6 敵対?
…魔法だ。
恐らく彼女は魔法を使ったに違いない。
先程の取り出した本に発動式が記されているのだろう。
これが魔法…。
初めて見る魔法の発動に胸が高鳴る。
属性は?消えた埃はどうなったのか。
対象はなんにでも使用できるのか。
…わたしも同じように出来るのだろうか。
次々浮かぶ疑問の海に深く沈んでいく。
突如彼女のまわりに見えるようになった膜のようなもの、あれが魔力だ。魔法が発動するときは可視化できるのだろうか?
であれば私からは出てこないのか、身体のなかの魔力を右手に集めながら自分の体を確認する。
自分の身体から同じようなもやが出ているのが視える。ただ、それも先ほどのリン魔力の纏い方とは大きく異なり、身体の周りを覆う膜というより、燃え上がる炎のようだ。
それらを集めている右手は身体の周りより数段濃い色を帯びている。
これを放てば私も魔法が…?
周りからガチャガチャと大きな音がする。
やかましいな。と若干不満気になるが、すぐに音は止み、再度思考を続けようとしたとき、声がかかる。
「…何するつもり?」
声に反応して顔を上げると、
リンが倒れているエイルを庇うように立ちこちらを深紅の瞳で見つめている。
イースは私のそばから離れ、玄関側で腰の短刀をいつでも引き抜けるような姿勢をとっている。
ガルンはリンとエイルの前で盾を構えていた。まるで、私から彼女らを守るように。
急な警戒態勢に冷や汗が止まらない。
突然声をかけられたと思ったら、声の主たちは臨戦態勢だ。
全員から敵意の籠った視線が突き刺さる。
まさか、賊だったのか。
自分の浅慮を恨む。
玄関は抑えられ逃げ場がない。
一か八か書庫に飛び込むか…?
とりあえず時間を稼がなくては。黙っていては余計に危険だ。
「…何の話かな。」
「とぼけないで。」
リンと呼ばれた彼女から、すぐに答えが帰ってくる。リンはより一層警戒を強めてこちらを睨んでいる。
心からの疑問だったのだが逆効果みたいだ。
どうしてこうなった。
睨んでいる彼女の瞳をみて、どうでもいい疑問が浮かぶ。
…そういえば彼女の瞳は赤かっただろうか。白銀の髪にきれいな青色の瞳だったはずだが…。
黙り込む私に、ガルンが声を上げる。
「魔女さんよ、いきなりどうしたんだって。それ、どうするつもりだよ。」
「…本当になんでもないんだがね。寧ろ、君たちこそどうしたんだ?」
心からの質問を返す。少しずつ後ろに後ずさりして、書庫の扉に身体を近づける。
どこで間違った。私はただ、魔法に夢中になっていただけだと言うのに。
右手に集めた魔力を視る。今もつよい光を発するそれをみて気づく。
…これか?
変に身体を動かさずに、魔力だけを全身に戻すように右手から霧散させる。
明らかに警戒が薄くなった。
…どう弁明するべきか…。
依然ピリピリとした静寂が辺りを支配する。
意を決して口を開く。
「…君らにもこれが見えるのか?」
手のひらを上に相手に差し出すように右手を向ける。先ほどよりも量は抑えて同じような密度で一回り小さな魔力の塊を生み出す。
まずは原因の明確化だ。
相手を刺激したものを確定させないと思わぬ落とし穴があるかもしれない。
「…私も魔女の瞳を持つから…でも、こんなのなくても誰だって警戒する。」
そういってリンは少しゆっくり瞬きすると宝石のような深紅の瞳が、一瞬、青色に変わり、すぐまた赤く光った。
「それよりも一体何をする気だったんだ?尋常じゃない圧を急に出しやがって。親切だと思ったが、噂通りってことか」
ガルンは剣の柄を握りしめた手は離さず、いつでも振り下ろせる体制を崩さない。
「私たち、なにか気に障ることしてしまったでしょうか。」
イースは短刀をしまってはいるが以前警戒はしているようだ。こちらから一切目を離さず、太ももに巻き付けたホルスターに手をかけている。
さて、本当に覚悟を決めなくてはいけない。
4人と1人。相手は大剣をもった大型の戦士ガルン。短刀を持つイース。最後に一番警戒しなくてはならないのが後ろ彼女。魔法をつかうリン。横たわる弓使いらしい男、エイル。彼は抜きにしても3対1。数の不利は依然として変わらない。
戦闘になって、戦闘など経験したことがない私が万に一つでも勝ち目があるのか。
彼らは自分を冒険者だと言っていた。
武装も充分だ。荒事には慣れているはず。
向こうは私を魔女だと認識している。
西の森の魔女。そういっていたはずだ。
自分の性別は女なのか。まぁどちらでもいいが女に見えるのであれば好都合だ。
突然今、自分の正体を打ち明けたところで状況が好転するとはとても思えない。
覚悟を決める。
先ほどとは異なり、明確な目的をもった覚悟を。やるなら徹底的に、絶対に戦いになることだけは避けなくては。
…私は西の森の魔女だ。とても強い魔法の使える偉大な魔女である。
自分を騙せ。より尊大に、横柄に。相手の恐れる私を演出しよう。
私に君たちは敵わない。
戦うだけ勝ち目がないぞ。
両手を広げ相手を迎え入れるようなポーズをとる。
「驚かせてしまったかな。」
堂々としろ。
今の状況は何でもない。私に不利になることはないのだから。
数歩前にでて、笑顔で西の森の魔女は続ける。
「本当になにもするつもりはなかったんだ。誤解を与えたのなら謝罪しよう。悪かったね。だが、私に構ってくれるのは嬉しいが、大事なお仲間のほうはもういいのかい??」
ここから私の本当に長い即興劇が始まる。記憶もない。魔法の使えない偉大な魔法使いとして。




