灰かぶりの奇跡
むかしむかし、あるところに大きな国がありました。
そんな国の隅っこにある小さな家に、アンティ一家が住んでいました。考古学者の父、美しく世話好きな母。そして二人の可愛い娘、エラ。3人は裕福とは言えませんでしたが仲むつまじく暮らしていました。
しかし、エラが10歳の誕生日を迎える日。母親が馬車に轢かれ死んでしまったのです。悲しみにくれる二人……。ですがいつまでも落ち込んではいられません。二人は励ましあいながら徐々に元気を取り戻していきました。
母の死から3年ほど経ったある日、父が新しい母親を2人の娘と共に連れてきました。
2人の姉はとても優しく、母もエラを実の娘のように可愛がりました。これからは5人で幸せに暮らしていける。エラはそう信じて疑いませんでした。
しかし、新しい母がやってきて1年もしないうちに父親が病気で死んでしまいました。
そして、エラの地獄のような日々が始まったのです。
今まで継母がやってきた掃除や洗濯、料理など全てエラに押し付けてきたのです。そして掃除の仕方が気に入らないなどと難癖をつけ、エラを乗馬用の短鞭で叩くようになりました。洋服や部屋も取り上げられ、二人の姉も母と一緒にエラをいじめはじめました。どうでもいい雑用を言いつけたり、八つ当たりに暖炉の灰をかけたり――継母達の行動は毎日毎日エスカレートするばかり。エラは抵抗することもできず、心を押し殺すようになんとか生きることで精一杯でした。
そして月日は流れ、エラは16歳になりました。
「シンデレラ! シンデレラ!」
継母の声が家中に響きます。
エラはいつの間にかCinder-ella(灰まみれのエラ)と呼ばれるようになっていました。
「なんでしょうか? リディアお母様」
エラが慌ててリディアの元へとやってきます。
「掃除は終わったの!?」
「は、はい」
「嘘おっしゃい!」
「あうっ!?」
リディアはエラを鞭で思い切り叩きました。
「ここにクッキーのカスが落ちてるじゃない!」
「どうしたのお母様?」
「そんな大声だすとまた血圧があがっちゃうわよ」
リディアの声に2人の姉がやってきました。ほっそりした長身の長女、スペルビア。そしてぽっちゃりした次女のグーラはクッキーをボロボロ零しながら食べ続けています。
「ったく、ちゃんと掃除しなさいよ! 私達は買い物に行ってくるから」
「お母様、来月の舞踏会のドレスの下見に行きましょ」
「そうね。次の舞踏会は王子様の婚約者を探す大事なパーティーですものね」
「お城のパーティかぁ。おいしいものがたくさんあるかしら」
「王子様と結婚できればそれが毎日続くのよ」
「さぁ行きましょう。お母様」
3人は楽しそうに笑いながらさっさと出かけていきました。
「大丈夫。いつもの事」
エラはそう呟くと家事へと戻りました。
そんなある日、スペルビアが血相を変えてリビングへやってきました。
「お母様! 大変!」
「どうしたの?」
「こ、これを!」
スペルビアは手紙のようなものをリディアへ渡しました。
「か、怪盗ブリスの予告状だわ!」
リディアは手紙の内容を読むなり大声を上げました。
怪盗ブリスとは、数年前に突如現れた怪盗です。貴族の家の値打ちのある物をターゲットにし、まるで挑戦状のように予告状を必ず出してくるのです。指名手配されているのですが、ブリスの素顔を見たものは誰もいません。この国周辺に現れていたブリスは最近、全世界へと手を広げていました。
「どうしたの?」
騒ぎを聞きつけやってきたグーラ。手にはポテトチップスの袋が握られています。
「はあぁ」
リディアは予告状をグーラに渡すと力なく椅子に座りこみました。
「『今夜12時。奇跡の像を頂きに参ります。怪盗ブリス』なんですってぇっ!?」
さすがのグーラも大声を上げました。
「お母様しっかり。今夜はどうしましょう?」
スペルビアはリディアを揺すりながらそう言います。
「だ、大丈夫よ。この時の為に対策を用意してたんだわ!」
リディアは再び生気を取り戻し、ニヤリと笑いました。
「シンデレラ! シンデレラ!」
そして、エラを大声で呼びつけました。
――そして夜。
「ふふふ。ちゃんと見張っているわね」
今は使われていない2階の一室にいるエラをドアの隙間から見て、満足そうにリディアは呟きました。
エラはテーブルの上の奇跡の像を見つめています。
「馬鹿ね。ま、あの娘にはお似合いの仕事だわ」
「あれは街の彫刻家が真似て作ったニセモノなのにね」
2人の姉も笑いをこらえながら言いました。
「ねえ、お母様。あの娘いつまでこの家においておくの?」
「もう少ししたら売りに出すわよ。顔も体も申し分ないからね。それまでは役に立ってもらうわ」
「お母様、もう寝ましょう。起きてるとお腹がすくわ」
「そうね。お肌にも悪いしね」
そう言うと3人はさっさと寝室に入っていきました。
「コレが奇跡の像?お父様の形見の像が?」
エラは目の前の像に思いを巡らせました。
「お父様、この像は?」
考古学者でもある父の書斎には古い像やら壷やらがたくさん置いてありました。その中の一つにエラは何故か興味を引かれました。
「この像かい。これはね。神が作った像と言われているんだ」
「神様が?」
「本当かどうか分からないけどね。この像には謎が多いんだ。エラはこの像が気に入ったのかい?」
「うんっ」
はたから見ればただの木彫りの女神像。腰の辺りに埋められたダイヤになら価値はありそうですが、それも小粒なのであまり目立ちません。女神が両手を天に向けているだけの像なのですがエラはなんだかすごくその像が気になってしまいました。
