侯爵令嬢ローザリンデ・ヴェッセリーの事情 5
久々のローザリンデ視点。
第一話冒頭のシーンの続きです。
夜会の会場には沢山の紳士淑女が集っておられました。
彼らは互いに挨拶を交わし和やかに談笑していらっしゃいます。
一部の方々の話題はわたくしとジークベルト殿下の事でしょう。婚約が取りやめになったこと、その噂は既に広まりつつあるようです。この夜会でわたくしがジークベルト殿下のエスコートを受けていないことも噂に拍車をかけているようでございます。
けれどそれはあくまで噂、国王陛下のお口から正式に発表される前にわたくしが聖女様の正体を暴いてしまえばよいのです。
ジークベルト殿下と聖女様の婚約が万が一発表されてしまえば、愚劣な者を王太子妃に選んだ王家やジークベルト殿下の信用は地に落ちてしまいます。そうなる前にわたくしは聖女様を断罪いたします。
「私たちはあいさつ回りをしてくるが……」
「ええ、大丈夫ですわお父様、わたくしは隅で大人しくしております」
「そうか、くれぐれも大人しく、目立たないようにしているのだぞ。お前には辛いことかもしれん、しかし新しい縁談が決まればきっとこれで良かったと思える日も来るだろう」
「ええ、そうですわね、それでは行ってらっしゃいませ」
わたくしは心配そうなお父様、あいさつ回りをお父様に任せてわたくしに付いているというお母様を説得して送り出しました。
今はまだ大人しくしておりますわ。国王陛下もジークベルト殿下も入場しておりませんもの。
国王陛下が入場し、発表が行われる前にわたくしはそのお言葉を遮り聖女様の断罪をするつもりでおります。
ええ、不敬は重々承知しております。
それでもわたくしはあえてそうするつもりですの。
大丈夫ですわ、聖女様がそのような礼儀知らずで傍若無人な女性だと知れば国王陛下はきっと考え直してくださいます。ジークベルト殿下と聖女様の婚約を発表する前で良かったと感謝してくださる筈です。
ジークベルト殿下も今は聖女様に囚われていても時が経てばわかってくださるでしょう。
わたくしには沢山の味方が居ります。
今はお互いにそ知らぬふりをして会場でそれぞれ別の方と談笑しておりますが、わたくしが声を上げれば後押しして下さる方が沢山いるのです。
その方々と時折目配せを交わしわたくしは会場の隅に控えておりました。
ファンファーレが鳴り王族の登場が告げられました。
王妃様をエスコートなさった国王陛下に続き純白のドレスに身を包んだ聖女様をエスコートしてジークベルト殿下が姿を現します。
その姿に会場がどよめきました。
さすがに聖女様は今日は殿方のような服装でなく雅やかなドレスを纏っていらっしゃいます。
純白のドレスは精緻な刺繍と幾重にも重なるフリルで彩られ聖女様は花の妖精のように可憐です。
その聖女様をジークベルト殿下がエスコートし、周りをボニファティウス様、ヴォルデマール様、ライオネル様が取り囲んでおりました。
会場のどよめきは可憐な聖女様を讃えるどよめきばかりではありません。多くの令嬢や夫人は眉を顰めておりました。
その視線に気づかないのか聖女様と彼女を取り囲む四人の男性はゆっくりと壇上を歩き国王陛下の傍で歩みを止めました。
「我が親愛なる忠臣たちよ、今宵は今年の社交シーズンの幕開け、今年も無事にこの時を迎えられた事、喜ばしい限りである。今宵は皆に重大な発表がある。驚く者も多いであろうがしかと聞いてもらいたい」
「国王陛下、申し上げたき事がございます! お言葉を遮る不敬はどうかご容赦くださいませ!」
国王陛下の朗々たるお声が会場中に響いた時、わたくしは段下から声を張り上げました。
今この時しかありません、わたくしは決死の覚悟で声を張り上げたのです。
「おお! ヴェッセリー侯爵令嬢ではないか! そんなところにいたのか、さあ、壇上に上がってきなさい。私は君にも感謝を述べねばならぬ」
「——え?」
国王陛下のお言葉は意外過ぎるものでした。わたくしは面食らってしまい、聖女様を断罪する筈の言葉が止まってしまいました。
促されて壇上に上がるわたくしを国王陛下、王妃様がニコニコと出迎えてくださいます。
さすがにジークベルト殿下は苦虫を噛み潰したようなお顔でわたくしを見ていらっしゃいますし、他のお三方も鋭い目でわたくしを睨んで、いえ、ライオネル様だけは興味なさそうに今欠伸をかみ殺しましたわ。聖女様の表情はわたくしには読めません。なぜか足元を何度も気にしていらっしゃいます。
「このローザリンデ・ヴェッセリー嬢は長い間ジークベルトを支えてくれた。そして此度もジークベルト不在の穴を埋めるべく王妃に協力してくれた。というのも我が国は未曽有の危機にさらされていたからなのだ」
国王陛下のお話が始まってしまいました。もうわたくしにはそれを止める術はありません。わたくしは断罪の機会を逃してしまったのです。
悔しさに密かに唇を噛んだのは一瞬でした。
魔獣? 王国の滅亡? いったい何の話ですの? 聖女様があの魔獣が跋扈するダンジョンに? ジークベルト殿下も? まあなんて恐ろしい!
