52 消失
声がでない。
初めての事態に思考が止まる。
今もなお、事態を必死に伝えようと動かす口からは、音だけが攫われたように、鋭い息のみが口から漏れる。
どうしよう。
咄嗟にリンの服を掴もうとする。
助けを求めるように伸ばした手。その手はリンを掴むことができず、空を切った。
なんで。
目の前にいるはずのリンを触ることができない。手を伸ばした先から、霞がかかったように輪郭がボヤけ、消えていく。
その光景に血の気が引いた。
全身が凍りついたみたいだ。呼吸が思うようにできず、浅い息が口から漏れる。
ダメ。嫌だ。行かないでリン!
煙のように消失していく友人の名前を叫ぶ。
喉が裂けるほどの大声で叫ぶ私の声は、誰にも届かない。
「魔女様!どうしたのですか!」
イースから再び声がかかるが、返事もすることができない。今、彼女たちの大事な仲間が、リンが、目の前で消えた。それなのに、私はなにも出来なかった。
完全に止まったしまった思考。現状を受け入れることができず、呆然と立ち尽くす。心臓の音が激しく、身体を揺らしているみたいだ。手足に力が入らない。
リンのいた場所に伸ばした手がぶらりと垂れ下がる。
リンが消えた。消えた…消えた。どうして?
私を置いていった。裏切った。私を…
私…?私は…だれ?
頭が痛い。視界が真っ黒に染まり、今まで感じたことのないような絶望が心を支配する。
私の感情が全て、冷たい絶望に塗りつぶされる。まるで何かに乗っ取られたかのようだ。
私という存在が消え、私の中の何かが、私を支配する。
意識が深く沈み込んでいく。
ドス黒い沼に引きずり込まれるような感覚。
深く、沈み込むにつれて段々と身体の感覚が消えていく。
頭痛が、胸の痛みが、五感がゆっくりと溶けていく。
誰かが叫ぶ声すら、遠く、水の中のようにボヤケて聞こえる。
抵抗する気も起きず、そのまま目を瞑ろうとした。
「…女様!………アイリ!」
腕に鋭い痛みが走る。
外部からの急な刺激によって呼び戻された。目の前のエイルが私を見て、腕を掴んでいる。
焦りが混じった心配の瞳だった。
「だ、大丈夫か?」
その瞳から、心配の声がかかる。
まだ回らない頭がゆっくりと再起動をはじめる。そうだ。今はそんな場合ではないのだ。
辺りを見渡すと、戦闘が始まっていた。
私たちの周りを囲うように存在する黒い影。ガルンが影に切りかかり、イースが短刀を投げつけるが、当たらない。
それらに実体はなく、全ての攻撃が、虚空に飲まれていく。
「はぁっ!」
イースの放った鋭い蹴りも、影を通り抜けていくだけだ。
現状を段々と理解する。
「アイリ!ぼーっとしてないで、少しは手を貸してくれ!」
ガイルが、私を呼ぶ。
イースの顔が、私に何かを求めている。
3人のの心配と期待と不安のこもった顔が、私をみている。
私は期待されている。
魔女として、アイリが、この場を打開することを求められている。私が必要とされている。
期待に応えないと。
頭がひどく痛む。
痛みが、意識を強く呼び戻す。
今、私ができること。
何かするのを察したエイルが私からゆっくりと距離をとる。
手を伸ばし、魔力を込めた。