「そうかそうか。じゃあこの像はいつかエラにプレゼントしようかな。急いでこの像の謎を解くから待っていてくれよ。」
「わ~い! ありがとうお父様!」
「あっ」
城から12時を知らせる鐘の音が聞こえエラは目を覚ましました。どうやら少し眠ってしまったようです。
「おやおや、ずいぶん可愛らしい見張り番さんがいますね」
「っ!?」
外から声が聞こえ、エラは思わず振り向きます。
黒いスーツに黒いマント、そして黒い仮面を付けた男が窓辺に立っていました。
「あ、あなたが――怪盗ブリス?」
「そうです。さぁその像を頂きますよ」
「ダメっ!」
エラは像とブリスの間に立ちはだかります。しかし次の瞬間、もうブリスは像を手に取ろうとしていました。
「お願い! それを取られたらお母様に……」
エラはブリスにしがみつきました。
「手荒なマネはしたくないのですが――失礼っ!」
「きゃぁっ!?」
ブリスはエラの腕をつかむと彼女を軽くつき飛ばしました。そして手にした像を見つめます。
「これは――ん?」
エラはブリスの服にしがみつきました。
「お願いします。その像は、大事なお父様の形見なんです。お母様、なんでもしますからその像だけは捨てないで下さい。お願いしますリディアお母様……」
下を向き、涙声でエラは呟き続けました。そんなエラの頭にブリスが優しく触れました。
「!?」
エラは思わず顔を上げます。マスクの奥の瞳と目が合いました。
「嫌な事を思い出させてしまったようですね。安心してください。これはニセモノようです」
「えっ?」
「どうやらまんまとリディアに騙されてしまったようですね。今回は可愛い番人さんに免じて素直に退散するとしましょう」
そう言うと、ブリスは像を元の位置に戻します。
「ですが、同じ手は通用しません。継母にそうお伝えください」
そしてマントを翻し夜の闇へと消えていきました。
「怪盗ブリス。なんて綺麗な瞳……」
彼女は窓に近づき、彼の消えていった夜の闇を見つめていました。
「なるほど。おめおめと逃げ帰ったわけね」
「だっさ~い」
「像なんか盗んでもお腹は膨れないのにねぇ」
昨夜の顛末を話すと継母達は大きな声で笑いはじめました。
「あの像はニセモノってどういうことですか? 奇跡の像って、あの像は一体なんなんですか?」
思わずエラはそう訊ねました。
「アンタは知らなくていい事よ!」
「でも……」
リディアの剣幕にエラはそれ以上の事は聞けなくなってしまいました。
「そんなことより。今日は大事な舞踏会よ」
一瞬のうちにリディアの表情が明るくなります。
「国中からたくさんの人が集まるのよね。まっ、私の美貌に及ぶ女なんていやしないけど」
「いろんな人がきたら食べ物がなくなっちゃうわ」
「絶対に王子様と結婚するのよ。何があっても、どんな手段を使ってもね」
「王子ぐらいの男じゃないと私とはつりあわないわ」
「毎日お城の豪華な食事――」
方向は違えど皆、王子を狙っているようです。
「何はともあれ支度をしなくちゃね」
「お母様、ステキなドレスを見つけたの」
スペルビアはそう言うとどこかへ去っていきました。
「ドレスはこの前特注のを作ったじゃないの」
「スペルビア姉様はこだわりがすごいからね、他にいいのがあったのかも」
しばらくするとスペルビアが純白のドレスを抱え戻ってきました。
「ほら。綺麗なドレスでしょう」
「あっ!」
エラはドレスを見て驚きました。彼女が今日の為に時間をかけてこっそり作ったドレスだったからです。
「シンデレラったらこんなものこっそり作ってたのよ」
「まぁっ」
「でも私にはサイズが合わないの。グーラ着てみたら?」
「わかったわ!」
エラが止める間もなくグーラは嬉々としてそのドレスを抱え、隣の部屋へ着替えに行ってしまいました
「きっとシンデレラなんかよりも似合うわ」
「でしょう。そう思って持ってきたのよ」
リディアとスペルビアは下を向いているエラを見つめながらニヤニヤと笑います。
「ん? 今の音は?」
明らかに服の破ける嫌な音が聞こえました。しばらくして、グーラが戻ってきました。
「アンタみたいな貧相なサイズじゃ私には合わなかったわ」
「あらあらコレじゃあもう着れないわね」
スペルビアは破れたドレスを受け取ると、暖炉へと向かいます。
「そろそろ暖炉を使うシーズンよね。ちゃんと使えるかチェックしておかないと」
そう言って暖炉にドレスを入れるとマッチに火をつけ燃やしはじめました。
「あああっ!」
エラは燃えていくドレスをただただ見つめることしかできませんでした。
「シンデレラも舞踏会へ行きたかったの?」
珍しく、リディアが優しく訊ねました。
「はい」
「そう、でもドレスがないんじゃ無理ね。それにあんたみたいな汚い娘連れて行ける訳ないじゃない。あっははははっ!」
リディアは顔を歪ませ大声で笑います。
「そうそう。あんたは仕事がいっぱいあるの。私の部屋ちゃんと綺麗にしておいてよね。 お気に入りのアクセサリー探してたら汚くなっちゃって」
「キッチンもね。小腹が空いたから珍しくお料理したら大変な事になっちゃった」
「裏庭の草むしりもよ。さっ。美容院の予約の時間になっちゃうわ。シンデレラ。ちゃんと掃除しておくのよ!」
継母と姉達は矢継ぎ早にそう言うと、出かけていってしまいました。
エラは暖炉の火の始末をし、裏庭の草むしりを終えると姉の部屋へ向かいます。姉の部屋はどうしたらこんなになるのかと不思議になるくらい散らかっていました。
