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白紙

作者: 和葉

タイトル「白紙」

書き出し「何かが壊れた」

の縛りの元で書いた作品です。

白紙


 何かが壊れた。ガシャンというくぐもった音。それからコロコロと何かが転がっていく。布団から顔をのぞかせて音の方向へと向けてみるも暗くてよくわからない。カーテンの隙間から差し込む光に何かがきらめいた。

 まだ起きるには早いだろうが、その音の正体を確認しようと起き上がり、一番近いカーテンを開けた。冷気が流れ込み思わず身震いする。窓の外で雪がちらつくのが見えた。いつもより冷えていると思ったらそういうことか。最近は明け方には止んでることが多かったのに。

「……あ」

 床に散らばるガラス。小さな木やベンチ、白い粒。机の上に置いてあったスノードームが落ちて割れたようだった。引越しの段ボールに詰めようと置いていた本が倒れて落としてしまったらしい。朝一にやることが増えてしまった。ガラスに気を付けながら、一晩よく冷やされたスリッパに足を入れる。とりあえず温まろう。ちらりと床に散る破片を見やり、自分の部屋を出た。

 生まれたときから住んでいたこの家を出るのはもう明後日。部屋の荷物もあとは机周りだけだった。温かい飲み物と軽い朝食を済ませ部屋に戻ったとき、ふと疑問がよぎる。

――わたしはなぜこのスノードームを持っていたのだろう

 自分のお金で買った記憶も、両親にねだった覚えもない。誰かにもらったものだったら覚えているはず。わからなくなったのは、どうして手に入れたのか、それだけではなかった。昨日まで机の上に飾られていたこのガラスの球体がどんな景色を映していたのか、それすらもわからない。

 まるで、割れると同時にこれにまつわる思い出もすべて失ってしまったかのようだった。

 大事なもの、ずっと大事にしてきたもの。それだけはなんとなくわかった。床に散らばったままだった破片を掃除し、部屋の荷物を片付け始めてからしばらくして、小さな箱と古いアルバムを見つけた。箱の上にはわたしの名前。サイズ感と年季の入った感じから、きっとスノードームが入れられていたんだろうと想像がつく。開けてみると小さなメッセージカードも入ってた。ただ、それは白紙で何も書いていない。箱から得られたのはそれだけだった。何かを思い出すどころか不思議なことばかり増えていく。

 つぎにアルバム、と手を伸ばしかけたところで、手を止める。視線を上げ周りを見ると段ボール箱の山。片づけの途中だったことをすっかり忘れていた。それでもアルバムに対する少しの不安と恐怖のような感情が入り混じった好奇心のほうが強かった。どうせもうすぐ終わるし、なんて心の中で自分に言い訳をしながらアルバムをめくった。

「わあ……」

 思わず感嘆の声がこぼれた。それは四季の移ろいを写した写真の数々だった。美しい瞬間をすべて残す、撮った人のそんな思いさえ感じられる気がする。保存状態もよかったのか色褪せてるものもほとんどない。春の桜、夏の緑の木々や星、秋の紅葉、そして冬の雪景色。どの写真もその時の気温やそよ風を感じることができそうだった。

 そしてもう一つ。このアルバムは、撮った人の写真や景色への愛が溢れていた。どうしたらその被写体が綺麗におさまるか、美しく仕上がるか、それらをすべて考えてシャッターが切られている。撮った人本人が地面に這いつくばって撮ったような、下からのアングルの写真だってある。きっと夏の写真だろう、まだ背丈の低い朝顔と、それ越しの鮮やかな虹の写真。どこかに飾ってあった写真なのか、これだけ少し日に焼けていた。

「あれ」

 きれいな写真にすっかり魅了され、何度もページをめくっていたときに気が付いた。春夏秋、必ず同じ場所から撮った写真があった。どこかの林か森か、そんなところの中にあるらしい、少し開けた広場のようなところ。この場所はどの季節のも同じ場所から撮られている。少し高いところから見下ろし、見渡すように。隅にベンチが置かれている。春は小さな花が点々と彩り、夏にはエネルギッシュな緑に染め上げあれ、秋には紅葉が地面を埋めている。

 冬だけがなかった。きっとあまり人が来ることはないこの場所が、白銀に覆われた写真。丁寧に紙をめくり最後のページに辿り着いた。そのページは白紙だった。まるで誰もその存在に気が付かなかったかのようで。

