第百四十八話
夕食を取りながらスギナが幹部たちを集めて作戦会議を行っていた。
長いテーブルで魚人たちと向き合って会食している。
スギナが真ん中で右に秀樹と栄二とラグと恒夫が順番に座り左にギリーとバッグスとビギとグギにキュキュが並んで座っている。
向かいにはスギナの正面が大男の魚人ログマが座り、並んで左に短髪青髪の女人魚バサと女魚人のマンサーと小柄の魚人ジアが順番に座り右に大柄の魚人リブと医官長として付いてきた女魚人のルバメが座っている。
「取り残された人魚の半数は助ける事が出来た計算じゃな」
「ハイ、正確な数は分かりませんが五百人ほどが捕らわれているようです」
スギナの斜め向かいで大柄の魚人リブがこたえた。
それを聞いてギリーが顔を顰める。
「五百人もか? 面倒だな」
「仕方あるまい、十日ほど占領されておったのじゃからな、五百人なら少ない方じゃぞ」
「だが盾にでもされたらどうする? 」
渋い顔のギリーと並んで座るバッグスの左でビギが笑い出す。
「うははははっ、俺は構わず戦うぞ、人質などに構って手を緩めてたら勝てないぞ」
「それはそうだがな……どうにかならんか」
二人の間でバッグスが恒夫を見つめた。
助けた人魚たちに感謝の言葉を掛けられて情が移ったらしい。
魚のスープを食べていた恒夫がスプーンを置いた。
「そうだな……人魚たちを犠牲にして戦うってのは俺も反対だ」
安心するバッグスの右でギリーが渋い顔を恒夫に向ける。
「何か作戦があるのか? 」
口をすすぐようにコップの水を飲むと恒夫が話を始める。
「甲殻類どもはバカそうだったから盾とか人質とかしないんじゃないかな、奴隷として売る事しか考えてないと思うよ、つまり商品としてしか見ていない、せっかく手にした商品を自分から壊す事なんてしないだろ、まぁそれもこっちから敵の本拠地に攻め入らないって事が前提だけどな」
栄二が小さく手を上げた。
「僕も恒夫の意見に賛成だ。捕まえた人魚さんを態々連れてきて人質にして戦うなんてしないと思うよ、人魚や魚人より自分たちが強いって思っている連中だからね、人質を盾にするのは不利だと思った時だよ、甲殻類たちはまだ自分たちが不利だなんて思ってないだろうからね、だから本拠地に攻めるまでは人質を盾にしてくる事はないと思うよ」
「成る程な、仮に人質を使って攻めてきてもお前たちの作戦に従おう」
恒夫と栄二の話に納得したのかギリーが普段の顔に戻った。
「うむ、儂も二人の意見に賛成じゃ、そもそも本作戦は占領された西地区を取り戻す事が目的じゃからな、一応目的は果たしたという事じゃ」
スギナがその場の全員を見回した後で続ける。
「捕らわれておる人魚には配慮はするが敵を倒す事が目的じゃ、じゃから敵が人質などという卑怯な手を使っても儂は構わず戦闘を続行するつもりじゃ、此方が手を緩めれば調子に乗った奴らの手によって益々犠牲者が増えるだけじゃからな、じゃから人質などは通用せんと敵に分からせた方がよい」
じっと話しを聞いていた短髪青髪の女人魚バサが頷く、
「了解した。同じ人魚として同胞を救いたいがそれによって作戦自体が頓挫するのは本末転倒だ。敵を倒す事を優先して構わない、女王様から一任されているスギナ殿に従おう」
了承しながらもバサの顔が苦悩に歪んでいる。
男勝りで自分の事を俺と呼ぶバサは恒夫好みのキツめの美女だ。
バサを見つめながら恒夫が口を開く、
「魔族だよ、魔族さえどうにかすれば捕まっている人魚たちを助ける為に作戦が組める。魔族さえいなきゃマーサや虫どもはギリーさんやビギさんに任せて俺たち人間とラグで救出部隊を組んで助けに行ってやる」