部屋の掃除が終わる頃にはもう夜が訪れ、星が輝きはじめていました。しかし次はキッチンの掃除。嫌な予感を覚えつつ恐る恐るキッチンのドアを開きます。予想通り、元の姿は見る影もないくらい汚れています。
今まで涙をこらえていたエラはついに限界を迎えてしまいました。
「どうして、どうしてこんな……。」
汚れたキッチンに座りこみ汚れた服で涙をぬぐいます。
「神様。私が一体何をしたと言うの? 一目でいいから王子様をこの目で見たかった。結婚なんてできなくていいの。ただ一目――」
「かわいそうやなぁ」
「だ、誰っ!?」
突然聞こえた怪しげな声にエラは思わず声を上げました。
「その純粋な気持ち叶えてあげまひょっ!」
「わっ!? ケホケホ。」
エラの目の前で爆発が起こり白い煙がキッチンを包んでいきます。
「ゲホっ。ゲホゲホ。やりすぎてもうた」
煙が晴れると、一人の男が立っていました。
「あ、あなたは?」
「ワイ? ワイは通りすがりの魔法使いや」
男は絵に描いたような魔法使いの帽子をかぶり、星がちりばめられたマントを羽織っています。
「ま、魔法使い?絵本に出てくる?」
「そ。魔法使い。何や信じてへんのか」
エラは訝しげな表情を浮かべました。それもそのはず。魔法使いなんて空想の産物だからです。
「ならこれでどうや! 『ド・ンナ・モンヤ~!』」
謎の呪文を唱えると、キッチンは再び真っ白な煙に包まれました。
「ケホッ」
「またやってもうた」
しかし煙が晴れると――目も当てられない程汚れていたキッチンが元通り綺麗になっていました。
「どうや?」
「す、すごい」
「これで舞踏会へいけるやろ」
「でもドレスが。それに今から急いでも間に合うかどうか」
「大丈夫や、ワイにまかしとき。さぁ外へ出まひょ。せやこのカボチャ借りるで」
男はエラの返事も聞かずキッチンの隅にあった大きなカボチャを手に取り、外へと向かいます。
「あ、待って!」
エラは慌てて男の後を追いました。
「さてと。さっき捕まえたこいつも使いまひょ」
「ひゃっ?」
魔法使いはポケットからねずみを一匹取り出すとカボチャの上に置きました。
「それぇっ! 『ナ・ンデヤ・ネン!』」
再び謎の呪文を唱えるとねずみとカボチャが白い煙に包まれました。
「ケホケホッ。この煙何とかならないんですか?」
「ワイ、ちょっと諸事情で全力が出せへんねん。でも大丈夫やで、ほら」
男が指差すと、煙の中からカボチャの馬車と御者が現れました。
「これで十分間に合うやろ。さてさて次は主役の番やな。『ンナ・ア・ホナ~!』」
エラは思わず目を閉じました。しかし煙ではなくまばゆい光に包まれます。
「成功や!」
光が収まると、エラは美しいドレスを纏っていました。化粧や髪の毛もセットされ、アクセサリーもきちんと付けられていました。
「すごい」
「さぁ、急いでお城へ」
「でも靴が」
綺麗になったエラでしたが靴だけが薄汚れたままでした。
「おっとワイとしたことが。でももうMPはゼロやし」
「ええっ!?」
「30分もすれば回復するんやけど――せや!」
魔法使いは腰にある巾着袋に手を突っ込みました。
「コレは魔法の巾着やねん。何でもしまえる魔法の巾着や」
誰も聞いていないのに魔法使いはうれしそうに説明します。
「あった!」
巾着からガラスの靴を取り出しました。
「コレはとある娘がプロポーズを受けたときにもらった靴なんや。あんさんその娘さんによう似とる。きっと合うはずや」
「あれ? そんな話どこかで――」
エラはおばあさんから聞いたような話に首を傾げました。確かその靴は貴族の貢物として奪われたと――
「細かい事はええから」
魔法使いはその靴をエラに渡します。とても小さい靴でしたが、エラにぴったりでした。
「やっぱりぴったりや。さぁ急ぎ」
「は、はい! ありがとうございます!」
エラは急いで馬車へ乗りました。
「せや! ワイの魔法はまだ不完全やねん。夜の12時の鐘が終わったら魔法は解けてまう。それまでには帰ってくるんやで!」
「はい!」
「はぁっ!」
ねずみだった御者が鞭を振るうと馬車は走りだし、あっという間に見えなくなりました。
「ええ事すると気持ちがええな。さてと。ちょっと休んだらワイもお仕事せな」
魔法使いはエラの家に入っていきました。
「レグ。もっと楽しそうに振舞え」
玉座に座ったまま、不機嫌そうな王子に王がそう言いました。
「僕はまだ結婚するつもりはありません」
「だが国民はお前を慕ってだな」
(どうせ地位と金が目当てなんですよ)
王子は誰にも聞こえない声でそう呟きました。
「ねぇねぇお母様。見て、王子のブレスレット」
「間違いないわ。欲しい。すごく欲しい。アレさえあれば!」
リディアは王子の左腕のオニキスのブレスレットに興味深々です。
「私、声をかけてくるわ」
スペルビアは緊張のあまりなかなか王子に近づけない女達を押しのけるようにして王子に近づきました。
「レグ王子様。私と一曲どうですか?」
「いいえ。結構です」
王子は不機嫌な顔のまま、そう言いました。
「こんな小娘なんかよりわたくしの方がいいわよね」
「お母様!?」
続いてリディアが現れました。
「いいえ。結構です」
王子は表情一つ変えずそう言います。
「お母様みたいな年増は嫌ですよねぇ」
「なんですってぇっ!?」
「さぁ王子様。私と踊りましょう」
「待ちなさいよ!」
リディアとスペルビアは王子の腕をつかむと無理やり玉座から引きずり出しました。
「わわっ。ちょっとやめてください」
「お母様放して! 王子が困ってるでしょ!」
