第十八話「檻の中の少女」
恒夫の元へ二人がまた顔を見せた。
旨く行ったかどうかは返事を聞くまでもない、栄二が満面の笑みをしていたからである。
あとはカジノで稼げば獣人猫少女のネピアが手に入る。
順調に稼いでいるのを見ると安心して帰っていくがその後も何度も様子を見にやってきて『頑張れ』と声をかけていく、恒夫が気が散ると注意するまで何度もやってきた。
「昼飯も晩飯もサンドイッチかよ、ご馳走食ってお姉様と遊ぶ予定だったのに…… 」
愚痴りながら恒夫は深夜までカジノで頑張って稼いだ。
昨日よりも二時間程遅い深夜に恒夫は帰ってきた。
起きて待っていた秀樹と栄二が出迎える。
「ほらよ、四百万ギギル確かにあるぜ」
「ありがとう恒夫、これであの娘を助けられるよ」
金貨の入った袋を受け取ると栄二が飛び上がらんばかりに大喜びだ。
「それとこっちに五十万ギギルある。これでその獣人の服や装備を揃えてやれ」
恒夫がもう一つの袋を秀樹に差し出す。もう片方の手にも袋を持っていた。
「残りは七十万ギギルだ。これは次の元手に必要だからな」
自分のベッドの下に金貨の入った袋を隠すと恒夫が倒れるようにベッドに転がった。
バレないようにイカサマサイコロを使って百三十万ギギルを4倍の五百二十万ギギルに増やしたのだ。
肉体的ではなく精神的に疲れてクタクタである。
「本当にありがとうな恒夫、お前が友達で本当に良かったよ」
「恒夫はなんだかんだ言って頼りになるからな」
恒夫は何もこたえない、秀樹と栄二がそっと近付くと既に寝入っていた。
秀樹と栄二もそのままベッドに横になる。
明日は朝から奴隷商人の所へネピアを引き取りに行くのだ。
興奮して栄二はなかなか寝付けなかったがいつの間にか眠っていた。
翌朝、起きない恒夫を宿に残して秀樹と栄二はネピアを引き取りにいった。
奴隷市の建物の中へと入る。
昨日は冷やかしの客が何人かいたが朝早くに来たためか秀樹と栄二の二人以外は檻に入れられた奴隷と逃げないように監視しているヤクザのような従業員が数人いるだけだ。
二人の姿を見つけて入り口近くの檻にいた鬼娘が立ち上がる。
「昨日の……ねぇ、私を買ってよ、御主人様に尽くすからさ、エッチだけじゃなくて掃除でも何でもするからさ、役に立つからさ」
秀樹と栄二は鬼娘と視線を合わせず奥に進んでいく、
「秀樹、あのさ…… 」
「ダメだぜ、幾ら何でも三日連続じゃ恒夫も怒るぞ」
後ろを歩く栄二に秀樹が振り向きもしないできっぱり言った。
「そうだよね、平気な振りしてるけどかなり神経磨り減ってるみたいだもんね」
「イカサマサイコロは1回ごとにサイコロを振らなきゃいけない、コソコソしてたら疑われる。それをバレないようにするのにどれだけ神経を使ってるのか俺にも想像できるぜ、バレたら只じゃ済まないんだからな、代わってやりたいが俺は恒夫みたいに旨く使える自信が無い」
前を歩く秀樹の背を栄二がじっと見つめる。
「そうだよね、次のイベントも直ぐに始まるのに恒夫にこれ以上負担を掛けられないよね」
「そういう事だ。だいたいあの鬼娘は許可証が欲しくて自分からここに来たみたいだからな、金に余裕があったとしても助けるなら他を選ぶぜ、巨乳で俺好みのなら他にもいるんだしな」
出来る事なら全員助けてやりたい。
言葉に出さないが二人とも同じ気持ちだ。
「許可証ってそんなに欲しいのかな……人間の町で自由に動けるってそんなに魅力的なのかな」
前を歩く秀樹が体ごと振り返る。
「さあな、でも俺だって獣人の町に行ってみたいって思うぜ、人外好きなら尚更思うだろ?」
「うん、色々な獣人の女の子と親しくなりたいよ、なれたら夢のようだと思うよ、でも奴隷になってまで欲しいとは僕は思わないな」
「だな、でもそれしか方法が無いんじゃないのかな、恒夫みたいにイカサマで稼げるのなら別だろうけどな」
「夢の世界だって思ってたけど現実は結構キツいね、人が集まると多かれ少なかれ縦社会が形成されるんだね」
