんだね、そうだよ、神様のゲームの話だ。夢の中で秀樹や恒夫の名前が出てきたしやけにハッキリ覚えてたから気になって恒夫に訊いたら見たっていうからさ」
「お前らが見たってことは夢じゃ無いんだな……で、どうした? ゲームに参加するってこたえたのか? 」
机の上に鞄を投げるように置くと秀樹が二人の顔を伺う、
「うん、僕は参加するってこたえたよ」
「俺も当然参加だ。勝って夢をかなえるぜ」
楽しそうな栄二の横でニヤついた顔で即答する恒夫を見て秀樹が厭そうに顔を歪める。
「そうか……恒夫は断ってくれてた方がよかったんだがな、俺ももちろん参加だ」
「んだよ、俺だけ除け者にするつもりかよ」
ジロッと睨む恒夫の薄い頭を秀樹がペシペシ叩く、
「別にそんな気はないよ、恒夫はパソコンとかに詳しいし手先器用だし居てくれれば何かと役に立つけど……ヘンタイだからな」
「僕も恒夫が居てくれれば役に立つとは思うけど、自分の事を棚に上げて言いたくないけど恒夫は本物のヘンタイだからね」
隣に立つ栄二が困った顔で振り向いた。
二人の言葉に恒夫の怒りが消えていく、
「そんなに褒めるなよ照れるぜ、電気製品から自転車にバイクなど修理でも何でも出来るぜ、俺がいるから大船に乗った気でいろよな」
「褒めてないからなハゲ!! 」
「恒夫はヘンタイって言われたら喜ぶよね」
怒鳴る秀樹と弱り顔の栄二を見て恒夫がニタリと不気味に笑う、
「ひへへへっ、紳士目指してるからな、真の紳士になるにはまずヘンタイにならないといけないからな」
「真の紳士じゃなくてヘンタイ紳士だろがハゲ」
「もしくはマゾ紳士だよね」
オタ特有の近寄り難いオーラを発しながら続いたバカ話が始業チャイムと共に終わる。
昼休み、栄二と恒夫が秀樹の机に集まって弁当を食べながら昨日の夢の話に盛り上がっている。
夢の話はそれとなく他のオタ仲間にも聞いてみたが誰も知らなかった。
「詳しい事は後日って言ってたけどまた夢を見るのかな」
箸を止めて訊く栄二に口の中のものをお茶で流し込んで秀樹がこたえる。
「神様のゲームか、双六だっていうのは聞いたけどただの双六じゃ無いだろうな」
向かいでガツガツと弁当を食べていた恒夫が不意に顔を上げる。
「勝てば何でも願いをかなえるって言ってたけど秀樹と栄二は何を願うんだ? 」
待ってましたというように秀樹が身を乗り出して声を潜めて話し出す。
「早起きしたから考えてたんだけどな、イケメンになるってのはどうだ? イケメンになって女どもを見返してやるんだ。キモイとか言う奴らを見返してやるんだ。金とかハーレムとかいろいろ考えたんだけどな、金なんてこれから先頑張ればどうにかなるかもしれないしハーレムなんてそれこそイケメンになれば女が向こうから寄ってくるだろ、金で整形するって方法もあるけど見る人が見れば分かるからな、神様なら基本的な顔の作りから変えられるだろ、そこらのイケメンが霞むくらいの超イケメンにしてもらうんだ」
ナイスアイデアだろうと言うように秀樹がドヤ顔だ。
「いいね、僕は単刀直入に金持ちにしてもらおうと思ってたんだけどイケメンの方がいいね、超イケメンになれば金だって稼げるだろうし、なにより僕のことをガイコツとかポッキーとかいってた奴らを見返せるのがいい、僕もイケメンにしてもらうよ」
栄二が直ぐに賛成した。
キモオタとバカにされても気にしない振りをしていたが心の奥底では恨んでいたのだろう、話す目がいつの間にかマジになっている。
「イケメンになって女王様にヒィヒィ言わされるのもいいかもな、ヘンタイプレイもイケメンなら許されるだろうし……髪の毛フサフサのイケメンにしてもらおう」
恒夫も賛成だ。
ヘンタイと言われるのには平気だが薄い頭は気にしていたらしい。
ニヤッと企むように笑いながら秀樹が二人を見回す。
「なっいい考えだろ、イケメンが無理だったら大金持ちにでもしてもらおうぜ」
「そうだね、でもその前にゲームに勝たないといけないけどね」
「双六だったらどうにかなるだろ、100パーセント運みたいなゲームだからな、運動神経とか頭の良さとか関係無い、俺たちオタでも大丈夫だろ」
不安そうな栄二の向かいで恒夫がとぼけ顔で言った。