人魚が犠牲になりそうだと悩んでいた栄二がパッと顔を上げる。
「そうだね、魔族をどうにか誘き出さないとね、人魚たちが捕まっている敵の本拠地で戦って魔族が暴れたら助けられるのも助けられなくなるよ」
人外好きな栄二は人魚を助けるという恒夫の意見に大賛成だ。
栄二をちらっと見てから恒夫が続ける。
「そういう事だ。だから此方から攻めずに暫く西地区で睨み合いだな」
サザエのような貝からくるっと身を取り出しながら秀樹が頷く、
「だな、最初の計画通り此処で魔族を待ち伏せだ。魔族を倒してから甲殻類どもの本拠地を叩くって事だな」
「取り敢えず此処までは計画通りに進んでるもんね」
栄二と恒夫の間で大きな魚をガツガツ食べていたラグが顔を上げる。
「仲間だからにゃ、チャトラン族の戦士は仲間を見捨てにゃいぞ、だから捕まってる人魚は全部助けるぞ、トラとカバが猛獣モードににゃればマーサくらい倒せるぞ」
「がはははっ、人を当てにするな、猫ちゃんも獣化出来るだろが」
楽しそうに笑うバッグスをテーブルの上に身を乗り出してラグが見つめる。
「猛獣モードは疲れるからにゃ、あたい嫌いだぞ、だから任せるぞ」
ラグの勝手な言い分に秀樹たちがハラハラする中、バッグスが大笑いする。
「がはははっ、確かにな、疲れて腹が減るよな、まったく我儘な猫だぜ、がははははっ」
ほっとした顔の秀樹が口を開く、
「ギリーさんもバッグスさんもビギさんもグギさんもまだ本気を出してないって事だな、どうにかなる……どうにかしてみせるって言った方がいいな、だからバサさんも安心してくれ」
秀樹の向かいで真剣に話しを聞いていたバサの強張った顔が緩んでいく、恒夫がちらっとバサを見る。
「人魚救出にはバサさんにも付いてきてもらうよ、捕らわれている人魚たちは俺たちの事を知らないだろうからな、行き成り信用しろって言っても無理だ」
「了解した。同胞を救うなら何でもするよ」
美人のバサに縋るように見つめられて恒夫の頬が赤く染まっていった。
「がはははっ、任せろ、俺たちが何とかしてやる。敵の本拠地を前に進軍しない理由もわかったし、今日はたっぷり休ませてもらうぜ」
豪快に笑いながらバッグスが大きな焼き魚に齧り付いた。
どうにか話が纏ったと秀樹たちが安堵する中、何かとよく笑うビギが不満そうに口を開く、
「なんだ攻め込まないのかよ、期待外れだぞ」
緩んでいた秀樹と栄二に緊張が走った。
ラグが食べている大きな焼き魚に箸を伸ばしながら恒夫が口を開く、
「敵の出方を見るって事だよ、ビギさんには雑魚の甲殻類じゃなくて魔族やマーサや昆虫人間と戦ってもらうからさ、出番が来るまで待ってて下さい」
ビギがじろっと恒夫を見る。
「虫どもか……奴らは俺が倒す。誰が強いかはっきりさせてやる」
「虫は任せます。だからここは俺たちの頼みを聞いて攻め込むのは我慢して下さい」
ラグが食べていた大きな魚を箸で一切れ掴むと恒夫がぱくっと食べた。
「うにゃ、あたいの魚食べたぞ、食べたかったらあ~んしてやるぞ」
ラグが嬉しそうに笑いながら魚を手で掴んで恒夫の口に持ってくる。
「話の途中だから、自分で食べるから…… 」
話す恒夫の口にラグが魚を押し込んだ。
黙々と食べていたグギが手を止めて隣のビギに振り向いた。
「面倒だが集団で戦っているんだ我慢しろ、俺たちはともかく魚人の兵たちは休ませないと使い物にならなくなるからな」
「うはははっ、グギに言われちゃ仕方ない、二日ほどは我慢してやるぜ」
グギが宥めて笑い出したビギを見て秀樹たちは一安心だ。
成り行きを静観していた大男の魚人ログマが確認をとる。
