召喚聖女鷹峰凛香の事情 5
新しいメンバーを紹介された。
騎士は三人、二人は三十代半ばに見えるベテランの騎士、もう一人はとても若い。私より少し上くらい? 彼は目を輝かせて私たちに挨拶した。
魔導士も二人紹介された。魔導士は大体フードを深くかぶっているのでよくわからない。それでも犬さんや河馬さんはダンジョンで軽食をとるときに魔術で水を出して手を洗ってくれたりくしゃみをしたら魔術で温めた石をカイロ代わりにポケットに入れてくれたり、休憩中に雑談をしてちょっと親しくなれたかなあと思う。
「兎とナマケモノだよー、よろしくねリンカ」
ボニー、その呼称の付け方はどうかと思う。ホントに。
若い騎士はロニー、テオの話だと経験はまだ足りないけれど素早さは騎士団一、剣技もメキメキ上達していて若手の有望株だって。
ロニーは明るくて人懐っこい性格で直ぐに親しくなることが出来た。ただ聖女様って存在に憧れていたらしく、顔を合わせる度にキラキラした瞳で見るのは勘弁してほしい。
そうして私たちは最後のダンジョンに向かった。
ダンジョン四十五階層、私たちは疲れていた。
今までで一番深い階層、まだ青い壁は現れない。
襲ってくる魔獣は厄介だった。身体が固い甲羅で覆われていて剣が全く通らない。三メートルほどの身体を丸めてしまうと炎や氷の魔術も駄目だった。ほら、あれ、アルマジロみたいに。
アルマジロと違うのは足が六本で丸まったままカサカサと動き回る。そして二本の触手の先が鎌みたいに鋭くなっている。
丸まったままカサカサと動き回り触手を振り回すのでおいそれと近寄れなかった。
暫く戦って今は物陰に隠れて作戦会議中。
戦って、と言ったけど相変わらず私に出来ることは何もない。みんなの後方で大人しくしているだけだ。
「あいつの弱点は腹だ」
テオが皆を見回す。皆疲れているけど闘志は失っていない。
戦ってみてわかったこと、アルマジロ魔獣は腹部に目や口がついているらしい。丸まっている時はどんな攻撃も通さないけれど、目で見て獲物を襲う訳じゃない。音で判断して闇雲に触手を振り回す。そして獲物を追い詰めたと判断したら後方の二本の足で立ち上がる。弱った獲物を目で確実に捉え、腹部の大きな口で飲み込むのだ。
みんな真剣な顔で聞いている。もちろんジークもボニーも。
「あいつの腹部は柔らかい。多分剣が通る。だからあいつをおびき出して腹部を見せるような状況をつくる」
テオの作戦はこうだった。
「魔導士、あそこに水の魔術で泥濘を作り出せるか?」
テオは右手の岩壁の近くを指さした。
「任せてー」
魔導士を代表してボニーが答える。
「魔導士が泥濘を作り出している間、騎士たちはあいつを攪乱する。魔導士たちに近づけるな、自分が近づきすぎてもいけない。触手に気をつけろ」
「「「はい!」」」
「準備が整ったらあいつをおびき寄せる。音を鳴らして泥濘に誘い込む。囮は——」
「オレにやらせてください!」
挙手をしたのはロニーだった。
「オレが一番素早いっス」
「わかった、ロニー、頼んだぞ」
テオは力強く頷いて続ける。
「泥濘に足をとられればあいつは戸惑う筈だ。状況を確認するために立ち上がる筈だ。その時がチャンスだ。魔導士たちは一斉に腹部を攻撃、そして俺と殿下、ヴォル殿は左右、正面に分かれて切りかかる。一瞬のうちに泥濘を飛び越え奴の腹部の弱点に剣を突き立てる。できますか? 殿下、ヴォル殿」
テオの不敵な笑みにジークもヴォルも余裕に見える顔で頷いた。あ、でも握った拳がわずかに震えてる。
「いい?、僕たちは魔術で援護だよ。ウインドカッターやアイスランスで攻撃して。間違っても三人に当てちゃだめだよ。あいつがまた丸まらないように風圧で邪魔をするのも忘れないで」
