召喚聖女鷹峰凛香の事情 1
ヒロインである聖女の視点。
彼女は女子高生、召喚される直前からの話になります。
冬期定期試験が終わった日の放課後、私は友達の美羽と亜里沙と街に出かけた。
地方都市に暮らすどこにでもいる普通の高校二年生、それが私、鷹峰凛香だ。
そりゃあ自分ではなかなか可愛いんじゃない?とか思っているし、亜里沙には「凛香って結構勝気だよね」って言われるけれど、どちらも日本国民全体の中では普通の範疇内だと思う。
「うー寒い!」
「凛香、走るよ!」
地下鉄の階段を駆け上がる美羽に「待ってよ!」と声を掛けて階段を駆け上がろうとした時、ふと、誰かに呼ばれた気がした。
なんとなく私は振り返った。
上も下もない真っ白な空間———
そこに私は立っていた。
ホントは立っていたかどうかもわからない。だって地面の感触も無いから。
繰り返して言うけど私は振り返っただけ、階段を落ちた記憶も無ければ倒れた記憶も無い。
「え? 何? 夢?」
言葉を口にした瞬間、私の目の前が光った。
そりゃもう目も開けられないくらい。だけど頑張って薄目で見ていると光はだんだん収束していって人の姿になっていく。
あ、あれよ、昔の西洋の絵に描かれている女神様みたいな人の姿。ほら、海外の教会なんかに描かれているヤツよ。
やっと目が痛くないくらいの光る人の姿になったその人は私に話しかけてきた。
『我はイシュリエ、この世界の神と呼ばれる存在じゃ』
『イシュリエ? ってどこの神様だっけ? そんな神様いたっけ? お釈迦様とかキリストとか、あ、アマテラスとかっていうのも聞いたことあるけど』
『そなたの世界の神ではない。ここはそなたの世界とは別の世界、そなたは召喚されてここに来た』
『召喚? 異世界召喚? 漫画とかラノベにあるヤツ?』
もっぺん繰り返すけど、私は平凡な女子高生。異世界ものの漫画や小説を読んだりもするけれど、がっつり好きっていう訳でもない。人違いですって言ってみようか。
『この世界は今危機にさらされておる。我が昔張った結界に穴が開こうとしているのじゃ』
女神様、えーとイシュリエだっけ? その人はお構いなしに話し出した。
『それで私が呼ばれたんですか? あ、それ、人違いです。私、何の能力も無いし、いたって平凡で——』
『そなたを呼んだのは我ではない。この世界の人間じゃ。しかし異世界からこの世界に来る人間はここ、我の庭を通る故、我の知識を授けることが出来る』
おーい、聞いてくれ! だから人違いだって!
『この世界の人間がそなたを求め、そしてそなたがここにやってきた。故に我はそなたに知識を授ける。よいか、ダンジョンの最下層、青く光る壁の前でこの呪文を唱えるのじゃ。さすれば我の結界は補強され、人々は厄災を回避できる』
聞く耳を持たない女神様はそう言って私の前で呪文を唱えた。
半目でそれを眺めていたら復唱させられた。何度も。完全に覚えるまで。えー......なんなん......
『まあ覚えるのはいいけどさ、言葉って通じるの?』
ちょっとむかっ腹立ちながら女神様に聞いてみる。
『心配ない、そなたの言葉は自動的にこの世界の言葉に変化するしこの世界の人々の言葉も文字も理解できる。そなたにその能力を与えておいた』
めっちゃ便利な能力! じゃあさ、もっと他の能力もつけられるのかな?
『あのー、他にどんなことが出来るんですか? えーとなんか強力な魔法が使えるとか、どんな傷も一発で治る治癒が出来るとか、あ、空飛んだり料理の腕が爆上がりとか試験問題を見た途端全部解けるとか』
後半は元の世界に帰ったら便利だなーなんて思いながら聞いたけど、やっぱりこの女神様は人の言う事なんか聞いちゃいなかった。
『それではそろそろ行くがいい』
その言葉と共に身体がふわっと浮き上がる。
上も下もない世界だからあくまで感覚的に、なんだけどね。
ストンと落ちる感覚と共に女神様の最後の言葉が聞こえた。
『ああ、この世界に無い概念の言葉は変換されぬから気をつけるのだぞ』
そうして気づくと私はなんだかだだっ広い石造りの床の上に蹲っていた。
(めっちゃ変な夢見たなー)なんて希望的な感想は顔を上げて辺りを見回した段階で打ち砕かれていた。
何ここ、何あの人たち......
物語の中のような広くて荘厳な部屋、足元の魔方陣? みたいな奇怪な模様、私を取り巻く黒いローブを着た人々......
