召喚聖女鷹峰凛香の事情 4
時は少し戻り、ダンジョンを出た後、リースの温泉宿でリンカが目覚めたところから話は始まります。
懐かしい夢をみていた。
ああ中学生の時だ。私の誕生日にお父さんが有名店のケーキを買ってきてくれた。私が一度食べてみたいと言ってたのを覚えていてくれたんだ。なのに驚かそうと物陰から躍り出て見事にこけてケーキがつぶれちゃった。
私は半泣きで怒って、でもお母さんが「つぶれても美味しいわよ」って。お兄ちゃんも「ほら、こっちのケーキなんて二つ混ざってお得だぞ―」って。最後はみんなで笑ってつぶれたケーキを食べた。
泣きながら目が覚めたら飾り気のない木の天井が見えた。
王宮のだだっ広くで豪華だけどどこか寒々とした部屋じゃなくてちょっとホッとする素朴な部屋。
どこだろうとボーっとしながら部屋のドアを開ける。
「聖女様、目が覚めたか?」
「へあっ! っと......隊長さん!」
ドアのすぐ脇の壁にもたれて隊長さんが立っていた。
「ここはダンジョンの近くのリースの町の宿屋だ」
「あ……私、いつの間に寝て?」
「問題ない。よく頑張ったな」
隊長さんは壁から身を起こすと私の頭をポンポンと叩いた。
いつ寝たのか全く覚えていないけど少なくとも宿に来た記憶は無いから隊長さんが連れてきてくれたのかな?
「この宿は温泉を引いている、入ってくると良い。まだあれから二時間しか経っていない、疲れも残っている筈だ」
温泉! それは魅力的な言葉だった。
「直ぐに支度して来ます!」
部屋に戻って部屋の隅に積まれていた私の荷物から着替えを引っ張り出した。
つくづく自分で脱ぎ着が出来るズボンとシャツで良かったと思う。厄災の事は秘密だからこの旅には侍女さんとかメイドとか連れてくるわけにはいかない。
私に未だにドレスを着ろとか優雅な所作をとかチクリチクリと圧力をかけてくる侍女さんたちが私の立場だったらどうするんだろう。ドレスのまんまダンジョンに入るのかな? 岩に引っかけて破きそう。
その姿を想像してクスっと笑った。
温泉から上がって着替えて廊下に出ると隊長さんが待っていた。
「隊長さん、休んでないんじゃないですか? 私は大丈夫だから休憩してください」
「もうすぐ交代の騎士が二名くる、そうしたら俺も休ませてもらうから心配するな」
他の騎士たちや魔導士たちはこの宿には泊まっていないらしい。そうだよね、沢山の騎士や魔導士が急にやってきたら何事だって思うよね。彼らは数名ずつ別の宿に宿泊しているそうだ。
この宿はリースの町で一番いい宿で、王太子ご一行がお忍びで遊びに来たって説明したみたい。まあ、あのキラキラしい人達が平民のふりなんてできる訳無いからそれが一番無難だよね。
「あ、月」
二人で部屋に戻る途中、まん丸い大きな月が見えた。
この世界が地球じゃないのか、地球の別次元の世界なのか私にはわからないけれど、月はおんなじだ。
月に誘われるように廊下の端の扉から外に出た。
ちょっとした庭園になっていてベンチが置いてある。まだ寒い季節だけど温泉で火照った身体に外気が心地よかった。
「私がいた世界にも月があるんですよー」
「そうか」
「小さい頃お兄ちゃんが急に月見団子が食べたいって言いだしてお母さんが調べて作ってくれたんだけど、まったく味がしなくって」
「そうか」
とりとめのない私の話をぽつりぽつり。隊長さんは黙って聞いてくれた。素っ気ない「そうか」が心地よかった。
「そろそろ部屋に戻ろう。ここの温泉には治癒や体力回復の効果がある、少しだけだが。それでも長い間夜風に当たっては風邪をひくだろう」
ああそれで。温泉に入った後、驚くほど身体が軽かったんだ。
部屋には軽食が用意されていて私は今度は朝までぐっすり眠った。
どうしてこうなった?