「当初の作戦通り、この西地区で敵を迎え撃つという事でいいんだな」
向かいに座るログマをスギナが見つめる。
「そういう事じゃ、町中に罠を張る。マーサや昆虫人間どもを魔族から遠ざけ、魔族のみを誘い出してキュキュに異次元に飛ばしてもらう、魔族さえ倒せば残りはギリー殿やビギ殿の好きに戦えばよい」
その場の全員を見回してスギナが纏めた。
話が纏まり、談笑しながら夕食をとっていた所へ魚人が慌てて入ってきた。
「ログマ様大変です! 」
「何事だ。食事中だぞ」
大声に大声で返すログマを見て魚人が大慌てで敬礼をする。
「申し訳ありません、報告します」
強張った顔のまま魚人が続ける。
「敵が攻めてきました。甲殻類だけではありません、見た事もない他種族を先頭に甲殻類どもが…… 」
「何だと! 」
怒鳴るログマをスギナが手で制する。
「状況を報告せい、魔族は来ておるのか? 」
敬礼をしたままで魚人がスギナに向き直る。
「2本の角を生やした大男は確認しておりませんので魔族はいないかと思われます。他種族の魔法使いの男女と狼男、それに昆虫人間らしき三人を確認しております。現在どうにか食い止めておりますが……早急に援護をお願いします」
「魔族は来ておらんか…… 」
安心というより残念といった様子で呟くスギナの声をビギの大きな笑いが遮った。
「うははははっ、我慢する必要も無くなったな、大暴れしてやるぜ」
隣に座っているバッグスが立ち上がる。
「がははははっ、エルフの魔法使いどもは俺とギリーで蹴散らしてやるぜ」
「逸るな、スギナ殿から命令が出ていない」
「ビギも落ち着け、虫どもをやるとしても作戦に従って動くとしよう」
ギリーとグギに宥められてバッグスとビギがスギナに注目する。
「うははっ、早く命令してくれ、虫どもは俺たちがやる」
「がはははっ、俺たちは魔法使いどもを片付ける。恒夫たちはカニの相手でもしていろ、楽でいいだろ」
大笑いするバッグスを見て恒夫がダメだと言うように手を振った。
「楽できりゃいいけどマーサはAクラスだぜ、3匹の虫はビギさんとグギさんに任せるとしてギリーさんとバッグスさんにはAクラスのマーサを任せたい、秀樹はケリウスを頼む、中級魔法使い同士だからどうにかなるだろ、栄二は菜穂の相手だ。不死身だから死なないだろうし菜穂も殺すまではしないだろうから適当に相手をしてればいい、俺とラグとで狼男のロアスってのをやる。魔族が出てくるかも知れないからスギナちゃんとキュキュさんは罠でも作っててくれ、魔族が現われたら予定通り無敵札を使って誘い出す」
恒夫を見つめながらギリーが考えるように顎の下に手を当てる。
「女一人に二人掛かりか……しかし相手がAクラスでは止むを得んか」
ラグがテーブルの上に身を乗り出してギリーとバッグスを見た。
「あの女エルフは強いぞ、あたいが猛獣モードににゃっても勝てるかどうか……ツネを誘惑したからあたいが倒したいけど作戦だからにゃ、トラとカバに任すぞ、ぶちのめしてやれ」
「そんなに強いのか? 猫ちゃんが言うなら間違いないな、わかった俺たちが引き受けよう」
「がはははっ、猫ちゃんの代わりにぶん殴っといてやるぜ」
ギリーとバッグスが納得したのを見て恒夫が秀樹と栄二に向き直る。
「お前らは無理するな、特に栄二は菜穂を引き付けておくだけでいいからな、秀樹は勝てそうならケリウスを倒していいぜ、俺はラグと二人で素早い狼男をやる」
「了解した。ケリウスを倒してやるぜ」
「僕も了解だ。影マントを使って菜穂さんを引き付ければいいんだよね、任せてよ」
秀樹と栄二がこたえると恒夫がスギナを見つめた。