夢じゃないんだ……私はまだ現実を受け入れがたくて何とか藻掻こうとした。
ローブを着た一人の男の人が近づいてくる。ホントに異世界ものの漫画に出てきそうなキラキラした王子様みたいな人だ。
「聖女様、我らの求めに応じてくださり......」
彼の言葉を聞いていたらなんだか腹が立ってきた。だから彼の襟元を締め上げて私は叫んだ。
「誘拐犯の親玉はあんた!?」
「帰してよ! 今すぐ! 私を元の世界に返して!!」
目を覚まして直ぐに目に入ったのは豪奢な天蓋。
私は両手を広げて三人は楽に寝れるような豪華な天蓋付きのベッドに寝ていた。
ああやっぱり夢じゃない......どうして? どうして私なんかが異世界に召喚されたのか未だにわからない。
「聖女様、お目覚めでいらっしゃいますか?」
引かれたカーテンの外から声がかかり、私が返事をするとカーテンが開けられた。
「お初にお目にかかります。私共は聖女様のお世話をさせていただく侍女でございます」
「聖女様が快適に過ごされるよう誠心誠意お世話させていただきますわ」
「さあ、早速お召替えをいたしましょう」
なんか長ったらしい名前を名乗られたけど覚える前に私はベッドから引っ張り出された。
物理的に引っ張り出された訳じゃないけれど、三人の侍女とかいう圧の強い女の人達に笑顔で促されたのだ。
「王太子殿下が聖女様と食事をご一緒にと仰られていますの」
「さあさあ、相応しいドレスにお着換えいたしましょう」
「御心配には及びませんわ、こちらの部屋にドレスが用意してありますのよ」
「どれも王太子殿下が心を込めて用意なされた素晴らしいドレスですわ」
「少々サイズが大きかったのですが、聖女様がお休みの間に手直しさせていただきました」
私が口を挟む隙間もなく怒涛の勢いで隣の部屋に連れていかれ、着ていたネグリジェのような裾の長いひらひらした服を脱がされ——あれ、いつの間に? っていうか私の制服どこよ!
「ちょっと待ってよ!!」
コルセット——多分見たことないけどこれコルセットだ。締め上げるための紐がついているもん。
コルセットを着せかけられていた私は絶叫して彼女たちから離れた。
「私、こんな服、着ないから!!」
「まあ、こちらのドレスは聖女様のお気に召しませんか? ピンクは良くお似合いだと思うのですけど」
「それではこちらのドレスはいかがでしょう?」
彼女たちはいろいろなドレスを差し出してくるけど、そうじゃない。
「私、こんなピラピラしたドレスなんて着たくないの。コルセット? そんなの着けたらご飯なんて食べられない」
彼女たちは困ったように眉を寄せた。
「それではお部屋の外に出られませんわ」
「王太子殿下とお食事をするには相応しい装いが必要ですのよ」
「じゃあ部屋の外に出ない!」
「そういう訳にはいきませんわ」
「王太子殿下のお誘いをお断りするなんて失礼に当たりますわ」
「聖女様、どうか我儘を言わないでくださいませ」
はあ? 我儘? 上等じゃん。相応しい装い? 失礼? そんなもの知らない。大体、私を勝手に誘拐してここに連れてきたのはあんた達でしょ。私がどうして誘拐犯一味の礼儀だとかしきたりだとかを守らなくちゃいけないの? 不満があるなら私を元の世界に帰してくれたらいいんだ!
私は彼女たちを部屋の外に追い出した。
物理的に彼女たちの背中をグイグイ押して部屋の外に押し出したの。私より体格のいい彼女たちが簡単に部屋の外に押し出される訳無いから、聖女様に逆らっちゃいけないとか言われてたのかな? それとも単純にそういう扱いを受けたことが無いのかも。
ともかく彼女たちを追い出して部屋の豪華な扉をバタンと閉めると私は扉にもたれてふうっと息を吐いた。
扉に背を預けたまま、私はズルズルと座り込む。
怒りの次にやって来たのは悲しみだった。
圧倒的にここでは私は一人だ。
もう、家族にも友達にも会えないんだろうか? 美羽と亜里沙は突然消えてしまった私をどう思っているんだろう。心配するなっていう方が無理だよね。そう言えばお母さんは心配性だった。私が高校受験の時も何度も「忘れ物無い?」って聞いて、私が万全の体調で受験できるように色々と気を配ってくれた。大学生のお兄ちゃんは車の免許を取って早速ドライブに連れて行ってくれた。運転に慣れてなくて怖かったけどね。彼女をドライブに連れていく練習台だったみたい。お父さんは最近「凛香に彼氏はまだ早いからなー」が口癖になってる。大丈夫、私は今のところアイドルグループ、ラ・ネージュのあっくん押しだから。あ、もう、あっくんも見られないのかなあ......
涙がポロポロ流れて止まらない。
寂しくて不安で頭がどうにかなりそうで......