遣り切れない表情で話す栄二に秀樹がおどけ口調でこたえる。
「さっきの鬼娘のようにここに自分から入ってくるヤツなんてヒエラルキーが下なんだろうな、俺たちオタと同じって事だな」
「僕たちと同じか…… 」
考え込む栄二の隣で秀樹が続ける。
「俺はさ、栄二や恒夫、健司や田中たちよりガタい良くて頼られるけど本当言うと結構ビビリなんだ。小坊の頃はデブキってからかわれても言い返せなかったのは栄二も知ってるだろ? 怖くて何も出来なかった。あの頃はマジで底辺だったよな」
栄二がバッと顔を上げる。
「うん、昔は僕と一緒にガリとデブのキモオタだってからかわれてたよね、でも中学になって秀樹が鍛え始めてからは僕もからかわれなくなったよ、秀樹には感謝してるんだ」
少し元気を取り戻した栄二を見て秀樹がニヤッと笑う、
「中一の時に切れて竹中と喧嘩して勝ったからな、あれ以降からかわれなくなったぜ」
「あの時は焦ったよ、でも秀樹の圧勝だったよね、他にからかってた佐藤たちもビビって何も言わなくなったよ」
「ああ……あれで少し自信が付いた。健司や田中も頼ってきてさ、何か嬉しくなってボスみたいになってたけどそれができたのも栄二が居てくれたからだ。バカな俺をいつも支えてくれてたからな」
元気になった栄二の前で秀樹がしんみりと言った。
「支えたなんて……友達なんだから当り前だろ、僕も秀樹にどれだけ助けられたか……幼稚園の時に越してきてさ、誰も友達が居ない僕に秀樹は優しく声を掛けてくれただろ、凄く嬉しかったよ、あの時初めて友達ってこういうものなんだって思ったよ」
しんみりとした雰囲気を嫌ったのか秀樹がふざける。
「そのあとオタ一直線だったけどな」
「あはははっ、特撮や漫画に夢中になったよね、でも後悔はしてないよ、今も秀樹や恒夫や田中たちと一緒にバカやるのは楽しいよ」
「健司や田中はともかく恒夫はオタ通り越してヘンタイだけどな」
「でも役に立つヘンタイだよ、ネピアも助ける事が出来て恒夫と一緒で良かったよ」
「だな、俺もヘンタイに負けてられないな、リーダーとして改めて頑張るぜ」
秀樹が栄二に手を差し出す。
「このゲーム勝とうぜ!! オタをバカにしてる奴ら見返してやろうぜ」
「うん、勝とう、ヒエラルキーが下の僕たちでも出来るって事を証明してやろうよ」
秀樹と栄二が握手をして誓い合った。
奴隷市の一番奥の突き当たり、ネピアの檻の前で2人が立ち止まる。
「うにゅん、本当に来たんだにゃ」
薄汚れた毛布にくるまっていたネピアがバッと起き上がった。
「約束だからな」
ニッと笑う秀樹の隣で陰鬱だった栄二の顔にも笑みが浮かぶ、
「迎えに来たよネピア」
「エイジは信頼できるにゃ、あたしも約束は守るにゅ、神様のゲームだか何だか知らないけど力を貸してやるにゃ」
檻越しにネピアと栄二が見つめ合う、隣で秀樹がコホンと咳をした。
「俺を忘れるなよ、俺は秀樹だ。俺と恒夫ってやつもネピアの恩人なんだからな」
「にゅはは、ヒデキも忘れてないぞ、もちろん感謝してるにゃ」
照れるように可愛い笑みを見せるネピアを見て秀樹も思わず笑い返す。
「待ってろ、直ぐに檻から出してやるからな」
ネピアに言うと秀樹が栄二の肩をポンッと叩く、
「おっさんの所に行ってくる、お前はここでネピアと話しでもしてろ」
秀樹は金の入った袋を持って商人の居る部屋へと入っていった。
暫くして揉み手をする商人と一緒に秀樹が出てきた。
「直ぐに檻から出しますから、服を着替えさせますので少々お待ち下さい」
商人は鍵を取り出すと近くに居た従業員を呼んだ。
「身請けが決まった。5号檻の服を持って来い、鎖を忘れるなよ」
秀樹たちに話す口調と違い横柄な態度だ。
走って戻ってきた従業員から服を受け取ると檻の中にいたネピアに渡す。
「御主人様が決まったぞ、これに着替えろ」
「うにゅん? 主人? そんなものじゃないぞ、あたしはエイジと一緒にゲームするんだぞ、エイジに雇われたんだにゅ」