ボニーが魔導士たちに指示を出す。
テオが私を見た。
「リンカは……あそこに隠れていてくれ」
テオが指さしたのは泥濘をつくる場所の少し手前にある岩棚。三メートルくらいの高さの場所にニ、三人が乗れるくらいの岩棚が張り出している。
「あそこまで登れるか?」
「うん、大丈夫」
周囲はごつごつした岩が不ぞろいで、だから手や足を掛ける場所が沢山あって上るのも降りるのもそう難しそうに見えなかった。
「ライオネル殿、リンカを頼む」
さすがにいつも飄々としているライもしっかりと返事した。
「了解」
準備が出来て魔獣に群がっていた騎士たちが一斉に散らばる。
魔獣はわらわらとまとわりついてくるくせに一向に餌食にならない獲物に苛立っているようだった。
カンカンと金属を打ち鳴らしてロニーが魔獣を誘導する。
「こっちへ来い! ダンゴムシ野郎!」
ああ、アルマジロよりダンゴムシの方が似てるかも。
魔獣が泥濘に足を踏み入れた。グルルルと苛立ったような鳴き声を上げる。
「ロニー! 素早く離脱! みんな構えろ!」
テオの声が響いたときに私は見た。
ロニーが動けないでいる! それは上から見ている私にはよくわかった。泥濘の下、多分岩の出っ張りか何かに足が引っ掛かって動けないんだ。
私の脳裏にエディが炎に包まれている姿が再現された。
考える前に身体が動いていた。ライが何か叫んだようだけど意識の外、私は出来るだけ素早く岩棚を下りロニーに駆け寄った。
「聖女様!」
「任せて!」
泥の中に手を突っ込み探る。ここだ! 引っ掛かっている場所から足を引き抜いた。
グルルルル——
振り返ると魔獣がすぐ目の前でグワッと立ち上がるのが見えた。
——だめ! 逃げられない! 思わず目を瞑って蹲る。
ザシュッ! ガツッ! 一度にいろいろな音が聞こえて私はそうっと目を開けた。
目の前に立つ力強い大きな背中、その向こう、立ち上がり大きな口を開けた魔獣。
腹部に付いた大きな一つ目の真ん中にテオの剣が突き刺さっていた。
ゆっくりと魔獣は腹を上にして倒れた。
「……助かった? ありがとうテオ!」
「リンカ、無事で良か……ゴフッ」
「————え?」
振り返ったテオの安堵した笑顔、口の端から流れる血、泥の中に倒れかける身体......それらが全てスローモーションのようだった。
「いやーーーーーーーーー!!」
泥の中に沈む前にテオの身体を抱き止めたのはジーク。ヴォルと二人でテオを安全な場所に運ぶ。
騎士たちは魔獣にとどめを刺していたようだけど、私はそんなことを気にしている余裕は無かった。
「テオ!! テオ!! 目を開けて!! ねえ!! お願いだから!!」
取り乱して縋りつこうとする私をライが引きはがした。
こんなに騒いでもテオは目を開けない。口の端から血を流しながら満足そうに眼を閉じたまま——
その衝撃に耐えられなくてふっと意識が遠のいた。
私は気絶してしまったらしい。
だからこれは私が後で聞いた話。
ダンジョンの十五階層、ライに背負われた状態で私は目を覚ました。
ライは歩きながら私が気絶した後の事を教えてくれた。
「息があります!」
気が付いたのはヴォルだった。
テオは胸部から腹部にかけて酷い裂傷を負っていた。だけど微かに息をしている。
「ボニー!」
ジークが呼ぶ前にボニーはテオに治癒の魔術をかけ始めていた。
「くそっ! 僕は治癒はあんまり得意じゃないんだよ―」
「「代わります」」
ボニーに代わって二人の魔導士がテオに治癒をかけ始めた。といっても前にも言った通りこの世界の治癒魔術っていうのは万能じゃない。だけど二人の必死の魔術でテオは命を繋いでいる。
「撤退する」
ジークが宣言した。
「ここまで来て、ですか?」
