鳥居の記憶
一部事実と異なりますが、実体験をもとに書いてみました。
楽しんでいただければ幸いです。
明日にはきっと。
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皆さんは、思い出したくない記憶がありますか?私はあります。小さいころに怒られたことや、会話が下手なのに無理に頑張ってその場の空気を凍らせてしまったこと、お手伝いが必要だと思って手伝ったら不快に思われたことなどなど。挙げだしたらきりがないので抑えておきますが、やはり自分にとって「なんで?」と思う感情が強ければ強いほど、記憶というのは残るのかな?と感じています。そんな記憶で、私がもっとも、可笑しくて、怖くて、不気味で、不自然に感じた体験を記します。
それは私が小学3,4年生の時のことでした。私の住んでた地域では毎年夏の季節になると、町の川沿いで「ふれあい祭り」が開催されていました。本当に小規模で、地域の人が参加するだけのようなお祭りです。私も毎年参加していたのですが、親の転勤の都合で他府県に引っ越すことになり、最後に参加した年でちょっと冒険したいなって感じたんです。
開催されていた場所は山のふもとの小川だったことから、山がすぐそこ!みたいなところでした。当時はまだまだお子様ですから、夜に外出も然り、夜の山なんて親がいないとなかなか入ることがなかったのでワクワクしていたのを覚えています。
お祭りが始まり、大人はお酒を片手に難しい話を始めたころ。私と、同じ学校に通い、親の付き添いで訪れていた友人数名と鬼ごっこやかくれんぼをすることが恒例行事となっていました。遊んで休憩して遊んで休憩してを何度も繰り返していた、あの頃の体力が今では恐ろしいと感じています。
そんななか、休憩をしていた時におそらく友人A君と、ある遊びを思いつきました。
「おとーさんたちにばれないように山のぼろーよ!」
私は二つ返事でうなずきました。学校という日々の変わらない「日常」に、親の目を盗んで悪いことをするという「非日常」が訪れたのですから。
そこからはとんとん拍子で、親に気づかれないように懐中電灯をこっそり借りて、私とA君と、後に誘ったB君と一緒にいざ山探検!となりました。でもさすがに闇雲に夜の山に突撃というわけではなくて、某有名映画のト〇ロに出てくるような獣道があったことから、そこから入り、ある程度進めたら帰ってこようという感じだったと思います。
いくら小学生だから体が小さいといえど、当時の私は柔道をしていたり、他の二人も部活動をしていたことも相まって、一人づつ入って、団子状態で進むことになりました。入った時の順番が私、A君、B君という並びで、ワクワクしながらただひたすらに前に前に進みました。
道中、地面には様々な虫がいましたが、それすらも叫ぶのではなく、見つけた!というウキウキした感情で楽しめていました。今となっては無理です。そんなハプニングが起こりながらも、ただ愚直に進み続けていました。獣道ならすぐに分岐したり、少し開けたところに行けると思うのですが、あまり手入れがされていなかった山なのか、草木が生い茂り、とにかく進み続けておかしくない?と思えるくらいには。
さすがの体力お化けの私達でも、疲れが見え始めたくらいから空気が冷えるように感じました。夜とはいえ、先ほどまで汗だくになりながら遊んでいたわけですから、いくら半袖短パンの私達でも震えるくらいには寒いというのはあまりにも可笑しい。これはなにかまずいと思い、引き返そうと歩みを止めた時、ちょうど獣道の終わりが見え、懐中電灯で照らすと、ぎりぎり木々の隙間から建物があるように見受けられました。「あそこ」には行かずにここで引き返したほうが良いと、直観では分かっていたのですが、やはり小学校中学年。そこは全員好奇心に負けて踏み込んでしました。
ここから非常に記憶が曖昧となっていますが、鳥居が前方に何個か立っていたことは覚えています。赤い紅い緋色の鳥居です。柱には文字が刻まれていたようにも、記号が描かれているようにも感じました。
地面は石畳で非常に冷たく、とてもきれいに手入れされていました。一見するとただ神社に正面から入り、お参りに来た感じです。普通、鳥居の奥には神様を祭る本殿や社殿があるかと思います。私達が訪れた場所にも、奥に木造で建てられた建築物のような祠のようなものがありました。
私たちは先ほどまでとのあまりの変容に、引き返すという考えを捨て去り、あたりを探索し始めました。といっても、先ほども述べたように鳥居と木造の建築物があるだけで、それ以外は特に気になるものは無かったので、奥の建物を見てみようとなりました。親の教育の賜物で、建物への不法侵入を侵さなかったこと、感謝しています。建物に目を凝らすと、扉の隙間からなにかがあると感じたと同時に、悟りました。見えてはいけないものだ。それはおそらく、こちらを見ていました。目が合ったのでしょう。息がつまりました。頭が真っ白になり、理解するのを拒むような感覚に陥りました。そんな話があるわけがない、嘘だろと思われても仕方がありません。けれど、本当に身体の芯が冷える感覚に陥っていたのです。
