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召喚聖女は我儘らしい?  作者: 一理。


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16/18

王太子ジークベルト・スヴァン・ハイムゼートの事情 6

時は少し遡り、王宮に帰還したところからになります。


 ついに私たちはやり切った。

 結界の補強に成功してこの国が厄災に見舞われることは無くなった。


 ヴォルやボニーと握手を交わし、私は誇らしい気持ちで王宮に帰還した。私の気持ちの大半を占めていたのは安堵の気持ち、誇らしい気持ち。けれどその中に一抹の寂しさもあった。

 辛く苦しい戦いだった。もう駄目かもしれないと絶望したことも、自分の至らなさに悔しい思いをしたこともある。けれど私はこの戦いの最中でゆるぎない信頼に出会えた。ボニー、ヴォルと呼び合って今までの生活ではありえないほど皆との距離が近くなった。身分を超えた仲間が出来た。

 それは王になる者として周りにかしずかれ育ってきた私にとって未知のそして心躍る体験だった。


 ヴォル、ボニー、ライとの付き合いはこれからも続くだろう。私的な場所ではお互いそう呼び合って忌憚のない話が出来るかもしれない。しかし堅苦しい振る舞いが強要される場面も多くなるだろう。

 騎士や魔導士たちとはほとんど言葉を交わすことも無くなる。今までのように気軽に肩を叩きあう事など出来ない。

 そしてリンカ、彼女との関係も変わってゆくのだろう。

 リンカは王宮の堅苦しさを嫌っている。貴族社会には溶け込めない。

 三つ目のダンジョンに向かう時だったか、リンカが言っていた。

 今回の任務は極秘で行われている、だから全ての結界を補強することが出来たらどこか田舎でひっそり暮らしたいと。「貰えるものは貰うけどね、お金は大事だからさ」と笑っていた。


 王太子の責務から解き放たれた自由な時間が終わりを告げた。

 ——そして私の秘めた淡い恋も。




 王宮に戻り父上に報告をして二日後、私は再び父上に呼び出された。


「ジークベルト、再来週に今シーズンの社交界の幕開けとなる夜会が開かれることは承知しておるな」

「はい、承知しております」


 もちろん、毎年の事だ。ああ、そう言えば今年はローザリンデにドレスを贈るのを忘れてしまった。後でお詫びの手紙を書かなければ。

 やっと日常を取り戻しかけた私はそんなことを考えていたが、父上の次の言葉に驚いて立ち上がりかけた。


「夜会で今回の厄災の事、聖女殿やおぬしたちの働きについても全て発表するつもりだ」

「父上! それは……」


 それは私も考えた事がある。そうだ、あれはエディが死んでしまった時だった。けれど——


「もちろん厄災の事を話す事は何も知らなかった臣下に動揺を産むだろう。しかしその厄災は既に回避されたのだ。そうであれば大きな混乱は起こらぬ」

「私もそうだとは思いますが、どうして急に?」

「貴族たちの間でおぬしたちの評判が落ちておる。おぬしたちが聖女殿に現を抜かし政務をおろそかにしていると」


 私もその噂は以前チラッと聞いていたが逆に私たちが本当にしていることを勘繰られなくてちょうどいい、ぐらいにしか思っていなかった。


「そんなに評判が落ちているのですか?」

「お前たちだけでない。聖女殿の評判が最も悪い。聖女殿を排除しようという動きも出ている」

「排除、とは?」

「聖女殿は無能で男を侍らすことしか興味がない。たとえ異世界から来たとしても何も役に立たず貴族社会にとって有害な者をこれ以上のさばらせて良いのか、即刻この国から追い出し——おい、怒るでない。私が言った事ではない」

「父上! そのような暴言を許しておくのですか? 一刻も早く捕らえるべきです」

「裏で糸を引いているのがローザリンデでもか?」

「!!」


 ショックのあまり直ぐには信じられなかった。ローザリンデには正直少し失望した部分もある。しかし彼女は私を信頼し協力すると言ってくれていたのではないか。


「彼女は貴族たちを、主には令嬢令息や夫人たちだが、それらの者たちの不満をうまく煽り味方に付け、近々事を起こそうとしている。だからその前に今度の夜会で聖女殿やおぬしたちが何をしていたのか、どんなにこの王国の為に尽力したのかを発表することにしたのだ」

「ローザリンデがそんなことを......私には信じられません」

「あなたもいけないところがあったのですよ」


 今まで黙って話を聞いていた母上が初めて私に話しかけた。


「母上?」

「あなたの政務やその他もろもろはわたくしと陛下が引き受けました。陛下はもしあなたたちが失敗して魔獣がこの国にあふれた時に少しでも被害を減らすべくその対策にもお忙しかったのですから実際にはわたくしがほとんど引き継ぎました。わたくしも自分の政務もありましたから足りないところはローザリンデが随分頑張ってくれたのです。彼女は本当によく頑張っていましたし、あなたに会えなくても愚痴一つわたくしには漏らしませんでしたよ」

「それは……仕方なく......母上もわかってくださっていたのでは」

「ええもちろん。わたくしは本当はあなたが何をしていたのか知っていましたから。あなたたちがどんなに必死にこの国の為に戦っているのか知っていましたから」

「確かにローザリンデは真相を知らなかった、でも私とローザリンデの間にはしっかりとした信頼関係が築かれていた筈です。彼女は私を信じている、応援していると言いながら本当は私の言葉を全く信じていなかった......」