国王陛下の話術は巧みでしたわ。
会場中の皆が陛下の話を一言も漏らさないように熱心に聞き入り、時にハラハラし、時に胸のすくような感動を覚え、最後のダンジョンで結界の補強に成功した時には歓声が上がりました。
会場の空気は一変しておりました。
皆が崇拝するような瞳で聖女様やジークベルト殿下、他のお三方を眺めておられます。
「皆の者、長い間この厄災の事を秘密にして申し訳なかった。しかし民衆に不安を与えない為には致し方ない事だったのだ。我が王国の滅亡は聖女殿を始め、王国の為に命を顧みぬ働きをした者たちにより完全に回避することが出来た。我が王国は安泰である!」
いつの間にか壇上にヒンデバルト魔導士団長とライヒシュタイン騎士団長が立っておられて国王陛下のお言葉に頭を下げられました。
「さあ、それでは聖女殿と共にダンジョンで勇敢に戦いこの国に平和をもたらした英雄たちを紹介しよう」
陛下がサッと右手を上げられますと壇上にピシッと騎士の礼服に身を包んだ十数名の騎士様と黒いローブに身を包んだ魔導士の方々が現れました。先頭は赤髪の騎士、テオドール・ツァイス子爵でいらっしゃいますわ。
彼らは会場中の方々から割れんばかりの拍手で出迎えられました。
「彼らには報奨金と特別休暇、そして勲章を授ける」
国王陛下はそこで痛ましい表情をいたしました。
「しかし残念ながらダンジョンで命を落としてしまった者がいる。エドワード・アッカーソン、彼の遺族に報奨金を授けるとともに、彼には名誉子爵の称号を授ける」
名誉〇爵とは領地を持たない名前だけの爵位で、国に対し大きな功績を残し,亡くなった方に贈られます。実際には実体のない爵位ですがその名の通りとてもとても名誉な事なのですわ。
国王陛下のお話はまだ続いています。
わたくしはすっかり毒気を抜かれてしまいました。
意外過ぎることばかりでわたくしの完敗です。一週間前にお父様が項垂れて帰っていらしたお気持ちがよくわかりました。
「また、自らも大怪我を負いながら、最後までこの部隊の隊長を務め見事任務を果たしたテオドール・ツァイスに伯爵位を授ける」
割れんばかりの拍手が再び起こり、赤髪の騎士様は騎士の最上礼をなさいました。
「ただ一つ、残念なことがある。王太子ジークベルト、ここへ」
ああ、ついに来てしまいました。もうどうしようもありません、わたくしは素直にジークベルト殿下と聖女様のことをお祝いいたそうと思います。お二人は数多の危機を共に乗り越えることで絆を深められたのですね。救国の英雄であるお二人はとてもお似合いでいらっしゃいますわ。
「ジークベルトは今回の戦いを通じ、己の未熟さを痛感したと申しておる。この国を率いていく者としてまだまだ研鑽を積むために婚姻などしている場合ではないと。しかし、婚約者であるローザリンデ嬢を何年も待たせる訳にはいかぬ。ローザリンデ嬢は才媛で気品に満ちた立派な淑女、そして先ほども申した通り、ジークベルトがダンジョンで戦っている間その代わりに政務を補佐してくれた献身的な女性である。そのような素晴らしい淑女の花の盛りをジークベルトの我儘で無駄に過ごさせるわけにはいかぬ。よってここに二人の婚約は白紙撤回することとなった。ローザリンデ嬢、長い間よくジークベルトを支えてくれた、感謝する」
国王陛下に手を握られ、王妃様にはその後抱きしめられ、わたくしは複雑な心境です。感謝されながらも婚約は白紙撤回、きっとジークベルト殿下の隣りはこれから聖女様が......
え? いえ、国王陛下はジークベルト殿下は当分婚姻するつもりがないと仰いませんでしたか?
「それから、イシュリエ神様の御使いとして結界を補強し、見事我が国の厄災を退けてくださった聖女殿であるが」
国王陛下は聖女様を手招きいたしました。
聖女様は何かブツブツと小声で唱えながらゆっくりと陛下の方へ歩み寄られます。
「聖女殿には我が国の外交特使の任を授ける。通常の外交特使でなく、王族と同等の権限を与える。聖女殿には一か月後、ベンマルク王国に旅立ってもらうこととなった。随行の人選はこれからだが、専属護衛は決定している。テオドール・ツァイス伯爵、前へ」
「はっ」
「聖女殿の専属護衛を務めよ、期間は一生涯とする」
「はっ、この身に変えて聖女様の御身とお心をお守りします」
どういう事ですの!? わたくしは今度こそポカンと間抜けなお顔をしてしまいました。
どうして聖女様と赤髪の騎士様はそんなにとろけるようなお顔で見つめ合っているのでしょうか。
わたくしの心の混乱が収まらぬままにいつの間にか時間は流れ今夜の夜会は終わりの時を迎えたのでした。
お読みくださりありがとうございます。
次話、最終話は明日の10:10に投稿します。
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リンカとジークたちの壇上での小声の会話。
リンカ「あーもう! ヤダヤダ! ドレスなんて着たくない!」
ボニー「もういい加減諦めなよ。往生際が悪いなあ」
リンカ「だって! 重いしかさばるし、コルセットは苦しいし、それにヒールのある靴なんて履き慣れてないんだよ、ぜーったい転ぶって! ねえ、いつものズボンじゃ——」
ヴォル「駄目ですよ、決まっているでしょう。夜会にドレスじゃないなんて考えられませんよ」
ジーク「大丈夫、よく似合ってるよリンカ」
リンカ「うー……ジーク、絶対に手を離さないでね、コケるから、絶対コケるから」
ボニー「ぷっ!」
ライ「ふああ……眠い」
ちなみに国王陛下に呼ばれてリンカが歩いていた時は
「大丈夫、ゆっくり、裾に気を付ける、大丈夫、コケない、もう絶対にドレス着ない......」と呟いていました。




