第十七話「奴隷」
町に幾つかある広場のうち最大の広場の一角に奴隷市があった。
体育館ほどの大きさの催し物に使われる建物を一つ丸々貸し切っている。
入り口で一人千ギギル払って秀樹と栄二が奴隷市に入っていく、金を取るのは見世物としての料金である。
奴隷を買うことの出来ない町人も物珍しさに結構集まってくるのだ。
建物の中には獣人たちを入れた檻が並んでいる。
男もいるが圧倒的に女が多い、この世界の奴隷は金持ちの愛玩動物として扱われるのが殆どだ。
男尊女卑もあるらしく女の奴隷の方が売れるのである。
「余り気持ちの良いものじゃないね」
檻に入れられた獣人たちを見て栄二が呟いた。
殆どの獣人が冷やかしに入ってきた人々を恨めしげに睨んだり諦めて項垂れていた。
「さっきははしゃいでやがったくせに」
「あれはいろんな獣人が見れて興奮してたから…… 」
からかう秀樹の隣で栄二が申し訳なさそうに言葉を詰まらせた。
奴隷たちのことを考えたら楽しいなど口が裂けても言えない。
「こっちの世界のことに俺たちが口出ししても仕方ないぜ」
「そうなんだけど…… 」
栄二が遣り切れないという様子で言葉を止めた。
直ぐ横にある檻の中でハーピィだろうか? 翼の生えた少女が恨めしげに睨んでいた。
「どうしようもないさ、ナナハも言ってただろペットとして飼われるから虐待とかされることは殆どないって、金持ちに大事にされて何年かしたら許可証貰って解放されるって、郷に入りては郷に従えって言うだろ、俺たちには何も出来ないぜ、お前の気に入った娘を一人助けてやるのが精一杯だぜ」
秀樹が慰めるように栄二の背中をポンポン叩いた。
「そうだね、あの娘一人でも助けてあげればここに来た甲斐もあるって思うことにするよ」
自身に言い聞かせるように言う栄二を連れて歩き出そうとした時、声が聞こえて二人が振り返る。
「ねぇねぇ、あんた金持ちなの? 」
反対側の檻にいた角の生えた鬼のような少女が秀樹に声を掛けてきた。
胸と腰に薄い布を巻いただけの格好だ。
その大きな胸に秀樹の目が釘付けになる。
「金は持ってるよ」
秀樹が懐から二百万ギギルの入った袋を見せる。
「金持ちなんだ……だったら私を買ってよ、何でもするよ」
鬼娘が色目を使ってくる。
秀樹がゴクリと唾を飲み込む、
「なっ、何でもって、どんなことでもしてくれるのか? 」
脈ありとみたのか鬼娘が妖艶に微笑んだ。
「何でもしてあげるよ、御主人様が望むならどんなエッチな事でもしてあげる。その代わり飽きたら許可書を買ってね」
鬼娘の首輪に付いている値札を見ると三百五十万ギギルと付いていた。
「あの娘より安いな、栄二この鬼娘じゃダメか? 命令利いてくれそうだぜ」
口元を厭らしく緩めた秀樹が振り返る。
「ダメに決まってるだろ、僕はあの娘がいいんだよ、僕に選ばせてくれるって約束だろ」
「わかったって、俺はこっちのほうがタイプだから言っただけだ。値段も安いし」
口を尖らせる栄二を見て秀樹が苦笑いだ。
「秀樹はおっぱい星人だから大きい方がいいんだろうけど僕は違うからね」
「わかったって、言ってみただけだろ、さっさとあの猫娘の所へ行くぞ」
本気で怒る栄二の腕を取って秀樹が歩き出す。
「ちょっ、待ってよ、私を買ってよ、何でもするよ、ねぇ~~ 」
あんな可愛い娘が自分から誘ってくるなんて、こんなチャンス滅多にないんだけどな……、
後ろから縋るような鬼娘の声を聞きながら秀樹は奥へと歩いて行った。
「よかった。まだ売れてなかったよ」
檻の前で栄二が安堵の息をついた。
「何にゃお前、あたしに変な事したら引っ掻いていやるからにゅ」
檻の中にいた猫耳少女が八重歯のような牙を見せて威嚇する。
猫少女だ。猫耳だけでなく尻尾も生えている。
口元が少し前に突き出ていて手足だけでなく頬にも少し毛が生えていた。
人間80%猫20%といった感じの混ざり具合である。
服は鬼娘と同じように薄い布切れを巻いているだけだ。
