召喚聖女鷹峰凛香の事情 6
王宮に帰って来てから三週間が経った。
私は毎日イライラと戦っている。
こんなに不安になるなんて思っていなかった。もし、私がここに居るうちに容体が急変したらどうしよう……ううん、ボニーが父上が付いているから大丈夫だって言ってた。テオに早く頭ポンポンして欲しい......私の所為で怪我したのに何図々しい事願ってるのよ。テオはもう私の事呆れかえっているかも……テオが生きていればそれだけでいいじゃない。
私が不安定なのを知っていてジークたちはマメに訊ねてきてくれる。
彼らは忙しい。
王宮に帰ってから騎士と魔導士と一緒にずっと訓練をしている。今以上に強くならなければ、もっと連携を密にしなければ、と必死に訓練をしている。他の人にバレる訳にはいかないので深夜から未明にかけて密かに訓練は行われ、他の騎士たちが出勤してくる時間帯は通常の鍛錬をしているんだって。
訓練をしていないライだってダンジョンで採取した素材の研究をずっとしてる。
彼らは深夜から午前いっぱいをそれに費やして午後からは私のところに顔を出してくれるんだ。
本当は午後も様々な用事があるらしい。
宰相やシェルテル公爵は一刻も早くダンジョンに向かうべきだって言っている。高々隊長一人を欠いたところで欠員を補充すればいいとジークを突き上げているらしい。
焦る気持ちはわかるよ。いつ結界に穴が開くなんて誰もわからない。
だけどジークはその意見を跳ね除けている。
最後のダンジョンの最深部に到達するためにはツァイス隊長は不可欠だ、ライヒシュタイン騎士団長でもその穴は埋まらない。自分はまだいい、王太子や宰相の息子など万が一死んでも替えが効く。だけど聖女様を失ったら取り返しがつかない、だから私たちは万全の準備を整えているんだ、ジークがそう言ったら宰相は口を噤んだってボニーから教えてもらった。
私は何もできない。ダンジョンでもこの王宮でも。ただ守られているだけ。
私に出来ることは祈ることだけ。
だからイシュリエ神に脅し......じゃなくて祈ることだけは毎日続けている。
私のピリピリした雰囲気を感じているのか、侍女さんたちはあまり私に関わってこない。何かを頼んでも聞こえないふりをすることがある。アナベルや他のメイドさんたちはオロオロしてる。ごめんね、アナベル。わかってはいるけど今は気持ちに余裕が無いんだ。
王宮に帰って来てもうすぐ一か月というある日、私が気晴らしに下級メイドさんのところへ出かけようとしたら侍女さんたちがなんやかんや引き止めてくる。今まで軽く無視してたくせに何なの? と思っていた。
「聖女様、お客様が見えられました。お通ししますね」
えー、私は通して良いなんて一言も言ってないんですけど、と思っていたら入ってきたのはローザリンデさんと三人の御令嬢。
ああ、そうだ、ボニー、ヴォル、ライの婚約者だこの人たち。
この間みんなでお茶をしていたら彼女たちが乗り込んで来て、三人がその場から連れ出してた。
ご令嬢たちは綺麗なドレスを着て仕草なんかもお上品そのものだ。指なんか白くてスベスベしてて、ダンジョンのジメジメした土やごつごつした岩なんか到底触れないし、うねうねした虫が降ってきたりしたら気絶しちゃうんだろうなあ、なんて私はぼんやり彼女たちを眺めていた。
彼女たちの言いたい事は要は彼女たちの婚約者に近づくな、という事だ。
そんなこと私に言われたって困る。ダンジョンに一緒に行くと言ったのは彼等だし、あ、ジークは私が行けと言ったようなもんだけど、それだって強要したわけじゃない。決めたのは彼ら、そしてそれは真っ当な考えだと思っている。
だって、私は今でも他所の世界から無理やり連れてきた女子高生に全部押し付けてこの国を救えっていうのは間違っていると思っているから。
だから、この国で高貴な存在である彼らが、立場が下のテオや私に押し付けず、ダンジョンで必死に戦って私を守ろうとしてくれるから彼らを仲間だと思える。この国を救うために頑張ろうと思えるんだ。
一応私は彼らに言い寄ったつもりは無い、と言ってみた。
ちょっと挑発的な言葉になっちゃったのは勘弁ね、私もイライラしてるからさ。
うわ、何倍にも膨れ上がって返ってきたよ! 我儘? 付き合わせる? 何それ、それにお友達になってあげる? 礼儀作法を教えてあげる? 上から目線で何言ってるの?