「アンタこそ!」
異常な雰囲気に気が付き、周りがざわつきはじめます。
「王子と踊るのは私よ!」
「こういうのは年上にゆずるものなのよ!」
「ちょ、ちょっと落ち着いうわわわわっ!」
「きゃああっ!?」
「ひゃああっ!?」
バランスを崩した3人は料理の並んだテーブルへと突っ込んでしまいました。
「あぁ。料理が。あら? お母様にお姉様?」
一心不乱に料理を食べていたグーラはようやく騒動に気が付いたようです。
「わ、私知らないっ!」
「お母様ずるいわよ!」
二人はその場から逃げるように人ごみの中へ消えていきました。周りの人間はその様子をただただ苦笑しながら見ています。
「あぁ。もうだから嫌だって……ん?」
気が付くと、王子の服を優しく拭く少女の姿がありました。
「君は?」
「あの、すみませんでした」
少女は謝りながら王子の服を拭き続けます。
「どうして君が謝るんです?」
「それは……」
「まぁいいです。踊りましょう。」
「えっ? でも私なんかより……」
王子は少女、エラを立たせると彼女の前に跪きました。
「僕と踊って頂けませんか?」
「お、王子様、やめてください。そんな」
「僕と踊って頂けますよね」
「――――はい。」
エラは頬を赤らめながら差し出された手を取りました。
二人はゆっくりと生の音楽団の奏でるダンスフロアへ向かいます。
「私、ダンスなんてしたことないんですけど……」
「大丈夫。硬くならずに、僕に全て任せて」
そして、二人のダンスが始まりました。少女のため息の出るような美しさに王子だけでなく舞踏会の出席者達も目を奪われてしまいました。
「キイイイっ! 何なのあの娘!?」
「私を差し置いて腹立つわね!」
「お母様、コレ持って帰っていい?」
美しくなったエラに継母達は全く気が付いていません。
「さぁこちらへ」
王子は数曲踊り終えるとエラの手を引きました。
「でもパーティーは?」
「いいんですよ。僕は君と二人っきりで話がしたいんです。あぁ君、人払いをお願いします」
近くにいた召使達にそう言うと王子はエラを裏庭へと連れ出しました。王子に近づこうとする人達の声が聞こえましたが、王子は全く気にしていないようです。
「ここは僕のお気に入りの場所なんです。それにしても星の綺麗な夜ですね」
「あの、本当に戻らなくて――」
「いいんですよ」
心配するエラの言葉を王子が遮ります。
「でも今日は王子様の婚約者を探すパーティーじゃ?」
「金と地位に目がくらんだ人達ばかりですよ。ほとんどがね。でも君は違う」
「どうしてそんなことが言えるんですか? 本当は私すごく悪い女かもしれませんよ」
「ははは。でも目を見れば分かります。君の瞳は本当に美しい。とても純粋で、こちらの心が洗われるようだ」
そう言って王子はエラの手を取り目を見つめました。
「そんな。私本当は薄汚くて――」
エラは思わず目を背けます。
「そんなことないですよ。そうだ。名前を教えてください」
「わ、私はシンデ……いいえ。私は! 私の名前は!」
その時、エラの声を遮るように城から12時を知らせる鐘の音が聞こえました。
「いけない! 帰らないと!」
エラは慌てて駆けだしました。
「え? ……あ、待って!」
王子は突然の事に呆気に取られましたが急いでエラの後を追いました。
城の中は迷路のようでしたが外へと通じる階段を見つけその階段を駆け下ります。
「あっ!」
途中で靴が脱げてしまいましたが、構わず走り続けます。
「ま、待って!」
「ごめんなさい。さよなら!」
エラはそう叫ぶと、外に止まっていたカボチャの馬車へと飛び乗ります。すると馬車は急発進し、あっという間に見えなくなってしまいました。
「彼女は一体?」
王子は彼女の落とした靴を拾い上げるとそう呟きました。
「お、う、じ、さ、ま」
「……なんですか」
背後から聞こえてきた声に王子は再び不機嫌そうな顔に戻りました。
「なんや、ワイが一生懸命お仕事してる隙に恋愛ですか? 青春真っ只中やなぁ。ええわぁええわぁ」
「僕だって遊んでるわけじゃないんです」
王子がイライラしながら答えます。
「ま、ええんですよ。ホンマ王子様ってばおなごに興味があらへんから心配してたんやで。実はコッチだったんじゃないかて。ワイの事、狙っ――。」
「今すぐその口を封じて貰いたいようですね」
怪しげな男の言葉を遮るように王子は剣を抜き、その切っ先を男に向けていました。
「じょ、冗談やないかはは」
男は表情を引きつらせたまま笑います。
「状況を考えて発言してください。」
王子は不機嫌そうなまま、剣を元の場所に納めました。
「そんな王子様に朗報や。あの娘、ワイ知ってるで」
「本当ですか!?」
男の言葉に王子の表情が変わります。
「あ、でも教えへんで。恋愛には障害が多いほうが盛り上がるやろ?」
「……別にお前の力なんか借りなくてもすぐに彼女を見つけてみせますよ」
王子は何かを決意したように言いました。
「で、例の件なんやけど――。」
「王子? どこです?」
大臣の呼ぶ声が聞こえてきました。
「しゃあないなぁ。またあとで伺いますわ」
そう言うと男の姿が夜の闇にとけるように消えていきます。
「ここですよ!」
王子は一息つくと、声をあげました。
「あぁ。一体こんなところで何を?」
「少し休憩をしてたんですよ。大臣、この靴に合う女性を探します。そして僕の妻として迎え入れたいと思います」
そう言って、王子は持っていたガラスの靴を見せました。
「この靴は?」
「先ほどの女性が落としていったものです」
