召喚聖女鷹峰凛香の事情 2
次の日目覚めても私はまだこの世界にいて、ああ夢じゃないんだと思い知る。
そうして数日部屋に引きこもったまんま私は泣き暮らした。
泣き暮らしてようやく現実と気持ちの折り合いをつけた頃、私はやっと王子様と会ってみようかという気になった。
だけど会うには準備が必要だ、この世界とか国の事はアナベルにいろいろ教えてもらったけれどもう少し情報収集してからにしよう。
この国の事、他の国の事、魔術の事、アナベルは博識だった。
王宮の仕事は給料も高く花形なので激戦だそうだ。王宮メイドの試験に受かるためアナベルは猛勉強したって言っていた。
「アナベルの趣味は何?」
「趣味ですか?」
「うん、好きな事」
「……王宮メイドになるため勉強漬けでなってからは仕事や王宮のしきたり、礼儀作法を覚えるのに必死でしたから……そうですね、刺繍をすることは好きですわ」
無理無理、ぜーったい無理。私には王宮メイドとかなれそうもない。好きなアイドルの歌を聴いたり......
「あーーーー!!」
「リンカ様、どうなさったのですか?」
私は重要な事を思い出した。今月の末、あ、あっち時間で今月の末ラ・ネージュのライブがあったんだ。今までずーっとはずれ続けていたライブチケットがようやく当たったんだよ! あっくんを間近で見られるんだよ! ずっと楽しみにしてたのに……
「私ここに来てから何日経ったっけ? ラ・ネージュの#%$&%までに帰れるかなあ」
「?? 今何と仰いましたか? 申し訳ありません、よく聞き取れませんでした」
「だから、ラ・ネージュの#%$&%。あ、ラ・ネージュっていうのは私が好きな&$$#%&なんだけど」
アナベルは困った顔をして再度「申し訳ありません、聞き取れませんでした」と繰り返した。
ああ、そういう事か。人の話を聞かない女神様が最後に言っていた言葉『この世界に無い概念の言葉は変換されぬから気をつけるのだぞ』を私は思い出した。
私のお世話は最初アナベルにお願いしようと思っていたけれど、アナベルがあの圧の強い侍女たちに睨まれるので仕方なく侍女さんたちにもお願いしている。
絶対ドレスは着たくないと言ったので彼女たちはコルセット無しで着れる部屋着の様なものを用意してくれた。それでも裾は足首まであってフリルとかついてて動きにくいんだけど。
アナベルもだけど、侍女さんたちもこの国の厄災については何も知らないみたいだ。彼女たちは私がイシュリエ神の使いとかなんかありがたい存在だと説明を受けているみたい。
だから私も厄災については一切話をしていない。多分言っても信じてもらえないと思う。
そして数日後、私はようやく王子様と会うことを告げた。
実際に会うまでまたひと悶着あったんだけどね。
着て行くドレスの事でまた侍女さんたちと言い争いになった。そうして私は制服、ここに来た時に来ていた高校の制服を返して欲しいとお願いした。
侍女さんたちは「そんなに足が出る服なんてとんでもない」とか「格式が」とかいろいろ言っていたけれど知るもんか。元の世界じゃ制服は冠婚葬祭どんなときにも着ていける万能服だ。
粘る事二時間、約束の時間に間に合わないと焦った侍女さんたちは根負けして制服を返してくれた。
ありがたいことに制服やコート、スニーカーまでちゃんと洗濯されて皺ひとつない状態で保管されていた。
十日ぶりに制服に袖を通す。白いソックスにスニーカー、紺のコートを羽織ると元の生活に戻れるような気がして泣けてくる。
だけど私はグッと歯を食いしばる。泣いている場合じゃない。この世界で私は一人きり、私は私の未来を自分でつかみ取らなきゃならない。
背筋を伸ばして扉を開けた。案内の上品そうな男の人の後ろをできるだけ胸を張って歩く。
扉を開けた時に挨拶した案内の男の人やすれ違う人々、全ての人がギョッとしたように私を見る。そうしてほとんどの男の人は直ぐに目を逸らして後ろを向いた。
案内されたのはサロンとかいう雅やかな部屋で、扉の装飾は凝っているし、中に入ると足元はふかふかの絨毯、柱や天井にもいっぱい彫刻があって、そして何より広かった。