「一応参謀として俺の意見を言った。問題なければスギナちゃんから命令してくれ」
「適切な対応じゃ、お主の作戦でよい、昆虫人間どもはビギ殿とグギ殿に任せる。ギリー殿とバッグス殿はAクラスの女エルフマーサの相手を頼む、秀樹はケリウスを栄二は菜穂じゃ、恒夫とラグは狼男ロアスじゃ」
スギナが向かいにいるログマたち魚人を見つめた。
「甲殻類どもの相手はお主らに任せたぞ、ビギ殿とグギ殿が虫を倒すまで持ち堪えるのじゃ、ビギ殿とグギ殿は虫どもを倒したらログマの支援に向かってくれ、マーサたちはギリー殿とバッグス殿、秀樹たちに任せておくのじゃぞ」
ビギが大笑いをしながらわかったと言うように手を振った。
「うはははっ、了解した。バッグスたちの獲物を取るつもりは無い、虫どもをぶっ殺せれば気が晴れるからな」
グギがログマに向き直る。
「直ぐに虫を倒して援護に行く、俺たちが行くまでにカニどもを全滅させるなよ」
大柄の魚人リブにビギが笑いながら話し掛ける。
「うははははっ、俺たちの分を残しておけよ、だから無理はするなよリブ」
ビギが他人を気遣うのは珍しい、ビギ軍団として部下に付いた大柄の魚人リブを気に入ったのだろう。
「ビギ隊長、了解です」
リブだけでなくログマたち他の魚人も敬礼でこたえた。
スギナが全員を見回す。
「儂とキュキュはバサたち人魚と共に罠を作る。魔族が出てきたらマーサたちはギリー殿やビギ殿に任せて秀樹たちは恒夫の無敵札を使って魔族を誘い出すのじゃぞ」
「了解だ。無敵札を使えば俺一人でも魔族の相手はできる。倒すのは無理だがな、誘い込むくらいはできるから最悪の場合は俺一人で魔族の相手をするぜ」
いつになくマジ顔でこたえる恒夫の頭をスギナが伸ばした蔓で叩く、
「お主一人では役不足じゃ、第一お主は走るのが苦手じゃろが、ラグと一緒に事に当たれ、素早いラグなら旨く誘い出せるじゃろう」
スギナは恒夫が無理をしないように釘を刺したのだ。
「にゃははははっ、任せるにゃ、ツネの面倒はあたいが見てやるぞ」
ラグに薄い頭をモシャモシャされながら恒夫がスギナを見て微笑んだ。
「了解だ。二人で旨く誘い出してやるよ」
スギナが大きく頷いた。
「では各自の健闘を祈る」
対策が決まって秀樹たちが慌ただしく建物から出て行った。
海へと続く大きな水路に炎の柱が上がる。
「ぐわぁ~~ 」
「固まるな、狙い撃ちにされるぞ、魔法の炎だぞ深く潜れ」
「ラグ隊長はまだなのか…… 」
魚人たちの悲鳴や怒声が水路に響いた。
逃げ惑う魚人たちにケリウスが両手を向ける。
「タバスコファイヤー 」
「プラズマスラッシュ! 」
左の手から炎を出し、右の手からは電気の刃を飛ばした。
ケリウスは魔法センスの優れた魔法使いだ。
中級魔法使いだが二つの魔法を同時に使う事ができるのである。
「助けてくれぇ~~ 」
炎と電気から命からがら逃げ出した魚人の前に狼男のロアスがスッと現われた。
「逃がしませんよ、私は魚は嫌いなんです」
ロアスが交差した両手をサッと振った。
「がっ…… 」
魚人の身体がアルファベットのXの形に切られて四散した。
近くで見ていた三人の魚人が剣を手にロアスに向かって行く、
「貴様ぁーっ 」
「死ねぇっ!! 」
大柄の二人が上から剣を振り下ろし小柄の一人が刺すように突き出した。
切り付け刺さったと思った瞬間、ロアスの姿がフッと消えた。
「なん!? 」
「何処へ行った? 」
「確かに切ったはずだ…… 」
三人の魚人が驚き急いで辺りを探す。
「切ったはずですか? 切られたの間違いでしょう」
何処からかロアスの声が聞こえる。
次の瞬間、三人の剣を持つ腕が肘の辺りから外れて水路に落ちた。