「え? ご一緒だったんでは?」
「突然、急用を思い出したかのように去っていきました」
「はぁ……。しかし国中の女性となるとかなりの人数では」
「明日の朝一から手際よく進めれば夕刻までには何とかなりますよ」
「わ、分かりました。それから王がお探しでした。そろそろ舞踏会の終わりの挨拶をと」
「そうですか。すぐに向かいます」
そして二人は城へと入っていきました。
「恋はどんな困難をも越える力にするんやなぁ。あ、ワイ今、サムい事言うた?」
怪しげな男は一人で笑いながら城へと向かいました。
「はぁ、はぁ。間に合った」
――一方、エラは。
12時の鐘がなり終わると馬車と御者は消え、ドレスも元のボロボロの服に戻ってしまいました。片方脱げた靴を抱え、一心不乱に走り、何とか家へとたどり着きました。
「はぁ。夢みたいだった」
自室である屋根裏部屋のワラのベッドに横になるとそう呟きました。
「王子様ステキだったぁ。本当に夢のよう」
エラは先ほどまでの事を思い出し頬を赤く染めます。
「この靴どうしよう? 魔法使いさんにまた会えるかな? でも片方落としてきちゃったし。謝ったら許してくれるかしら」
そう言いながらガラスの靴を隠すようにしまいました。
「もう~! ひどい目にあったわ!」
継母達が帰ってくる音が聞こえましたが夢見心地のまま、エラは眠りにつきました。
――翌朝。
「大変よ~!」
スペルビアが血相を変えてリビングへやってきました。
「どうしたの? 騒がしいわね。」
「王子が昨日の娘を探すって!」
「えええ!?」
リディアは驚きの声をあげました、
「靴が落ちてたんだって。とても小さいその靴が合う女性を妻として迎え入れるらしいわ!」
「まぁっ」
「私、足の小ささに自信があるの」
スペルビアは自分の足を見つめながら言いました。
「そうね。靴さえ合えばそれでいいんだもの。任せたわよ」
「私、外で待ってるわ!」
そう言うとスペルビアは外へ出ていきます。
「エラ! 今の話聞いていたね! 王子に失礼のないように掃除するんだよ!」
「はい」
エラは正直悩んでいました。正直に名乗り出るべきなのか。知らぬフリをしているべきなのか。
「聞いていたのかい!? 早く掃除をおし!」
「は、はいっ!」
エラが掃除道具を取りに行こうとしたそのとき!
「お母様! 大変!」
スペルビアが血相を変えてリビングへやってきました。
「どうしたの? もう王子様が?」
「こ、これを!」
スペルビアは手紙のようなものをリディアへ渡しました。
「か、怪盗ブリス――凝りもせず!」
リディアは紙をぐちゃぐちゃ丸めて地面へ叩き付けます。それだけでは収まらなかったのかその紙を何度も踏みつけました。
「奇跡の像だけでなく、右手の真実まで狙うなんて!」
「お母様、また血圧が」
グーラがリディアをなだめるように言います。
「今度もニセモノを用意すればいいのよ」
「無理よ、今からじゃ間に合わないわ」
「そんな、じゃあどうするのよ!?」
スペルビアはヒステリックに叫びます。慌てる継母と姉達にエラは首を傾げました。
「右手の真実?」
「はっ。あんたは関係ないの! 早く掃除をはじめなさい!」
「ご、ごめんなさいお母様!」
エラは逃げるようにその場を去りました。
――夕刻。
「あの~、ごめんください」
玄関に誰かがやってきました。
「今忙しいのよ!」
リディアが怒鳴りながらドアを開けます。
「す、すみません。お取り込み中でしたか?」
「あ、あ、あ」
大臣の姿にリディアは思わず声を上げました。後ろには王子、兵士達の姿もあります。
「いいえ。お待ちしていましたわ」
「忙しいんじゃ?」
「いいんですの。ささっこちらへ」
リディアは笑顔でそう言いました。
「こんな時間にすみません。国中を回ってきたもので」
「うちに来たって事は靴が合う女性がいなかったんですね。そうでしょう。だってうちの娘の物ですもの」
「そう言って合わなかった人達が何人いたことか」
大臣は思わずため息をつきました。
「スペルビア! グーラ! いらっしゃい!」
リディアの声に二人の姉達がやってきました。
「この二人――ですか?」
王子はなんだかがっかりしたように言います。
「そうですわ。さっ。靴を」
「はい」
大臣達はてきぱきと靴を履かせる準備を進めました。
「まずは私からね」
グーラが靴を履こうとします。が、予想通り全く入りません。
「お、おかしいわねぇ」
「ちょっと! やめてください! 靴が壊れちゃいます!」
無理矢理足を押し込もうとするグーラを王子が慌てて止めます。
「グーラじゃ無理よ、どう見たって。それじゃ次は――」
「次は私ね」
スペルビアを押しのけリディアがそう言いました。
「え?」
「え?」
思わず声を上げる大臣とスペルビア。
「なぁに? 文句でも?」
「ど、どうぞ」
リディアの気迫に大臣はすっかり負けてしまいました。
「それじゃあ。……あれ?」
しかしやっぱり入りません。
「お母様、私のだって」
「キイイイ!」
悔しがるリディアを押しのけスペルビアが靴に足を入れます。
「あ、あれ? おかしいわね。足がむくんじゃったのかしら?」
しかし靴のサイズはスペルビアよりも少し小さいようです。
「はぁ。ここもダメですか。どうしましょう他に女性はもう……ん?」
「あっ」
ため息をついた王子は遠くから様子を伺っているエラと目が合いました。
「まだいるじゃないですか。大臣、彼女を」
「こら! 出てくるんじゃないって言ったでしょう!」
リディアは思わず声を上げました。