私はもう我慢できなかった。ちょっとは、ううん、かなり八つ当たりでもある。テオに会えない寂しさや、テオに怪我を負わせた罪悪感、いろんなもやもやした気持ち。
「淑女? 礼儀作法? くそくらえよそんなもん! あなたたちが私のお友達? そんな敵意に満ちた目をして? 正直に言ったら? 私の男に近づくあんたが気に入らないって。でも彼らは私と一緒に居ることを選んだの、文句なら彼らに言ってよね! ああ、彼等に相手されないから私のところに来たのね、あはは!」
私だってちょっとはすまないと思ってた。ヴォルやボニーだってもう少し婚約者に時間を取ってあげたらって思わないことも無かった。ライは無理そうだけど。
だけど彼らだって必死だった。それは私がよくわかってる。
事情を知らないから? だから何? 婚約者なんでしょ、一緒の時を過ごしてきたんでしょ、それなら彼らが何かに必死になっているの、察してよ! いっぱいいっぱいの顔になっているの気づいてあげなよ! 自分たちの要求を通そうとするばっかじゃなくってさ。
ああ、ダメだ、このまま彼女たちの顔を見ていたらもっと傷つける言葉を言ってしまう。
私は立ちあがった。
「あなたたちが出ていかないなら私が出ていく」
部屋を飛び出した。
後ろから叫び声が聞こえたけど無視して廊下をズンズン歩く。
階段に差し掛かった時だった。
——トン、と背中を押されたような感じだった。
誰かにドンと突き飛ばされたんじゃなく、空気の塊にトンと押し出された感じ。
運悪く、階段を下りようと一歩踏み出した私の身体は宙に浮いた。
「「「リンカ!!!」」」
階下にみんなの声が聞こえたと思ったら、私の身体は風に乗ったように緩やかに下降して誰かの腕にポスンと収まった。
ああ、丁度通りかかってボニーが助けてくれたんだ、私って運がいいなあ。
なんて暢気に考えながら心配そうに私を見ているボニーにお礼を言った。
「ボニーありがと」
「リンカ、怪我してない?」
「うん、大丈夫だよ」
「リンカを階段から落としたのは魔術ですね」
「魔術でリンカを害そうなど……一体誰だ?」
みんなが険しい顔で私を見てる。ジークもヴォルもボニーもライも。
え? みんないる。じゃあ、私を今抱き上げているのは誰?
私は顔を上に向けた。お礼を言って早く下ろしてもらわなくちゃ。
「ありが.——」
お礼を言って早く...お礼を言って......
思考が空回りしている。願望が妄想になって目の前にいる。
「リンカ、心配かけたな」
「う……」
言葉が出てこない。誤らなくちゃと思っていた。怪我させてごめんなさい。でも嫌いにならないで。そうじゃない、元気になったの? ああ早く下りなくちゃ、無理したら怪我に障る......
一言も言葉は出なくって出るのは涙ばかり。
私はテオの腕の中でただただ泣きじゃくっていた。
部屋に帰った後にやっと私はテオの腕の中から降ろされた。
「テオ、ごめんなさい、私が——」
「俺の方こそすまなかった。皆に迷惑をかけてしまった」
「迷惑なんかじゃない! 私の方こそ」
「ちょっとその辺でー」
私とテオの会話にボニーが割り込んだ。はっと見回すと皆が妙に生ぬるい顔でこっちを見ている。
「ツァイス隊長、怪我はもうよろしいのですか?」
「ヴォル殿、皆さんもご心配をおかけしました。それからボニー殿、御父上のおかげでこんなに早く復帰することが出来ました。皆さんのおかげで俺はこうして生きながらえています。感謝します」
テオが頭を下げる。
みんなはちょっと照れくさそうで口々に喋り出す。
「これでみんな揃ったから最後のダンジョンに出発できるねー」
「そうですね。私たちも更に腕を上げましたからきっと簡単に最深部までたどり着けますよ」
「そうそう、僕の訓練の成果を見せてあげるよ―」
「……僕も新しい薬が完成したんだ。っていっても僕はダンジョンの素材を提供しただけで研究したのは専門の学者だけれどね。鎧に塗れば五十倍の強度になる。今度はあのダンゴムシ魔獣の鎌でも傷つけることはできないよ」
ぽそっと言ったライの言葉にみんなが驚いた。
「凄いじゃないか、ライ。早速父上に報告しよう」
遅れて部屋に戻ってきたジークがライの肩を叩いた。
「ジーク、ローザリンデさんとのお話はもういいの?」
「ああもう済んだ」
ジークの返事は素っ気なかった。
