王太子ジークベルト・スヴァン・ハイムゼートの事情 2
長時間話し合いがもたれた。
まず最初に決まったのはこの話は決して外部には漏らしてはいけないという事。
それは当たり前だ、国家が消滅するほどの厄災が起こるかもしれない、などという事が民衆に漏れたらパニックになる事必死である。我先に逃げ出そうという者、デマだと嘲笑う者、民衆の動揺に乗じて良からぬことを企む者など王都のみならず国中が混乱の渦に巻き込まれる。このことは噂のレベルでさえ漏れてはいけないのだ。
そのためヒンデバルト魔導士団長により、この場にいる全員に魔術誓約がなされた。
「本当にそんな酷い厄災が我が国に起こるのでしょうか?」
シェルテル公爵はまだ懐疑的だ。認めたくないのだろう。
「本当に起こるかどうかは私にもわからぬ。しかし万が一起こってからでは遅いのだ。デリングポール小侯爵の調査は十分信憑性がある、厄災が起こると想定して万全の策をとるべきであろう」
父上の言葉に他の方々も同意した。私ももちろん賛成だ。万が一魔獣の世界との結界に穴が開き魔獣が溢れ出して来たらこの身を盾に一人でも多くの民衆を救う決意は既にできている。
「聖女様の召喚は?」
「もちろんできるだけ早く行う。魔石は?」
「現在王宮にあるのは五つです」
父上の問いかけに宰相が答えた。
聖女様の召喚にはこぶし二つ分くらいの大きさの魔石が十個必要だ。それと魔力が潤沢な魔導士十人。
魔石とはダンジョンに発生する魔獣が体内に持っている石で、魔力を内包している。魔石は魔力が無いものでも魔道具を使える便利なもので、高値で取引されるダンジョン素材の一つだ。それもこぶし二つ分の物はダンジョン下層階の魔獣からしか取れないので大変貴重な物だった。
「魔導士団で二個は確保しているよ」
「ライヒシュタイン侯爵家の家宝として一つ所有しておりますぞ」
「わたくしも一つ持っておりますわ、ほら、陛下が婚姻の折にプレゼントしてくださったでしょう」
ヒンデバルト魔導士団長、ライヒシュタイン騎士団長、母上から相次いで声が上がった。
これであと一つ。
「あと一つは私が何としてでも手に入れましょう。ギルドや裕福な商会を当たれば確保できると思います」
宰相の言葉に父上は頷いた。
「金に糸目はつけるな」
「承知いたしました」
その言葉に頷いた後父上はヒンデバルト魔導士団長を振り返った。
「ヘンリック、魔導士は確保できるな、魔方陣は?」
「もちろんですよ兄上、と言いたいところですがちと心もとない。我が息子やジークベルト殿下、宰相のご子息にも協力していただければ」
魔導士団が抱える魔導士の内、最高位の魔導士は十二人、その内王都にいる者は四人、魔導士団長を含めても五人。私や側近のヴォルデマールは高位の魔導士の資格を有していたが魔導士団員ではない。叔父上、ヒンデバルト魔導士団長の息子のボニファティウスはまだ十七歳になったばかりで魔導士団に正式入団はしていない。と言ってもボニファティウスはヒンデバルト魔導士団長を上回る魔力を持っているらしく十三歳の頃から特例で魔導士団の仕事をしているらしいが。
「もちろん協力しますよ、叔父上」
私が手を差し出すとヒンデバルト魔導士団長はにんまり笑って手を握った。
「後二人は近隣にいる魔導士を呼び戻せば大丈夫でしょう。それからデリングポール小侯爵、準備が整うまで召喚の魔方陣を拝借してもよろしいか?」
「もちろんですよヒンデバルト魔導士団長、ただし魔方陣の研究には僕も混ぜてください」
「君は歴史や遺跡だけでなく魔方陣も研究しているのか?」
「歴史が大きく動くときには今は禁忌となった魔方陣が介在していることもありますからね、聖女召喚の魔方陣はとても興味深い。僕は魔方陣でも魔術薬でも興味があることは何でも調べます」
ヒンデバルト魔導士団長とライオネルもがっちり握手はしていなかった。ライオネルは話したい事だけ話すと目を瞑ってしまったので叔父上は所在なさげに手を引っ込めた。相変わらずライオネルはマイペースな男だ。
「それでは迅速に聖女召喚の準備を整えてくれ。聖女召喚の段取り、及び我が国にいらしてくださった聖女様の身辺のお世話に関してはジークベルトに一任する。聖女様が快適に過ごされるような環境を整えてくれ」
「しかと承りました」
私が頭を下げるのを満足げに見た父上は一転、厳しい目をライヒシュタイン騎士団長に向けた。
「私は万が一魔獣が地上に出てきて人々を襲った時の場合に備えて警備体制を再構築する。見たこともない魔獣の前に我らは無力かもしれぬ、しかし、一人でも多くの民を逃すための方法を考えねばらぬ。ライヒシュタイン騎士団長、宰相はこの後残ってくれ。それからヘンリックも聖女召喚の準備で忙しいだろうが協力してくれ」
