10 逃避
エイルのほうを視る。傷口の近くに少し。へその上あたりにある魔力の中心点、小さく渦まいている中に色の違う魔力を視る。傷口側は大部分は摘出されたのだろうか、ほとんど残されていない。
私がするべきはこちら側だろうとお腹の上に両手を重ねる。とりあえず、自分のできることをやってみる。自らの魔力を手のひらからエイルの方に流してみる。
「…ぐあっ!!」
エイルの身体が跳ねる。それと同時に周囲が武器に手をかける音が聞こえる。
急いで魔力を自分の方へ引っ込める。冷や汗が止まらない。
周りと目を合わせることができず、エイルの方を視たまま弁明する。
「おっと、すこし荒かったかもな、すまないね。今度は優しくしようか」
再度魔力を込めようとしたところで手首を捕まれる。身体が小さく飛び跳ねた。
顔をそちらに向ける前に声をかけられる。
「…密度が高すぎる…そのままだと…毒物と変わらない…。」
それだけ言ってリンは手首をはなしその場で床に伏せる。
相当無理をしたようだ。呼吸は荒く、汗で前髪が額に張り付いている。
「リン!」
すぐにイースが駆け寄り彼女を壁の方へと私から引き離す。
彼女に伸びかけていた手が行き場を失い、地面に落ちる。
すぐに自分の失敗を悟る。魔女としての期待に応えられなかった。
彼女たちの方をみることができない。
彼女たちへの恐怖なのか、騙している罪悪感からか、それとも自分の無力さを恥じているからだろうか。
彼女にかけようとした言葉は喉の奥で詰まって、ため息となって外へ漏れる。
私は何と声をかけようとしていたのか。心配だろうか。謝罪なのだろうか。
私はちゃんと謝りたいのだろうか。
騙していてごめんなさい。私、なにもできないんです。
それを伝えることができれば、何か変わるだろうか。殺される可能性のが高いだろうが、ここから逃げ出すことができたなら、また新たなスタートを切れるかもしれない。
どれくらいになるだろうか、手紙の主を探して、この世界を回る。そうやっていつかきっと見つかるその人に、自分のことを教えてもらう。そこからは考えていないが、きっと私は魔法に触れている。そんな幻想が頭を巡るが、こんなことは逃避でしかない。
私は自分で選択してしまった。
臆病な私は、何者でもない自分を隠すために、他人の皮を被って生きていくことを決めてしまった。
すべて成り行きだが、あったかもしれないもっとよい可能性をつぶしてここにいる。
であるならば、こんな形でも彼女たちに関わってしまったなら、私は責任を果たさなくては。
あたまの奥で、そんな使命感が、義務感が、自分を揺らす。これが私なのだろうか。
この思いは私の本質なのか。それとも誰かから植え付けられたものなのか。
役目を果たせ。
私の中のなにかが私に告げる。
ずっと昔に聞いたことがあるような声だ。懐かしさと、悲しさが同時に襲ってくる。
私は役目を果たさなくてはならない。何かを為さなくては。
私は倒れているエイルに向き直る。これが、今私が任されたこと。彼を救う。果たさなくてはならない。
私が私でいるために。私がここにいるために。
…胸の奥で棘が突き刺さるような痛みを感じた。私ではない誰かが泣いている。そんな気がした。