「ぐわぁ~~、ぎゃあぁ~~、うっ腕がぁーっ、俺の腕が……、バカ者警戒を怠るな! 」
叫んで傷口を押さえる者、落ちた腕を拾おうと水路に潜る者、流れる血に構わず辺りを警戒する者、様々な悲鳴が水路に響いた。
「クッククッ、ククククッ……不味そうな魚だが三枚下ろしにしてやろう、水路の底で貝や海老の餌にはなるだろうからな、ククククッ」
右往左往する魚人を見てロアスが声を出して笑った。
ロアスは大きな水路の岸に立つ柱の上に立っている。
魔法の杖をくるっと回すとマーサがロアスを見上げた。
「何をしているんですロアス」
マーサは隣りに菜穂を携えて水路の中央にいる。
浮んでいるのでは無い、まるで地面に立っているのと同じように波立つ水面にものともせずに立っていた。
菜穂はマーサにしがみつくようにしている。
水路に大きく上がった炎の柱はマーサの上級魔法である。
水路の入り口に陣を構えていた魚人たちを上級魔法の炎で薙ぎ払ったのである。
焼けて逃げ惑う魚人たちを追うように甲殻類人間たちが攻め入ったのだ。
もちろん昆虫人間たちも手柄を立てようと先を競うように水路に入っていった。
その後をマーサたちがゆっくりとやって来て今に到る。
つまり甲殻類や昆虫人間たちは既に水路の奥まで侵攻していた。
魔法の杖を撫でるように拭きながらマーサが続ける。
「遊んでいないで片付けなさい、ゴミは沢山あるんですからね」
静かだが有無を言わせぬ声だ。
「はい、マーサ様、直ぐにドブ浚いを終わらせましょう」
柱の上でロアスがうやうやしく頭を下げた。
腕を切られた三人の魚人がロアスを見つける。
「貴様そんなところに…… 」
「降りてこい、叩き切ってやる」
残った腕で剣を構える魚人を見てロアスがニタリと不気味に笑った。
「話している内に逃げればよいのに……やはり魚はバカですね」
柱の上からロアスが飛んだ。水路に付く前にサッと両手を振る。
「ぎゃあぁ~~、ぐわぁーっ、ぎひぃ~~ 」
三人の魚人が血飛沫を上げて倒れた。
神様に貰ったアイテムである天使の羽を使って水路の宙に浮くとロアスがコキコキと音を立てて首を回す。
「虫どもと甲殻類が残したゴミの掃除でもするとしよう」
動くものはないかと辺りを見回すロアスを見て水路の前で魚人を焼き払っていたケリウスが水面を歩くようにしてやって来る。
「はははっ、そこまでしなくてもいいさ、水路の掃除は甲殻類どもの仕事だ。私たちの仕事は獣人や鬼を片付ける事だからね」
ケリウスの傍にマーサと菜穂がやって来る。
「そうです。ですから魚どもを痛めつけて恒夫くんたちが来るのを待っているのですよ」
少しムッとした様子のマーサを見てケリウスがにこやかに話し掛ける。
「まだ恒夫くんにご執心のようだね」
「彼は役に立ちます。邪魔者さえいなければ必ず私の元へと来てくれるでしょう」
妖艶に微笑みながら言うとマーサがロアスに向き直る。
「ロアス、他は構いませんが恒夫くんだけは殺さないようになさい、いいですね」
「マーサ様の仰る通りに致します」
ロアスが深々と頭を下げた。
そこを狙って魚人が襲い掛かる。
「魚臭いから近付くな」
ロアスが振り返りもしないで腕を振ると魚人が上下に千切れて水路に沈んでいった。
愉しそうに微笑んでいたマーサが横に立つ菜穂に振り向いた。
「暗い顔……貴女も楽しみなさいな菜穂さん、もう直ぐゴールですよ、貴女の願いも叶う、その為には昔の仲間でも気を許してはダメよ」
強張った顔で菜穂がこたえる。
「わかってるわ、勝つためならどんな事でもするわよ、私は勝たないと先が無いの、その為なら秀樹くんや栄二くんだって……誰だって殺してやるわよ、私と違ってゲームで死んでも実際に死なないんだから………… 」
