30 過去
わたしが目を覚ましたときには、彼女は、アイリは姿を消していた。
起きたばかりわたしは、回らない頭がゆっくりと回転するのをぼーっと待つ。
昨晩は、何をしたんだっけ。…アイリとズズさんのお店でいっぱい服を着せてもらって。それからいつものお店でご飯を食べて…。泊まる場所がないってことで、一緒に宿に泊まったんだ。ソファで寝ようとした彼女にベットに来るように呼んで…。あれ、呼ぼうとする前に寝ちゃったんだっけ。
ソファにいるはずの彼女が見えない。恐らくトイレにでも行っているのだろうか?
ベットから降りて伸びをする。その際、枕元に大金貨が1枚置いてあることに気が付いた。
なんでこんなところに、財布に戻そうと自分の鞄の下へ向かって気づく。
…アイリの荷物がない。まさか、一人でどこか向かったのだろうか。
急に身体が芯から冷え込むのを感じた。
あの日と、重なる。
大切な皆をなくしたあの日と。
目を覚ましたときには全てを失っていた、最悪の日を。
あいつと出会ってしまったからだろうか。それとも、アイリが皆の姿と重なってしまうからか。
クロに首を掴まれるアイリの姿を思い出す。
もう、乗り越えたと思っていた。自分のなかで、折り合いをつけて。
納得もした。恨んでいない。嫌いだけど。どう考えてもそれしかなったのだから。
忘れようとした。いやな気持ちを思い出さないように。
ジジさんは、多分気づいてくれていた。だから、予定になかった品評会を開いてくれた。
色んな服を着るのは楽しい。あの子の、夢だったから。
ご飯も美味しいものをいっぱい食べる。やりたいことをやる。楽しく生きる。
実際、アイリに言われるまで、忘れることができていた。
彼女と過ごすことで、できなかった何かを拾い戻しているようで、本当に楽しかったから。
彼女は違う。大丈夫だ。それが分かってはいたが、クロが門番としてアイリと出会ったときは、逃げてしまった。もっともらしい言い訳で誤魔化したが、ただ彼女を連れて、逃げてしまった。
結果としては正解だった。
もし、あいつがやると決めたなら、絶対に護り通せなかった。それでも、あいつは殺さなかった。
だから大丈夫。大丈夫なはずだ。分かっている。それなのに、胸に残るどうしようもない不安は、消えてはくれない。大丈夫。彼女は魔法は使えないそうだが、あり得ない魔力量を持っている。
実際、彼女はクロの動きを一瞬でも止めた。
常人では絶対にできない。魔力に質量を持たせることすら相当な魔力量と技術がいるのに、それを自在に操り、あいつを覆いこんだ。あんな芸当、見たことがない。彼女は特別なのだ。
それでも、不安は消えてはくれない。
わたしはローブを羽織り、窓から外に飛び出す。
すぐに浮遊の魔法を自分のローブにかける。風を使って高く舞い上がる。
ただ、一人で出掛けているだけだ。確認だけしたら、部屋にもどろう。
彼女の魔力は見つけやすいから、すぐに見つかる。
街の上空で魔女の瞳を開く。 私から全てを奪った要因の力を使う。
街全体を見渡すと、すぐに見つけることができた。あり得ない密度の魔力の塊。密度だけで言うのであれば、最強の龍型の魔物すら軽く凌駕するであろうそれが、街の大通りの真ん中で光り輝く。
ひとまず、安心した。
見間違う訳もないが、一応近づいて確認する。
彼女の姿がしっかりと視認できた瞬間、心臓が凍り付く。大男に襲われそうになっている。
彼女の肩に男の手が伸びる。このままじゃ間に合わない。急加速で落下しつつ、最速の魔法を詠唱する。
「落雷!」
けたたましい音と共に閃光が男を貫く。倒れ伏す男に対して、感情のまま質問する。
「なにしてるの。」
当の彼女は呆けた顔で私を見つめていた。