そう言えばテオに会えた嬉しさで気にする余裕がなかったけれど、ここに来る廊下の途中でみんな婚約者さんと揉めていたようだけどいいのかな。
「ねえ、みんな婚約者さんと——」
「リンカは気にしなくていいよー」
「そうです。彼女たちの事は私たちの問題ですからリンカが気にすることはありません」
ボニーとヴォルにそう言われると私はもう口を挟めない。
でもボニーたちももう少し彼女たちを気にかけてあげれば、なんて、さっきまでとは真逆に彼女たちが気の毒だと思う私は久々にテオにあえて、元気な姿を見て浮かれてる。
ちょっとその現金さに自分でも呆れた。
テオも何か言いたげにちょっと口を開きかけたけれど、結局口の中で「結局は当人同士の問題だから——」とかなんとか呟いて口を閉ざした。
最後のダンジョン、結界の補強は呆気なく終わった。
あ、あっけなくって言っても大変じゃなかったわけじゃない。様々な苦労はあったし、下層部の魔獣は強くてみんな必死に戦った。
だけどみんな目に見えて強くなっていた。凄いよみんな。
それに四十五階層までは二回目の私たちは最短のルートをたどることが出来た。一回目の時は魔獣を倒しながら下層階に行く入り口を探していたからね。
五十一階層、蛇みたいな頭が八つもある巨大な魔獣が倒れた後ろ、その岩肌が青く光っているのを見た時に私たちは歓声を上げた。
ようやく、ようやくこの戦いが終わるんだ。私たちはこの王国を守り切ったんだ、と誇らしい気持ちだった。
テオに手を引かれて壁の前に立つ。
「&%$&% $$#&%Ψ」
ぼんやり光っていた青い壁が一瞬強く光った後、その光が消えた。
呆気ない。もう終り? 私は横にいるテオを見た。テオはよくやったというように私の頭をポンポンと叩いてくれた。
振り返るとジークとヴォルががっちり握手していた。ボニーはライとハイタッチしようとしてスカッと躱されていた。
騎士と騎士、魔導士と魔導士、騎士と魔導士も抱きあったり握手を交わしている。
「さあ、帰還するぞ! 地上に出るまで油断するな!」
号令をかけるテオの声も明るかった。
結界が補強されたダンジョンは徐々に最下層から消えてゆくらしい。
最初に行ったダンジョンはもう二十五階層ぐらいに小さくなっているんだって。
「貴重な植物や魔獣素材が沢山あったんだけどな……」
ライはちょっと残念そうだけど、そんなものよりこの国が平和な方がずっといい。
誇らしい気持ちで王宮に帰還した。
これで私の役目は終わり。
この先に何が待っているんだろう、ぼんやりと考えていることはあるんだけど私の願いは形になるんだろうか。
王宮で王様や宰相さんたちに報告した。
その後数日はお疲れ様休み。
騎士も魔導士さんたちも休暇と褒章を貰えるんだって。今は色々忙しくてもう少し後になるんだけど。
ジークやヴォル達も忙しいみたい。
私は王様にもう一度呼び出されてある提案をされた。
その時に私の希望も伝えたけど受け入れてもらえるかな。
夕暮れ時の庭園を一人散歩する。
様々な思いが胸の中で渦巻く。久しぶりに家族の事を思い出していた。
いろいろ極限状態ではあったけど、家族の事を思い出すのが久しぶりってことは私はもうこの世界の人になっちゃったのかな。
そんなことを考えるとすごく切ない。
「リンカ」
しばらくぶりのその声に私は勢いよく振り向いた。
「テオ......あ、もうツァイス副騎士団長って呼ばなくちゃいけないのかな」
テオのフルネームだって、ジークやボニーたちのフルネームだってもう覚えてる。
「テオでいい。いや、テオがいい。リンカだけはずっとそう呼んでくれ」
何でそんな私が泣きそうな事を言うのかわからない。テオはそれが任務だから私を守ってくれた。多分精神的なケアも含めて。
だけど任務はもう終わったんだよ、だから王宮に帰って来てからテオは姿を見せなかった。
「任務完了だね、ご苦労様でした」
私がそう言うとテオは私の前でいきなり跪いた。
「俺は任務でリンカを守っていた。任務は終了した。だからこれからは俺の意志でリンカを守りたい」
「え? テオの意志で......って……いつまで?」
「リンカが嫌でなければ一生」
待って待って? それって……
「テオは私が王宮の堅苦しさとか貴族のしきたりとか嫌いなの知ってるよね、私はこの王宮に残るつもりなんて——」
「ああ知っている。だから辞表を出した」
「辞......表?」