不満の声は騎士なのか魔導士なのか、ライは教えてくれなかったけど、ジークは静かに問いかけた。
「全滅したいなら進もう。君はツァイス隊長無しでここより下層の魔獣を倒すことが出来ると思うか?」
初めての撤退だった。
ここまで来て引き返すのは全員にとって断腸の思いだった。それでもテオを救うことをジークは優先したし、他の皆も、特に騎士たちは絶対にテオを生きて地上に戻すと決意を新たにした。
全体の指揮はジークが、騎士たちはテオの補佐をしていたバリーがまとめた。
魔導士たちは交代で治癒を休みなく掛けながらテオを地上まで運んでいた。
————テオが生きていた。
それだけで涙がポロポロこぼれた。今はまだ油断できないけれど、かろうじて生きている状態だけど、それでもまだ終わりじゃない。
「ライ、ありがとう、もう大丈夫だから下ろして」
「……僕はさ、戦う事なんてできないし、魔術もあんまり使えない。このくらいしかできることが無いから……」
だからおんぶくらいさせてくれってライは言ったけど、そんなことない。ライはみんなが戦っている隙にダンジョンのいろいろな植物や鉱物、魔獣素材を持ち帰っていた。それらを研究して魔獣の嫌がる臭いのするクリームや毒消し薬、それらを研究者と共に開発してくれた。短い時間しかなかったからまだその二つだけだけどもっと素晴らしい製品がこれから沢山開発されると思う。
役立たずは私の方だ。おまけに勝手な行動をしてテオを死ぬような目にあわせた。物凄くいろいろな感情が渦巻いて苦しいけれど、今は全てに蓋をする。
みんなで生きて地上に戻る。その為に私は自分の足で黙々と歩いた。
「リースの町にツァイス隊長を運ぶ」
地上に出てすぐにジークは指示を出した。
リースの町は最初のダンジョンの近く、ここからは少し遠いけど、リースの町は治癒効果のある温泉もあるし宿などの設備も整っている。
それからジークは素早く手紙を書いて、ピアスを片方外すと一緒に包んだ。
「これを急ぎ王宮へ、国王陛下に届けてくれ」
「ちょっと待って、僕も」
ボニーも手紙を書いてピアスと一緒に包んだ。
「父上に届けて」
二通の手紙を持って二名の騎士が騎馬で走り出す。
それから私たちはリースの町に向かった。
リースの町で過ごすこと五日、ジークは夕食の席で私たちに言った。
「明日王宮に帰る」
「え? テオは?」
「大丈夫ですよ、ツァイス隊長の容体は落ち着きましたから」
「うん、父上が来てくれたからねー」
私の質問にヴォルとボニーが安心させるように答えてくれた。
そう、二日前にボニーのお父さん、ヒンデバルト魔導士団長自ら治癒に特化した魔導士二名を連れて来てくれた時から目に見えてテオの容体が安定した。
どんなに早くても四日はかかるところを三日で来てくれた。
容体が安定するまで私はひたすら祈っていた。
ありとあらゆる神様に祈った。元の世界で名前を知っている神様、もちろんこっちの世界のイシュリエ神にも。
イシュリエ神には特に熱心に祈った。だって実在するのを知っている。そしてきっとどこかで私の事を見ているのだろうと思っている。
イシュリエ神には脅しまでかけた。もし......もしテオが死んでしまったら私はもうダンジョンに行きません。結界がどうなろうと知りません。だからとっととテオを治して! と祈った。
心の奥底ではそんなことはできないとわかっている。私は既にこちらの世界で大切な人がたくさんできてしまった。だから彼らを見捨てられないのはわかっている。だけどテオをどうしても助けたい、テオがいなくなったら私はこの世界で生きていけるのかな......
お読みくださりありがとうございます。
次話は19:30に投稿します。