暫くギャン泣きして腫れた眼を開けたら部屋の中にいた女の子と目が合った。
彼女は困ったように微笑んでそっとハンカチを差し出してくれた。
追い出した侍女とかいう人たちより随分地味な紺のドレスを着た彼女はアナベル・デュラクと名乗った。
「アナベルさん? 私は鷹峰......はくちっ!」
落ち着いてみたら私は下着の上にコルセットを着せかけられた状態でギャン泣きしていた。この部屋には大きな暖炉があってごうごうと燃えているけれどやっぱり下着姿じゃうすら寒い。彼女に手伝ってもらって今まで着ていたネグリジェを身に着ける。だってあのピラピラしたドレスは絶対着たくなかったからこれ以外に着るものがない。
アナベルさんは私をソファーに座らせて肩からショールを掛け、あったかい紅茶を入れてくれた。
この世界に来て初めて優しくされたような気がしてまた涙がポロポロこぼれた。
アナベルさんはこの部屋付きのメイドだといった。
あ、アナベルさんと呼んだら〝さん〟は付けないでくれと懇願された。じゃあ私の事も凛香って呼んでとお願いしたけれど、彼女は頑なに〝聖女様〟と呼び、しばらくの攻防の末に〝リンカ様〟に落ち着いた。
アナベルは男爵家の三女で王宮でメイドとして働いて三年、十九歳だって。十六歳から働いているなんて凄いなあって感心したけれど、女性十六歳、男性十八歳で成人のこの国では普通の事らしい。平民はもっと幼いうちから働く人も多いんだって。
さっき追い出した圧の強いお姉さま方は王宮の侍女。侍女とかメイドとかよくわかんないけれど、高貴な女性の身の回りのお世話や相談に乗ったりするのが侍女で、部屋を整えたり食事を運んだりするのがメイドなんだって。そのほかにも貴族の目に触れない仕事、廊下の掃除や洗濯とかをする下級メイドっていうのもいて、例外はあるけど侍女は伯爵家以上の出身、アナベルみたいなメイドは貴族籍を持っている人、下級メイドは平民でもなれるって決まっているみたい。なんだかめんどくさい。
アナベルと話をしていたらノックの音が聞こえた。
「聖女様、王太子殿下がご挨拶をしたいといらしておりますの。入ってもよろしいでしょうか?」
さっき追い出した侍女さんの声だ。まだ扉の外にいたんだ、と思いながら私は「嫌!」と叫んだ。
「聖女様、お願いですから私たちを部屋の中に入れてくださいませんか」
「どうか我儘を仰らないで」
「嫌! 勝手に入ったら死んでやるから!」
私が叫ぶと扉の外が騒がしくなって、しばらくして男の人の声が聞こえた。
「聖女様、私は王太子のジークベルト・スヴァン・ハイムゼートという者だ。どうか話をさせていただけないだろうか」
心配そうにアナベルが私を見ているけど私は扉を開ける気にはなれなかった。
扉の前で仁王立ちで考える。大体今の私のこの格好で王子様とやらに会えるわけない。私の元の世界の常識だって病気とか特別な理由もなしにパジャマで初対面の男の人に会う人はいないだろう。
私は返事をするのも面倒になってきた。扉が分厚いから返事をするのも一々声を張り上げなきゃならないし疲れるんだ。
扉の外の男の人はまだごちゃごちゃ言っている。
「聖女様は私が聖女様を気絶させてしまった事をお怒りなのだろうか? その節はまことにすまなかった。しかし、私は聖女様に怪我を負わせるつもりなど毛頭なく——」
ふーん、王子様っていうのはやっぱりあの時見たキラキラした人なんだ。見るからに王子様っぽかったからそうじゃないかなあとは思ってたけど。
「聖女様、あの時の非礼は幾重にもお詫びする故どうか会ってくださらないだろうか」
怒っているのはそこじゃないんだけどな。
「私を元の世界に帰してくれますか? それなら会います」
私がやっと返事をすると扉の外が静かになった。
「……申し訳ないが、それは出来ない」
「じゃあ会いません」
その後も暫く王子様は扉の外で色々言っていたけど私はもう返事をしなかった。
一度「ジークベルト殿下、強引に押し入ってしまっては——」みたいな野太い声が聞こえてヒヤッとしたけれど「ならぬ! 聖女様のご意向を無視することは許さぬ!」と叱られていた。
「聖女様、今はまだお心が静まらぬやもしれません、しかし私は貴方様と早急にお話したい事柄がございます。お食事をこちらに運ばせますゆえ今日はごゆるりとおくつろぎください。明日また参ります」
無視して数十分経った頃、王子様はそう言って帰って行った。
その言葉を聞いてお腹がぐうと鳴る、
こんなときにもお腹が減るんだな、お父さんやお母さんはちゃんとご飯食べているかな、なんて考えたらまた泣きたくなってきた。
お読みくださりありがとうございます。
次話は15:30の投稿になります。