マーサが菜穂の頬に手を当てる。
「それでいいのよ、本当の事を知れば秀樹くんたちだって許してくれるわよ、だから今は勝つ事だけを考えなさい、その邪魔をするものは誰であろうと倒さないとダメよ」
「わかってるって言ったでしょ、もう何人も殺したのよ、殺さなくていいイベントでも何人も……もう後戻りなんてできない、私が生きるにはこれしか方法が無いのよ、これしか…… 」
輝きの消えた暗い目の菜穂をマーサが愛おしそうに抱き締めた。
「それでいい、私に従えば……いえ、あの方々に従えば何も怖いものなどない、神でさえ恐れる事は無いのよ、共に幸せになりましょうね」
「幸せになれるのかな……魔族で…… 」
「なれますよ、神が捨てた世界は魔族のものになるのですから」
「 ……わかった」
胸の中で頷く菜穂を抱き締めながらマーサが愉しそうに口元を歪ませた。
水路の少し先では昆虫人間たちが大暴れをしていた。
「ゲハハハハッ、俊足の力があれば水なんて怖くねぇ」
水の上に立ってカマキリ男が大笑いだ。
「グヘヘヘッ、俺も天使の羽を貰っといてよかったぜ、浮んでいればいいんだからな」
クワガタ男は天使の羽を使って空中に浮いている。
「あふふふふっ、動物も魚も私たちの敵ではないって事よ」
トンボ女は元から飛ぶ事ができるので沈まない限り水などは平気である。
魚人たちが昆虫人間たちに向かって矢を放つ、イソギンチャクから取った毒を塗ってある毒矢だ。
神経毒で感覚が麻痺して動けなくなるものである。
カマキリ男が両手の鎌を素早く動かすと飛んできた矢を切り落としていく、
「ゲハハハッ、こんなものが効くかよ」
「あふふっ、昆虫族の中でも目が良くて速く飛べる私に弓なんて通用するわけが無いでしょう、あふふふふっ」
トンボ女が素早く動いて余裕に矢を避ける。
「グヘヘヘヘッ、痛くも何ともあるか、矢など使わず斬りかかってこい」
クワガタ男は避けもしない、毒矢が当たるが刺さらない、甲殻類人間よりも固い外骨格で守られているのだ。
離れて矢を射る魚人たちを昆虫人間たちがジロッと睨み付けた。
「ゲハハハッ、遊びは終わりだ」
「グヘヘッ、俺の顎で真っ二つにしてやるわ」
両手の鎌を構えたカマキリ男と頭の上の大顎を大きく開いたクワガタ男が魚人たちに突っ込んでいく、
「あふふふふっ、私は上から行くわね」
愉しげに笑いながらトンボ女が空高く上がる。
「ファイヤーニードル」
トンボ女が魔法を使った。
首に掛けていた魔法のペンダントが光っている。
魔法アイテムを一つ持っている低級魔法使いだ。
炎の針が魚人たちの上に降り注ぐ、
「うわぁ~~、逃げろ! 焼け死ぬぞ、持ち場を離れるな」
空からの攻撃に魚人たちは為す術もない、甲殻類人間が相手であるので水中や陸上の戦いしか想定していないのだ。
逃げ惑い陣地から出てきた魚人にカマキリ男とクワガタ男が襲い掛かる。
大きな水路の両岸にある道を通って秀樹たちが前線へと急ぐ、
「うにゃ、また火が上がったぞ」
水路に立つ火柱を見てラグが叫んだ。
火柱が見えたのはこれで3回目だ。
「あたいも先に行くぞ」
「ダメだ。ラグは俺と二人で狼男ロアスの相手だ」
急くラグを恒夫が止めた。
「恒夫の言う通りだぜ、慌てて勝てる相手じゃねぇ」
「そうだよラグさん、恒夫の言う通りにすればきっと勝てるからね」
「わかったぞ、ツネの言う通りにするぞ、あの犬を倒してやるからにゃ」
並んで走る秀樹と栄二も宥めてくれてラグが思い止まった。
二人を見て助かったと言うように恒夫が頷いた。