客が品定めを出来るようにしているのだろう、裸でないのは冷やかしの客が押し寄せるのを防ぐためと金持ちの中に嫌がるものもいるからである。
「あのさ、僕たちが買って檻から出してやるから一緒に旅をしてくれないか? 」
栄二が勇気を振り絞って訊いた。
スタート地点の町でバーンのジェシーと話したことやエッチな店で遊んだ経験から女の子と話すことにはそれほど緊張はしていないが奴隷を買うという背徳感のようなものにドキドキしていた。
「あたしは奴隷なんかにならないにゅ、奴隷になるくらいなら死んでやるにゃ」
猫少女がキッと怖い目で栄二を睨み付ける。
「違うんだ。奴隷なんかにしないから……一緒に旅をしてくれるだけでいいから…… 」
どうにか宥めようとする栄二の前で猫少女が牙を剥いて威嚇する。
「チャトラン族のネピアだぞ、無理矢理汚されるなら死を選ぶにゃ」
「だから違うって…… 」
しどろもどろになる栄二を秀樹が押し退ける。
「ネピアって言うのか? 可愛い名前だな」
可愛いと言われてネピアの猫耳がピクッと動いた。
「そうだぞ、チャトラン族のネピアだぞ、チャトラン族は勇猛果敢なんだからにゃ、あたしに変な事したら噛み殺すからな」
「変な事なんてしないぜ、お前を雇いたいんだ」
巨乳の鬼娘と違ってペッタンコのネピアには邪な考えは浮かばないのか秀樹がマジ顔だ。
「そうだよ、変な事なんてしないよ、約束するから話を聞いてよ」
気を取り直したのか栄二が秀樹を押し退けてネピアの正面に立つ、
「話しって何にゅ? 」
警戒しながらもネピアは話を聞いてくれるようだ。
「僕たちはこの世界の住人じゃない、ゲームに参加するために神様に連れて来られたんだ。だからこの世界のことはあまり知らない、それで一緒に旅をしてくれる仲間を探してた所だ。偶然入ったこの奴隷市でネピアさんを見つけて気に入ったんだ。ぜひ仲間になって欲しい、僕たちと一緒に神様のゲームに参加して欲しいんだ」
意味が分からないというようにネピアが首を傾げる。
「神様のゲーム? この世界の人間じゃない? なに言ってるのかわかんないにゃ」
「だから…… 」
怪訝な顔のネピアに再度説明しようとした栄二を秀樹が押し退けた。
「俺たちは危険なゲームに参加してるんだ。だから強い仲間がいる。ネピアちゃんが強いと思ったから雇いたいんだ。変な事なんかしないぜ、俺たちのボディガードとして雇いたい」
栄二が秀樹を押し退けてネピアの正面に出る。
「そうだよ、変な事なんてしない、奴隷扱いなんてしないよ、僕たちと一緒にゲームに参加してくれれば人間世界で暮らせる許可証も買ってあげるよ、だから頼むよ、仲間になってくれ」
「十五日ほどだ。それでゲームの片はつく、終わったら報酬代わりに許可証を買ってやる。他の奴らに奴隷として買われるのを考えたら破格の条件だと思うぜ」
秀樹が栄二の背をドンッと叩いた。
「こいつがネピアちゃんのことを気に入ってな、だから俺たちに力を貸してくれ」
ネピアがじっと栄二を見つめる。
「ほんとだにゃ、本当に許可証をくれるんだな、嘘ついたら噛み殺すからにゅ」
「嘘なんてつかないよ、嘘だったら殺されても文句言わないから…… 」
睨んでいたネピアの目がフッと緩んだ。
「わかったにゃ、お前たちの仲間になってやるにゅ」
「本当? よかった……よかった…… 」
喜ぶ栄二の目にうっすらと涙が浮かぶ、好みの猫少女が仲間になってくれたと言うだけではない、奴隷として金持ちどもの玩具にされるのを助けることが出来て嬉しくて出た涙だ。
入り口近くの檻で見た恨めしげに睨むハーピィの少女や諦めて俯く他の獣人少女たち、全て助けてやりたいがそんな事は到底出来ない、ネピアだけでも助けることが出来そうだと栄二は本当に嬉しかったのだ。
秀樹が優しく栄二の肩をポンポン叩く、
「よかったな栄二」
秀樹も栄二も奴隷市を見る前は好みの獣人女を買ってエッチな事をして楽しもうと考えていた。