次の日、王子様に誘われて町の観光をすることになった。
日本の温泉饅頭とはちょっと違うけど蒸したお饅頭? 蒸しパン? みたいなお菓子は素朴で美味しかった。名産のぶどうジュースも。
そして気がついたらみんなと愛称で呼び合うことになっていた。
いやいや、王子様までジークって呼ぶの? まあいいけど……
なんかみんなニコニコ笑ってる。えっと青髪クールじゃなかったヴォルのその顔はニコニコでいいんだよね? そしてライって呼べって言った学者のお兄さんは何かに興味を引かれたらしくふいっていなくなっちゃったけど。
「だから嫌だったんだ……」
「何か言ったー? リンカ」
「ううん、何でもない」
ボニーの言葉に首を横に振る。
私はこの人たちと馴れ合いたくなかった。
この人たちは誘拐犯の一味、私をあっちの世界から強制的に連れてきた人たち。
だから名前なんか覚える気も無かったし親しくなんてなりたくない。メイドのアナベルや隊長さんたちは何にも知らなかった人たち。それでもあんまり関わり合いが無ければ情が湧くことも無い。
最初はそう思っていた。私はこの世界の異分子でこの世界に馴染まない。私の大切な人も物も全てあっちの世界にある。ホントはこの世界の人達が滅亡しようがどうでもいい。
だけどアナベルが泣いている私にハンカチを差し出してくれて隊長さんが頭をポンポンしてくれた。
そしてなぜか誘拐犯の一味のこの人たちと一緒に笑っている。
「リンカ、この木彫りもリースの特産品なんだよ―」
「わあ、なにこれ可愛い!」
「だろー」
「何で得意げなの? ボニーが作ったんじゃないよね」
私たちの笑い声は春先の空に吸い込まれていった。
二つ目のダンジョンは順調に結界補強に成功し、三つ目のダンジョンも少し手こずったけど無事最下層まで到達した。三つめは三十八階層まであったけど連携になれた騎士や魔導士は未知の魔獣も倒すことが出来た。
むしろ煩わしいのは王宮に帰っているときだった。
相変わらず淑女のマナーとやらを私に教えようとする侍女さんたちも鬱陶しかったんだけど、なんか私の悪評がたっているんだって。
だからかー。庭師のおじさんに花や木の種類を教えてもらったり平民の下級メイドさんたちに「飴ちゃん食べるー?」と遊びに行って街の事とか田舎の事とか色々教えてもらうんだけど、その途中で見かけるドレスを着たご令嬢とやらの目つきがみんな怖い。
私が見目麗しい殿方を侍らして遊んでいるとか、我儘を言ってボニーやヴォル、ジークを連れ回していることになってる。——知るか!
王宮に居てもそんなに暇っていう訳じゃない。次のダンジョンに行く段取りとか、これまで行ったダンジョンに出てきた魔獣を報告して分析したり、私はいざという時に身を守る術のレクチャーも受けてる。大したことはできないし咄嗟に動けるかわからないけど、知っているだけでも違うかもしれない。
ライはダンジョンから見慣れない植物や鉱物を持ち帰って学者や魔導士たちと研究している。
そんな忙しい合間を縫って下級メイドさんのところに行くのは、私は結界の補強を全て終えたらどっか田舎に行って暮らしたいなと思っているからだ。
元の世界に帰れれば一番良かったんだけどそれは絶望的。だったらこの世界の片隅でひっそり暮らしたい。こんな小娘にお金を稼ぐ術なんか無いからそこは貰うものは貰うけどね。私は私らしくいられるところでひっそり生きていく。
私が王宮内を勝手に動き回るときは必ず隊長さんか他の騎士が二人ついて来てくれる。それからなぜかボニーやヴォル、ジークが一緒の時が多い。いつの間にかライが混じっていることもある。
だからご令嬢とやらに憎々しい目で睨まれても実際に何かされたことは無かった。実害が無いなら放っておけばいいや、だって私はずっと王宮で暮らしていくなんてまっぴらごめんだ。
ジークたちが私と一緒に居てくれるのは私が聖女だから私を守らなければならないっていう使命感、 あと、一緒に危険な戦いを乗り越えてきた仲間意識。それとね、罪悪感もあると思う。勝手に召喚していたいけな? 少女にこの国を救えって押し付けた罪悪感。
そんなことをわかってしまうから私はジークたちと仲良くなりたくなかった。仲良くなったら憎めない。誘拐犯なのに憎めない。だけど彼らが本当はいい人で国を、民衆を救うことを一生懸命考えた末の召喚だったのを私はもう知ってしまっている。民衆を救うためなら命さえかけることを知ってしまっている。