「そうだ。俺はこれから自分の意志でリンカの専属護衛になる」
「専属護衛なんて雇えないよ!」
「ああくそっ! 違うんだ、なんて言ったらいいか……その……俺と結婚しないか?」
結婚しないか……結婚しないか……テオは確かに今そう言ったよね。
じわっと涙があふれてきた。この世界に来てから私は泣いてばかりだ。あっちの世界に居たときは動物感動ものをテレビで見た時とお父さんにケーキを潰された時ぐらいしか泣かなかったのに。
「すまん、俺はリンカよりだいぶおじさんだしな。だが、今回の任務でかなり報奨金が出る。騎士を辞めてもリンカに生活の苦労はかけないつもりだ。ああ、そんなに泣かないでくれ、結婚が嫌なら無償の専属護衛でも——」
「馬鹿!」
私は思いきってテオの胸に飛び込んだ。
「嫌じゃない! 嫌なわけない! 私をテオのお嫁さんにして!」
嬉しくて嬉しくて泣きじゃくる私をテオはそうっと抱きしめてくれて、私はそうっとじゃ物足りなくてテオにぎゅうっと抱きついた。
そうして暫く私たちは抱きあっていた。
辺りがかなり暗くなったころ、私たちはようやく離れた。
今は日が落ちるとかなり寒くなる季節、私がくしゃみをしたからだ。なんてムードが無い私。
寒いなら中に入ろうかと心配するテオに私はもう少し二人でいたいと我儘を言った。
ベンチに二人で腰掛ける。あの温泉宿で座った時の二人の隙間は無くなった。テオは私に上着を掛けてくれてぴったり寄り添うように座る。えへへ。
ぽつりぽつりとテオは自分の事を話してくれた。
「俺には肉親はもういないんだ」
テオは貧乏男爵家の生まれで妹が一人。没落必至の男爵家を何とか立て直そうとテオは騎士団に入った。貴族男性の成人は十八歳、テオは成人前の十五歳で入団したんだって。
今は隣国との仲は良好だけど十年前は南の隣国と戦争をしていて新人のテオはそこに送られた。必死に手柄を立てて三年後に帰ってきたら、前年の長雨で災害が起こり、両親と妹は巻き込まれて亡くなっていた。どんな手違いかその知らせは前線にいたテオに届かず、跡継ぎ不在で男爵家は取りつぶされた後だった。血の近い縁者はいなかったし、没落しかけの男爵家を救おうとする遠い親戚もいなかったんだって。
憐れんだ国王陛下が戦争の功績も加味してテオに新しい男爵位を授けてくれた。
目的は無くなったけど騎士はテオの性に合っていたみたいでその後も手柄を立ててテオは副団長にまでなったんだって。
「騎士団は実力がものを言うと言ってもやはり爵位の壁や忖度はある。高位貴族の縁者から反感をもたれることも多かったが、それはライヒシュタイン団長が全て黙らせてくれた。あの人は俺を一番買ってくれてこの地位まで引き上げてくれた」
何度か養子にならないかと誘われたり、今はもう結婚しているライヒシュタイン騎士団長の娘さんの婿にならないかと言われたこともあったんだって。
「大恩あるライヒシュタイン団長だけど俺はこのツァイスという姓を捨てることが出来なかった」
一度没落したけどテオが叙爵するときに復活してもらったツァイスという姓はいなくなってしまった家族との唯一の繋がりに感じてな、とテオは寂しそうに笑った。
リースの温泉宿で私が家族の話をしたとき、テオはただ「そうか」と話を聞いてくれていた。
あの時テオも家族の事を思い出していたのかな、と切なかった。
「俺は天涯孤独と言ってもこの世界で育ってきたし、両親や妹の墓に行くこともできる。リンカの孤独とは比べ物にならないかもしれない。だけどリンカとなら新しく家族をつくっていける、リンカと家族になりたいと思った」
テオは家族がみんな死んでしまってこの世界で天涯孤独になった。私は家族は生きていると思うけれどもう二度と会うことが出来ない。家族どころか十七年間かかわってきた友達や先生や近所のおばさん、好きだったアイドル、誰一人会うことはできない。
どっちが不幸なんだろう、と考えかけてやめた。
比べたってしょうがない。どっちも不幸で、そしてどっちも幸福だ。
——だってテオに巡り合えた。
お父さん、お母さん、お兄ちゃん、私はこの世界で大切な人に出会えました。
あっちの世界じゃとっても考えられなかったけど、十八でテオのお嫁さんになります。
お父さん、彼氏をすっ飛ばして旦那様が出来るけど泣かないでね。
お読みくださりありがとうございます。
次話は明日の10:00に投稿します。