だが檻の中で繋がれている女たちを実際に見ると邪な気持ちなど吹き飛んでいた。
泣き腫らした目をして諦めた少女、恨むように睨む女、正気を無くしたのか視線が合わない目で薄ら笑いを浮かべる少女、中には鬼娘のように許可証が欲しくて自ら檻に入ったような娘もいるが全体から見れば一握りである。
殆どが自分の意思とは関係なく無理矢理連れて来られたのだ。
レイプ物のエロゲーやエロ漫画を楽しんだことのある秀樹も実際に見ると興奮するどころか気落ちして陰鬱な気分にしかならなかった。
況してや基本的に優しい栄二など自身のことのように悲しんでいた。
感慨深げな二人の前でネピアが檻をガンガン叩く、
「早く檻から出すにゃ、金持ちどもの気持悪い目で見られるのはもう嫌にゃ」
秀樹が慌てて待てと言うように両手を突き出す。
「あと一日待ってくれ、明日の朝迎えに来るからさ」
「直ぐに出してやりたいんだけど手持ちが足りないんだよ、明日の朝必ず迎えに来るからそれまで我慢してよ、ごめんね」
マジ顔の秀樹の隣で栄二が申し訳なさそうにペコッと頭を下げた。
「明日の朝にゃ……絶対だぞ、約束だからにゃ、お前たちを信じることにしたんだぞ、だからがっかりさせるなよ、お前たちが約束破ったらもう二度と人間なんて信じないからにゃ」
悲しそうに見つめるネピアの前で栄二がガシッと檻を掴んだ。
「約束する! 絶対だ! どんなことがあってもネピアは絶対に助けてやる。僕を信じろ! だから明日まで待っててくれ」
栄二がマジ顔だ。
普段の優しい声とは違う男らしいはっきりとした声で約束した。
「エイジって言ったにゃ、お前の目はとても優しいにゅ、わかった。お前を信じるにゃ、明日まで待ってるからにゃ」
「うん、待っててくれ、信じてくれてありがとう」
見つめ合う二人を見て秀樹が照れるようにスポーツ刈りの頭を掻いた。
騒ぎを聞いたのか店の奥から小太りの男がやって来た。
「おや? また来ましたね、何かご入り用で? 」
小太りの男が二人を怪訝な顔で値踏みするように見つめた。
奴隷市の商人だ。町の住人とは違う少し変わった服装の二人を覚えていたのだろう。
「この娘を欲しいんだけど…… 」
ネピアを指差す栄二の前に秀樹が出てくる。
「俺に任せろ」
人外好きの栄二では冷静な判断が出来ないと恒夫が言っていた通りネピアを前にして今の栄二は舞い上がっていた。
足下を見られるわけにはいかないと予定通り秀樹が交渉を始めた。
「この猫娘が欲しい、金はある」
二百万ギギルの入った袋を見せると商人の顔が綻んだ。
「これはこれは、お客様でしたか」
商人は笑顔で揉み手をするとネピアに視線を移す。
「お目が高い、この娘は十日ほど前に入ったばかりでこの市が御披露目です。ですので少々お高くなっておりますが…… 」
「そうだな、高いな、少し負けてくれ」
ネピアの首輪に付いている値札をチラッと見ると秀樹が商人に向き直る。
「六百万ギギルか……百万ギギルほど負けてくれないか? 」
「勘弁してください、これでもギリギリの値段ですよ、お安いのが宜しければ入り口付近の娘などはどうです? 出戻りなどは百五十万ギギルからご用意しておりますよ」
商人の態度が変わった。
少しバカにするような感じだ。
売れ残りや中古ならともかく新しく入った奴隷を値切って買う金持ちはいない、新しいのを幾らで買ったと自慢するのが金持ちだ。
ネピアのように新しく入った奴隷は店の奥に置いて入り口に行くほど売れ残りの奴隷か出戻りの奴隷が置いてある。
出戻りの奴隷とは購入者が飽きて奴隷商人に下取りに出したり金が必要になり売ったものだ。
殆どが普通の町人が貯めた金やギャンブルで一発当てて買った奴隷である。
本当の金持ちは売ったり下取りに出したりはしない、数年遊んで許可証を買い与えて解放するのが一種のステータスとなっている。
下取りに出したなど他の金持ちに知れたら笑われるだけだ。
「百五十万か…… 」
