7 西の森の魔女
…本当に魔女なの?
家へと立ち入りを許可されたわたし、リンはその家の小さな家主である彼女をみて魔女であるとは信じられなかった。
部屋へと立ち入るとき、すれ違いざまに彼女ををみる。
魔女の証たる金の六芒星の刺繍のされたローブを羽織る、自分より背の小さい彼女。
フードを被りあまり顔は確認できないが、肩ほどの暗い髪が目に入る。
本当に彼女が伝説の生きる自然災害と言われる西の森の魔女なのか。
その昔、彼女は世界各地を巡り行く先々で歴史に残る大事件を引き起こしたとされる。
あるときは街を救い。あるときは森を消失しさせたりと、悪事も善行も、とにかく規模が大きい。
突然やってきてそんなことをするものだから、自然災害とさえ呼ばれるようになったという。
そんな彼女も勇者に討伐され、大人しくなったという話は聞きたが、目の前の少女がとてもそんな恐ろしいことするようには見えなかった。それに…。
ガルンから呼ばれて、エイルの方へ向かう。ガルンが部屋にスペースをつくったがひどいほこりの量だ。これでは外と変わらない。
「…後ろに下がってて。」
わたしはガルンに頼まれて、生活魔法便覧を開く。あまり光属性は得意ではないが、私しか扱えないのだから仕方ない。
魔力をため、浄化の術式をなぞり、唱える。
「…浄化。」
あたりの埃が浄化の光によって消失する。
これでエイルに治療をすることができる。
ポーションの類はここに来るまでに結構使ってしまい残り数本しかないが、致命的な傷は塞がっている。
あとは落ち着いた場所で適切に治療できれば大事には至らないだろう。
今回遭遇した希少種は本当に厄介だった。
傷をつけられたエイルの魔力は泡立つように暴れはじめ、まともに動けなくなってしまっていた。魔力の流れが分かる力をわたしが持っていなければ最悪の事態になっていたかもしれない。
再度、エイルの魔力の流れを整えるべく瞳に魔力を集中する。
『魔女の瞳』を開き、エイルの身体を確認する。ここまで来るのに使い過ぎて少し視界がブレるがまだ問題はない。
忌々しい力ではあるが、有用ではある。
傷口から確認していこうとしたとき視界の端でとんでもない魔力が目に入る。
猛烈な寒気が全身を襲う。
すぐに臨戦態勢とってそちらを向く。
急に発生した死の気配。その正体は、
フードから覗く宝石のような、
真っ赤な瞳をもった小さな魔女からだった。
燃えるようにあふれ出る魔力が周囲の大気すら揺らす。あろうことかそれを片手に集め超高出力の魔力塊を生成している。
魔力が見えない者でも、明らかに危険なことをしようとしているのは分かるだろう。
ガルンが武器を構えわたしたちの前に立つ。イースは脱出経路をすぐさま確保するため玄関側に跳んだ。
なにが彼女の逆鱗を刺激したのか。
今は生き残るために彼女の怒りを鎮めなくては。あんなものを放たれたら無事ではすまないことは明らかだ。
少しでも生き残る確率をあげるため魔力を練る。私の魔法で防げるとは思えないが気休めでも構わない。
いつでも展開できるようにしたところで、イースからの目配せが来る。
わたしは自分の背中に冷たい汗が伝うのを感じながら彼女に対して声をかける。
「…なにするつもり?」
「…何の話かな?」
本当に分からないといった表情で魔女は逆にわたしたちに問いかける。
気づいてないとでも思っているのか。私の瞳は視られているはずだし、第一こんなプレッシャーを受けたら誰だって気づく。
あまりにこちらを舐めた発言に怒りを覚える。
「とぼけないで。」
いくら魔女とて、体格は子供そのもの。奇襲でもない一撃であれば命がけにはなるが防ぐことだけならできる…はず。
そうなればガルンとイース二人がかりとの近接戦。こちらにも勝機があるはずだ。
ガルンが構えたまま続ける。
「魔女さんよ、いきなりどうしたんだって。それ、どうするつもりだよ。」
「…本当になんでもないんだがね。寧ろ、君たちこそどうしたんだ?」
少し考える素振りをみせて、彼女は固まる。静寂に包まれた室内は、ひどく息苦しく、魔女の瞳を長時間起動しているのもあって頭が痛む。
突然、思いついたかのように彼女は右手の魔力塊を霧散させる。
大気へと散っていくはずのそれは、そのまま魔女の身体に取り込まれる。
奇妙な現象ではあるが、相手は魔女だ。
このくらいは造作もないのだろう。とりあえず魔力塊がこちらに向けられることがなかったことに安心していると、魔女はこちらに質問してきた。
「…君らにもこれが見えるのか?」
再度魔力塊を展開する。先ほどより小さいが今度はより高密度に、緻密なコントロールで瞬く間にきれいな球体へと変化する。
「…私も魔女の瞳を持つから…でも、こんなのなくても誰だって警戒する…。」
一瞬だけ瞳を閉じで再度発動する。
そちらの動きはいつでも把握できるぞと忠告の意を込めて。
「それよりも一体何をする気だったんだ?尋常じゃない圧を急に出しやがって。親切だと思ったが、噂通りってことか。」
「私たち、なにか気に障ることしてしまったでしょうか。」
仲間たちからの質問に黙っていた彼女は、急にフードを外し、こちらに両手を広げた。
真っ黒な髪をたなびかせ、濁りのない真紅の瞳をこちらへ向けて笑顔を浮かべる。
そんな彼女をみて、私は…美しいと思ってしまった。