「こちらへ。王子がお呼びです」
「わ、私はその……」
「お願いします。あなたがこの国の最後の女性なんです」
「でも」
「ささっ。こちらへ」
大臣に流されるままエラは王子の前にやってきました。
「君は――!?」
「すみません。汚い娘で。すぐ立ち去らせますから」
「お母様、少し黙っていていただけますか」
「うっ」
王子に睨まれリディアは下がるしかありませんでした。
「さぁ」
エラはゆっくり靴へと足を伸ばします。
「どうせ合うワケないのにねぇ」
「そ、そうよね」
「お母様、お腹がすいたわ」
コソコソと話す継母と姉達。
「おおおっ!?」
「そ、そんなっ!?」
靴はエラの足にぴったりとはまり、周りの人間達は声をあげました。
「君だったんですね」
「はい」
「な、何かの間違いだわ!」
スペルビアは大声で叫びました。
「君を妻として迎え入れたい」
「でも……」
「そうですね。急すぎますね。では少し一緒に暮らしてみましょう」
王子はエラの手を取りそう言いました。
「さぁ。行きましょう。今すぐに!」
「ちょっと待って!」
王子を制するようにリディアが声をあげます。
「そんな急に娘を連れて行かないでちょうだい。持たせるものや思い出話もあるのよ」
リディアの目には涙が浮かんでいました。
「ですが」
「王子。そうですよ。今日は帰りましょう。最後の親子のひとときを奪ってはいけません」
大臣は王子をなだめるように言いました。
「――わかりました。では明朝お迎えに伺います」
王子は渋々そう言うと、兵達を引きつれ帰って行きました。
「アンタあああああっ!」
「い、痛い! 痛いですスペルビア姉様っ!?」
王子達がいなくなると、スペルビアはエラの髪をつかみ隣の部屋へと引きずっていきました。
「アンタいつお城に行ったの!? ドレスも燃やしてやったのに!」
「あらら。スペルビア姉様がキレるともう手が付けられないわね」
グーラはのんきにドーナツを食べながら言いました。
「この野郎! この野郎!」
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
エラを力いっぱい叩くスペルビア。
「そうだわ。アンタなんか王子の元へ行けなくしてやる!」
「や、やめてください」
「その顔をズタズタに引き裂いてやる!」
「待ちなさい!」
暴れるスペルビアを一喝したのはリディアでした。
「お、お母様!? なんで!?」
「エラ、育ててやった恩を仇で返すような子じゃないわよねぇ」
「???」
「王子様にお願いしてくれるわよね。お母様達と一緒に行きたいって」
「も、もちんです」
エラは震える声でそう言いました。
怒りまかせに暴れるスペルビア、笑顔の裏に隠れたリディアの威圧感が何よりも怖かったのです。
「この子をズタズタにするのはその後でもいいでしょ」
「そ、そうよね。命拾いしたわねぇ、シンデレラ」
スペルビアは落ち着きを取り戻しそう吐き捨てました。
「さてと。あとはブリスね。そうだわ! さぁっこっちにきなさい!」
リディアは何かを思いつくと、エラの腕を無理矢理引っ張り、前回ブリスがやってきた部屋へと押し込みました。そしてしばらくして、像とガーネットのブレスレットを持ってきました。
「いい! 取られるんじゃないわよ!」
リディアはそう言うと乱暴にドアを閉めました。
「わ、私どうなっちゃうのかしら。王子様と結婚できてもお姉様が私を?」
エラは体を震わせました。
「この像とこのブレスレットはなんなの?」
血のように赤いガーネットのブレスレットはリディアと初めて会った時、彼女が付けていたものでした。
「リディアお母様は一体? お父様、お母様。どうか私を守って。」
エラは手を合わせ強く祈りました。
「お、う、じ、さ、ま」
城内のある場所。男の声が聞こえました。
「…………」
「無視せんといてぇや。お母さんに教わらなかったんでっか? 人を無視したらアカンって。無視はアカンよ。一番ひどいのは無関心やからな」
「なんですか? からかいに来たんですか?」
あまりにもしつこい男に王子は無視するのを諦めたようです。
「ええんですか?」
「何がです?」
「いいや。なんでもあらへん」
「そうですか。それでは僕は自室へ戻ります」
王子はそう言うと部屋へと入っていきました。
「悲しいかなぁ。運命ってのは残酷や。でもそれに抗うのがカッコええんやなぁ。あ、ワイ今、サムい事言うた?」
王子を見送ると男はそう呟き姿を消しました。
――そして夜。12時を知らせる鐘の音が響き渡ります。
「おやおや。」
部屋に響く男の声。
「ブリス――」
「本当に甘く見られてますね。また君一人とは」
「一人じゃないわ!」
「!!!」
突然声がするとたくさんの兵士達が部屋に入ってきました。
「私達には城のバックアップがあるのよ」
継母と姉達、大臣が続いて部屋に入ってきます。
「ブリス! ようやく追い詰めたぞ!」
大臣が声をあげました。すると兵士が一斉にブリスへ銃口を向けます。
「これくらいでひるむとでも?」
しかしブリスは全く動じていないようです。
「この状況じゃ負け惜しみにしか聞こえないわ」
リディアは勝ち誇ったように言いました。
「待って!」
エラは兵士の前に立ちはだかります。
「見逃してあげて!」
「何を馬鹿な事を!」
リディアが吐き捨てるように言います。
「この前見逃してくれたから――だから」
「甘いわね」
「でもっ!」
「これじゃあブリスを狙えません」
「民間人を巻き込むわけには」
兵士達が困惑し始めたその時!