二人どころか三人くらい買えるな、俺と恒夫も奴隷が持てるな……。
一瞬考える秀樹の背を栄二が突っつく、
「わかってるって」
振り向かずに言うと秀樹がマジ顔のまま口を開いた。
「他のはまた後で検討する。今はこの娘が欲しい、六百万ギギルで買うよ」
「これはこれは、ありがとうございます」
少しバカにしていた態度から一変して奴隷商人が揉み手をしながら頭を下げた。
「では売買契約書を作成しますのでこちらへ」
「一寸待ってくれ」
手招く商人を止めると二百万ギギル入った袋を差し出した。
「今手持ちが二百万しかない、残り四百万は明日朝一番で持ってくる。だからこの娘は売らずにキープしといてくれ、予約って事だ」
「予約ですか…… 」
商人の顔が怪訝に曇る。
「明日間に合わなかったら二百万は返さなくてもいい、一日キープしてくれるだけでいいんだ。あんたは損しないだろ? 」
少し考えてから商人がニッコリ笑った。
「そういう事でしたら売約済みと言うことにしておきましょう、二百万の契約書を書きますのでこちらへ」
秀樹たちが金持ちでなくギャンブルか何かで儲けた町人だとしても二百万は儲かると考えたのだろう、儲かるならどんなことでもするしたたかな連中が奴隷商人だ。
商人に招かれて奥の小部屋で売買契約を結んだ。
「ではこれが売約済みの証書です。明日の昼までに残りの四百万ギギルを持ってきてください、お待ちしておりますよ」
にんまりと笑う商人に案内されるように出口に向かった。
「ねぇあんた、誰か買ったのかい? ついでに私も買ってよ、何でもするからさ、もう三ヶ月もこの檻の中に入ってるんだ。頼むからさ、どんなエッチな事でもしてあげるから私を買ってよ、ねぇお兄さん、ねぇってばぁ~~ 」
入り口付近の檻にいた鬼娘が必死の形相で二人に声を掛ける。
「わりぃな、六百万ギギル使ってもう余り残ってないんだ」
悪いと手を振る秀樹を見て鬼娘がガバッと檻を掴んだ。
「六百万あったら私を買って許可証も買えるじゃないか、そんな奴隷より私を買ってよ、本当に何でもしてあげるからさ、お願いだよ」
何も言わずに手を振ると秀樹が歩き出す。
ペコッと頭を下げて栄二も続いた。
「何でさ! 何で私じゃダメなのさ! 」
去って行く秀樹の後ろで鬼娘が叫んで崩れた。
奴隷市場を出ると見送りに一緒に来た商人が話し出す。
「あれはダメだ。自分から入ってきたくせにちっとも売れない、ああいうのは金持ちに人気無いんだよ、あと百五十万ほど値下げすればどこぞの小金持ちの町人が買うかも知れないがね、希望通りに許可証なんて貰えないねぇ、バカな女だよ」
バカにするように言った商人にムッとした怒り顔を向ける栄二の肩を秀樹が掴んで後ろへやった。
「俺たちには関係ない、四百万ギギル持ってくるから猫娘のキープ頼んだぞ」
「それはもちろん、売約済みですからあの娘は秀樹様のものですよ、ですから一切の手出しは致しません、汚い商売と思われていますが国から許可を貰った立派な仕事です。こちらから契約を破棄するようなことは致しませんので御安心下さい」
丁寧に頭を下げる商人に見送られて秀樹と栄二が歩いて行った。
大通りに出ると秀樹が大きく伸びをする。
「どうなることかと思ったけど旨くいったぜ」
「うん、でも…… 」
口籠もる栄二の背をバンッと叩いた。
「余り考えるな、俺だってあの鬼娘を助けてやりたいって思ってるよ、でも切りが無いぜ、俺たちは神様のゲームに参加してここに居るんだ。奴隷を助ける為じゃない、ってか只のオタにそんな事出来るかよ」
「 ……そうだね、ネピアだけでも良かったって思わないといけないよね」
心配を掛けまいとしてか作り笑いを浮かべる栄二を見て秀樹がニッと笑う、
「後は恒夫次第だ。旨く稼いでくれるといいんだが」
「そうだよ、恒夫がダメだったらネピアもダメになるんだからね、見に行こうよ」
「大丈夫だと思うがヘンタイだからな」
心配そうに顔を見合わせると秀樹と栄二は急いでカジノに向かった。