 ふとアルバムから目を離したとき、さっきとは違う何かに気付いた。見ている景色はほんの数分前となにも変わらないはずなのに。そんなことないはずなのに。

 その正体に気が付いたとき、手からアルバムが滑り落ちた。見つけたときは白紙だったメッセージカード。今は違った。それに震える手を伸ばす。

――いつかこの景色を君に撮ってほしい

 瞬間、脳裏に小さいころ見た景色が浮かび上がる。ぐるりと三六〇度を高く生い茂る木に囲まれ、一面の雪の中を駆け回るわたし。そしてそんなわたしを見守っている、

「……(ゆう)!」

 自分と、記憶の中の自分の声が重なった。ベンチに腰掛けて微笑んでいる男性。そして、彼が愛用していた一眼レフをわたしに向ける。それに笑顔でピースサインをする幼いわたし。何度彼に写真を撮ってもらったことだろう。

 堰を切ったように今まで思い出すこともなかった記憶が溢れてきた。一度に大量の記憶を引っ張り出したせいだろうか、鈍い頭痛に襲われる。それでも無理やり立ち上がりふらふらと外に出れる格好になると、自分の一眼レフを首にかけ、家を出ていた。

わたしはあの場所を知っている。“秘密基地”と呼んでいた場所。家から歩いて十五分ほどの小さな広場は、一人が好きだった私にとっての格好の場所だった。あの場所で悠と出会い、最後のお別れをした。最後にあったのは確か六年前。わたしが小学校を卒業した年、悠は高校を卒業して、東京の写真専門学校へ行くと言っていた。

その最後にあった日、悠に渡されたのが、あのスノードームとアルバム。悠の撮る風景写真が大好きだとずっと言っていたわたしに、彼が厳選してまとめてくれたもの。ただ、その年の冬の写真は、悠が受験のために東京に行っていたから撮ることができなかった。その代わりに、とくれたのが手先の器用だった彼手作りのあのスノードーム。

「いつかこの景色を撮って、アルバムの最後のページを埋めて」

 頭の奥であの時の悠の言葉がもう一度響いた。あの白紙のページは、悠がわたしに託したものだ。なら、わたしがここを離れる前に埋めなくちゃ。そんな思いに急かされるように雪道を急いだ。

悠が東京へ行ってしまってから一度も行っていない。幼いわたしにはショックが大きすぎた。悠の前では強がって『がんばってね』なんて言ったけれど、家で一人になった瞬間に泣きじゃくった。好きな人にもう会えないかもしれない。その想いは何度もわたしの背中を押したのに、どこかで悠はわたしを妹のようにしか思ってないこともわかっていた。結局伝えられなかった想いはしまったまま、忘れていたのだ。

でもどうだろう。スノードームはずっと飾っていたし、中学校の入学祝いに、両親に無茶を言って一眼レフをねだり買ってもらった。明後日にはこの家を離れ、東京へ行く。そして、写真の専門学校へ進み勉強しようとしている。わたしは悠を忘れてなんかいなかった。わたしにとって悠はずっと憧れで、初恋の人に違いなかったのだ。

すべての記憶をちょうど振り返り終わったとき。

「あった」

 ずっと歩いてきた小道が開けた。足跡なんて一つもなく、真っ白に染まったあの広場。雪が降り積もったベンチ。反対側には綺麗に階段状に並んだ切り株。悠はいつもあの場所に立って写真を撮っていた。なるべく足跡を写さないように、円形に広がる広場の外側を歩いて切り株へと向かう。あの日までは悠が立っていた場所。まだ背が低かったわたしは見れなかった景色。だいぶ身長が伸びたとはいえ、悠にはかなわないだろう。カメラの向きやピントを合わせ、少し持ち上げる。しんしんと雪が降り続ける森の中に、シャッター音が響いた。

 撮れた写真を確かめて、思わず頬が緩むのがわかった。悠が撮ったほかの写真と同じアングルだ。

 さあ、帰ろう。この写真でアルバムの白紙のページを埋めなくちゃ。


 四月に上京して半年が経った。秋晴れの気持ちのいい日。わたしはカメラを携え川沿いの遊歩道を歩いていた。桜並木のこの道は、春はもちろん秋の紅葉だって見事だ。またカメラを構え、シャッターを切ったとき。

「すいません」

 後ろから声をかけられた。どこかで聞いたことがあるような、懐かしい声。

「一枚だけ、モデルになってもらえませんか」

 振り返ると、わたしと同じように一眼レフを手に持った男性。何年も会っていなくたってわかる。わたしのずっと憧れの人で、初恋の人。目を見開いて、掠れた声でわたしの名前を呟いた、悠。

 

伝えたいことがたくさんあります。

あなたをずっと追いかけていたこと。あなたを想い続けていたこと。

そして、あなたとの約束を果たしたこと。


Fin.


2016年1月 執筆

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