「あうっ!?」
銃声が響くとエラは右肩を抑えうずくまりました。
「これで狙えるわね」
リディアは銃を構えたまま、冷たく言い放ちます。
「ご、ご婦人!? いくらなんでも」
「これぐらいじゃ死にはしなわ」
慌てる大臣に顔色一つ変えずリディアは言いました。
「リディア。お前はなんて――」
「怪我人を絶対に出さないブリスさん。どうやらブリスを狙うよりシンデレラを狙ったほうが言いみたいね」
リディアは銃口をうずくまるエラへと変えます。
「わ、わかりました! わかりましたから……」
「ふふふ。あなたの美学が仇になったようね」
ブリスの言葉にリディアは勝ち誇ったように言いました。
「と、捕らえろ!」
次の瞬間、兵士達がブリスへと向かいます。
「だ、だめ」
エラの必死の抵抗も空しくブリスは捕まってしまいました。
「さぁっ。そのマスクの中身、見せてもらいますよ!」
「くぅっ!」
大臣はブリスのマスクを乱暴にはがし――。
「そ、そんな!?」
驚愕の声をあげました。
「え!?」
リディアもブリスの正体に驚きを隠せませんでした。
「お、王子!一体どういうことですか?!」
怪盗ブリス。その正体はレグ王子だったのです。
「どうもこうも。僕が怪盗ブリスですよ」
王子は恐ろしいほど冷静に答えました。
「ははっ。なるほど」
リディアが突然声をあげました。
「シンデレラを妻にするのはこの宝を手にする為ね」
「そっかぁ。そうよねぇ。そうじゃないとこんな娘、妻にするわけないものね」
スペルビアは嬉しそうに言いました。
「それはあなたも同じでしょう?」
王子はリディアを睨みつけます。
「民衆から国を追われ、二人の娘と共に逃げた傍若無人な貴族婦人。夫を囮にして右手の真実を持ち去った。僕の国にも情報は入ってきてますよ?」
「ふふふ」
リディアは不敵に笑います。
「あなたは知った。奇跡の像のありかを。僕の持つ左手の成功を。そしてアンティ夫婦に手をかけた。」
「え? リ、リディアお母様が!?」
王子の言葉にエラは驚きを隠せませんでした。
「ふふふ。あの女華奢だったからね。ちょっと突き飛ばしただけであのザマよ。それに夫も馬鹿な男だったわ。悲しんでるのをちょっと慰めてやっただけなのに。でもそのおかげで簡単に像を手に入れられた。後はよく働く娘のおかげで楽な暮らしができましたわ」
「ご、ご婦人! まさか!?」
「ほほっ。冗談ですわよ。王子の妄想に付き合っただけですわ。そもそも証拠は何処に?」
リディアはすぐにそう言いましたが、エラはもちろん大臣、兵士達も動揺を隠しきれません。
「それにあなたが言える立場? 同じ事をしようとしてるじゃない」
「ははっ。そうですね」
「お、王子?」
エラは王子を見つめます。
継母が両親を殺した。そして王子は宝のために自分を利用した……。
痛む肩の事も忘れエラはただただ呆然とすることしかできませんでした。
「しかし! 彼女を愛する気持ちに嘘偽りはない!」
ところが王子ははっきりと、そう言い放ちました。
「ふんっ! くだらない! でももうおしまい。全てそろった! 奇跡の像に右手の真実、左手の成功。これで世界の全てが私のものに!」
「王子と言えども盗みは犯罪。お縄についてもらいますよ!」
「本当に捕らえられるとでも?」
「な、何!?」
王子が不気味に笑うと――
「な、なんだっ!?」
「ゲホゲホっ!」
「何が起きたの!?」
突然部屋が真っ白な煙に覆われました。
「遅いですよ全く!」
「すんまへん! この家いろんな物がありすぎて。でもこの部屋にあるのがホンモノや!」
「そうですかっ!」
王子はそう言うとパニックになっている兵士達を振りほどきます。
「本当にすまないこんな事になってしまって。でも本当に君の事を愛していた。信じてくれなんておこがましいですが……さようなら。」
「えっ?」
エラの耳元で王子がそう呟きました。
「煙を何とかしろ!」
「何処に行った!?」
騒然とする室内。
しばらくして煙が晴れると――像とブレスレットは王子と共に姿を消していました。
「やられたわっ!」
「王子を探せ!」
「あんまり事を大きくするなよ!」
「お、王子様?」
怒号が飛び交う中、エラはゆっくりと窓辺に立ちました。
「お嬢さん! 何を!?」
一人の兵士がエラに気が付きました。
「私も連れて行って! 通りすがりの魔法使いさん!!!」
「あっ!」
エラは躊躇することなく窓から飛び降りました。
「……んっ?」
エラはゆっくりと目を開けました。
「気が付きましたか?」
「お、王子っ!?」
王子の腕の中にいたエラは慌てて離れます。
「アホっ! ワイがどうにかせんかったら大変な事になっていたかもしれへんのに!」
近くにいた魔法使いが怒鳴りました。
「ご、ごめんなさい。あれ? 肩の傷が」
リディアに撃たれたはずの肩にはなんの痛みも傷跡も残っていませんでした。
「ワイあんさんのこと気に入っとったしな。出血大サービスや。あ、止血第サービスやな。ぎゃはははっ!」
魔法使いは自分で言った言葉がツボに入ったのか一人で笑いだしました。
「でもなんで王子と魔法使いさんが? 王子はどうして怪盗なんかを?」
「知っていますか? 貴族達の振る舞いを。人々を騙し宝などを奪っている事を」