「不死身だからって油断するなよ、倒そうなんて思うな時間稼ぎをすればいいんだからな」
走りながら栄二と秀樹がこたえる。
「菜穂さんを倒せるわけないだろ、魔族を倒すまで影マント使って相手するよ」
「ケリウスは同じ中級魔法使いだからな、倒せるなら倒すぜ、菜穂を唆した奴らだから遠慮無しだ。マーサさんと違って男だしな」
恒夫も秀樹も栄二もマジ顔だ。
マーサたちの強さは充分知っている。
命懸けの戦いになるかも知れない、真面目にならない方がおかしい。
栄二が火柱があった先を見つめた。
「ギリーさんやビギさんはもう戦ってるのかな? 」
炎虎のギリーと風河馬のバッグス、青鬼のビギと黒鬼のグギ、彼らは対岸の道を通って先行している。
魚人のログマとリブとマンサーにジアは部下を連れて水路を通って進んでいる。
人間の秀樹たちが最後尾という事だ。
一定間隔で水路の脇に立つ柱の上を跳ぶように走りながらラグが振り向く、
「トラとカバが速いのは知ってたけど鬼も速いんだにゃ、彼奴らにゃら虫にゃんて一発だぞ」
「イベント始まる前に虫人間に喧嘩売られて怒ってたからね」
栄二の隣二を走る秀樹が楽しそうに恒夫を見つめた。
「そういや、お前も喧嘩売ってたよな」
「思い出した。そうだよ、恒夫が虫に喧嘩売ったんだよね」
栄二も楽しそうに恒夫を見る。
「何の事だ? 俺は忘れたぞ、ビギさんに任せたからな」
とぼける恒夫を見て秀樹が呆れる。
「お前、虫と戦うのが厭でビギさんとグギさんが相手するようにしたんだな」
「あははははっ、テキパキと指示するから凄いなって思ってたけど初めから考えてたんだね、闇雲に前線に行ったら昆虫人間たちは恒夫を真っ先に狙ってくるもんね」
楽しそうに笑う栄二の横で恒夫がとぼけ顔で続ける。
「3匹ともマジで怒ってたからな、俺の顔見たら突っ込んでくるぜ、まだ死にたくないからな、ビギさんとグギさんが居てくれて本当に助かったぜ」
「まったくお前は……まぁ、スギナちゃんも認める的確な指示だから文句は無いけどな」
「お喋りはそこまでだぞ」
呆れ返る秀樹の横、柱の上をピョンピョン跳ねて進んでいたラグが水路を渡る小さな橋に立つ柱の上でポンッと高く跳んだ。
「鬼が戦ってんぞ、相手は虫だにゃ、うにゃ? 」
大きく飛んでいたラグが降りてきた。
ラグに前を塞がれて秀樹たちが立ち止まる。
「虫ってこの先かよ、ラグちゃん」
「早速戦ってるんだね、ビギさんとグギさん」
「あの二人が戦ってるなら安心だ。俺たちも行くぞ」
また走り出そうとする恒夫の手を取ってラグが対岸を指した。
「向こうに渡るぞ、マーサは向こうだぞ」
「向こう側か……ギリーさんたちが戦ってるのか? 」
恒夫が訊くとラグが頷く、
「そだぞ、トラとカバがマーサたちと戦ってんぞ、見えにゃいけどトラとカバとマーサと菜穂の匂いがするぞ」
「向こうかよ……どうする? 」
「やっぱり菜穂さんも来てるのか…… 」
秀樹と栄二が恒夫を見つめた。
「マーサが向こうなら渡るしかないな、こっちに俺たちの相手は居ない、さっさと渡るぞ」
栄二が100メートルほど先の橋を指差す。
「あの橋で渡ろうよ」
「後ろの橋を使うぞ、だって鬼たちが戦いながらこっちに来てるぞ」
猫耳をピンッと立てて鼻をヒクヒクさせるラグを見て恒夫が慌てて口を開く、
「冗談じゃねぇ、虫も来るって事だろ、さっさと後ろの橋で渡るぞ」
ラグの手を引いて恒夫が駆け出した。
「虫が怖いから逃げやがった」
「あははははっ、喧嘩売った時は威勢がよかったのにね」
笑いながら秀樹と栄二が後に続いて先程通り過ぎた小さな橋を渡っていった。