父上の言葉に宰相、ライヒシュタイン騎士団長、ヒンデバルト魔導士団長は静かに頭を下げた。
あれから一か月、私はじりじりする思いでこの時を待っていた。
ライオネルの報告ではベンマルク王国が聖女様を召喚して国難を逃れるまでの時間は複数のダンジョンが発見されてから三年、チャウラン王国は四年余り、スリプト帝国は二年半だそうである。
ダンジョンが発生して何年で結界に穴が開くかはわからないが、我が国でダンジョンが発見されて既に一年半の月日が流れている。過去の事例を見る限り大丈夫だと言いたいが、明日結界に穴が開いて魔獣が溢れ出すかもしれないのだ。
私は毎日暗い顔をしていたらしい、婚約者のローザリンデにも心配をかけてしまっていた。
しかしやっと聖女召喚の準備が整った今日は晴れやかな顔をしていたようで、ローザリンデもホッとしたような笑みを浮かべた。だが、お茶を飲みながら聖女様をこの国にお迎えすることを告げると、聖女様という言葉は聞いたことが無いらしく怪訝な顔をされてしまった。
私は聖女様というのはイシュリエ神様の意を受けた聖なる乙女なのだと説明した。この国を襲うかもしれない厄災については他言しないように魔術誓約がかけられている。しかし聖女様を召喚することについては秘密裏に事を運ぶのは無理だった。聖女様が現れれば聖女様をお世話する侍女やメイドが必要になる。結界に穴が開くのを阻止するためには聖女様が五つのダンジョンの最下層まで行かなくてはならないらしい。イシュリエ神様の意を受けた聖女様なので一気にダンジョンの最下層まで到達できるような凄い能力を持っているのかもしれないが、それでも人々の目に全く触れないというのは不可能だろう。
ゆえに聖女様はイシュリエ神様の聖なる乙女だというぼんやりした説明になってしまったが、ローザリンデは感激して、私がその聖女様をお迎えしてお世話することに全力を尽くすというと協力できることがあれば申し付けてくれと言ってくれた。
やはりローザリンデは頼りになる。私とローザリンデの婚約は政略的なものだが、それでも幼い頃から二人で切磋琢磨し、支え合ってきたのだ。恋心は無くとも信頼や親愛はある、詳しい事は話せなくてもローザリンデは私の言葉を疑うことなく信じてくれるだろう、とその時の私はそう思っていた。
「やった!! 成功だ!!」
誰かが叫んだ。
白い霧が薄れるとともに魔方陣の中央で座り込んでいる一人の少女が目に飛び込んできた。
紺の外套の様なものを羽織り、漆黒の髪の毛は肩に着くぐらいの長さ、俯いているので顔立ちはまだわからない。
第一印象は申し訳ないが(意外と平凡だな)だった。
貴族の令嬢というより王都の下町の娘のようだ。聖なる乙女、という言葉からもっと......なんていうか、童話の挿絵にあるイシュリエ神様のような風貌を想像していたのだ。
目の前の少女が顔を上げた。
その黒曜石のような大きな瞳が辺りを見回す。私はハッと息を呑んでいた。
陶器のような滑らかな肌、一見幼くも見える愛らしい顔立ちの中で意志の強そうな黒曜石の瞳が私の視界一杯に広がったような気がした。
ごくりと唾をのんで私はゆっくりと聖女様に近づく。
膝をついて聖女様に話しかけた。
「聖女様、我らの求めに応じてくださりありがとうござ———ぐえっ」
聖女様は私の襟元をグッと掴んだ。
そのまま腕を引いて顔を近づけると私を睨みつけドスの効いた声で聖女様はこう仰った。
「誘拐犯の親玉はあんた!?」
?????
わからない、聖女様が何を言っているのか全く理解できない。
聖女様が私の襟元を掴んだままスックと立ち上がる。着ていた外套の前が開いて中に来ていたドレスの......いや、ドレスではない、この奇妙な服装は、そんな事より聖女様のおみ足が! すんなりとした聖女様の可憐なおみ足が膝の上まで見えている!!
私は一気にパニックに陥った。
「帰してよ! 今すぐ! 私を元の世界に返して!!」
「聖女様! うぐっ...… おみ足が! 隠さな......えぐっ......ければなりません! 今すぐ! っとと......あっ!」
後で聞いた話だと、私は聖女様の足を隠そうとローブを脱いで聖女様の足に巻き付けようとしたらしい、聖女様に首元を絞められ、ぶんぶんと頭をゆすられたまま。
そして聖女様は立ってみると私より頭一つ分小さかった。無理な体制でローブを脱ごうとした私は聖女様ともつれ合って転び二人とも頭を打って気絶した......らしい。…………一世一代の不覚だった。
お読みくださりありがとうございます。
次話はようやくヒロイン、召喚聖女視点のお話です。
次話は明日の9:30に投稿します。