そんな心の中の葛藤は誰にも知られていないと思っていた。
「あまり思い悩むな、心のままでいればいい」
隊長さんは私の葛藤を知らない筈なのにそんな言葉をくれる。
「憎みたいなら憎めばいい。好感を抱いたなら笑えばいい。泣きたいなら泣けばいい。辛い時は俺が聞いてやる。聖女様を丸ごと受け止めてやる。俺が聖女様を必ず守ってやる」
「リンカだよ、そう呼んでよ隊長さん」
聖女様と呼ばれるのは好きじゃない。泣き笑いでそう頼んだら少し考えて頷いてくれた。
「リンカも俺の事をテオと呼んでくれ」
「テオ?」
「そうだ。……その名前で呼んでくれる者はもういないからな」
家族とか……想像したくないけど奥さんとか恋人とかは? って聞きたいけど聞けなかった。
代わりに他の事を聞いた。
「どうしてそんなに優しくしてくれるの?」
「…………それが俺の仕事だからだ」
素っ気ない返事に胸の奥がツキンと痛んだ。
とうとう悲劇が起こってしまった。
四つ目のダンジョン、四十階層、魔獣の吐く炎が私たちを襲う。私の前でボニーが風の幕をつくって炎を吹き飛ばしてくれる。騎士たちが散開して炎を躱しながら急所を狙って切り付ける。
だけどほんの少し、一人の騎士が逃げるのが遅れた。
上の階層で足を負傷したエディ。魔導士さんに治癒してもらって動けるようになったはずだったのに。
魔導士さんの治癒っていうのは万全じゃないんだって。あっちの世界で読んだ漫画やアニメでは凄い怪我も一瞬で治っちゃったのに、この世界の現実は治癒っていうのは応急手当ぐらいしかできないらしい。
設備の整った場所で何人もの魔導士さんが数日かけて治癒の魔術をかければ死にそうな人も治るらしいけどね。
でも応急手当でもエディは問題なく動けていた筈なのに、ちょっと遅れただけで次の瞬間、エディの身体が燃え上がっていた。
「「「エディ!!」」」
「油断するな! 第二波が来るぞ!!」
テオの叱咤でみんなは魔獣に意識を戻した。
魔導士が水の魔術でエディの炎を消そうとしている。だけど魔獣が吐く炎は特殊なのかなかなか消えない。
私は泣き叫ばないように必死に口を押えていた。
「ボニー殿、風で炎を攪乱してくれ! バリー!」
そう叫ぶとテオはバリーの背を踏み台にして飛び上がった。炎をかいくぐりテオの三倍以上ある魔獣の背に乗る。そして見事魔獣の首の後ろの辺りに剣を突き刺した。
「テオ!!」
最後のあがきでのたうち回る魔獣の背から器用に飛び降りるとテオは騎士たちに指示を出す。騎士たちに何度も切り付けられてやがて魔獣は動かなくなった。
「あ……エディは?」
私の言葉にジークが首を横に振った。
「リンカ、見ない方がいい」
ヴォルに目を塞がれた。
そうしてエディは仲間の騎士に簡易的に弔われ、私は埋められて石を積まれたエディの前で手を合わせた。
わかってる。この状況で遺体を持って帰ることはできない。燃え残って真っ黒に煤けた彼の胸にいつも下がっていたペンダント、愛用の水筒、熱で溶けかかった剣、それらを仲間の騎士が大事そうにリュックに仕舞った。
「下層に下りるぞ」
テオの声でみんなが動き出した。
最下層、青い壁があったのは四十二階層だった。
エディは栗色の髪の大柄な男の人だった。大柄だけど声はちっちゃくてボソボソ喋って、でもクシャって顔全体で笑うと私もつられて笑いたくなる。テオと交代で私を何度も護衛してくれた。私がメイドさんのところに遊びに行くと、メイドさんの代わりに重い荷物を持ってあげたりした。なかなか勇気が出なかったけど、この任務を終えたら幼馴染に結婚を申し込むって言ってた。
泣くのはダンジョンを出るまで我慢した。
ダンジョンを出てポロポロ涙を流しながらジークに促されて馬車に乗る間際、後ろを振り返った。
テオはダンジョンの方を向いて立っていた。
後ろ姿だからどんな顔をしていたかわからない。
ただただずっと立っていた。その背中を抱きしめてあげたかった。
お読みくださりありがとうございます。
次話は明日朝7:20に投稿します。
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