「それはなんとなく噂では」
「国にいろんな人々が助けを請いにやってきました。しかし王は騙されるほうが悪いと全く取り合いません。でも僕はそんなの見捨てて置けなかった。だから怪盗をやっていたんです。皆の宝を取り戻すためにね」
「で、その力を見込んでワイが王子様に頼んだんや。神の奇跡の宝像を取り戻して欲しいって」
「神の奇跡の宝像?」
「この男のせいでバラバラに散った神の像です」
王子は魔法使いを白い目で見つめていました。
「正直に話しまひょ。ワイ、神様と通じあえんねん。で、人々の言葉を神に伝える。あ、ホンマやねんで。当時はもっと神様は近いところにおったんや」
魔法使いは早口でまくし立てます。
「ある日、人々を災害が襲ったんや。日照で作物は全滅。かと思えば大洪水に見舞われたり。ワイは人々の代わりに祈った。すると神の言葉と共にこの像が天から届いたんや。この像は願いを叶える奇跡の像。これで人々を導くようにと」
「これは本当に神様の作った像だったんですね」
「そう。ワイはこれで人々を助けた。でも、欲が出たんや。ワイにも神様のような力が欲しい。神様になりたいとな。普通の人間なんかとはワイは違う。そう思ったんや。願いは叶った。でも神の怒りに触れてしもた」
魔法使いはトーンを下げました。
「神々はワイの力を弱めると像をバラバラにしたんや。ガーネットとオニキスのブレスレット。そして女神像の3つに。そしてワイに命じたんや。世界に散った像を元に戻すようにと。そうすれば力を戻してやろうと。でもワイ自身、像に触れることすら叶わない。人間と協力して像を戻せと」
「そんなことが?」
「ま、そう言っても生活にぜんぜん不便せんかったし。像を探すのもめんどくさくての。しばらくのんびりしとったんや」
「…………」
エラは思わず言葉を失いました。
「でもだんだん魔法の力が弱くなってきたんや。こりゃいかんと有能な人間を探した。でも何でも叶う奇跡の像。本当に信用できる人間を探すのはホンマ大変やった。そして出合ったんや。王子様と。しかも王子様はすでに左手の成功を持っていたんや」
「僕はその像に興味があったんでね。願いが叶う奇跡の像。噂には聞いていました。彼のおかげで世界の何処にでも短時間で行けた。世界中の人間を救える。その片手間に像を探していたんです」
「案外、近いとこにあったんやな。像が元に戻りたがっていたんかもなぁ」
「本当に願いが叶うんですか?」
「どうやろ。もう像自体にそんな力残ってへんと思うで」
「いや、噂は本当だったかもしれないですよ」
王子はエラを見つめながら言いました。
「???」
「うわ。王子様それめっちゃサムいで」
「と、ともかく! 像を元の姿に戻しましょう」
王子はそう言うと、女神像の右手にガーネットのブレスレットを。左手に自分が付けていたオニキスのブレスレットを乗せました。
すると――
「うわっ!?」
像が輝きすごい速さで天へと昇っていきました。そして、像が消えた天からまばゆい光が射し魔法使いを包みこみました。
「ぐううううっ!? おおっ! 力が! 力が戻ってきとる!」
魔法使いは嬉しそうに叫びます。
そして光が消え、あたりは元の暗さを取り戻します。
「よかったですね。さて。これでお前とはお別れです」
「せやねぇ」
「君はどうするんですか?」
王子はエラに尋ねます。
「私は、王子様と一緒にいたいです」
「ですが……」
「王子様の言葉に嘘はなかった。それを信じたいんです」
「でももう王子じゃありません。それに僕はお尋ね者」
「それでも、もう大好きな人と離れ離れになるのは嫌なんです」
「そうですか。そうだ。君の名は? あの時聞くことが叶わなかった君の名を」
「エラと申します」
「いい名ですね。ではエラ、早速行きましょう。さっきの光で人が来るかもしれません」
「せや。ワイからのお祝いや! 『エ・エカ・ゲンニ・セィ~!』」
魔法使いが呪文を唱えると光の中から白馬が現れました。
「それではありがたく頂いていきますよ。さ、手を」
王子は素早く馬に乗ると自分の前にエラを乗せました。
「もう二度と会うことはないでしょうね」
「せやな」
「もうそのイヤラシイ笑みを見なくていいと思うとせいせいしますよ」
「王子様ったら意地悪やなぁ」
「ありがとうございます。魔法使いさん」
「達者でな」
「はぁっ!」
王子は馬を走らせました。
「あ、やっぱ面白そうやからワイも連れてってぇな!」
魔法使いは二人の後を追いはじめました。
シンデレラ×怪盗でございました~。
王子は大変なものを(ry
ですね。
怪しい=エセ関西弁っていうイメージがなんかありまして。
方言っていいですよね。
さてさて。名前は基本的にラテン語から取ってます。
アンティ ANTIQUITATIS 古代とか(考古学)
レグ Regulus 小さな王
リディア avaritia 強欲
スペルビア superbia 傲慢
グーラ gula 暴食
です。ラテン語はローマ字読みなので大体読めますし、
読み方あやふやでも名前なので。あとは言いやすいように改良したりとか。
ま、名前の特徴出そうとしてグーラはただの食いしん坊キャラになってしまいましたが。