私の今いる部屋も物凄く豪華で広いんだけど、ここは正面に大きな掃き出し窓があって、まだ寒い季節だから窓は閉められて暖炉に火が灯っているけれど、夏なんか風通しが良さそうだった。そう言えばこの世界の気候ってどうなっているんだろう。今の季節は日本の冬ぐらいの寒さだけれど。
王子様が部屋の真ん中にある豪華なソファーから立ち上がってこっちに歩いて来たと思ったらピシッと固まった。
「せ、聖女様、お、お会いできて嬉しく思う。私はこの国の王太子ジークベルト・スヴァン・ハイムゼートだ。さ、さあ、こちらへ」
そんな首だけ横を向いて不自然な体制で挨拶して首が攣らないかな。王子様の動きがギクシャクし過ぎてこのままじゃまともに話を出来無そうだったから、私はソファーに座ったらひざ掛けを貰って足に掛けた。
「聖女様、先日はまことに申し訳なかった、改めて謝罪する」
ソファーに座って侍従にお茶やお菓子を出してもらった後に、王子様は彼らを壁際まで下がらせて口を開いた。ひざ掛けを掛けたので彼はやっと真正面から私を見ている。
「転んで頭を打ったことならもういいです。それより今のは何ですか?」
壁際に使用人たちを下がらせた後に王子様は呪文のような言葉を口にした。そしたら〝フォン〟って音が聞こえたんだ。
「ああ、防音の魔術だよ、半径三メートル以内の音は外に漏れない。今から話す事は彼らに聞かせるわけにはいかないからね」
ほうほう、これが魔術というものか! アナベルに聞いてこの世界に魔術があるという事は知っていた。見たことは無かったけど。アナベルが言うには魔術というのは魔力が潤沢な一部の人しか使えないらしい。
「聖女様、この世界に来てくださり感謝する。聖女様もご存じだと思うが、この国は今、危機に瀕している。聖女様のお力でどうかこの国をお救い願いたい」
王子様は真摯に話すけれど私は気軽に「いいよー」なんて言えない。
「もしそれが出来たら私を元の世界に帰してくれるんですか?」
私の質問に王子様は微かに目を逸らした。
「それは私の一存ではなんとも......」
「じゃあ、偉い人全部集めてください。その人たちとの交渉でこれからの事、決めます」
そう、何人いるかわかんないけど偉い人全部集めて交渉して決まったことなら後で「やっぱり無しで」みたいなことにはならないと思う。目の前の王子様一人が約束してくれたって信用できないもんね。そしてそういう要求が通るのは今だから。まだこの国の危機は続いていて、私の力を何としてでも欲しい今だから。っていっても私の力なんて何にもないんだけど。あの話を聞かない女神様に教えてもらった呪文を覚えているだけ。
「わかった、少し時間を貰えるか?」
私が頷くと、王子様は続けて言いにくそうに口を開いた。
「それから……そのう……次はドレスを着てくれるとありがたいのだが……」
「これは私の世界の正装です」
「いや、決して聖女様の世界を愚弄する訳ではない。そうではないが……目のやり場に困るというか……」
真っ赤な顔でそんなことを言うから私は譲歩案を出した。
「じゃあパンツを下さい」
「パパパパンツ!?」
「えっと、今王子様が穿いているようなズボンです。あ、そんなにゴテゴテしてなくていいんです。動きやすそうなズボンとシャツなら着てもいいです」
「……わかった、善処する」
部屋に帰って次の日の朝、早速ズボンやシャツが数着届いた。
なんか高そうな生地で刺繍とか入っていてシャツもフリフリがちょっと付いているけど、まあ許容範囲だ。あの王子様の弟の服を急遽手直ししたらしい。
そしてその日の午後、私はまた呼び出されることになった。偉い人達を集めるのは時間がかかるだろうと思っていたけれど、彼等も焦っているんだろう。
さあ、気合を入れるぞ! 私はほっぺをパチンと両手で叩いて会合の部屋に向かった。
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次話は19:00に投稿します。