「ジークベルト、信頼は永遠ではありません。ローザリンデは最初はあなたの事を信じていた筈です。でもその信頼が揺らいだ時、あなたは真摯にローザリンデに向き合っていましたか?」

「私にはそんな時間は……」

「全く無かったと? あなたは聖女様の精神状態には常に気を配っていた。聖女様が不安定にならないように最大限のフォローをした。その何分の一かをローザリンデに向ければ良かったのです」

「リンカを、聖女様に気を配るのは当然の事では無いですか!」

「ええそうです。——それはあなたの責任感からだけですか? 聖女様に特別な気持ちを抱いたのでは? ローザリンデと過ごすより聖女様と過ごす方が心地良いと感じていたのではなくて?」


 母上は鋭い。私は言葉に詰まってしまった。しかし、私のリンカへの思いは秘めたものだ。この想いを遂げるつもりは微塵も無い。


「母上、私は、私の妃はローザリンデしかいないとずっと思ってまいりました。今この時までそれが揺らいだことはありませんでした。たとえ政略でお互いに愛情は無くとも信頼はあると思っていたのです」

「ローザリンデはあなたを慕っていましたよ」

「——は?」

「本人も気づいていなかったかもしれないけれどローザリンデはあなたに愛情を持っていましたわ。だからあなたの心が本当は誰に向いているかに気づいてしまったのでしょう」


 ローザリンデが私を愛していた——

 それでも、それならなおさら私はローザリンデを許すことが出来ない。

 私は熟考した。ローザリンデは幼い頃からの婚約者、これからも共にこの国を支えるパートナー。

 ————無理だ。

 それが私の答えだった。


「父上、ローザリンデとの婚約を解消したいのですが」


 父上は直ぐに同意してくれたわけではなかった。


「ローザリンデは一般的な分野だけだが王太子妃教育を既に終えている。政務の手伝いにも何ら問題はない。それに令嬢や夫人の心理を操作して自身の味方に付ける手管など、王妃として申し分のない資質だと思うが」


 それは私も頷ける。綺麗ごとだけではやっていけない。でも、だからこそ私に対してだけは誠実でいて欲しかった。臣下を騙すこともあるだろう、民衆を騙すこともあるだろう。しかし共に国を背負っていく王と王妃がお互いを信じられなくては国を統べることはできない。

 ローザリンデはともかく、私がローザリンデを信頼することが出来なくなってしまったのだ。それを飲み込んで結婚することは二人の間の溝を更に広げるような気がした。


 頑なな私の気持ちを汲み取ってくれたのか、父上はようやく同意してくれて、母上も不承不承頷いた。

 但し、婚約解消ではなく白紙撤回。

 お互いに瑕疵はなく単に気が合わなかったから結婚はできないという事だ。


 夜会で真実を発表すればおそらく私たちの名誉は回復する。リンカの名声は高まるであろう。

 それはリンカの希望する将来と違うものではないのか? とふと私は気づいた。


「リンカは真実を発表することに同意しているのですか?」

「聖女殿にも確認済みだ。彼女は喜んで同意したよ。これで頑張ってきた騎士や魔導士たちが正当に報われる。エディと言ったか、命を落とした騎士が、彼がどんなに国の為に頑張ってきたか遺族に話してあげられる、と」


 ああそうか、リンカはそれを気にしていた。騎士や魔導士たちの働きが正当に評価されることが彼女の望みなのだ。


 リンカはもう一つ頼みごとをしたらしい。それについては検討中だと父上は言っていた。






 一週間後、私とローザリンデの婚約は速やかに白紙撤回された。

 それはローザリンデの父、ヴェッセリー侯爵を王宮に呼び、父上との間で行われた。

 もう少し待ってみては? との母上の提案を私は退けてしまった。

 もう少し待つ、という事は夜会の時にローザリンデをエスコートするという事だ、私は今ローザリンデと顔を合わせて平静でいられる自信がなかった。ボニーが彼の婚約者にしたように酷い言葉を浴びせてしまうかもしれない。

 つまり、私はまだまだ未熟なのだ。それは幾度となく思った事だった。


 婚約を白紙撤回するうえで父上は秘匿していた真相の一端をヴェッセリー侯爵に告げたそうだ。

 そうでなければヴェッセリー侯爵は納得しなかっただろう。もちろん夜会で父上の口から真相が語られるまでは秘密にして欲しいと念押しをしたうえで。

 そして父上はローザリンデが早まった行動を起こさぬようヴェッセリー侯爵に釘を刺した。

 これはローザリンデを守るためでもある。

 父上が事の真相を発表すれば私たちだけでなくリンカの名声は一気に跳ね上がる。そんなリンカを排除しようとしたローザリンデたちは一転、非難を浴びることになる。だからローザリンデに公に事を起こさせるわけにはいかなかった。


「ジークベルト、落ち着いてからでかまわないわ。必ずローザリンデと向き合いなさい。あなたの気持ちを誠心誠意ローザリンデに話しなさい。そして彼女の気持ちに耳を傾けるのです」


 母上の言葉は私の心に突き刺さった。


 






お読みくださりありがとうございます。

次話は14:20に投稿します。

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