鳥肌が立ち、ここから離れなくてはという感情になってから、両脇にいる2人に目を向けまいした。すると、A君は寒いのか怖いのか震えてて下を向いていました。B君も同じものを目にしたのか、固まったまま号泣し始めて。でも、泣きかたが子供特有の甲高いものでは無くて、発狂というか悲鳴に近いというか。2人の変わりように立ちすくんでいたところ、後ろから異質な音がしました。先ほどまで見ていたところからなので、おそらく「それ」が出てきたんだと思います。
私は2人を引っ張って元の獣道に戻ってがむしゃらに藻掻きました。疲労と恐怖で足がすくみつつも、2人を押し上げながら、決して捕まってはいけないという恐怖が私を動かしていました。途方もないほどに押しながら声を出して2人励まし、なんとか入口まで逃げきることができました。道中、話し声のようなものや、悲鳴の声が聞こえていたり、初めの頃は気にならなかった木の幹や枝が、足に異様に絡んだりしていた気がします。
結局、それ以外は何事もなく入り口まで戻ることができました。お祭りがやっているとこまでに走り、親を見つけて安心のあまり抱きつくと、ここはもう安全なんだと実感しました。安堵から涙が止まらなくなったのもつかの間、親から今世紀最大の説教が始まりました。
でも、私は泣いてるし怖いしで情緒が不安定なので落ち着くまでかなり時間がかかりました。私が落ち着くまでの間、母が私を見つけたことを探してくださっていた方々に伝えている間にようやく落ち着き、しっかりと話を聞くことができました。当時聞いた話によると、3時間前くらいから姿を消していたと。お祭りが始まり、ある程度遊んでから探検にいこうとなっていたので、お祭りが17時から始まり、たくさんあ恩だとしてもせいぜい1時間程度。22時前くらい見つかったわけですから、いくら歩き続けたとは言え、そんな何時間も歩けるわけがない。だから一緒に行ったA君とB君にも話を聞いてみてと言いました。そしたら母が不思議そうな顔していました。
だって、いなくなったの私だけらしいですから。曰はく、A君とB君は私がいなくなったのに気づいて探すのを手伝ってくれていたそうです。では、私が一緒に居た人は一体誰だったのでしょうか。
あまりの動揺に懐中電灯を地面に落とすと、母が拾い上げ、あることを口にしました。
「これ、壊れてるやつもっていってたの?」
かなり昔の記憶のため、掠れていたり、脳が誇張して解釈している節はあると思います。それでも、間違いなく私はその場所に行って「それ」を見たのは間違いないです。
その後はしっかり大人の皆さまにお叱りを受けまして。何が起こっていたんだろうという感じで、気にせずに過ごしてたのですが、中学一年生の際、社会の授業で地図帳使って地域を調べよう!というものがありました。本当にたまたまです。あの神社のこと思い出しました。地図帳は日本の細かい地域まで書いているタイプだったため、探せば案外見つかると思い、授業の時間を目いっぱい使って調べてみました。
しかし、どこにもそのような場所は無く、一度忘れたはずの記憶が胸のしこりとなって、占領し続けました。さすがにモヤモヤしすぎた余り、家に帰ってパソコンで調べることにしました。住んでいた場所の川沿いで、この辺から森に入ったから...。といった感じで見ていたら、おおよそ10kmくらい離れていたところに見つけたのです。廃社となっているそれを。
添付されていた写真には廃れた神社が写っていました。写真の説明に、昔、神社の一帯には村落があり、村の発展や幸せを願って崇められていたということ。
ただし、過去の空襲で、廃村になっていることが書かれていました。
大人が1時間で歩ける距離が大体5kmほどです。そのような場所に子供がどうやって辿り着いたのか。それに私が見たのは廃れてるとは程遠い神社でした。それこそ、今もその村があり、手入れがされていたらこんな感じだろうなって思うほどには荘厳としてました。分からないことばかりだし、これ以上は踏み込んではいけない気がして、その時はすぐに寝て調べないようにしました。それ以来、その神社の名前も場所も意識的に調べてないようにし、記憶に封をしました。
ここからは後日談です。
神社に訪れて以降、熱が出た時や体調が悪い時に見る夢が変わりました。そういう夢は、思い出せないけど起きた時になんか怖いなって感じることが多いかと思います。でも、はっきり覚えているのです。自分の家に「それ」が来て、それから逃げるように窓を開け、頭から落ちる。
何度も同じ夢が繰り返されていくと、落ちている最中にまたこの夢か。と気づきました。そこから、夢で痛いことをしたら目覚めるのでは?と思い、逃げるから落ちるのではなく、目覚めたいから落ちるに代わり、それが定着して続いているような感じです。でも、それから大人になり、風邪をひいたりすることが減り、怖い夢が見ることなくなっていたので、ラッキーと軽く思っていました。
ところが最近、風邪もひいてないし、体調もいいはずなのに同じ夢をまた見てしまって。例の如く、流れ作業で頭から落ちて、衝撃で目覚めるの待ってたら、夢が覚めないんです。え?っと思い動揺していたら、自分の住んでる家から、部屋に入ってきた「それ」が階段から降りてきていました。
そして完全に姿が見えたとき、それはこちらに笑みを向けていました。
「みつけた」
これが大体二、三ヶ月前のことです。
もしかしたら近日中にお迎えがあるのかもしれません。
御閲読ありがとうございました。
またお会いしましょう。