ネピアは毛布を頭から被るとモソモソと服を着替え始めた。
安心顔で見ていた栄二が秀樹の持つ紙のようなものに気が付いた。
「それは? 」
「証明書だとさ、ネピアが俺たちの奴隷だって証明するらしい、これが無いと町で他の奴らにネピアが連れて行かれても文句言えないらしいぜ」
紙では無く薄い皮に何やら難しいことが書いてあった。
奴隷証明書だ。
栄二が主人でネピアがその奴隷と書いてある。
人間の町で獣人が自由に動くためには許可証か誰かの奴隷だと証明する奴隷証明書が必要なのだ。
「そんなものでネピアを縛り付けて……本当に腹が立つよ」
「そう厭な顔すんなよ、これでネピアは栄二のものって訳だ」
ムッとする栄二の背を秀樹がドンッと叩いた。
着替え終えたネピアに商人が新しい首輪を渡した。
「今付けてるやつの上からそれを付けろ、古いのは檻を出たら外してやる」
「にゃん? 外でも首輪をしろって言うのか! 」
「そんなものはいらない!! 」
怒鳴るネピアより更に大きな声で栄二が怒鳴った。
卑屈な笑みをして商人が口を開く、
「お客様、この首輪は電流を流すことが出来ます。奴隷は馴れるまで暴れることがありますので首輪で制御した方が宜しいかと…… 」
「そんなものいるか! 」
顔を真っ赤にして怒った栄二が続ける。
「ネピアは奴隷じゃない、これから一緒にゲームをする仲間だ。そんな首輪なんていらない、早く檻から出してくれ」
「エイジ…… 」
ネピアから怒りが消えていく、嬉しそうな顔で栄二を見ている。
栄二と商人の間に秀樹が割り込む、
「首輪はいいからそのままネピアを出してくれ、もう話はついてるんだ。逃げたりしないから安心してくれ」
「しかし……わかりました。この娘はもうお客様のものです。何があっても自己責任でお願いしますよ、逃げても代金は返しませんからね」
商人が鍵を使って檻を開けるとネピアが飛び出してきて栄二に抱き付いた。
「エイジぃ~~、あたしのために怒ってくれたんだにゃ、嬉しいぞ」
「ネピアは奴隷じゃないんだ。怒るのは当然だよ」
ジャラジャラ巻き付く鎖を栄二が鬱陶しそうに払う、
「早くこの首輪も外してくれ」
ネピアに向ける笑みとは全く違った怖い顔で商人に言った。
「直ぐに外しますから…… 」
商人は鍵を取り出すとネピアの首輪を外した。
「世話になったなおっさん」
秀樹がポンと商人の腕を叩くと栄二に向き直る。
「じゃあ町に行ってネピアの服や靴を買おうぜ」
「そうだね、ネピアお腹減ってないかい? 何か食べようか? 」
「うにゅん、甘いのが食べたい、服も買ってくれるのか? エイジは優しいにゅ」
腕に縋り付くように抱き付くネピアを連れて栄二が歩き出す。
商人にバイバイと手を振ると秀樹も二人に続いた。
出入り口近くの檻にいた鬼娘がネピアを連れている栄二を呼び止める。
「ねぇ、ついでに私も買ってよ、三百五十万ギギルだよ、その猫女の半分だろ安いよね、何でもするからさ、その猫よりずっといいよ、だからさ、お願いだよ」
ネピアがくるっと振り向いた。
「にゃ? あたしよりいい? お前が? 笑わせるにゃ、だったら何でこんな所にいるにゃ、あたし知ってるぞ、売れないヤツほど入り口近くの檻に入れられるんだろ、お前一番入り口に近いぞ、そんなヤツがあたしよりいいなんてどの口が言ってんにゃ、だいたい…… 」
「ダメだよネピア、構わないで行くよ」
ムッとして立ち止まったネピアを栄二が引っ張って出口に歩いて行った。
後から来た秀樹が檻の前で立ち止まる。
「わりぃな、もう金は無い、あんたがいい人に買われることを祈ってるぜ」
鬼娘が檻から手を伸ばす。
「お願いだよ、このままじゃ氷の国に連れて行かれちまう、私寒いの苦手なんだよ、娼館に売られるかも知れない、許可証も貰えずに一生奴隷なんて嫌だよ、お願い助けて…… 」
「ごめんな」
首を振ると秀樹も奴隷市を後にした。